法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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第6幕終わりです。
次幕で完結です。
物語の展開を優先する為、周辺事情は一部省きます。

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6-35.指結び

 

 理解してほしい。

 私の気持ちを理解してほしい。

 わかってくれたら救われるから。

 

 知らないでほしい。

 あなたには知らないでほしい。

 知らないでいてくれたら救われるから。

 

 

 ――きっと、この方がいいと思うの。

 

 アスパーサのわかったような言い方に苛立つ。

 確かに、アユミチさんのあの魂が抜けたような顔を見られたのは悪くなかった。

 私が死んだと思って、あの顔。

 それを生きて見られたのは、まずくはない。

 

 

 ――もう、いい。

 

 ん。

 

 ――もう、いいんだ。

 

 ん?

 

 ――もういい。

 

 何が?

 何が、もういいの?

 

 もう戦わなくていい。

 もう怖いことをしなくていい。

 

 そうじゃなくって。

 

 

 カヨウにだけ、わかること。

 ファニアにもムンジィにもわからない。

 

 ――ゼラの命は、もう、いいから。

 

 そういうこと?

 ねえ、そういうことですか?

 

 ――カヨウがいてくれればそれで、他はもういらないから。

 

 あなたの言葉が、言葉にしない言葉が頭の中に巡ってきて。

 顔を見られちゃう。

 見ないで。

 見られたくない。見ちゃだめ。アユミチお兄ちゃん、見ちゃだめです……

 

 

 ――この方がいいと思うの。

 

 アスパーサ。

 すごくすごく悪い人。

 あなた、性格最低ですよ。

 最低。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 後回しにする。

 気が重くてやる気にならなくて、見ないフリをする。

 誰にでもある。

 誰にでもあること。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「もし俺が死んだら」

『知らないわよ』

「カヨウを頼む」

『面倒さで言えば最悪ね』

 

 ニーモの体を抱きながら黄金の馬車の荷台で頼む。託す。

 やはり荷台に掴まっている少女のことを。

 

『たぶん、その時はノクサも死んじゃってるわね』

「生きてたら、頼む」

『じゃあ死なないように頑張りなさい』

「頑張って何とかなるならな」

『他にできることもないでしょ』

 

 確かに、ノクサの言う通りだ。

 死んじゃうと言いながらも、ノクサは戦馬車を降りるつもりはなさそうだ。

 アユミチから離れられないわけではないのに。

 

 

 

 天を割って舞い降りた天馬の戦馬車に、ニーモを取り囲んでいた光が散った。

 ふわっと床に落ちたニーモだが、その片目はまだおかしいまま。

 真っ黒な眼球に星空が浮かび、それがぐるぐると回る。

 

 ――ぼく、は……死ぬ、死んじゃ、う……

 

 【指】が生えているわけではないが、エクピキに憑りつかれていた。

 

 ――ぼくが、なくなる……ノクサリージュ、ああ、レーマルジア……

 

 ニーモの目ではなくエクピキの目がノクサを認識した。

 

 ――たす、け……て……

 

 少年の手を取った。

 もはやエクピキをどうにかする手段はこの世にない。

 あるとしても、探している時間がない。

 可能性があるとしたら、レーマ様を頼るしかなかった。

 

 レーマ・ルジアに繋がる唯一の窓口はアユミチだ。

 女神の下に連れていくと左潮伯たちに告げて戦馬車に乗った。

 

 先に乗っていたカヨウを下ろす判断はできなかった。

 置いて行きたくない。

 一緒にいてほしい。傍にいてほしい。

 飛び立ってから後悔した。後悔はいつだって先には立たない。後を絶たない。

 

 

『ま、頑張る以前に問答無用かな』

 

 レーマ様の神域にエクピキを連れていけばどうなるか。

 激怒し、激昂し、アユミチもろとも殺されるかもしれない。

 十分に考えられる。

 レーマ様の性格ならそうするのも自然で、納得できる。

 

『昔のレーマなら話も聞いてくれないわね』

「……」

『よりによってエクピキじゃあ……アニラービーとどっちがひどいかってとこかしら』

「そんなに?」

『せめて他の誰かだったら』

 

 元は仲間だったという話だけれど。

 そもそも仲間だったのがおかしかったのか。

 話くらいは聞いてくれる余地があるかと思いたかったが。

 

 

「カヨウ」

「はい」

「着いたら、すぐに外に。たぶん神域の外にはレーマ様の力は届かない。はずだ」

「……はい」

 

 わずかに反対の気配が漂わせてから、短く頷く。

 

「ですけど」

 

 続けた。

 

「たぶん、大丈夫です」

「だといいな」

「はい」

 

