法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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 前書き
 情景描写など省いて話を進めます。
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7-03.天赦

 

「なんだ、変な顔して?」

「いえ、何でも……」

 

 変な奴の手紙を見て脳がくらくらしていたらレーマ様が戻ってきた。

 死んでも耳の奥に印象が残っている。パテシーイ、奇人。

 戦馬車に轢かれて死んだのはアユミチと同じだ。共通点を見つけてまた嫌な気持ちになる。

 

「あ……」

「レーマ・ルジア様。彼はニーモ、トローメの王……王子です」

 

 どたばたしていたが、ニーモにとっては初顔合わせということでいいだろう。

 紹介を受けたニーモが体を起こしてレーマ様を見上げる。

 

「王子ねえ? どうでもいいけどな」

「そうかもしれませんけど……ニーモ、こちらは女神レーマ・ルジア様だ」

「はい……はい、失礼をしました」

 

 エクピキの記憶をどの程度共有したのかわからない。

 驚いたという様子はなく、素直に、ただレーマ様の存在感に少し見惚れるような顔で見上げ、座り直す。

 

「ニーモ・トローメです。女神レーマ・ルジア」

「あぁ」

 

 

 意外だな、と。

 今までアユミチが送った少年たちと比較して、ニーモの顔立ちの整い方は一枚上に見える。

 美少年で王子様。

 レーマ様が好みそうだと思ったのだが、以前のようにむしゃぶりつきそうな接し方をしない。

 

 エクピキが憑りついていたから、まだどこか汚いとかあるのかもしれない。うんこついてるみたいに。

 あるいは、今まで送った少年たちを愛でて、がっつくほど飢えていないのかも。

 レーマ様の胸中がどうなのかなどわからないし、聞いて機嫌を損ねるのは困る。藪を突くのはやめておこう。

 

「あの……」

 

 アユミチから突っつきにはいかないが、ニーモの口まで塞ぐことはできない。

 物理的に口を塞ぐにも、王子様の口に触れるなんて不敬をしたら後で処刑されるかもしれないし。

 

「僕を……僕は、このまま……女神様にお仕えしてもいい、でしょうか?」

 

 女神様にお伺いを立てる王子様。

 緊急事態で無理やり連れてきてしまったものの、アユミチには都合がいい申し出だ。

 ニーモ自身、王の責務や兄との別れに耐え切れない様子だった。

 まだ子供。つらい現実に戻りたくないと思うのも当然。

 

「当たり前だろ。最初からそのつもり……でもねえか」

「エクピキのことで慌てていたんで」

「ま、そいつも終わった話だ。いつも通りでいいだろ」

「ニーモがこう言っているんで……彼が望むなら」

「お願いします」

 

 反対する理由も見当たらない。

 戻った後、トローメのお偉方になんと説明したものか。

 女神様のところで体を癒しているとでも言ってしばらく取り繕えばいいかな。

 様子を見てニーモが立ち直れそうなら迎えにくればいい。何なら天馬の戦馬車で城に帰せば、国民からの人気が爆発するのでは。

 少なくとも、明日をも知れぬ今のトローメ王都に送り返すよりはよさそうだと思う。

 

 

「左潮伯とかには伝えておく」

「お願いします。これを」

 

 連絡係を請け負うアユミチに、ニーモが胸にかけていた濃紺の宝石を外して渡してきた。

 安物ではないだろう。

 

「千海の中子(なかご)。トローメ国王の証です」

「や、そんなものを……」

「あなたに預けます。これがあれば、左潮伯たちもわかってくれるかと」

「……とりあえず、預かるよ」

 

 濃紺の宝珠。

 ニーモの胸にある時は少し輝いて見えたが、アユミチの手ではくすぶったようにしか見えない。

 やはり高級な宝飾品は相応の外見レベルの人間が持ってこそ輝くのだろう。

 

 

「にしても、お前ってほんとに遠慮がねえな」

 

