法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-10.誰ぞ知る

 

 戦乱で家を荒らされ家族を失った少年クルサド。

 知らない大人の男に抱きしめられ、怖い思いをさせてしまっただろう。

 我に返ったアユミチは必死に謝った。

 変な意味ではない。リグラーダのことは自分も知っている。君を守りたい。

 クルサドは困惑していたが、アユミチがリグラーダの味方だとわかってくると泣き出した。

 

 リグラーダは、と聞かれて。答えられなくて。

 答えがなくてクルサドは理解した。

 彼の方の事情も聞く。

 会ったのは一度だけ。このマフラーをもらった。後から姉だと両親に教えてもらったと。

 詳細はわからないがこの家はリグラーダの生家で、クルサドは彼女の弟。

 

 こんな偶然があるのか。

 偶然ではない。リグラーダが引き合わせてくれたのだと思う。

 独りぼっちになってしまったクルサドを救う為に。

 守らなければならない。アユミチがこの子を。

 裏の納屋の陰で打ち捨てられていた遺体。クルサドの母を簡易だけれど弔い、一緒に都に向かった。

 

 

 王都が見えてきて、あらためて異常さに気づいた。

 破壊された城壁。街並み。時折遠くから聞こえる地響きのような音。

 戦闘が続いているのか。遺してきたファニアやムンジィ達は無事か。

 

 その答えはすぐに見つかった。

 ちょうどアユミチが辿り着いた入り口。主街道ではない小さめの通用門近くでムンジィを見つけた。

 偶然が続く。

 

“ソレはまた都合が良いデスねっ! 偶然!”

 

 頭の中で別の誰かがわざとらしく感嘆したせいで、一歩引いた視点が浮かんだ。

 偶然にしてはできすぎ。

 偶然ではない。

 これまでのことも全て……全て、最初から。

 

「知っていたのか」

「どう動くかわからない未来だってあったわ」

「捨て森が焼かれるのも」

「だから逃げるように伝えたのよ。半分は助かったんじゃないかしら」

「感謝しろとでも?」

「そんなつもりはないのだけど、感謝してくれるなら優しくしてほしいわね」

 

 アユミチは勘がいい方ではない。

 洞察力や知恵だって人並み程度だ。

 それでも、もっと早く気付いたってよかった。王都での戦い最終局面に狙ったように現れた時点でおかしかった。

 

“敵に回すベキではアリませんヨ。なんと! ホドウさんより上手(うわて)ですカラっ!”

『レーマルジアの復活、ね』

 

 アユミチの態度に茶々を入れるパテシーイと、嘆息気味に声を漏らすノクサ。

 ムンジィは二人の顔を交互に見比べ、半開きの口から言葉は出ない。

 カヨウはほとんど敵視の構えでかんざしを向けていた。

 事情がわからないプレヴラとクルサドは不安げに、身を守るように両手を胸の前に寄せている。

 

 

「……ごめん、アスパーサ。責めるのはお門違いだった」

「そんなこともないでしょ」

「カヨウ、やめるんだ」

「……」

「カヨウ」

「……」

 

 かんざしを下げさせる。

 納得した様子ではないが、アユミチの手がカヨウの手を覆うと、少しだけ反発してから手を下ろした。

 このかんざしもアスパーサがカヨウに与えてくれて、カヨウに魔法の手ほどきをしてくれたと聞いている。

 協力してくれているのも事実だ。

 

 敵に回すべきではない。

 パテシーイの言う通り、駆け引きでアスパーサに勝てる気はしない。

 

“目的、お聞きした方がヨいかト”

 

 いや、だからレーマ様の復活――

 

『復活させて何があるっていうんだか』

 

 脳内会議のように、やはりアユミチより上手の二人の会話が交差する。

 

「……レーマ様が復活して、あんたに何が?」

「ふふっ、そうね」

 

 アスパーサの表情、達観した微笑みのような顔に少しだけ色が差した。

 正解だったようだ。

 

「センセイさすがよ。そうね……」

 

 もう一度、揃った面々の顔を見てから、体ごとぐるりと周囲を一望する。

 見渡す。

 破壊された王都イオドキッサ。

 荒れ果てた国。

 

 

「私は、小さい頃から……その子より小さい頃から、色んなものが見えたものだから」

 

 その子。

 背中を向けていたのでいたので、プレヴラのことかカヨウを指したのかはわからない。

 とにかく幼い頃からずっと。

 

「こんな世界、終わってほしいと思ったわ」

「……」

「センセイもそうでしょう?」

 

 同意を求められるとは思わず返答に詰まる。

 アスパーサと同じように周囲を見回して、理不尽な力で無分別に破壊された町の惨状をあらためて確認した。

 暴走した破壊兵器が走り回った街並み。

 崩れた家の木材や石材が風化しかけている。これも渇きの王蠍の能力なのかもしれない。

 

