法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
“まサに! この混沌の世界にサした希望の光!”
『ほんとに大商人だったのね、彼』
パテシーイとノクサの評価を聞き、他人事ながら嬉しく感じる。
大仰な言い回しでうさん臭いところもあったイーペンを再評価。
そんなイーペンと強い信頼関係にある自分も嬉しい。
自分は小市民だとあらためて自覚する。
色んな方面から奇跡の薬師だなんだと言われ、社会に対して重責を背負わされていると感じていた。
いや、感じていたわけではない。今思えばそう。
あまり期待しすぎないでほしい。
アユミチなど大した人間じゃない。何が正解でどうすればいいかなどわからない。
アユミチよりずっと確かな基盤があって帰れる場所があるイーペン。
全て片付けた後の身の振り方も、彼に相談すればそう変なことにはならないと思う。
伴侶とは違う形で、アユミチが重荷と感じていたものを支えてくれる存在になり得る。
今までのアユミチは、実績も経験もないのにいきなり管理職や社長を任されていた気分だった。
誰に聞けばいいのかわからない。誰を頼っていいのかわからない。
ジルボン師はいたけれど、彼は世俗に明るい方ではなかった。
ムンジィは……ムンジィには、なんというか、頼りない姿を見せたくなかった。
『あー……うぅ……』
「どうした?」
『ヤなことに気づいちゃっただけ』
不意に変な声をあげたノクサが空を見上げ、うげぇとかわいい顔を歪ませる。
昼の空。空は高く青々と。
『そっか……春分の正午かその正反』
「うん?」
『スカーアの場所。ちょうど一直線で並ぶの』
「ちょうどって……」
春分の正午とすると、太陽が真南になるのだろう。
北府の山中にあるという鬼巫の隠れ里、スカーアの眠る場所が一直線に――
「レーマ様の、か」
『そ』
「なにか意味があるのか? なんていうか、魔法的な」
『ないよ』
きっぱりと言い捨て、はぁと溜息を吐く。
『だから気持ち悪いの。だってさ……なんていうか、よく知りもしないなんとも思っていない相手がよ。あなたのこと好き好きだから向かい合わせに家を建てたの。特別な日にあなたの窓と私の窓が繋がるから、って……儀式的な意味とかじゃなくて、気持ち悪いでしょ』
「そりゃあ……うん」
ストーカーか。
理由があってそういう位置関係にしたならまだしも、特に意味がないのに共通点を作るためにやったのなら。
「だいぶ病んでるな」
『でしょ』
「だけど、知りもしないってことはないだろ」
病的なストーカー行為は別として。
「レーマ様だってスカーアとは顔見知りなんだし」
『知らないわよ』
「だって、前にかわいいって言ってた」
『見たことなんてないわ。そもそもよく覚えて……あれ?』
話がかみ合わない。
『スカーアを、可愛いって?』
「あぁ、かわいいスカーアだって」
『……』
「お前が機嫌悪くなるかと思って言わなかったけど」
『どうしてノクサが機嫌悪くなるのよ』
「レーマ様がスカーアを褒めるから……」
『それで、どうしてノクサの機嫌が悪くなるのよ?』
悪くなったじゃんか、とは言わないが。
「いや、ノクサの方がかわいいって言っていたような気も……」
『そんなわけないでしょ。ノクサのことはわからないわ』
「それこそどういう意味なんだ?」
以前から何度か噛み合わない部分は感じていた。
昔からの知り合いのようでいて、どうもちぐはぐな関係。
問いかけられたノクサは、うーんと首をひねってから、もう一度首を傾げる。
『これ、ノクサの方の認識も歪んでるのかも』
「歪んで?」
『レーマの影響ってすごく強いの。何もかもが惹きつけられちゃう。連れてた他の神がいい例だけど』
世界を創った時の神々。
その中心的な立場かと思っていたエクピキが、レーマ様の前では母に甘える子供のような物言いだった。
他のも似たり寄ったりだとすれば、レーマ様の影響力が強いというのは本当だろう。
『そのせいで世界が壊れちゃいそうになって、名前を二つ折りにされたのよ。あっち側……空の裏っかわにしまい込んで』
「レーマ・ルジアに」
『そう。で、レーマって輝いてるじゃない』
じゃない、と言われても。
別に光を放っているわけではないと思うのだが、魔法的な観点ではそうなんだと理解する。
『自分の明るさのせいで影を見られないのね、あれ。スカーアの姿なんて見たことないし、ノクサのことはたぶん覚えていられないはずなの』
「どう違うんだかわからないんだけど」
『スカーアはレーマに引き寄せられて拾われた子。ノクサは違うもの』
「一応はクラスメートの認識があるのと、全然よその存在ってことか?」
『違うけど、まあそんな感じでいいんじゃない。人間に伝える表現がわかんないわ』
正確な理解ではないが、そんな風に思っておけばいいらしい。
『ん~~、かわいいスカーアね……誰かがそんな風に言ったのを覚えていただけかな。フォティゾあたりでしょ』