 昔からレーマ様を知っているノクサとは逆に、カヨウはレーマ様がそこまで短気だと思っていないらしい。

 刹那的で激情タイプだと思うから、アユミチの予想もノクサと同じく。

 

 しかし、だいたいにアユミチの勘は外れる。

 アユミチの予感など、何のあてにもならない杞憂に過ぎなかった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「んで」

 

 苦い……というよりは渋い顔。

 レーマ様のそんな顔を見るのは初めてだと思う。

 

「嫌がらせか?」

「違います」

「ここんとこ、とりあえず間に合わせって感じのを送ってきてたのはまあいい」

 

 捨て森が焼失した後、最後にここに来て以来ずっと訪れなかった。

 レーマ様と話すこともできず、ただ条件に合う少年を戦馬車で送り届けていただけ。

 反対に、レーマ様からも何かの足しになりそうなものを送ってもらって。

 遠隔地に進学した親子のような、繋がっているようで希薄な関係になっていた。

 

 

「あたしだって、お前がどんな気分か考えないわけじゃあねえよ」

『……』

 

 ノクサは蝶のブローチに擬態してぴくりともしない。

 同様に、ニーモも天の隙間のようなこの場所に入った途端に意識を失い、まるで動かなくなった。

 脈はある。気絶してしまったのか。

 そんなニーモを抱えるアユミチに、レーマ様は心底呆れたといような顔で、

 

「だけどなあ……よくまあ、そんなひっでえのを送ろうと思ったな。わかんねえのか?」

「その……」

 

 戦馬車が飛び去り、戻ってくるのはわかるのだろう。

 建物の裏手、雲海の波打ち際に迎えに出てくれていたレーマ様だが、ニーモを一瞥して深く息を吐く。

 

「わからない、ですか?」

「はあ? なんだよ」

 

 しばらく来なかったから、か。

 様子が変わっているというか、建物が増えている。

 いつもいる建物の隣に五重塔のような建物が、新たに建っていた。

 

 

「いや、その……レーマ様に助けてほしくて」

「だから何だって聞いてんだろうが」

「この子に……この子に憑りついてるエクピキを……」

「あ?」

 

 見ればわかるのかと思っていた。

 一目見れば、すぐに察して理解するのかと。

 そうして、エクピキを連れてきたアユミチがぶっ飛ばされるだろうと。

 

「いくらあいつでも、そんなクソ溜めみたいな……あー、なんだ……あぁ、くそっ」

 

 悪態をつく。

 アユミチにではなくて。

 美しい眉目を歪め、目線を左右に揺らしてから、ふうと目を閉じてかぶりを振る。

 

 本当に、見てもわからなかったらしい。

 実際、ノクサの擬態を見ても正体を見抜けないのだから、この少年の体に何が憑りついているなんて認識できないのかもしれない。

 

 

「そうか……そりゃあそう、か」

「レーマ様……?」

「……」

 

 はあぁ、と。

 深く、深く息を吐く。

 

「いんや……悪い」

「?」

 

 アユミチの行いが、だろうか。

 

「手間かけさせたな、悪かった」

「は……? いや、え……?」

 

 謝られた。

 なんで?

 人間のことなど何とも思っていなさそうなレーマ様が、厄介ごとの汚物を持ち込んだアユミチに対して謝罪を。

 機嫌次第で殺されても無理はないと思っていたのに。

 

「こいつが会いたがってたんだろ」

「……」

「こんな馬鹿してまで……っとに」

 

 レーマ様はエクピキを嫌っていると思っていた。

 エクピキを殺したのはレーマ様だと聞いていたし、今までの言動からも決して好感があったようには思わない。

 仲が良かったとは考えにくくて、仲間同士だったことに納得できなかったくらい。

 

 

「そうか、お前が……お前は、なんか、あれだな。あたしと波長が合ってたんだったな」

「ええと……ああ、最初に轢かれた時の」

「そのせいか」

 

 アユミチにはよくわからないが、レーマ様の方が勝手に納得してくれる。

 レーマ・ルジアの使徒になったのは、成り行きではあったけれど、最初の出会いを考えると確かに何か通ずるところがあったのかもしれない。

 

「で、エクピキがお前んとこに引っ張られたか」

「それで言うなら、俺が引っ張られた感じですけど」

「どっちでも変わんねえ、おんなじだ」

 

 俺がレーマ様と波長が似ていて、それがエクピキを呼んだ?

