法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-12.姉妹たちの里

 

 山々の隙間から差す陽が里の棚田を照らす。

 皆で協力して守ってきた隠れ里。

 拓いた棚田よりも踏み入った山の中も、まだずっと鬼巫の隠れ里。これがカンナとクヌーイが生きる世界の全部。

 

「まだよカンナ。もっと頑張らないと外の奴と戦えない」

「そんなこと言ってもクヌーイだって外のことなんて知らないでしょ」

 

 クヌーイに限った話でもない。ほとんどの者は隠れ里の外を知らない。

 毒気と腐敗で満たされ、暴力に支配される世界だと聞く。

 

 人に雌雄の違いがあるのだという。

 獣や虫のように男という種類の人間が。

 里の子はみなそれを聞くと妙ちくりんな話と首を傾げた。

 そんな違いがあったら争いになるのではと思い、やはり争いがあると聞いて納得する。

 

 鬼巫の里では皆が力を合わせて生きている。

 守護者スカーアの眠りを守る鬼巫でさえ、里にいる時は田畑を耕し、夜遅くまで藁を編む。

 誰よりいっとう力があるのだからと、誰よりも熱心に勤める。

 そんな鬼巫を皆が慕い、また結束を強めていく。

 

 

 里にはいくつもの温泉があり、身を浄めると同時に憩いの場となっていた。

 去年、ちょっとだけ喧嘩をしてしまったカンナとクヌーイは、罰としてお互いの背中を流しなさいと叱られた。

 強くこすれば痛いのはわかる。丁寧に、優しく。

 そうしているうちに、どちらからともなくごめんと言葉が出て、風呂上りにはすっかり元通り。

 

 隠れ里での生活は、決して特別な何かがあるわけではなくて、ただ当たり前の日々。

 里の外を見てみたいと思ったことはある。

 けれど、里の外では長くは生きられない。

 外は異様な生き物が支配する生きづらい世界なのだ。

 だから鬼巫たちは里を守り戦う。

 

 

「外のことは知らない。けど、アデスタさんを殺した」

「うん…」

 

 花札アデスタが死んだ。

 先代鬼巫ヨハルハの花札で、すらりと格好のいい人だった。

 カンナとクヌーイがもっと小さい頃、木の梢に実っていた色付いたあけびを取ってもらったことがある。ずっと高いところだったのに、ひょいと。

 とてもかっこよかった。

 山の少し奥まで遊びにきていたことを軽く叱られながら、あけびの甘さに喜んだ。

 

「強くならないと……アデスタさんの分も、もっと」

 

 寒い冬の夜に、異神に仕える輩に襲われて死んだと聞く。

 クヌーイは、悲しくて悔しいと泣いた。

 カンナは、怖くて泣いた。

 やはり外の世界は怖い。凶獣や嵐で死ぬのとは違う。誰かの悪意で殺されるなんて。

 

 クヌーイは、次の花札に選ばれたいと戦いの訓練に熱心になった。

 カンナもそれに付き合うけれど、クヌーイとは違う。

 失いたくない。どこかにいってほしくない。

 幸いなことに、次代の鬼巫は生まれていない。きっと女神スカーアはご存じなのだ。アハラマの次なんて当分は必要ないって。

 だから生まれてこない。

 だから、クヌーイは平気。どこにも、外の世界にもいったりしない。

 訓練の後、一緒に湯浴みをして、心の不安を埋めるように身を寄せ合って。

 カンナの本心は言えないまま。

 

「いつまでも子供じゃない。私たちだって里を守るために強くならないと」

「ん、里を守る……うん」

 

 大丈夫。

 この里は変わらない。今までと同じ。

 当たり前の今日が明日も続く。カンナはクヌーイとずっと一緒に。

 

 

「でも今日はもう遅くなるから」

「……そうだね。行くの? お姉さんのところ」

 

 クヌーイの問いかけにふっと顔に影が差してしまった。

 

「いやえっと、帰ってきてるんじゃないかって、思って……アハラマ様と一緒に」

「知らない」

 

 カンナが姉を苦手に思っていることは知っているはず。

 おんなじ母様(ははさま)から生まれた、少し年の離れた姉。

 花札で、里一番の天才で、厳しい人。

 

「何も聞いてない」

 

 一昨日の夜半、外界から鬼巫様たちが戻ったという噂は耳にした。

 昨年、女神様の吐息が漏れ出してから、央里の雰囲気は慌ただしい。

 カンナたちが暮らす周里の大人たちの気もそぞろで、昨日からばたばたと央里に出かけて行った。

 

 大人の目が薄くなったから、クヌーイと一緒に少し山奥まで足を延ばしたのだ。

 魔法を織り込みながら戦う訓練。

 目立てば注意されたり叱られたりするかもしれない。

 

 

「遅くなって色々言われるのもやだね。うん、汗流して帰ろ」

 

 姉の話題をごまかすようにクヌーイが切り替えた。

 

「うん」

「……山小屋の方でいい……よね?」

「……ん」

 

