法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-06.罰と救いと

 

 何もかも壊れてしまった。

 未来なんてない。

 明日なんてこなくていい。

 マフラーに顔を埋めて、何も見ずに震えていた。

 温かな明りが差すまで。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 王都に近づくほど空気が悪くなっていく。

 何もかも諦めた亡者のように歩いていく人々。王都から遠ざかるように。

 自棄(やけ)になって乱暴狼藉を働く者も少なくない。

 

 これが戦争の後、戦禍というものか。

 平和な国に育ったアユミチには遠い出来事だった。

 西港ディサイが襲撃された時も難民と行動を共にしたが、同じというわけでもない。

 あの時は街道沿いに別の町へと逃げようという全体的な意思があった。そこまで行けば何とかなるというような。

 今はひどく暗然と、希望も目的も見失いただ歩いているだけのように見える。動いているだけの屍の群れ。

 

 完全に心を(くじ)かれ、濁り淀みに支配されている。

 国が滅び廃れるというのはこういうものなのか。

 

 

『ひどいものね』

“悲惨なものデスねェ”

 

 ノクサとパテシーイの感想が一致するのも仕方がない。アユミチだって同じような言葉しか浮かばない。

 

「軍は何をしているんだ」

 

 完全に掌握するのは無理だとしても、もう少しなんとかできなかったのか。

 王都周辺は人口が多い。パニックになれば被害も大きい。

 

「ニーモが勝ったって宣伝すれば、ここまでにはならなかっただろ」

『そういうものかしら?』

「どっちが勝っても負けても、たいていの人にはどっちだっていいはずだ。住み慣れた町から逃げ出すなんて」

 

 西港の時は敵国からの侵略だった。

 今回は違う。内戦で、言ってしまえば王家の跡取り問題と見えていたはず。

 それももう終わった。

 神域に行って戻って、四日ほど前に内戦の決着はついたはずだ。

 ただちに全ての戦闘行為が終わるわけではなくとも、終わらせる為に勝利宣言などするものではないのか?

 

 テレビも通信もないこの世界で、情報の伝達が遅いのか。

 あるいは喧伝や情報戦を重視していないのかも。いや、アユミチが女神の使いだと吹聴していたからそんなこともない。

 できなかった、あるいは着手が遅かったと考える方が自然。

 その結果がこの惨状。

 

 治安は最悪で。王都のファニアやムンジィたちと合流を目指したいが、カヨウを連れて主街道を進むのはためらわれた。

 ふとしたきっかけで爆発するかもしれない人々。主街道にはどうしたって多い。人波に飲まれることになれば対処しきれない。

 迂回する道を選びながら王都を目指す。

 

 

 

「やめろって、っってんだろうが!」

 

 火かき棒を振り回す男のみぞおちにアユミチの肘を叩き込んだ。

 

「ぶぉ……へっ……」

 

 目を白黒させながら倒れ込み、よだれと涙と鼻汁を地面に垂らしてもだえる男。

 他二人。鼻面に掌底を受けて悶絶してるのと、背中から地面に叩きつけられ呼吸困難になっている男と。

 主街道ほどではなくとも人はいる。荷物を抱えた者、それらを奪って生き延びようとする者も。

 

「殺してもいいんだぞ」

「ひっ……」

“殺してしマうと泣いテ苦しむ顔が見らレまセんからネ!”

『なんか急に頼もしくなっちゃった? 吹っ切れた……慣れたのかしら』

 

 こんなことに慣れたいわけではないが。

 アユミチの力ではない。脳内のパテシーイを利用する感覚が少しだけつかめた。

 少数の素人相手ならノクサの力を借りるまでもない。

 

 

「殺されても文句言えないよな、なあ?」

「かんべ……かんべんしてくれ……俺だって、こんな……」

「……」

 

 火かき棒やら(くわ)やらを手に襲ってきた者が、普段から人を殺して生計を立てているわけではないのはわかっている。

 動きが、人間を襲うのに不慣れだった。アユミチと違って。

 

「なんだってこんなことするんだ? なあおい」

「だって……だから、俺だってこんな……俺だってみんな取られた。全部、かっぱらわれて……」

「だからってひと様襲って奪っていいわけないだろうが!」

「ひぃっ! すんません、すんません!」

 

“弱イんデスからネ”

 

 違う。

 違うけれど、パテシーイの言うことは現実だ。

 アユミチだって弱ければここで命も荷物を奪われ、カヨウは彼らに凌辱されていた。

 無法な今のこの国ではそれが現実。

 

 