「魔獣がいてもいなくても大差ないわ。生まれつき幸せになれる人もなれない人もいる。泥だらけのカビたパンをかじって生きる人もいれば、ワインで美女の内臓を洗って犬に食べさせる貴族だっていた。意味なんてない、ひどい世界だと思わないかしら?」

「……そうだな」

 

 荒れて乱れて、罪もない人が意味もなく死んでいく。

 命を、幸せを奪われて、一歩先のこともわからない。

 真っ正直に生きてバカを見ている人と、バカげた遊興に(ふけ)る特権階級。歪んで腐った世界。

 

「私はいつも、みんなの幸せを考えていたわ」

「みんなの……?」

“おっとおっと、コレは壮大なお話ですネ”

『みんなの、ね』

 

 漠然としたアスパーサの答えを理解しようと目を瞬かせる。

 色んなものが見えるせいで世界に失望した。

 だから、レーマ様の復活を望む?

 

「ええ、みんなの」

『そんなの無理でしょ』

「そんなこと絵空事です」

 

 ノクサとカヨウの声が重なる。

 否定されたアスパーサは目を閉じて頷いた。

 

「主神がきっと叶えてくれる」

『できないから今の世界じゃない』

「そういう女神様じゃありません」

 

 アユミチもノクサたちと同意見だ。

 だけど、アスパーサはレーマ様を知らない。

 色んなものが見えるというけれど神様は見えない。だからか。

 

「みんなの幸せを思ってレーマ様の復活を?」

「そうなるように選んできたつもりよ。捨て森でセンセイに出会って、こうしてエクピキをやっつけて」

“なるホド、予知の力。お見事ですっ”

 

 あらかじめ見えていたのなら、確かに可能。

 予知能力。

 漫画などでは厄介能力でありつつも欠点を持っていたり、あるいは作中で早めに処理されやすいけれど。

 実際に予知の力を持っているのなら、目的の達成に向けてこれ以上の強能力はないだろう。

 

 死病でも死なない。

 襲われても生き延びる。

 望む未来に誘導できる。

 

 

「レーマ様復活の為に、今のこの道を選んだのか」

「選んだのは私じゃあないけれど」

「俺が選ぶとわかっていて」

「人の心までわかるわけじゃないの。ただまあ、そうね」

 

 予知で見えるのは事実だけ。人間の内面までわかるわけではない。

 もしかしたらアユミチが違う道を選んでいたら、レーマ様との話も変わっていたかもしれない。

 おそらくこの現在は、数ある結果のひとつ。

 

「じゃあ……」

「あなたがゼラ様を殺した」

 

 心臓に刺さっていた釘を引き抜かれるような言葉だった。

 敵じゃない。責め立てて敵対してはいけないと思っているアユミチの横から、塞いでいた傷口の栓を引っこ抜くように。

 

「ゼラ様を殺したんです。あなたは、あなたの目的の為に」

「どうしてそう思うの?」

「アユミチさんが女神様の復活を諦められないように」

「カヨウ……やめてくれ」

 

 敵じゃない。

 敵にしてはいけない。

 私的な怒りや恨みで敵対してはいけない相手だ。この先の未来だって彼女の手の内なのかもしれないのに。

 

「ゼラさんか、そうでなければファニアさんか……」

 

 カヨウの質問に、隠すこともなく答えるアスパーサ。

 じっとカヨウの顔を見つめて、目を逸らさないカヨウにそっと首を振った。

 

『アユミチを追い込んでレーマの復活をさせる。いい趣味してるわ』

“ふむふむふむふむ、手段を選バぬ素晴らしい手腕!”

 

 死んだのがゼラだったけれど、ファニアでも構わなかったというのか。

 同じレーマ様の復活を目的としていても、あまりにも遠い。ひどい。

 アスパーサはアユミチの敵ではないと明言していたが、味方だとは言わなかった。たぶんそういうことだ。

 

 

「……どちらでもいいじゃない」

 

 ふと、少しだけ投げやり気味に言って捨ててからアユミチに微笑む。

 

「ゼラさん、生き返るんでしょ」

「アスパーサぁ!」

 

 我慢の線を踏み越えた。

 怒声と共に彼女の胸倉を掴み引き寄せる。

 

「ゼラが! どんな、思いでっ!」

「それを知っているのは私じゃない。あなたよ」

 

 生き返るから別にいいだなんて。

 ゼラの最後の姿を脳に焼き付けたアユミチの前でよくも。

 命を、人の心をなんだと思っているのか。

 

「旦那……」

「俺は!」

 