 やれやれとレーマ様が呻く。

 

「いや、別に俺がほしいわけじゃ」

「ちげえよバカ。こないだもあたしの馬車を汚しやがって、またかよ」

「あ……あー、はい。すみません」

 

 叱られた。

 前に戦馬車でパテシーイを轢いた。

 今回は、無理やり復活したエクピキを乗っけてきた。

 叱られる覚えがないこともない。

 

「あたしのだってわかってんだろうな」

「もちろんですよ。他にどうしようもなくって……」

「どうだか」

 

 アユミチにもっと他の手があれば、他の力があれば。

 レーマ様の戦馬車を活用しようなどと考えないだろうけど。

 たぶん。

 

 

「お住まい、新しくされたんですね」

「入んなよ」

 

 立場の弱いアユミチから話題を逸らすようにカヨウが尋ねると、短く素っ気ない返答。

 新しい建物には入るなと釘を刺された。

 

「はい、仰せのままに」

「……ふん」

 

 いつもいる広間とは別に作った建物。

 状況から考えて後宮(ハーレム)ということでいいと思う。

 アユミチがレーマ様の立場だとして、自分が美少年を集めて囲っている建物に他人を入れたいかと聞かれたら、間違いなくイヤだ。

 気持ちはわかる。共感できる。

 

「イサヤたちはあそこに?」

「あぁ」

「元気にしてますかね?」

「……見てりゃわかんじゃねえか」

 

 ぷいっとアユミチたちを置いて戦馬車の方に歩いていくレーマ様。

 どういう意味かと思い、五重の塔のような建物を見上げる。

 中がどんな構造かはわからないが、どこかに……

 

 

「あ」

 

 少し高い窓の奥に、イサヤの顔が見えた。

 遊んでいるのか駆けるような速さで。

 続けて、ナーリヒとカハロが笑顔で追いかけていく。

 

「いた! ほら」

 

 カヨウにも見てくれと指差した。

 イサヤは友達ができて楽しそうだ。

 ナーリヒはジルボン師に懐いていた。デフィロといい、ジルボン師は子供に好かれる性質なのかもしれない。

 カハロ。お前の母さんの仇は討ったから。

 続けて他の子供たちも幸せそうな笑顔で。

 

「レーマさ――」

「次で終わりだ」

 

 そんなに大きな声量ではなかった。

 戦馬車の方を向いたままのレーマ様の言葉は、いつになく静かで、はっきりと。

 

 

「次で、最後だ」

「……なんです?」

「アユミチ、お前さぁ……」

 

 振り返ったレーマ様は、情けないような苦笑いを浮かべて。

 

「何のためにやってんだよ、こんなこと」

「なんの、ってそりゃ……あ」

 

 何のために泥まみれになって苦しい思いをして戦ってきたのか。

 そのゴールは?

 

「お前の願いを叶えてやれるって話だよ。アユミチ」

「……」

 

 願いが、叶う。

 銀糸の髪を結んでもらった首が、ぎゅっと締まる思いがした。

 

「ゼラ……」

 

 そうだった。

 それを望んで、願って、何を犠牲にしても叶えたいと言ったのに。

 

『ホドウさん、あなたは嘘つきですネ』

 

 もう一度、頭痛を呼ぶ声が脳を揺さぶった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 かわいそうなアユミチさん。

 かわいそうで可愛いアユミチさん。

 

 女神様の再臨と伴侶の復活が叶うって聞いたのに、浮かない顔。とっても浮かない顔。

 かわいそう。

 かわいい。

 

 帰り道、天馬の戦馬車の足が捨て森の外れまでしか届かないって聞いて、少しほっとしたのも見ていた。

 すぐに結果が出ない。少し時間の猶予がもらえる。

 ニーモ殿下に心の整理の時間が必要なのと同じ、アユミチさんにも時間がほしい。

 自分に言い訳する時間がほしい。

 

 早く王都に戻るべきなのかもしれないけれど、あんまり足は進まない。

 時々、黒蝶とお話ししていた。

 まるで神様に許しを請うみたいに。

 

 

 違うでしょう。

 そっちじゃない、でしょう?