 いや、エクピキの【指】がトローメにあって、そこにアユミチが引き寄せられたように思う。

 

 しかし、それで言うのなら。

 捨て森でアニラービーが活性化したのも、アユミチのせいだったのではないか。

 数百年、もっと前から眠っていたはずだったものが動いた理由。

 今まで考えたことはなかったが、だとすれば――

 

 

「アユミチさん」

 

 ぎゅっと手を握られる。

 黄金の戦馬車の縁に隠れさせていたカヨウが、雰囲気を察して。

 

「……」

「ね」

 

 大丈夫だったでしょう、と。

 アユミチが、自分のせいで世界を混乱させてしまっているのではないかと思考を傾けさせるのを、カヨウの手の温もりが止めてくれる。

 もしアユミチがいなければカヨウの命はなかった。ただ運命に流され死んでいた。

 だとしたら、許せる。自分を。

 

「ありがとう」

「女神様は優しい方ですから」

「別にそんなんじゃねえよ。こっちの不始末だってだけだ」

 

 カヨウの評価にふんっと鼻を鳴らしてから、あらためてニーモを見た。

 優しさを感じる目ではないが。

 

 

「っとに、エクピキ。お前な」

『……れ、ま……』

 

 ぬわりと。

 なんと表現すればいいか、適切な言葉がない。

 

 真冬の渇いた空気の中、唐突に蒸し暑い夏のような湿度と温度の、ものすごく濃い空気が頭髪の間を通り抜けていくような感触。

 ニーモが星空のような瞳を開き、発生した質感の異なる空気に思わず尻もちをついた。

 カヨウもよろけて膝を着く。

 

 

「久しぶり、なんだろうな。たぶん」

『あ、あ……れーまる、じあ……』

「はあ……」

 

 やれやれと言うように。

 横たわったままのニーモ――エクピキの黒い眼球から、星の涙が零れる。

 仇敵、という様子ではない。

 

「お前、まだやってたのかよ」

『ま、だ……だ、って……れーまるじあ……だって……』

「言ったよな……言ったっけか?」

 

 言ったかどうか定かではない様子は、実にレーマ様らしい。

 言ったはずということで納得したようで、二度頷く。

 

「んなことしたって、あたしはお前の母親になんかならねえ。あたしはお前の母ちゃんじゃねえって」

『もういちど……うまれ、なおして……ぼくは、れーまるじあの……』

「ほんっとに、馬鹿は死んでも直んねえのな」

 

 頭を掻いて、首を振って。

 

「別に……お前のせいじゃねえさ」

『あにら、びぃがっ……ぽすほすは、ぼくを……ぼくがころ、しっ……』

「ああ、あん時はあたしもワケわかんなくて。お前にひでえこと言ったな。悪かったよ」

 

 エクピキの言葉は途切れ途切れのぶつ切りで、アユミチには何を言いたいのかよくわからない。

 エクピキはレーマ様に母性を求めていたのか。

 それは無理だと拒絶された。過去にも。

 エクピキは何かしらの後悔を抱えていて、その責任はお前のせいじゃないとレーマ様が慰めている。

 

「まあ、お前のアピールは気持ち悪かったし。なんつーか、ズレてんだよ。お前」

『ぼく……どうしたら、わからっ……』

「兄貴、殺して持ってきたって言われたって。それであたしにどうしろってんだか」

 

 兄貴。

 おそらくポスフォスのことなのだろう。

 日食の日にエクピキがポスフォスを殺した、とか。

 ああ、それでポスフォスの脊椎とかいう折れない棒がレーマ様の宝箱の中にあったのか。

 そんなものをアユミチに渡した?

 いや、レーマ様自身もあれが何なのか覚えていなかったか。よくわからんけど折れない棒として。

 

 

「そんなザマになってまで、っとによ……馬鹿だな」

『れー……ま、ま……』

「もう、いいから」

 

 レーマ様の手が、ニーモの額に触れる。

 

「次は、母ちゃんに甘えとけよ」

『あ……』

「ただのガキでいいから」

 

 すうっと、レーマ様の手がエクピキの黒い瞳を閉じた。

 優しく、そっと。

 まるで女神のように優しく。

 

「……」

 

 ぬるっとした空気が、重苦しく湿った想いが流れ去る。

 雲海の波にさらわれて。

 ざさぁ、ざさぁと。

 

「……」

 

 レーマ様はしばらく何も言わなかった。

 アユミチも、何も言えなかった。

 

 ただ、なんとなくわかってしまった。

 エクピキは、レーマ様を現世に返したかったのだと。

 アユミチと同じく、レーマ様を世界に再臨させたくてずっとあがいていたのだと、ずっとずっと抗っていたのだとわかってしまった。

 

 なんだよ、お前。

 だったらそう言ってくれよ、馬鹿野郎。

 【指】じゃ喋れなかったとしても、手は繋げたかもしれないだろうが。

 カヨウの手を握りながら、泣きそうな気持を噛みしめた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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