「謝るくらいならまっとうに生きろよ! バカか!」

「う……だって、よぉ……俺ぁもう……この国はもう終わりだ。この世界はもう、どうせ終わっちまう……」

「なんでだよ。たかが王様が変わるくらいで」

「違う! そうじゃ……そんなんじゃねえ……」

 

 愚にもつかない言い訳を零す男に苛立つが、男はぼろぼろ泣きながら続ける。

 大の男が大泣きするのを前にして、言い過ぎたかと言葉に迷う。

 

「おしまいなんだ……神様が、トローメの神様がなくなって……」

『あらら、ちゃんと伝わってるみたいね』

「……」

 

 エクピキはトローメ王国の国教。その柱がなくなったのはショックだったかもしれない。

 腐敗していた教団幹部はともかくとして、ただ神を信じていただけの人々にとっては。

 少しばかり罪悪感が湧く。

 

“神なんテそんナたいソうなモのデすかねェ?”

 

 いや、それお前が言うのかよ。

 胸中でつっこみつつも、パテシーイの思考が有益だったから信奉していただけだと考えているのも伝わってくる。

 嫌なことに、平均的日本人級に神様関係の切り替えが安直なアユミチも同じような感覚だが。

 しかし神の奇跡が実在し信仰心の厚いこの世界では違うのだろう。

 

 

「それは……いや、神様なら他にもいるだろ。もっと強くて正しい神様に」

「んなことどうだっていい!」

“はハっ! 同意見デす!”

 

 いやいや、お前が神様がいなくなって絶望してるって言ったんじゃんか。

 錯乱して支離滅裂なのか、ただ自分のせいじゃないと並べ立てたいだけなのか。

 

 道中、襲ってこない人間にも話を聞こうとしてみた。

 警戒されて逃げられたり、もう終わりだとかそんな様子でまともに話にならなかった。

 深く聞き出そうとすると狂乱して(わめ)き散らされ、諦めた。

 彼らも同じようなものか。

 

「神の怒りに触れたんだ! エクピキがお怒りなんだよ!」

「は?」

「神が世界を滅ぼす! もうおしまいだよ!」

『エクピキにはもうそんな力はないけど……まあ、そうね』

 

 神が死んだから絶望した、というのではない。

 神の怒りが世界を滅ぼす。だから絶望していると。

 信仰心の強い人からすればこの惨状は神罰と映るのかもしれない。

 

 

「どうして」

 

 少し離れていたカヨウが隣まで来ていた。

 泣き喚く男を見下ろして尋ねる。

 

「どうしてそう思うんですか?」

「だって……でなきゃ……」

 

 痛めつけたアユミチではなく、優し気な少女だったからだろう。

 男はもう一度大粒の涙を零しながら頭を振り、少し声量を落として続けた。

 

「国中で……世界中に死病が広がってるんだ……」

「ああ、そんな話は聞いたけど……」

「おしまいだ……王都はバケモンみたいな魔獣がめちゃくちゃにして、俺らはみんな死病で死ぬんだ……」

 

 

 神の怒りに触れた都は滅びた。世界には死病が溢れ、都では魔獣が暴れまわっているなどと。

 事実もデマもごちゃごちゃになっているのだろう。

 トローメの王城もエクピキ大聖堂も派手に壊れた。あれが人間の仕業とは誰も思うまい。

 

 関わった者として責任の一端を感じる。

 アユミチが何もしなければ、彼らは貧しくとも変わらぬ日々を過ごせていたのかもしれない。

 

 ――女神様の薬だ。

 

 彼らに酒瓶の美酒を与えた。

 

 ――女神レーマ・ルジアが世界を救ってくれる。

 

 だから落ち着け。

 お天道様に恥じない生き方をしろ、と。

 そう言って先に進んだ。

 

 

『世界が滅びる、ね』

「そう思うか?」

『どうかな』

 

 先を行くノクサに尋ねてみるが、彼女は苦笑いを浮かべて首を振った。

 

『たぶん、何もかもなくなったりはしないわよ』

「そういうもんか?」

『アユミチって自分のうんこ消せる?』

「いや……いや、うんこ? 消せないけどさ」

『そんだけ怒って嫌っても?』

「無理だろ」

『ね、無理でしょ』

 

 自分の体から出たものでも、どれだけイヤでも消せるわけではない。

 神様にとって世界とはそういうものなのか。

 自分のうんこだったり子供だったり。

 

「消せなくても、殺して滅ぼしちゃうとかは……」

“ホドウさんは破滅的デスねェ”

 

 うるさい。心配性なだけだ。

 

『気に入らないものはね。だけど』

「?」

『気に入らないってことは、気に入ってるものもあるのよ。何もかも好きじゃなくても、全部が全部嫌いってわけでもないでしょ』

“ホドウさんとワタシの関係ですネ!”

