法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-16.馬車の道程

 

「大丈夫か、クルサド」

「うん……」

 

 二頭立ての馬車の荷台から降りて歩くクルサドの顔色は、先ほどまでより良い。

 よかれと思って荷台に乗せていたのだが、乗り物酔いになったようで青い顔をしていた。

 荷馬車の速度はアユミチの速足くらい。自転車を軽く漕ぐ程で、それがずっと続く。子供の足ではつらいかと思ったのだが。

 日ごろから畑仕事などで足腰は鍛えられているのだろう。

 カヨウも荷台に揺られていたり降りてあるいたりしている。

 ムンジィは荷台で寝転がっていた。夜の番をしていたから今は休んでいていい。

 

「いい場所があったらひと休みするぜ、なあ弟」

「弟が休みたいってなら賛成さ」

「頼む」

 

 手綱を握る双子の言葉に答え、あらためてクルサドの顔を見た。

 青白かった顔に赤みが差し、軽く汗がにじむ。

 幼い頬は柔らかさを感じさせるが、目鼻の筋がリグラーダに似ている。弟か。

 

「お姉ちゃんって……」

 

 リグラーダの死を知ってから、クルサドの口から姉の名前が出ることはなかった。

 その少し前に母を失っているのだ。幼い少年にそうたやすく受け止められる状況ではない。

 しかし、この世界は日本とは違う。悲しくても苦しくても生きる為には進むしかない。

 成り行きに引っ張られる形でも、うずくまっていて許される世界ではないのだ。

 

「お姉ちゃんってどんな人、でした?」

「リグラーダは……」

「僕、会ったの一度だけ……だから」

 

 リグラーダの事情はわからないが、エクピキ教団の裏の私兵の役割をやっていた。真っ当な仕事というわけではなかっただろう。

 

「強くて、かっこよかった。俺が生きてるのはリグラーダのお陰だ」

「……うん」

「この弓も、リグラーダなら百発百中だったよ。俺は全然だ」

 

 知っていることは少ない。

 一緒にいた時間は短かった。けれどクルサドにはできるだけ伝えてやりたい。

 

「一緒に戦ったんだ。でっかい魔獣とか……悪い魔法使いと」

「王蠍、みたいな?」

「そうだな、王蠍より厄介だった。アニラービーの糞から生まれた魔獣だ」

 

 エクピキ教を悪し様に言うのは避けておく。

 善悪の判断もつかない子供に、事実だとしてもエクピキの司祭が姉を殺したと教える必要はない。

 いずれ大きくなったら話してやればいい。

 今アユミチの主観で恨み言を吹き込むのはよくない気がした。

 

「真っ直ぐで、曲がったことを許さなかった。約束を守る強い人だったよ」

「すごい人だった?」

「ああ……だけど優しくて可愛いところもあった。弟がいるって言ってたんだ」

 

 頬にした口づけを思い出す。

 あの約束だけで、エクピキに逆らいアユミチを助けてくれた。

 アユミチより年上で、世の酸いも甘いも知っていて、けれどとても純粋な女性だったと思う。

 

「奥さんを……迎えに行くんだよね? アユミチ様の奥さん……」

「……もし奥さんがいなかったら、そうだな。きっとリグラーダに惚れてたよ。俺じゃ相手にされなかっただろうけど」

「そんなこと……」

 

 言いながら、自分の発言に苦笑いが浮かぶ。

 あんな状況でなければアユミチ程度の男など見向きもされないはず。

 リグラーダの親愛を得て、返せたものはない。

 せめて彼女の弟に、少しでもマシな未来を与えてあげられたら。

 

「立派な女だったぜ、お前の姉ちゃんはよ」

 

 起きたムンジィが荷台からひょいと降りて同調する。

 先にクルサドがリグラーダの弟であることは伝えておいた。

 リグラーダの死に様はムンジィも見ている。強く頷いて、

 

「俺も負けねえように旦那を守らねえとってな」

「死ぬのはなしだ、ムンジィ。結婚したんだろ」

「気構えの問題ですぜ」

「その気構えの問題だよ。俺の為に死ぬのはやめてくれ」

「ちぇっ……じゃあリグラーダにゃあ敵わねえか」

 

 共に戦い死んだ女。

 あの時の詳細をクルサドに語るのはまだ先だけれど、確かな信頼がある。

 それだけはクルサドに伝える。

 

「お前、何度も死ぬほど頑張って助けてくれてるだろ」

「それを言ったら旦那だっておんなじだ。義理もねえ相手にもやってんのは旦那ですぜ。真似させてもらってんで」

「悪いところを真似なくていい」

「自覚があったんで? 聞いたかよ嬢ちゃん」

 

 荷台のカヨウから呆れ半分の視線を向けられて渋面になるアユミチと、やや得意げなムンジィ。

 