 あなたが許しを請うのは、許可を得たいのは。そっちじゃあない、でしょ。

 

「アユミチさん」

 

 今ならわかる。

 アスパーサ、あの女。

 このことを言っていったんだって。

 

「よかったですね、ゼラ様のこと」

「……あぁ」

 

 ――こっちの方がいいと思うの。

 

 ええ、本当に。

 

 

「アユミチさん」

 

 野営。

 二人きりの野営。

 初めて一緒に女神様の寝所に行った時と同じく、静かな夜。

 

「こっちを見て下さい」

「……」

「私を……カヨウを見て下さい」

 

 あの時とは違う。

 私は大人になった。

 背丈は大して変わらないけれど。

 

「……カヨウ」

「はい」

 

 今夜は、布一枚なんかじゃない。

 脱ぐ必要なんてない。

 脱がすのは、あなたの心。アユミチさんの弱さを。ゆでた卵の殻を剥くみたいに優しく、容易く。

 

 

「わかっていますから」

「……」

「もういい、なんて。アユミチさんの本心じゃなかったんですよ」

「……」

 

 私に言ったのだもの。

 ゼラの命はもういいって、あなたは私に言ったの。確かに言ったの。

 

「俺は……」

「大丈夫です」

 

 ふわりと、大きな彼の体を包み込む。

 

「誰にも言ったりしませんから」

「……うん」

 

 かわいい。

 かわいそうでかわいそうで、本当にかわいい。

 

「女神様の再臨を果たして、ゼラ様を生き返らせる。それがあなたの望みです」

「カヨウ、俺は……」

「私が、知っていますから」

 

 全部、私が知っていますから。

 あなたの弱さも苦しさも全部知っていますから。あなたが罪悪感で圧し潰されそうな小さな人だってことも知ってる。

 その上で叶えてあげる。

 私が。

 

「ゼラ様を呼び戻す。今はそれだけで」

「……」

「アユミチさん」

 

 ゼラと私の二択を迫るつもりで命をかけた。

 でも、この方がいい。

 

「私も、ゼラ様とまたお会いしたいですから」

 

 私が、生き返らせてあげる。

 アユミチさんじゃない。手綱を握るのは私。

 だって私、アユミチさんに不幸になってほしいんじゃないんですから。

 ただ、私を一番に、唯一に、絶対にしてほしいだけ。

 

「もういいなんて言ったこと、忘れましょう」

「かよ、う……」

「大丈夫ですよ、アユミチさん」

 

 私がいますから。

 ゼラも、あなたに与えてあげる。

 あなたは妻を見捨てたりしていない。

 その自責に泣きそうになるたびに、私の胸で、私のおなかの上で泣いていいですから。

 甘えて、甘えて、甘えていいんですよ。

 

「あなたが私を捨てない限り、私はずっとアユミチさんの味方です」

「カヨウ……あぁ、ありがとう……ごめん、ありがと……」

 

 すがりついて泣くアユミチさんの頭を撫でた。

 かわいそうでかわいい赤ちゃん。私の赤ちゃん。

 

「だから、私を捨てないで下さい、ね」

「ぜったいに……ぜったい、放さないから……ずっと、ずっと一緒に……」

 

 

 これで、完勝。

 私が死んでアユミチさんに生き返らせてもらうんじゃない。そんな負い目はない。

 アユミチさんが欲しいものを私があげる。

 綺麗な妻も、頼れる愛人も。

 そして、つるつるなゆで卵みたいに柔いあなたの心の弱さを、なんでも許してあげるママも、ここに。

 ゼラ、生き返っていいですよ。

 私が許してあげますから、ね。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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