「わけがわからないな」
『それでいいのよ。レーマを二つ折りにした時に色んな歪みが出たの。性格が変わったり天の回りが逆になったり。記憶も色々ごちゃごちゃになったはず』
自転が逆回転になるほどの影響。この世界が地動説で動いているとは限らないが、それくらいの影響があったと。
想像がつかない。人間に伝える適切な言葉が出てこないのも頷ける。
『レーマって元々は最も聖なる女神なんて呼ばれていたんだから』
「聖なる……綺麗好きっぽいところは時々見るけど」
『神域に行ってからは我がまま放題で強欲なことばっかり聞いてたけどね。ノクサが知ってるのもほとんどそっち』
「それでノクサの認識が歪んでいるって思ったのか」
『元のレーマのことなんて、今と違うとは思うけど思い出せない。たぶんみんなそう……スカーアは違うのかも』
名前を二つ折りにしたというのは、レーマ様の存在データを書き換えたような感じなのかもしれない。
元々のレーマ様がどんなだったのか認識できない。
“最も聖きモノですカ。その影響で世界が壊レると”
「……レーマ様の影響で世界が壊れる、って言った?」
『前の話ね。今はそこまでの力はないでしょ』
「大丈夫なのか?」
『その心配ならいらないわ。名前は分けられたままだし、ビストニダの恵みでいっぱい流出してるもの』
「びすと……?」
『その酒瓶』
レーマ様からもらった酒瓶。
尽きることのない恵みが湧く、最初にアユミチがもらった酒瓶のことか。
『それは世界の恵み。世界の、なんていうのかな? 力とか命とか』
「そんなすごいものだったの?」
『すごいって言うか、ノクサ……そうね、普通に世界にありふれてるでしょ。生命力みたいなの、それを飲み物にしてるんだけど』
荷馬車の後を歩きながら話していたが、物分かりの悪いアユミチに教えるようにノクサがすっと飛んでいく。
小さな手のひらで地面の土をすくい、街道沿いを流れる小川に投げ込んで。
『土も川も雨も、全部』
ばしゃっと撥ねた水滴が周囲に飛び散った。
命が循環しているという意味か。
『言ってみたらそれ、レーマのおしっこみたいなものじゃない』
「おま……なん……やめてくれ」
『土も水もおんなじよ』
命の循環と思えば、まあ現実に土は動植物の死骸だったり、おしっこが蒸発して雨粒になることも自然。
考えると何も口にできなくなる。
とはいえ、ずっと口にしてきた酒瓶をそんな風に言われると、お腹の辺りがもやもやするのも当然。
「なんだか病気になりそうだ……」
『疫病、流行ってるって話だものね』
「違う。お前のせいだ」
『ノクサは悪くないわ』
「今のは悪いだろ」
とても悪いたとえをしたノクサを責めるが、悪びれる様子もない。
考えすぎても仕方がない。
この酒瓶には世話になってきた。ワインでも何でも、原料を突き詰めて考えると食欲が減退する。
どうであれ、この酒瓶のおかげで病気を治したり生きる活力を得てここまできた。
ありがたかったし、死病が流行しているとなればまた頼ることもある。
「死病、ね」
イーペンの薬の開発で、トローメでの被害はある程度抑えられるだろう。
しかし世界中で流行しているとなると、相当な死者数が考えられる。
エクピキ教団もとんだ災厄を遺していってくれたものだ。
“実に! ホドウさんはヤはり考エが足りナいっ!”
その厄災の残り火が頭の中で笑う。
アユミチの愚鈍さを。
“手のツケらレない病、そうソウ教団は
「……?」
“船や隔離シた場所でもナければネ!”
まあ、それはそうか。
エクピキ教団は広く世界を支配していた。
広がれば歯止めが利かない死病を広めるのは非合理な話だ。
対抗手段が……奇跡の薬でもあれば、死病とそれの治癒でまた稼げそうな気もするけれど。
“あれバ、太光師がホドウさんをお誘イするコトもナかったでしょうガッ!”
太光師ザイドロス、アパティも、アユミチに誘いかけた。
死病を治す薬師としてあちら側に協力しないかと。
対抗手段はナかった……のか。
“間違っテも! ワタシなら下町の不確かナ者を死病感染の道具にシませんガね”
自分たちの支配領域で、無軌道な疫病の蔓延などさせたいわけがない。
エクピキ教団が広めたわけではない、ということか。
とすれば、今の流行は自然発生的な……
『どうかしたのアユミチ?』
「あ……いや、ちょっと考え事……」
“愚者の考え休むにニタリ、と”
うるさい。
頭の中のパテシーイがにたりと笑う。
脳内で嘲笑される。言い返せないのがまた腹立たしい。
“ホドウさんがニブくてワタシは実に! 嬉しい嬉シイですねェ”
楽しそうに。
おかしい奴。
何の咎もない人が意味もなく大勢死ぬのを考えれば、何も感じない方がおかしいだろうが。
たとえ無関係な人だとしても。
“そレを望む誰カがイると考エもつかナい! 幸せデスねホドウさん!”
そんなの……いるはずない、だろ?
◆ ◇ ◆