法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-07.罪悪感、それぞれ

 

 彼女はずっと自責に苛まれていた。

 自分は生きている。

 自分が生きているのは、親に捨てられなかったから。

 何も頼る者がなければ生きていられなかったと思う。

 

 なのに、自分は子を捨てた。

 一番上の子を売った。

 女の子だった。

 無口で、刃物ように鋭い目をした女の子。

 

 二番目の子は三か月を待たず死んだ。

 三番目は男子で夫は喜んだが、あまり体が丈夫はない。

 少し間が空いてから生まれた子も男子。兄の虚弱を考えるとこの子が跡取りになるかもしれない。

 けれど生活は厳しく、皆を十分に食べさせていける見通しは立たない。

 

 そんな時に人買いから持ち掛けられた。

 十二になる長女。貧民にしては整った顔立ちで、今が特に高い値がつく。

 裕福な家に行けばこの子にとっても幸福だ。悪いことじゃない。

 トローメでは女の地位は高くない。夫が承諾し、娘も否とは言わなかった。だから反対しなかった。

 売らなければ攫われるかもしれない。なら、少しでも……

 

 

 いつか罰を受けるのではないか。

 それが今日だと悟り、何も言えなかった。

 

 見違えるほど成長していても自分の子だ。すぐにわかった。

 旅装……兵士のように武器も携えている。

 鋭い目つきは相変わらず。家の戸の前に立ち何を言うでもないその姿を見て、入りなさいと言った。

 おかえりなさいとは言ってやれなかった。

 

 ――結局、二人とも病で死んだの。

 ――死んだ後に生まれた子が最後の子よ。

 

 何のために私を売ったのか。

 恨み言でも言われるかと思ったけれど、そうか、とだけ。

 無口なのは相変わらず。

 

 復讐に来たのだと思った。

 断罪に来てくれたのだと思った。

 白湯を一杯飲んだ後に娘が――かつて娘だった子が言ったのは、

 

 ――こんなに狭かったんだな。

 ――前は、もっと広かった気がした。

 

 娘の背丈は伸びて、貧しい家は昔のまま。

 畑仕事に出ていた夫とクルサドが帰ってきて、夫は目を見開いて何も言えず。

 

 

 ――生きている。それだけ言いに来た。

 

 壊れた風車の修理代にと、いくらかの金を置いて。

 状況がわからず戸惑っているクルサドに、貧民には不釣り合いなほど上等なマフラーをかけて、そのまま立ち去った。

 小さくなっていく背中に名を呼び掛けたけれど、聞こえないほど小さな声しか出なくて。

 それきり。

 

 

 罰が下ったのはそれから二年後。

 トローメが滅び、野党が金や食料を求めて村々を漁っていった時。

 夫は兵隊に駆り出されて戻らなかった。

 

 自分が死ぬのは仕方がない。もう生きる術もない。

 けれどどうか、何の罪もないクルサドだけは。

 どうか助けてやってほしい。

 頼める義理もない、厚顔無恥な話だとしても、どうか。

 リグラーダ。私の娘。どこかで生きているのなら、この子だけはどうか助けてあげて。

 それが最後の願いだった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「手出ししなくて正解だったなぁ」

 

 早馬の報告を聞いたアルゴ・ノーツが両手を広げて首を振る。

 

「さすがホスバルドル切っての俊英ノアカッセ提督。波を見る目に間違いなしだ」

「手を出せなかっただけです」

 

 トローメの内乱。これに乗じて漁夫の利を得る。

 考えないでもなかったが現実が許さなかった。

 

「本国からの支援なしではこの町を治められない。陸路に不慣れな我々がもたもた王都に攻め入っても、ここを手薄にするだけです」

「あんたの手柄を奪い取ろうって奴もいるんだろ」

「そうですね」

 

 漁夫の利を狙うのは自分たちだけではない。ノアカッセの後ろにもいる。

 大波に乗ったつもりが、帰る港を失いかねない。

 

「あなたの部下たちが協力してくれたとしても、この町の自治権を認めてもらえるほどの功績は挙げられなかったでしょう」

 

 打診はあった。

 東港アナトーリに避難した奴隷海将隊の面々からアルゴ・ノーツに、内乱に呼応するよう。

 左潮伯エクソト家に取り入ったのか。

 

