法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-18.つながる世界

 

『これだけ近づけばわかるわよ。スカーアの匂いなら』

 

 パテシーイの手紙にあった場所。

 北府ヴォラスからの距離感と、アユミチが感じ取れる禁域との位置関係から、だいたいの場所までは辿り着いた。

 しかし当然ながら道があるわけではない。目印になる塚石がどこなのか、山中で簡単に見つかるわけもない。

 

『漏れてきてる。こっち』

「そんなに急ぐな。っと、そこお前ノクサ!」

『わきゃっ!』

 

 道なき道。歩くアユミチたちと飛ぶノクサでは速度が違う。

 馬車は進めるところで停めてきた。馬たちには飼い葉と水桶を置いてきたが、もし野犬のような獣に襲われたら逃げてしまうだろう。

 誰も馬車の見張りに残りたがらない。帰りまで無事に待っていてくれるかは運になってしまうが仕方ない。

 

『ぎゃあっ! このっこの!』

 

 騒いでいるのは蜘蛛の巣に引っかかったノクサだ。

 先行して、のろまなアユミチに得意そうな顔をしようと振り返って背中から突っ込んだ。

 感覚に優れるノクサだけれど、動かずに待っている蜘蛛の巣は感知できなかったらしい。

 無理やり振り払ったが、ネバついた糸が羽に残っていて、そこから大きめの灰色の蜘蛛が伝わってくる。

 食われるのか、もしかして。

 蜘蛛などアユミチだって得意ではない。まして手の平くらいの蜘蛛など、毒もありそうで怖い。だが見ているわけにもいかない。

 

「暴れるな、今とって――」

『んっ!』

 

 アユミチが手を伸ばしかけたところで、ノクサの手が一閃した。

 すぱり、と。

 極細の糸が二股に裂け、その延長上にいた灰色っぽい蜘蛛も両断された。

 

 

『ちっちゃい冬蜘蛛なんかがノクサの……アユミチ、もうついてない?』

「あぁ……糸が絡まってるだけだ」

『あぁ、もうさいあくぅ』

“ワタしにモ見えナい! すごイ手刀ですネ!”

 

 目にも止まらぬ達人芸。とはいっても蜘蛛を一匹仕留めただけだが。

 ぶるぶるっと身震いすると、きらきらとした光の粒と共に絡まっていた糸が離れ、風に流され飛んでいった。

 

「見たかい弟。蜘蛛斬る蝶だ」

「ああ見たとも弟よ。お嬢に見せてやりたいぜ」

 

「冬蜘蛛……小さいのか?」

『今のは幼体よ』

「西にゃあんまりいねえから知らねえ」

「枝に巣を張るのは小さいって」

 

 ムンジィは知らなかったが、クルサドが答えてくれた。

 

「大きくなると地面に潜ったり幹に似せて隠れてる。鳥とか獣でも食べるんだって……」

「へえ……おっかないな」

「山に入る時、気をつけなきゃいけないから……滅多にいないって。僕も大きいの見たことない。前に近くの畑に出て、みんなで潰した」

 

 危険な害獣。

 クルサドの住む近くに幼体が発生して皆で駆除したという話だった。

 

『ほんと、スカーアの好きそうなところだわ』

「お前さ……一応言っておくけど、喧嘩腰でいくなよ」

『あっち次第ね』

「それをやめろって言ってるんだ」

『あーはいはい。だけどノクサ行かないと話になんないわよ、きっと』

 

 ついて行かないという選択もあるはずだが、ノクサは付き合ってくれる。

 目覚めているのかどうか知らないが、スカーアと対面した時に顔見知りのノクサがいてくれた方がいいかもしれない。

 いや、ノクサを封印したのがスカーアだ。関係は悪い……どうだろうか。

 少しだけ考えた上で一緒に行くと言ったノクサの判断を信じるしかない。

 鬼巫の関係者に対してはノクサの姿が好材料になる。いっそスカーアの振りをして説得してくれたらと言ったが、それは無理らしい。

 

 

“両【指】をいタダく為に届けタ情報。こコでお役に立てテ幸いですガ”

 

 パテシーイが陽灯司長カシキに残した手紙。

 出世の点数稼ぎとして隠れ里の侵入経路を報告した。

 

“歓迎を期待シましょうかネ!”

 

 歓迎はされないだろうな。

 

「カヨウ、こっちだ」

「はい、アユミチさん」

 

 すっかり旅慣れしてきているカヨウ。大きめの段差を乗り越えるように手を引きながらこの先を想像して嘆息する。

 人間が行き来できる空間はあるが、

 ようこそいらっしゃいませ、という里ではあるまい。

 

“健気な子デす。実にイい……”

「ごめんな、いつも付き合わせて」

「話が必要なら私がします。たぶんその方がいいと思います」

「……ありがとう、カヨウ」

「どういたしまして」

 

 向こうは女だけの隠れ里だ。

 男の話など聞いてもらえない可能性も高い。ノクサに交渉を任せるのも不安。

 できればひっそりと、隠密に、ファニアを見つけて連れて帰れればいいのだが。

 

“そう簡単に運ぶトいいですネ”

 

 簡単に運ばなかったらアユミチも脳内のパテシーイも危険に晒される。

 

“ソれはヨくない。わタシも気をつけマしょう”

 

 

 隠れ里というくらいだ。よそ者に対しては排他的に違いない。

 しかし、ファニアが隠れ里のどこにいるかわからない。

 西港では蝶々に擬態したノクサに偵察してもらったことがあったが、擬態が通じないここでは難しい。

 

 ファニアというよそ者が連れ込まれたのはどこか。

 鬼巫の居場所からそう遠くないはず。なら鬼巫の居場所は?

