法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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6-34.知ってほしい、知らないでほしい(後)

 

「兄上……」

 

 カヨウたちと反対に、エクピキと共にネロが光になって散った場所に向かう貴族の老人と少年。左潮伯カッダ・マノスと王弟ニーモ……国王になるのか。

 北府の兵士たちも少しずつ意識をはっきりさせ、周囲のありさまに戸惑っている。

 北府のジョカン次官に目くばせし、左潮伯の下に集まるよう促した。

 新体制で国を建て直すなら、彼らの関係は大事になるだろう。

 

 

「ごめんな、無茶をさせて」

「いえ」

「怪我はないか?」

「平気です……アユミチさんこそ」

「ああ、そうだな」

 

 ファニアの肩を借りたままのアユミチだが、手の届くところにカヨウが来てくれて、ほっと頬が緩んだ。

 同時に、折れた指や腹の痛みを思い出して顔が歪む。

 アユミチの苦い顔を見たからというわけでもないだろうが、カヨウの表情も少し和らいだ。

 

『今一番重傷なのアユミチじゃないの?』

「薬師アユミチ、どうか……」

 

 カヨウも戻ってきて、あらためて陽灯司長を見ると、弱々しい声で呼ばれた。

 エクピキの高位司祭の生き残り。だけど、ファニアを助けてくれた。

 敵意はなさそうだ。

 

 

 

「残照、です……」

 

 ぼわっと、灯りを向けられた。

 エクピキは滅びた。

 けれど、陽灯司の【指】は消えていない。

 

「この手にもはやエクピキの力はありません。残った照り返し程度の力ですが……」

「……あんたに治してもらうのは二度目だ」

「ええ……」

 

 アユミチの体に治癒の光を。

 折れた指もそうだが、ビッテスの容赦ない蹴りで内臓にもダメージを感じていた。

 アユミチに残る痛みを癒して光が途切れる。

 

 

「ディサイで……あなたの血に触れて、思い出した……」

「なにを?」

「エクピキは私の敵だったと……思い出させてくれました」

 

 光を失い、(しぼ)んだように見える【指】を眺めながら話す。

 陽灯司長カシキ。エクピキ教団の大幹部だったはず。

 

「母は、ホスバルドルの生まれでした。いつも泣いていたように思います。何かを恨んで、憎んで」

「……」

「それが何だったのか……【指】を受けてから、ずっとぼやけていた……」

 

 エクピキの【指】を得て、エクピキへの敵愾心(てきがいしん)などが塗り潰されてしまったのかもしれない。

 眩しい輝きで、自分の本心が見えなくなってしまったのかもしれない。

 

「ですが、疑問はあった……【指】を自分の為に使う気になれずに、ずっと……」

「あんたは……」

「思い出させてくれたこと、感謝していますよ」

 

 土気色の顔。

 生気がない。

 致命傷を受けるような何かはなかったように思うが。

 

『エクピキの【指】を持ったまま逆らったのよ。命が逆行する……血が逆流するみたいに』

 

 ノクサの説明を想像してみて、身がすくむ。

 助ける術はないのだろう。

 カシキ本人もわかっているらしく、その顔に迷いはない。

 

「母の嘆きを止められるなら……私は、生まれてきて……」

「……」

「……許して……かあ……」

 

 

 アユミチは彼のことを何も知らない。

 エクピキへの強い憎しみがあったのだろうと。

 それを思い出し、果たして死ぬ自分に安堵して息を引き取る。

 【指】に振り回されないよう生きたから、教団で重宝されたのだとしたら皮肉なものだが。

 

「……ありがとう、カシキさん」

 

 名前くらいしか知らないけれど。

 彼がいなければファニアを失っていたかもしれない。

 ファニアも、カヨウも。何もかもを失っていた。

 結果的にどうにかなっただけで、何一つうまくやれたことなどない。

 

 もういやだ。

 もう二度と、こんなことはごめんだ。

 だから、ちゃんと話さないといけない。大切な人たちに。大切に思う人たちに、しっかりと。

 

 

「ファニア、ムンジィ。色々聞きたいことも伝えることもあるけど……とにかく無事でよかった」

 

 死んでしまった者には何も言えない。何も聞けない。

 助けに来てくれた二人に、まず感謝を。

 何から話せばいいのか、聞けばいいのか。

 

「カヨウ……本当に無理をさせた。ごめんな」

「私は……」

「もう危険なことはさせない。絶対に」

「ああ、嬢ちゃんにゃ絶対」

「お前もだ、ムンジィ。ファニアも」

 

 カヨウだけじゃない。

 もう誰も失いたくない。

 

「アユミチ、私なら大丈夫だ」

「次に斬られるのは手じゃなくて首かもしれない。だから、ファニアにもわかってほしい」

「……」

「頼む……誰も、もう……」

「それは……」

 

 ファニアもムンジィも、ゼラのことが浮かんだのだろう。

 二人ともアユミチとレーマ様の約束など知らない。知らなくていい。知らなくてよかった。

 アユミチにこれ以上のつらさを味合わせないように、否定できない。

 不承不承といった様子で言葉を飲み込み、頷いた。

 