 それまで黙っていたムンジィが弱々しく声をかけるが、振り払うように(わめ)く。

 感情がごっちゃごちゃに沸騰して、何が言いたいのかわからない。言葉がまとまらない。

 けれど、歯を食いしばって頭を振る。

 

「俺は……」

“どちらにセよ後戻りはできナイわけで。上手(うわて)ですネ、彼女は”

『絞め殺す前に聞いた方がいいんじゃない?』

 

 絞め殺すなんて、そんなつもりはない。

 どれだけ激怒しても、アユミチは彼女を殺すことはおろか叩くことだってできない。

 敵ではない婦女子を殴るような手は持っていないのだから。

 アスパーサにはこれもお見通しか。

 ノクサがあえて殺すと言ったのも、アユミチを冷静にさせるためだったのだと思う。

 

 

「……ファニアは、どこに?」

「ええ、センセイが知りたいならなんでも」

 

 力の(ゆる)んだアユミチの手を、アスパーサの両手が包む。

 そのまま、柔らかな彼女の胸に包み込んで。

 

「と言いたいのだけど、ごめんなさい。この先は神様の領域。隠されてしまったから私ももう見えない」

「アスパーサ、頼むから……」

「隠されたから、どこにいるかはわかる」

 

 隠された。

 神様の領域に、ファニアが?

 

「鬼巫の隠れ里」

 

 ぐい、と。カヨウに引っ張られてアスパーサの胸の温もりから手を離す。

 鬼巫。

 女だけの隠れ里。そこにファニアが。

 

「行き方は知らない。センセイの女神様が復活したら見つけられると思うけれど」

「……」

 

 全てアスパーサの手の内に。

 ゼラの命もファニアの安否も、まずはレーマ様を復活させてから。

 そうすればアスパーサの目的にも届く。

 世界中の幸せを、だなんて。世界を導く聖母にでもなるつもりなのか。

 

「……アユミチさん。あまり惑わされないで下さい」

 

 何が正解なのかわからないアユミチの背中に。

 

「女神様が世界中に幸せを下さるかはわかりませんけど」

『できないのよ』

「ファニア様のことはおいて、まずは女神様を呼び戻しませんか?」

 

 隠れ里のことはわからない。

 だから、ファニアの安否は後回しにしてレーマ様の復活を優先する。

 現実的な話かもしれない。

 

 だけど。

 アスパーサの思惑通り。それが嫌だという気持ちとは別に。

 もやもやした気持ちがある。拭いきれない罪悪感がある。

 アユミチは、ファニアを見捨ててゼラを選んだ。生き返る人を選ぶときに。

 そんなアユミチのことをファニアは信じて、この王都でも助けてくれた。

 

 後回し。

 ファニアは後回し。いつも、いつも。いつもいつもいつだって。

 そんなつもりはない。そんな扱いをしたいんじゃない。

 現実に、手段がなくても、手立てがわからなくても、ファニアを後回しにするのはもう嫌だ。

 

 そういう気持ちが吹き溜まりのように積もっていく一方で、実際にファニアに届く道がわからないのも事実。

 鬼巫の里ということは、鬼巫と同行しているということ。

 ファニアにとって鬼巫は決して敵ではない。アユミチとも、行き違いはあったとしても対立する相手ではない。

 なら危険はないのではないか。

 王蠍の出現で何かあり、しかし生き延びて鬼巫の隠れ里に身を寄せたというのなら。

 

 

 ――後回しでもいいか。

 

 何か状況がそう言ってきかせているようで、なんとも気分が落ち着かない。

 座りが悪い。

 ただのアユミチの考え過ぎか、わがままを通したいだけか。

 ゼラのこともカヨウのこともありながら、ファニアも手に入れたいというただの欲求。

 

「っても、ファニアの姐さんが俺らに何も言わねえで行っちまうのは……」

 

 アユミチの気持ちを代弁するかのようなムンジィの言葉。

 確かにおかしい。ファニアの行動にしては腑に落ちない。

 

「鬼巫の里に行く方法は?」

「神様の領分のことはわからないって言ったでしょう」

“それナラばっ!”

「くそっ……」

“無視無視は悲シいですガ! デスがっ!”

 

 脳内のパテシーイがやけにうるさい。

 眉間に手を当て、その手がさっきまでアスパーサの豊かな胸にあったことを思い出していい匂いがしそうで、気まずくなって自分の胸に当て直す。

 

“既にィ”

 

 うるさい。

 生前からぺらぺらと聞いてもいないことを話す男だったが。

 手に伝わる自分の心音と、がさりとした紙の擦れる音。

 

“お知らせシたかと”

 

 取り出したのは、頭の痛くなるパテシーイの手紙。

 一行読んだだけで眩暈がしたので、そのまま懐のポケットに突っ込んでおいたのだった。

 

“あなァたは既にご存じですヨ、ホドウさんっ!”

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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