 できれば見つからずに、里の人たちの噂話などを盗み聞きできれば――

 

『あった、あれでしょ』

 

 ここ数日、まったくまとまらないアユミチの考えがまた堂々巡りしそうになったところでノクサが見つけた。

 その後をすいすい着いていく双子と、クルサドに気を配りながら行くムンジィもそれに気づいた。

 出会った時の弱々しさをすっかり見せなくなったカヨウに、指差してノクサの見つけた目印を伝える。

 

「あそこに」

 

 山の中。

 不意に少し開けたような平らな空間――広さでいえば十数畳といったくらいか。

 その中心に、別に磨かれているわけではない縦長な石が立っていた。

 ノクサがいなければこの場所を探すのにかなり手間取っただろう。だいたいの場所がわかったところで人手があるわけでもない。

 

「もう少しですね、アユミチさん」

「あぁ」

「ファニア様をお連れして、ゼラ様にお戻りいただいて」

 

 少し後ろめたい気持ちもあるけれど。

 それも全て、願いを叶えてから。

 大切なものを手にして、後のことはそれからだ。

 

「大丈夫、ですよ」

 

 こちらを見上げるカヨウの微笑みは優しい。

 アユミチの不安をわかってくれるカヨウがいる。

 許してくれる。

 正直、ファニアにもゼラにも全てを打ち明けて謝れるかどうかわからない。言ったら愛想をつかされ離れていってしまっても不思議はない。

 カヨウの存在はアユミチの救いだ。

 アユミチの矮小さも卑劣さも弱さも、全部許してくれる。

 どっちが年上なんだかわからない。そういえばカヨウの年齢を聞いたこともなかったか。

 

「カヨウがいてくれてよかった。ありがとう」

「それ、お二人の前で言ったらだめですよ」

「そう?」

「そうです」

 

 アユミチには女心はわからない。

 けれどカヨウがそう言うのならきっと正しいのだろう。

 こんなことでもカヨウに頼る自分が情けなく、けれど安心する部分もある。

 

 

『ただの石、目印ってだけみたいだけど』

 

 特別な素材というわけではない。周囲をふわふわと飛んでいたノクサの見立てが正しいなら。

 手紙にあった呪文的な文言を使わなければ入れない。

 あれも、もしかして女が唱えなければいけないのかも。

 

「カヨウ、これを読んでみて――」

『ふぇっ!?』

「なんだぁ?」

 

 手紙を取り出そうとして、ただならぬ声をあげたノクサとムンジィに顔を上げる。

 見れば、

 

「わぁっ!?」

「捕まれ少年、支えろ弟」

「あいさ弟、どんときな」

 

 小さな手のひらを伸ばしたノクサと、その先で震える塚石。

 いや、問題はそっちじゃない。根本。

 いや根本でもないのか。空が、なんだ?

 状況が全く理解できない。

 とにかく震動と異変を感じてカヨウを引き寄せた。

 

「ノクサ! 何をした!?」

『なんにもしてない! 触っただけ!』

 

 手紙には書いていなかったけれど、門を開くのはこういうことなのか。わからない。

 天と地の境がひっくり返ったような眩暈を感じたのは一瞬。

 

『引きずり込まれたの! ここ回ってる!』

 

 回転する渦に引きずり込まれたように、今まで立っていた場所とは明らかに異なる空気の山中でたたらを踏んだ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 鬼巫の隠れ里。

 隠れ里がなぜ世に知られたのか。

 

 トローメ建国の際、隠れ里を守る為に鬼巫は初代国王に助力した。

 三百年前。それが発端だった――わけではない。

 

 隠れ里の存在を記した手記があった。

 現在のトローメの北東に位置する隣国ベゼロイタで、美しい女だけの隠れ里が存在すると記したものが。

 関心を抱く者が現れる。実際に噂の山を探す者も。

 

 迫る足音が里に届いたのだろう。

 鬼巫は表舞台に立ち、トローメは三百年続く大国となっていった。

 

 当初は鬼巫の力も大きかった。

 しかし国が大きくなり相対的に鬼巫の力は小さく、弱くなっていく。

 人々の欲に聡かったエクピキ教団は大きく、強く。

 そうして現在に至る。

 

 もっと早くエクピキを打倒していたら?

 確かな手段がなかった。

 そして、敵対してしまえばトローメの庇護もなくなる。次は里が危うくなるかもしれない。

 里の者はスカーアの加護を絶対と信ずるが、外の世界にはまた別の神の力を遺したものもあるのだ。

 

 いよいよスカーアの目覚めも近づいた今日。

 その目覚めより先に、空を割る異変が彼女らを貫いた。

 無理やりに叩き起こした。恐怖を。

 想像し得ない異変が混乱と狂気を呼ぶ。

 

 

 あり得たはず。

 里を侵す何者かが現れることはあり得たはずだった。

 しかし、そんなことは起こり得ない。ここは、この里だけは永遠の平穏が約束されていると信じていたのに。

 

 それとしても。

 ベゼロイタで噂の先駆けとなった手記。

 世界を繋ぐ。そんなものがなければよかったのに。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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