法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
「言ったろ弟、波に向かえって」
「おおさ弟、進んで越えろよ」
何やらもめている様子を見て、どうするかなと思ったところだった。
死病、内乱に続けて魔獣出現と大騒動の王都イオドキッサ。
住民は逃げ出し、またさらに疫病は広がるだろう。
トリーゾとコッポは少しばかり窮屈な立場だった。
東港と西港の船乗りは仲が悪い。
というのも昔の話で、今ではそもそも付き合いがない。
ただ、過去から連綿と続く関係が改善することもなく、お互いに何となく嫌いな相手という意識だけが残っていた。
西港から流れで逃げ延びたわけだが、東港で歓待されたわけではない。
奴隷海将の船【
軟禁状態といったところだった。タダ飯を食わせてもらってるだけありがたいといったところか。
船員たちはそれぞれ他の船の手伝いに出るようになったり、歩いて西港に向かった者も。
トリーゾとコッポ、
まあ、このまま帰るのもつまらない。
かといって自分たちで何かことを起こすほどの力もない。
一番楽しそうなのが、キデ・マノスについていって王都決戦の見物だと思った。
せっかくだからアルゴ・ノーツたちも呼んでやろうかと思ったが、あっちはどうも波が悪いらしい。
かわいい部下が困ってるというのに、迎えにきてもくれないとは冷たい奴。
はてさて、それはそうとしてどうするか。
しょせんは西港出身のよそ者。主戦力に加わることもなく、なんとなく後方で雑用さぼり係をしていた。
面白くもない。さりとて勝手がきく立場でもなし。
キデ・マノスが帰ってきた。
王都から死病の住民が溢れてくると、砦まで逃げ帰ってきた。
そりゃあ恐ろしい。トリーゾとコッポも死病はかんべん願いたい。
ちょいと知り合ったムンジィという男は死病も恐れないとか言っていたが。奇跡の薬師アユミチ様の部下だと聞いた。
キデ・マノスに遅れて三日、逃げ帰ってきた奴らがいた。
左潮伯カッダ・マノスの直衛や北府の兵士たち。
混乱していた中、王都中心の状況を知る。
先王ネロは自害。エクピキは討伐したが、その呪いを受けたニーモは奇跡の薬師が女神の下へ連れていった。
カッダ・マノスは戦死。突如現れた大魔獣渇きの王蠍と戦い死んだと。実際には戦いどころではないようだったが。
王都は縦横無尽に暴れ狂う魔獣により壊滅状態。
戦に勝ったはずが何も残らない惨状。こりゃあひどい。
南部兵もキデ・マノスも打つ手なしで撤退を決めた。
トローメはもう終わりだ。身の振り方を考えるにしても、ここに留まる理由はない。
さて、トリーゾとコッポはどうする。
何が面白いかだけが兄弟の指針。
追放されたディアホラ家の血縁を受け入れた時も、やたら強い奴隷少女を担いだ時も。
このまま帰るんじゃつまらない。ああ、楽しくない。
だから、ひとつ役目をでっち上げた。
「おかあさん……っ」
「あぁ……」
いいじゃないか、悪くない。
母娘の感動の再会。
廃墟になりかけの町の端でも、だからこそ。
「プレヴラ、あぁ!」
兵士は東へ南へ帰るけれど。
娘を探す母は帰れない。帰る道などない。
「信じておりましたぞ、吾輩……吾輩、信じておりましたので」
「イーペンさん……」
王都の入り口でもめていた連中がいた。
艶やかな女に詰め寄る青年と、情けないツラで二人を見比べていたムンジィ。とすれば、間抜けな顔でこっちを見る青年が奇跡の薬師アユミチか。
その場に居合わせていた童女の顔はトリーゾとコッポも知っている。海で拾った娘で、愛しい我らが奴隷海将の友人プレヴラ。
海で拾った宝はジナミナのものだ。西港に戻るにしても、お嬢の宝は取り戻してやらなければ。
「アユミチ君、よくぞ無事で」
「ああ……お互い様です」
聞いてはいたけれどこの胡散臭い商売男、本当に噂の薬師と知り合いだったか。
「旦那、敵じゃねえ。こいつらはトリーゾとコッポっつう……どっちがどっちだ?」
「そっちが弟さ、見てわかるだろ」
「言うなよ弟、玉も石も見分けらんねえ男だぜ」
「……どっちでもいいや、あれです。奴隷海将んトコの部下だそうで」
兄弟にけげんな目を向けた青年に、ムンジィがわかってなさそうな紹介をする。
「奴隷海将……ジナミナ、だったか?」
「ああ、お嬢の右腕って言われてるぜ」
「弟は左ヒジだけどな」
「……」
困惑顔を向けられたムンジィが首を振る。
勘のいい方ではなさそうだ。よくまあひどい戦場を生き延びてきたものだと思うが、それができるから女神の使いか。
奇跡の薬師を値踏みしていたら袖を引っ張られた。
母に抱きしめられたままの童女に。
「コッポ……トリーゾも……ありがとう」
「なになになんでも、好きできたのさ」
「おうともそうとも、弟もそうさ」
「ん……」
プレヴラには見分けがつくらしい。これは参った。
船に乗っていた間、手品や軽業で遊んでやった。好かれている自信はある。
キデ・マノスが撤退を決める中、どうしても娘を探しに行くというコニーと、それに付き合うイーペンに同行を申し出た。
東港の連中と縁が深いわけでもない。組織としても員数外。
別行動を許可され、こうしてやはり面白い方に転がった。
波を見る目は東港の連中より上というわけだ。
「しっかしこりゃあどうしたもんかね。花の王都が壊滅だ」
「まさかの話、王蠍退治か。なら弟は得意だぜ」
「旦那……?」
彼らがここで何を揉めていたのかは知らない。
しかし、既に王蠍出現から数日経っている。その上でここに神様の使いがいるとなれば、何か解決策があるのかも。
噂に名高い大魔獣。渇きの王蠍討伐とくるか。
そりゃあいい。
そいつは悪い冗談だ。
面白そうだが大渦だ。乗るか反るか兄弟でも悩む。
「いや……」
青年は他の面々をちらりと見て、もう一度艶やかな女を非難するような目で見てから首を振った。
皆に、自分自身に宣言するように。
「……行く。鬼巫の隠れ里に」
「……」
おいおい兄ぃ。言葉が出ないぜ。
兄ぃの舌を止めんのは、お嬢の寝顔とメシくらいだぜ。
「こいつが奇跡か」
「こいつは奇跡だ」
異名は伊達じゃないようだ。
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