「……は、ははっ」

 

 ずっと張りつめた様子だったクルサドから、小さな笑いが漏れた。

 戦火の中に一人放り出された少年。いくらアユミチが味方だと言っても不安だったに違いない。

 こんな会話でも少しでも慰めになるのならよかった。

 

「そういう人ですよ、アユミチさんは。知っていますから」

「んだな」

「……こっちを見ててくれ」

 

 しかしまあ形勢不利と見て、クルサドをムンジィに任せて荷馬車の前へと小走りに進んだ。

 

 

「悪いな、任せっきりにして」

「いいってことさ、帆を張るよりか楽ってね」

「嵐で沈むわけもなし。馬車馬みたいに働くだけさ」

 

 トリーゾとコッポ、奴隷海将隊の腕利き双子。

 年齢はアユミチと同じくらいだろうか。言動が怪しくて若く見えるだけかもしれない。

 

「馬車も扱えるのは助かるよ」

「飼いならされた馬なんて弟よりもお利口さ」

「飯さえくれりゃあ文句も言わない。弟よりも上品だ」

 

 ムンジィも言っていたが、どっちがどっちなんだかわからない。どっちでもいいのが正解か。

 彼らはそう言うが、アユミチもムンジィも馬の扱いなどろくに知らない。

 簡単そうにやっているように見えるが、アユミチがやれば四苦八苦することになるだろう。

 休憩時には荷馬車から外し、そこらの草や荷台から餌を食わせてやっている。

 外したら逃げないのかと言ったが、馬の方は餌をくれる主から簡単には離れないらしい。そう躾けられている。

 繋ぎっぱなしだとストレスがかかり、今度は言うことを聞かなくなる。

 気持ちよく歩かせてやるのがいい。働きやすい職場づくりのような話をしていた。嘘か本当か知らないが。

 

 

「海でプレヴラを助けてくれたって。ありがとう」

「あんたに言われる話じゃないな」

「世界の宝、女の子の笑顔を守っただけよ」

 

 当たり前だろと、同じ笑顔がふたつ並ぶ。

 ムンジィが、よくわからんけど敵じゃないと言っていた気持ちがわかる。

 悪党ではない。善良とはいくらか距離がありそうだが、悪党ではない。

 

「むしろあんたさ、薬師の旦那」

「コスタスやったのあんただってな。聞いたぜあんたが大将だ」

「あれは……いや、あいつ食われたんだよ。サヴァサゴニ、って言ったっけか?」

「「はっ!」」

 

 ひときわ大きく双子の声が重なった。

 コスタス・マクリアスの死に様を思い返しながら言ったアユミチに、それはもう楽しそうな顔で。

 

「そりゃいい! なんだよ最高だ!」

「ちくしょう! 見逃し最悪だ!」

「そんなに楽しい見世物じゃなかったけどな」

「飼ってたペットに食われて死んだ」

「それより笑える話はねえさ」

 

 二頭立ての荷馬車を進めながら楽しそうにけらけら笑う。

 ちょうどレーマ様の戦馬車と似た形式。そういえばあれには手綱がない。

 御者がいるわけでもなく、戦馬車に繋がれた天馬たちが自発的に動く。

 あの天馬たちはアニラービーがレーマ様に贈ったと聞いた。アニラービーはその馬に食われたとも。

 

「コスタスとは仲が悪かった?」

「よけりゃ狂船乗りになっちゃあいない」

「じゃじゃ馬船が俺らの寝床」

 

 奴隷海将隊の乗組員。隊とは言うが一隻だけのはぐれもの。

 その船体も癖の強いものらしい。

 西港の争乱で反乱側に回ったのだから、関係がよかったわけもない。

 

「どうして協力してくれるんだ?」

「ふぅむ、ふぅむ。なぜだい弟?」

「問われてみてもどうとやら。世界の宝を守るため?」

「宝……」

「歌と笑顔と波に風」

「家族と友とバカ騒ぎ」

「いや、俺と一緒に来たところで……」

「薬師の旦那はわかっちゃいない」

「病を晴らすが一番さ」

「あぁ」

 

 楽しく暮らすのに、世界に蔓延する病は疑いようのない邪魔者だ。

 アユミチは奇跡の薬師。ということになっている。

 イーペンの治療薬をさらに改良するのに、多少なり手伝えることもあると思う。

 戦火も病も収めて、歌って笑える世界に変えていく。

 レーマ様の地上再臨が叶えば夢物語も現実にできるはず。

 

「そういう――」

「そうでなくとも弟よ。一度は見たい隠れ里」

「そうとも弟。女の園を見ずには死ねん」

「……そういう」

 

 まあ、人のことは笑えない。

 アユミチだって気持ちはわかる。

 いたずらものの双子の動機は、高尚なもっともらしい理由よりよほど納得できた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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