 王弟ニーモを擁立する左潮伯派に協力し、それでもってディサイでの権利を認めてもらう。

 そのように口利きすると言われても、十分な戦力がなかった。まして内陸に侵出するのは先行きが見えない。

 アルゴの部下たちの要請を無視してしまった形になるが、身動きが取れない。

 

「あの双子も、こちらの立場を思って言ってくれたのでしょうが」

「んな上等なもんじゃねえよ、あのクソ兄弟に善良さなんざ期待するだけクソだ」

「トリーゾもコッポも優しい。ジナミナは知ってる」

「そりゃお前にはな」

 

 けっ、と面白くもなさそうに吐き捨てながらもアルゴの顔もどこか優し気だ。

 戦の時の怪我もだいぶ良くなっている。半年ほどの間にノアカッセやメムナーンとの関係も良い方向に。

 

 

 なるほど。

 双子が左潮伯の意向としてこちらに協力要請をしてきた。それはあくまで表向き。

 離ればなれになってしまった彼らに、無事でいると伝えるのが本来の目的だったか。

 ノアカッセが本国首脳との軋轢(あつれき)で動けないのは承知の上で。

 

「なんにしても動かなかったのは正解だったようですが」

「大魔獣が王都で大暴れして世界中に死病が広まってるってんじゃ、そりゃあな」

 

 早馬で伝わる情報も錯綜している。

 だが、死病の蔓延は事実だ。トローメの内乱よりも前から。

 

「本国も、他周辺各国も。今は死病対策に追われているようです」

「大流行ねえ……」

「皮肉なものですが」

 

 はあ、と溜息も漏れる。

 対策の難しい死病の流行は過去の歴史にもあった。

 国力を数割落とすほどの脅威で、それだけで国家存亡の危機にもなり得る。

 

「直近にコスタス・マクリアスの敷いた対策のおかげでこの町は救われています。この地域全体、警戒心が強かったのが幸いでした」

「たしかに、皮肉なもんだ」

 

 流行病への対策を最近していたおかげで、地域全体で防疫に取り組みができている。

 疑わしきは入れるな。

 声をかけ合い、共同体の中に隠れ感染者がいないか確認する。

 過剰な警戒心で無実の者が追放されることもあるかもしれないが、全体を守るためにはやむを得ない。

 また、そうならないよう一人一人が自分を守るよう意識している。

 

 かかってしまえば死ぬ。

 捨て森の騒ぎのおかげで、西港周辺地域は身近な危険として共通認識があった。

 だから守れている。

 

 

「例の薬師。北府に現れたとのことですが、本当に神の使いかもしれませんね」

「どうだかな。北府でも流行ってるみたいだから、コスタスの言ってた通りそいつが死病を生んでるのかもしれねえ」

「ここで流行っていないのは?」

「そりゃあ、あれだ。コスタス閣下やアントニー閣下の命と差し替えに、さ」

「エクピキ教の方からすれば、彼は間違いなく死の使いでしょう」

「おっと、前言撤回。奇跡の薬師は少なくともエクピキよりはずっとマシな神様の使いだろうぜ。とびっきり美人でおっぱい豊かな女神様だって話だしな」

「ん」

 

 新しい鉄球の拳をつけて倒立していたジナミナが、くるりと返って首を傾げる。

 それからおもむろに、丸い鉄球の拳を自分の平らな両胸に当てた。

 

「アルゴ」

「何も言うな。わかった、俺が悪かった」

「悪くない。ジナミナは知ってる」

 

 こめかみを抑えて首を振るアルゴ・ノーツにジナミナの言葉の拳は止まらない。

 

「男はおっぱいが好き。大きくても小さくても」

「……」

「トリーゾとコッポが言ってた」

「あんのくそみそ双子ども……」

「ノア」

 

 拳はノアカッセにも飛んできた。言葉の形で。

 

「ノアもおっぱい好き?」

「そう……ですね」

「飲む?」

「……」

「大丈夫、ジナミナはふたつある。二人までいっぺんに大丈夫」

 

 なるほど、二人いっぺんか。あのくそみそ双子。

 以前船上でやりあったこともある双子の顔を思い返し、アルゴ・ノーツの気持ちに同調した。

 情勢が落ち着いたら、アルゴと一緒にあの双子をマストに吊るそう。

 一瞬でも、アルゴと並んでジナミナのおっぱいをすする自分を想像させられ、苦笑いを浮かべながら奥歯を噛みしめた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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