法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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6-33.知ってほしい、知らないでほしい(前)

 

「キーノ?」

 

 明野(あけの)紀衣(きい)

 幼馴染の結愛(ゆあ)がボクをキーノって呼ぶのは嫌いじゃない。

 放課後、ちょっと遅くまでドーナツショップでお喋りしてた。

 

「どうしたの?」

 

 していたはず、なんだけど。

 なんだかすごく遠くに離れていたような。

 夕焼けも消えかかる空を見て、なんだかどうしようもないほど怖くなった。

 

「泣いてるけど?」

「うぇ?」

 

 びっくりした。

 言われて、ほっぺたが水滴でむずむずしてるのに気が付いて、慌てて手で拭く。

 

「もう、ぼーっとして。危ないでしょう」

「別にぼっとしてないよ」

「してたじゃない」

 

 してたかも。

 してたのかな。

 わかんない。よくわかんない。

 

「そんなに帰るのイヤだったの?」

「そういうわけ、じゃ……」

「じゃあ」

 

 ふふって笑う。

 結愛が笑う。あったかい。

 学校じゃクールって評判だけど、ボクと一緒の時はそんなにクールじゃない。ちょっと意地悪なだけ。

 

「私と離れるのが寂しかった、とか?」

「……泊ってもいい?」

「明日も学校でしょ、だーめ」

 

 だーめ、って。

 そんなこと言わないでって言いたいけど言えなくて、ぎゅっと手を握る。

 

「もう……」

「……」

「週末は、いいよ。おばさんにも言ってあげる。一緒に勉強会するって」

「ほんと?」

「一緒の学校行きたいって言うなら頑張ってもらわないとだし、ね」

「うん!」

 

 えへへって笑ったら。

 もう一度、左のほっぺに涙の雫が流れ落ちた。

 

 

「ばかね、大丈夫よ」

 

 なんで涙が零れるのかボクにもわからない。

 だけど、拭ってくれる結愛の指の冷たさが気持ちいい。

 

「来年も、その先も。ずっと一緒だから」

「うん」

 

 結愛はボクよりずっと頭がいいから、きっとなんでもわかっちゃうんだ。

 ボクのことも何でも。

 ボクは結愛と一緒にいたいから。ずっとずっと一緒にいたいから。

 

「ボク、頑張るよ。いっぱいいっぱい頑張る」

「頑張りすぎて無茶しちゃだめだからね。キーノ」

 

 結愛はそう言うけど。

 たぶんボク、結愛の為になら死んじゃうくらい頑張っても平気なんだよ。

 結愛もそうだったら、怖いけど、うれしいなぁ……

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 国が滅び神が死ぬ時、それは叶う。

 あなたはもう一度娘に会える。

 その覚悟があるのなら……

 

 

 魔女よ。

 不吉な忌姫よ。

 そなたの言葉は本当だった。

 

 感謝の言葉はいらぬのだろう?

 そなたはそなたの願いの為に儂を利用した。

 

 正直、意外だった。

 ただの戯れ言。偽り。叶えるつもりのない空手形。

 騙されているつもりで、しかし最後に愛しい娘の顔を見ることができた。

 

 そうか。

 そなたは、嘘を言えないのか。

 その瞳の魔性でもって、人の心の底を晒させるのと引き換えに。

 

 なら。そなたの願いとやらも、あの途方もない与太話も、嘘ではないというのか。

 そうか、そうか。

 恐ろしい忌姫よ。

 

 

 儂は、失った娘を再びこの目で見られる日を待ちわびてきた。

 儂はここまでだが。

 次男らがどこかで生きているなら、悪いことをしたかもしれんなあ。

 

 これが、利用されるということか。

 それでも儂は、本当に娘に会わせてくれたそなたに感謝しておる。

 禁じられた忌まわしい姫よ。

 そなたの願いが叶わんことを。

 

 

  ◆   ◇   ◆

/////////////////////////////////////

 

 わかってくれて救われる。

 あなたの存在は私の安らぎ。

 

 また、さらでも

 

 知らないでいてくれて救われる。

 あなたの存在は私の安らぎ。

 

