法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-05.

 

“生と死の狭間。アの場所で、ワたシの血肉とどうシテも伝えたイ意志をアなタが見た!”

 

 頭痛が止まない。

 仕方がない。こんなものが頭の中に住み着いては。

 

“気にするコトはありマせんよ。徒党を組んで他人を襲うような者なんテね”

 

 それは否定しない。

 実際、今までだってこの手で殺した者も数えきれなくなっている。

 しかし、だいたいいつも必死だった。苦い思いで歯を食いしばりながら、がむしゃらに戦ってきた。

 先ほどのように、三割の力で作業をこなすように処理してきたことはない。

 

“ホドウさんは常人の百倍以上の力を出せるのデスから。全部全力なんテ必要ありマせん”

「……」

“力まず程々にヤればイイんですヨ”

 

 聞いてもいないのだが、勝手にぺらぺらと喋り続ける。

 言っていることを理解できてしまうのが腹立たしいが、脳内で喋る声に対して何もできない。

 

 

 天馬の蹄にパテシーイの血肉がこびりついていたらしい。

 そして、あの場所で広げた手紙。陽灯司長カシキが最後にアユミチに託したそれに、パテシーイの意志が残留していた。

 生と死の狭間、あやふやな場所。

 こんなイヤな奇跡も起こるらしい。人の身で奇跡を選べるはずもない。

 

“ホドウさんはワたシと共感(シンパシー)があるみたいデスね。お互い(テュズ)とヤりたいことデスし”

「……」

“手をお貸ししまショう。手はありマせんがっ”

 

 やかましい。

 叫びたい気持ちをこらえ、深く息を吐く。

 既に脳内パテシーイに言い返して、ノクサにもカヨウにも変な顔をされた。

 疲れているんだということで少し休憩。脳は披露する一方だけれど。

 

“こうナってしまえば一蓮托生。ホドウさんに死なれても困りマスから”

「……邪魔するなよ」

“しようもありマせんので”

 

 アユミチの脳にこびりついたパテシーイの意識の残滓。

 いつまでこのままなのか。死ぬまで続くのか。

 逆に、脳内パテシーイからしても、アユミチの脳から出ていく手立てもない。

 生前は間違いなく人間のクズだったが、先ほどの戦闘で思い知った。超一流の技術を。

 役に立つ。

 

 同時に、思うところもある。

 今のアユミチはかなり不安定だった。誰かの目がなければ欲望のままカヨウに何をするかわからない。

 脳内にこれがいる限りは、のぞき見されている状態でそんな気にはならない。

 法で禁じられているとか道徳的にダメというより、こっちの方が自制が利く。

 いや、自制心に自信がないから必要なストッパーか。

 

“難儀なものデスねェ”

「うるさい」

 

 アユミチの思考も筒抜け。

 カヨウに劣情を催したと言われるのも事実。隠しようもない。

 脳が癒着したせいか、パテシーイの言葉に嘘がないことも伝わってくる。元からあまり嘘を並べ立てる性格でもなかったようだ。

 思ったことがそのまま口に出る。生前も今も大差ない。

 

 

『ごめん』

 

 ひらひらと飛んできたノクサが、唇を尖らせながら謝る。

 どうしたのか。

 

『アユミチもいっぱいいっぱいだったのに』

「いや……うん、こっちこそごめん」

『ねえ、アユミチ』

 

 アユミチが一人で頭を抱えている様子に、追い詰められていると思ったようだ。

 実際に悩ましい状況ではあるが、パテシーイのことをどう説明したらいいのかわからずとりあえず話を聞く。

 

『後悔、してる?』

「こうか……」

 

 後悔。

 心残りがないことなどない。

 もっとうまくやれたんじゃないか、思うところはある。

 

『レーマに願ったこと、後悔してる?』

「……いや」

 

 アユミチの願いをレーマ様は聞いてくれた。

 生きる機会をくれた。

 ゼラを生き返らせてくれる希望をくれた。

 それを後悔しているかと聞かれればそんなことはない。

 感謝している。

 

「してない。後悔してないよ」

『選び直せるなら?』

「変わらない。たぶん同じことを願う」

『そう』

 

 ノクサの質問の意図はよくわからない。

 しかし、思い返してみて悔やむことがあっても、同じ状況になってもきっと同じ選択をしただろうとは思う。

 何もかも正解の道なんてない。進んできた今に後悔があるかと聞かれてみて、願わなければよかったなんて思わない。

 レーマ様とノクサに会えなければ今のアユミチはいない。だからこれでよかった。

 

『なら、よかったんじゃない。きっと』

「ノクサにも感謝してるよ」

『いらないわよ、別に』

 

 レーマ様にも感謝の言葉をいらないと言われたことがあった。

 まあアユミチの気持ちなんて何かの足しになるわけでもない。

 

 

『ノクサも』

 

 微笑み。

 小さな小さな手でアユミチの頭を撫でて微笑んだ。

 

『後悔してない。しないわ』

「ああ」

 

 世界がどれだけ荒れようがなんだろうが関係ない。

 大切に思うものを守れるのならそれ以上のことはない。

 

“何が大事なのかはわかりマせんがネ!”

 

 うるさい。

 それは自分が決めることだ。

 カヨウを守り、ゼラを取り戻す。

 その願いが叶うなら、他に選ぶ道なんてあるはずがないから。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 彼女は与えるものだった。

 多くを与えることが彼女の歓びだった。

 

 彼女は受け取るものだった。

 多くを享受することが彼女の慰めだった。

 

 繭に籠り卵の中へ。

 ノクサリージュにはなんにもなかった。

 全てがあって、なんにもなかった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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