 里にはあちこちに浴場がある。女神の温もり。

 大きなものもあれば、山の無人休憩所の中の小さなものも。

 自分たちで湯加減を調整しないといけないけれど、静かで、誰もいなくて……

 

「うん」

 

 訓練ついでに集めたまたたび等の実でいっぱいの籠を持ち、反対の手でクヌーイの手を取る。

 握り返すクヌーイの手の熱っぽさが嬉しくて、恥ずかしかった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「客人、よくお眠りです」

「レフカがやり過ぎただけ」

「深刻な負傷を考えたからです。必要でした」

 

 マベラの軽口に律儀に言い返すのは、過剰だったと本人も思っているからだと思う。

 咄嗟の判断で、勝てるはずのない魔獣に立ち向かいぶっ飛ばされたファニアに昏睡の魔法を。

 魔獣の進路をどうにか阻み、本人は地面に叩きつけられ朦朧とした様子でふらふらと立ち上がれずに。

 仮死状態に近い状態にまでしたのはやり過ぎだった。

 

 ファニアが身を(てい)して魔獣の突進を逸らしてくれたおかげで自分たちは被害を受けなかった。

 あの場ではあまりにも唐突で、レフカースが慌てたのも理解はしている。

 

「レフカース。おぬしのお陰で逃げを選べた。助かった」

「ラハ様が無茶を選ばなかったのは幸いでしたねぇ」

「うん、レフカ偉い」

「……」

 

 結果的に、目の前で意識を失ったファニアを見たアハラマは、彼女の身を確保してあの場を後にした。

 魔獣と戦う意味はない。

 正解を選べたのはレフカースのおかげと言えなくもない。

 アハラマのファニアへの未練を察してああしたのならレフカースの好判断。

 

 常人なら十日以上かかる距離を走り数日で隠れ里に着いた。

 予定にない帰郷に加え外界の人間を連れ込んだ。

 里の守女たちは驚き、多少の叱責を交えつつも、エクピキを討ち果たしたアハラマに対してそれ以上のことは言えない。

 目を覚ましたら鬼巫の民にする。

 そう約して客人として扱う。

 

 起きたらファニアが何と言うだろうか。

 想像に難くないが、だが仕方がない。首肯(しゅこう)しないのであれば死しか与えられない。

 これは礼だ。ファニアの功績を鑑みれば里に迎えられて当然。余りあるほど。

 

 

「しばらく寝ていてもらった方がよさそうかしら」

 

 クロロテッサの言いようはどうかと思うが、マベラも同意見だ。

 女神スカーアの目覚めがいよいよ迫っている様子。

 色々と騒がしく、忙しくなるのは間違いない。

 全部終わってから起きてくれれば、その方が面倒はない。ゆっくり話もできるだろう。

 

「重ねてはかけられません。目覚めるのは彼女次第です」

「さながら女神じゃな」

「ラハ様、お行儀の悪いたとえです」

「今のは妾ではない。マベラ」

「と、主様(ぬしさま)が思ったかなって」

「思って……ふ、はっ……」

 

 マベラの声真似を否定しようとして、けれど否定しきれず笑いが漏れる。

 はぁぁと溜息を吐くクロロテッサ、少しだけレフカースの頬が緩んだ。

 アハラマが笑ってくれたならマベラの悪戯も役に立った。

 

 先代鬼巫ヨハルハ、そしてその影サノミアが死んだ。

 それは、今となっては問題ない。よかったとさえ言ってもいいかもしれない。

 里の為に死んだ。

 

 花札キュアナとコッキノの死も同じように、とは思えない。

 守女たちはヨハルハと同じくお役目を果たしたと言うけれど、寝食を共にしてきたマベラたちにとってはより近しい友だった。

 後悔。苦汁は強く残っている。

 

 ほんの少しでもアハラマが笑い、皆の心が少し和らぐのであれば、マベラの軽口も無駄ではない。

 

 

「実際、そうじゃな。女神の目覚めが先かファニアが先か。それまでは……」

「さぼっていて構わんのじゃ、と主様は言う」

「いい加減にしなさいマベラ」

「しばし体を休めるのもよかろう。レフカース、幼い妹御の顔を見に行くのも構わぬぞ」

「それは……いえ、もう幼いというほどではありませんから」

 

 レフカースは央里ではなく徒歩で半日ほど離れた周里の出身だ。

 肉親が央里にいるクロロテッサとは違い、多少時間が必要。

 美麗で優秀な姉の話を、妹も聞きたいのではないだろうか。マベラにはわからないが。

 

「もう里を出ることもあるまい。女神スカーアの目覚めまで好きにして構わぬ」

「……はい」

 

 鬼巫の隠れ里。

 後は女神の目覚めを待つだけ。

 これからは外で苦しい思いをする必要もなく、夜明けを待てばいい。

 

「寂しいなら仕方ない。一緒に行く」

「言っていません」

「言ってた」

「言ってません」

 

 そんなことない。

 マベラは、マベラの心が言ってた。

 数日でも一日でも、一緒にいないのは寂しいって言ってるから。

 だから、そう言ってるのに。

 黒の言葉はいつだって白に届かない。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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