 

 違うわ。

 お前なんて全部嫌いだよ。好きな要素かけらもない。

 

「ああ……そういや相性がいいのが集団作っていったんだっけか」

『ちょっと違うけど。なんにもないのは寂しいってレーマ達は考えるみたいだから』

「ふうん」

 

 孤独を愛するのも、孤独じゃない状況があるから。

 そう思えば、何もかもなくなってしまうと孤独が当たり前、普通になってしまう。

 何もなくていいと考えるような存在なら、世界を創ろうなどと始めることもないか。

 

「途中で、全部イヤになって投げ出しちゃうとかは?」

『んー、ノクサと違ってみんな何かしら欲求あったし、どうかな』

 

 欲がある。

 全てを捨ててしまえるような者はいなかったのか。

 

「スカーアは?」

『ん?』

「前に言ってただろ。他の神様みんな殺して自分も死んだって」

 

 自分の命を捨てて皆を殺した。

 全てを手放した女神。

 

『あははっ! あれこそ欲望丸出しよ、欲だけで生きてるみたいな女ね』

「なんかそういう印象じゃないんだけど……」

『アユミチは女を見る目がないからね』

 

 ちらりと、ノクサの目が前を歩くカヨウに動く。

 いや、わかるよ。最初はただの子供だと思っていたけど、今はすごく女の子だと意識してる。

 アユミチは女を見る目がない。

 ゼラのことだって、最初は訳のわからない我がままお嬢様だと思っていたし。

 カヨウが振り向き小首を(かし)げる。

 

 

「何かありましたか?」

「なんでもない……ああ、あの村で少し休ませてもらおうか」

「村……壊されているみたいですけど」

「屋根と壁だけでもあればいいさ」

 

 王都近郊の農村だったのだろう。

 小さめの風車がついた建物が目に入り、日も暮れてきたので休憩することにした。

 

 

 

 近づいてみて、だいぶ荒らされているのがわかる。

 食べ物がないか金目のものがないか。既に家探し済み。

 ドアは壊され、乱雑に探し物をされたのだろう粗末な食器などが外にも中にも散らばっている。

 

 住民、あるいは先客がいないか。

 呼びかけてみても探しても誰もいない。風車が回る音以外には何も。

 

 とりあえず一晩そこで過ごそうとして――

 

 

『起きて、アユミチ』

 

 眠っていたアユミチに呼びかけるということは、何かあったのだろう。

 脳を覚醒させながら暗闇に目を凝らす。

 何かの気配。風車のきしむ音とは別に。上から。

 

「……」

 

 風車の歯車や軸を交換する為の小部屋などがあったのかもしれない。

 そこで息を潜めていた誰かが。

 

 

「動くな」

「あっ……」

 

 降りてきた人影の胸倉を掴み壁に押し当てた。

 ぐいと、ボロ小屋の壁に小さな体を押し潰すように。

 

「俺の荷物を」

「あ、ぅ……」

「子供……?」

 

 小さい。カヨウよりまだ軽い。

 目が慣れてきて、アユミチが掴んでいるのが首に巻かれたマフラーだとわかる。

 その両手に抱えて盗もうとしていたものは、寝る前にアユミチが外した左手の小弓。

 

 黒い、なんと言ったか魔獣の素材から作ったと言っていた彼女の小弓。

 玄鼠兜(くろそと)だ。頭蓋骨が小弓のフレームで、異様な強度の体毛が弦に使われている。

 魔獣という言葉が特に珍しい存在を示すというのを知らず、ビッテスに変な疑心を与えてしまった時に聞いた。

 

 

「それは大事なものだ。盗むなら子供でも――」

「おねえ、ちゃん、の……」

 

 震えている。

 小さな子供が、少年が、がくがく震えながらその小弓を抱きしめて。

 放さない。

 絶対に放さないと訴えるように、涙でいっぱいの瞳でぎゅっとアユミチを睨む。

 

「お姉ちゃんの……お姉ちゃんの、だから……」

「……」

 

 ――弟がいるんだ。

 ――嘘だ。私の人生、うそばかり……

 

「姉の、名は……?」

 

 マフラーを掴む手が緩んだ。

 震えて。

 少年の震えがアユミチの手にも移って。感染して。

 

 

「……お母さんが……リグラーダ、って……」

「……」

 

 なんだよ。

 なんだよ。

 嘘じゃない……嘘じゃなかったじゃないか。

 嘘つき……嘘つき。

 

「ああ」

 

 この子は、俺が守るから。

 それだけが彼女に報いる道だと、手の中に残った救いを強く抱きしめた。

 リグラーダの弟クルサドの体を抱きしめた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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