 

「だけどアユミチさん、わたしは」

「もういいんだ」

 

 カヨウは違う。知っている。

 アユミチが何のためにこんな戦いをしているのか、カヨウだけは知っている。

 だから食い下がる。

 

 優しい子だ。

 その優しさに甘えて、こんなことに付き合わせてしまった。

 カヨウが命を捧げようとしたのを見て、彼女の死を肌で感じて。

 アユミチの願いの為にカヨウを死なせるところだった。

 

「もう、いいんだ」

「……アユミチさん……はい……」

 

 わかってほしい。

 伝えたい。

 もう、いい。もういいんだ。

 カヨウに、カヨウだけはきっと、わかってくれる。

 アユミチの弱さを。

 ファニアやムンジィにはわかってもらえないかもしれないけれど。

 カヨウにだけはきっと、この言葉だけで伝わる。

 

 カヨウの顔にじんわりと理解の色が広がっていく。

 

「わかり……ました、アユミチさん……」

 

 困惑、苦しさと切なさと説明できない感情が浮かび上がってまぜこぜになって、カヨウが顔を伏せた。

 

「わた……ごめ、なさ……い……っ」

「ごめん……ごめんな……」

 

 もういいと。

 カヨウを死なせるくらいなら、もういい。

 顔を伏せたカヨウは、たぶんわかってくれたのだろう。

 アユミチの気持ちを理解して、たぶん泣きそうになって、顔を伏せた。

 

 

「アスパーサ」

 

 カヨウには伝わったと思う。

 ファニアにもムンジィにも飲み込ませた。

 残るは……

 

「はぁい」

「カヨウを助けてくれてありがとう。本当に……」

 

 アスパーサがいなければカヨウは死んでいた。

 礼は言う。

 

「私は私がいいと思うようにしただけ。でも、先生の気持ちは受け取っておくわね」

「アスパーサは……」

 

 彼女には聞かなければいけない。

 何を、どういう風に聞けばいいのか。アユミチよりもずっと上手の彼女に。

 

 

「……敵じゃない、んだよな?」

 

 彼女の目を見て。

 捨て森で初めて会った時に聞いた。アスパーサの目は魔眼。

 見た者を素直にしてしまう、心の内を隠せなくなる魔眼だとか。

 なぜわざわざ言ったのか。

 知られれば、彼女の瞳を正面から見ようだなんて誰も思わないだろうに。

 

「私が、先生の? もちろん違うわ」

 

 楽しそうに、嬉しそうに応える。

 嘘ではないように思う。

 というか、嘘をつく必要を感じていない気がする。

 アスパーサが見ているものはアユミチなんてつまらないものではなく、もっと遠くの。

 

 

「じゃあ――」

『ちょっと待って、アユミチ』

 

 内戦は終わり、バカげた殺し合いももう閉幕。

 この国をマシな形に整えるのは新王体制下で、アユミチもそこに一枚かませてもらう。

 今度はもっと安全な形で世界をきれいにすれば、それでもレーマ様再臨を果たすことはできるだろう。エクピキは消えたのだから。

 差し当り、今後の方針を一度レーマ様と相談して決めればいい――なんて。

 

 なんて。

 

「ノクサ?」

『あいつ……もう、這い出てたの……?』

 

 ゲームクリア後のやり残しを片付ける、なんて。

 そんな猶予を、時を、与えてくれたっていいだろうに。

 

 

「あ、うぁ……あっあ、ラ……あ、ァあ☆』

「殿下……ニーモ、へい……かっ?」

『あハ、らぁ?』

 

 宙に浮いていた。

 少年が。

 光の粒に包まれ、まるで星々に抱かれるように、少年王が。

 眼球が激しく揺れ、入れ替わり、まるでカメレオンのようにぎゅるぎゅると。

 傍にいた左潮伯、北府の兵士たちも腰を抜かしている。

 

 

「ぼ、くわっ……あっうぁっヘ?』

『乗っ取られかけてる! 嘘でしょあいつ?』

「エクピキ……」

 

 【指】は粉々に散った。

 けれど、神は既に降臨していた。

 狂った神の再誕。

 

 

「旦那」

「アユミチ」

「アユミチさん」

 

 もう、やめてくれ。

 お前たちに、そんな覚悟をさせたくないから、そんな顔をさせたくないから。

 

 

「俺は」

 

 アユミチには決断力がない。リーダーシップなんてものもない。

 どこにでもいる平凡な男でしかない。

 

「俺が!」

 

 そのせいでまた大切な何かを失うくらいなら、自分が死ぬ方がいい。

 

「俺の」

 

 特別な力などない。

 だけど、カヨウと同じだけの覚悟があれば。

 小さな少女が教えてくれた。アユミチにもできる。

 

「レーマ・ルジア!」

 

 大聖堂の砕けた天井から、彼女の名を呼んだ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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