法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
“生と死の狭間。アの場所で、ワたシの血肉とどうシテも伝えたイ意志をアなタが見た!”
頭痛が止まない。
仕方がない。こんなものが頭の中に住み着いては。
“気にするコトはありマせんよ。徒党を組んで他人を襲うような者なんテね”
それは否定しない。
実際、今までだってこの手で殺した者も数えきれなくなっている。
しかし、だいたいいつも必死だった。苦い思いで歯を食いしばりながら、がむしゃらに戦ってきた。
先ほどのように、三割の力で作業をこなすように処理してきたことはない。
“ホドウさんは常人の百倍以上の力を出せるのデスから。全部全力なんテ必要ありマせん”
「……」
“力まず程々にヤればイイんですヨ”
聞いてもいないのだが、勝手にぺらぺらと喋り続ける。
言っていることを理解できてしまうのが腹立たしいが、脳内で喋る声に対して何もできない。
天馬の蹄にパテシーイの血肉がこびりついていたらしい。
そして、あの場所で広げた手紙。陽灯司長カシキが最後にアユミチに託したそれに、パテシーイの意志が残留していた。
生と死の狭間、あやふやな場所。
こんなイヤな奇跡も起こるらしい。人の身で奇跡を選べるはずもない。
“ホドウさんはワたシと
「……」
“手をお貸ししまショう。手はありマせんがっ”
やかましい。
叫びたい気持ちをこらえ、深く息を吐く。
既に脳内パテシーイに言い返して、ノクサにもカヨウにも変な顔をされた。
疲れているんだということで少し休憩。脳は披露する一方だけれど。
“こうナってしまえば一蓮托生。ホドウさんに死なれても困りマスから”
「……邪魔するなよ」
“しようもありマせんので”
アユミチの脳にこびりついたパテシーイの意識の残滓。
いつまでこのままなのか。死ぬまで続くのか。
逆に、脳内パテシーイからしても、アユミチの脳から出ていく手立てもない。
生前は間違いなく人間のクズだったが、先ほどの戦闘で思い知った。超一流の技術を。
役に立つ。
同時に、思うところもある。
今のアユミチはかなり不安定だった。誰かの目がなければ欲望のままカヨウに何をするかわからない。
脳内にこれがいる限りは、のぞき見されている状態でそんな気にはならない。
法で禁じられているとか道徳的にダメというより、こっちの方が自制が利く。
いや、自制心に自信がないから必要なストッパーか。
“難儀なものデスねェ”
「うるさい」
アユミチの思考も筒抜け。
カヨウに劣情を催したと言われるのも事実。隠しようもない。
脳が癒着したせいか、パテシーイの言葉に嘘がないことも伝わってくる。元からあまり嘘を並べ立てる性格でもなかったようだ。
思ったことがそのまま口に出る。生前も今も大差ない。
『ごめん』
ひらひらと飛んできたノクサが、唇を尖らせながら謝る。
どうしたのか。
『アユミチもいっぱいいっぱいだったのに』
「いや……うん、こっちこそごめん」
『ねえ、アユミチ』
アユミチが一人で頭を抱えている様子に、追い詰められていると思ったようだ。
実際に悩ましい状況ではあるが、パテシーイのことをどう説明したらいいのかわからずとりあえず話を聞く。
『後悔、してる?』
「こうか……」
後悔。
心残りがないことなどない。
もっとうまくやれたんじゃないか、思うところはある。
『レーマに願ったこと、後悔してる?』
「……いや」
アユミチの願いをレーマ様は聞いてくれた。
生きる機会をくれた。
ゼラを生き返らせてくれる希望をくれた。
それを後悔しているかと聞かれればそんなことはない。
感謝している。
「してない。後悔してないよ」
『選び直せるなら?』
「変わらない。たぶん同じことを願う」
『そう』
ノクサの質問の意図はよくわからない。
しかし、思い返してみて悔やむことがあっても、同じ状況になってもきっと同じ選択をしただろうとは思う。
何もかも正解の道なんてない。進んできた今に後悔があるかと聞かれてみて、願わなければよかったなんて思わない。
レーマ様とノクサに会えなければ今のアユミチはいない。だからこれでよかった。
『なら、よかったんじゃない。きっと』
「ノクサにも感謝してるよ」
『いらないわよ、別に』
レーマ様にも感謝の言葉をいらないと言われたことがあった。
まあアユミチの気持ちなんて何かの足しになるわけでもない。
『ノクサも』
微笑み。
小さな小さな手でアユミチの頭を撫でて微笑んだ。
『後悔してない。しないわ』
「ああ」
世界がどれだけ荒れようがなんだろうが関係ない。
大切に思うものを守れるのならそれ以上のことはない。
“何が大事なのかはわかりマせんがネ!”
うるさい。
それは自分が決めることだ。
カヨウを守り、ゼラを取り戻す。
その願いが叶うなら、他に選ぶ道なんてあるはずがないから。
◆ ◇ ◆
彼女は与えるものだった。
多くを与えることが彼女の歓びだった。
彼女は受け取るものだった。
多くを享受することが彼女の慰めだった。
繭に籠り卵の中へ。
ノクサリージュにはなんにもなかった。
全てがあって、なんにもなかった。
◆ ◇ ◆