////////////////////////////////////

  ◆   ◇   ◆

 

 

 エクピキの【指】が砕け散った。

 代わりに花札の一人を失って。

 アユミチも鬼巫たちも最大目標だった敵を倒したというのに、空気は重い。

 

「少し……あとで、話をさせてくれぬか。薬師アユミチ」

「ラハ様……」

「あぁ」

 

 敵を倒してめでたしめでたしとはならない。

 当然と言えば当然のこと。

 俯いたままの鬼巫の申し出に異論はない。

 アユミチも色々と聞きたいし、ファニアも話したいことがあるだろう。

 しかし、少し時間を置く。すぐに離せる心境ではない。

 

『こっちも聞きたいのよね。ノクサのこと見えてるみたいだし』

 

 ノクサの姿や声を認識できているのは、アユミチ以外では鬼巫たちだけ。

 元花札でもファニアには見えていないから、鬼巫の里とやらに理由があるのだろうとは思う。

 

 

「なぜと仰いますが……」

「他の人には綺麗な黒蝶にしか見えないんだ。ファニア、ムンジィ」

 

 レフカースと呼ばれる花札の困惑にアユミチが答え、ファニアたちに確認する。

 まだ意識のないプレヴラを介抱していたムンジィは、

 

「へ? そりゃあ……旦那の蝶さんは、女神様の使いだって話ですし……」

 

 アユミチとノクサ、それから花札たちを見比べて首を振った。

 一瞬だけ、アユミチが蝶々相手に独り言を言う癖があるというような表情も過ぎったのが見える。

 そう思われていても仕方がないが。

 

「うん……? え、ああ……」

 

 ファニアは明らかにノクサの言葉が聞こえていない様子で、

 

「私には、わからない、が……レフカースたちは聞こえている、のか?」

「そう……そうですか」

『あー、もう。ノクサが睨まれてるんだけど』

 

 普通に見聞きできていたレフカースもその反応で理解したようだ。

 ファニアの不満げな視線を感じたノクサからの抗議を受けた。

 

『いくつか可能性はあるけど後にしましょ』

 

 それより、と。

 アユミチたちの後方を小さな指で指す。

 

『何か話したいみたいよ』

 

 

 ビッテスの近くに転がる年老いた貴族は既に息絶えていた。

 最後に何かを見て満ち足りたように。

 陽灯司長カシキはまだ息があった。だが明らかに無事な様子ではない。

 

 敵か味方か。

 助けてくれたものの、彼の立場はアユミチにはわけがわからない。

 だが、何か言いたげな様子は確かに。

 

 レフカース達は鬼巫の下に集まり、コッキノだったものの痕跡を集め、先に斬られた花札の亡骸と共に何か祈りの言葉を捧げる。

 アユミチは――

 

 

「……」

「そんな怖い顔してると可愛くないわよ」

「……」

 

 まだ体が強張っているカヨウに、柔らかく話しかけるアスパーサ。

 アユミチも怖かったが、カヨウだって怖かったはず。アユミチの何倍も。

 なんとかしなければと命をかける覚悟だった。

 精神的な動揺でアスパーサに強く出てしまって、謝るに謝れないのかもしれない。

 カヨウはまだ少女だ。その少女に命をかけさせたアユミチが悪い。

 

「カヨウ」

 

 呼ぶ。

 

「もう、大丈夫だ。大丈夫だから……」

 

 うまく言葉にできずに固まっているカヨウを呼ぶ。

 

「……はい」

「アスパーサも。ありがとう、無事でよかった」

「ええ、先生も」

 

 す、とアスパーサに促される前に歩き出すカヨウ。

 後ろから続くアスパーサが、アユミチには聞こえないくらいの声量で何かを囁き、カヨウはぎゅっと唇を結ぶ。

 年頃の少女の心情なら、アユミチよりアスパーサの方がはるかに理解している。適切な助言でもくれたか。

 

 アユミチもうまく伝えられるといいのだが。

 他人に自分の気持ちを誤解なく素直に伝えるというのは、けっこう難しいことらしい。

 器用さの足りないアユミチには特に。

 

 

  ◆   ◇   ◆

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