法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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 この作品のイメージ絵

【挿絵表示】

 ずっと昔、この絵をテーマに何か書きたいと言ったので。


2-1.重い椀 ※イメージ画追加

 

 捨て森の中にもいくつかの集団が存在する。

 最寄りの町――トローメ西港町ディサイから南下してきた辺りから入り、遠くない場所に住居を構える集団。

 アユミチが入ってきた場所は、捨て森で言えば西寄りになるそうだ。

 トローメ王国中央側や東側から追放されてきた人々が集まるのはもちろん東側。そちらの方が多いと言われているらしい。

 

 追放されてもなお町に近寄ろうとすれば射殺され焼かれる。

 激しく咳き込み黒い痰を吐く灰息病と、全身に赤い斑点が浮かび上がる斑徂症。症状を隠すことは難しい。

 灰息病は目元がひどく青黒くもなる。捨て森には両方発症している者もいた。

 

 

 森のあちこちに虚穴(うろあな)と呼ばれる場所があるそうだ。

 実際に穴があるわけではなく、朝夕に漂う霧の発生源で常に非常に濃い霧が立ち込めている場所。

 死体をそこに運べばヘレボルゼが食う。死体が消えてなくなる。

 死期を悟った者が自分の足で向かうこともあるし、死期ではなくとも自ら入っていく人も少なくないとか。安楽死なのか、実態はわからないが。

 

 

 森の入り口付近に居を構えるのは、比較的社交的な人々になる。

 同じ境遇の人間を迎え入れ、死ぬまでの手順を一緒に踏もうと考える人。

 ただ孤独では不安にもなるだろう。

 そうではなくとも、一番出入り口から近かったからそのまま居つくケースも多い。

 

 逃れられない死を考えると多くの人間は変わるようだ。

 集落の丸太小屋は、手製の石斧やノミで木を削り、(ツタ)を編んで作った紐で結んだりして作られている。もちろん病人の手によるもの。

 まだ元気なうちに何か形あるものを残したいと思うのかもしれない。

 金に汚い資産家が、晩年急に慈善事業などを始めたり神仏に傾倒する感じに似ている。

 

 アユミチが辿り着いた集落よりも奥に、できるだけ外部と関わりたくないと考える集団もいると聞いた。

 平積みの本を買う時に一番上ではなく二段目、三段目を選ぶ感覚かもしれない。

 

 

 人間不信がひどく集団を嫌う人や、助かる道が森のどこかにあると信じて奥地を目指す病人もいる。

 捨て森に住む獣もいて、彼らがどうなったのかはわからない。

 ババ様は捨て森で長く生きていて多くを知っていた。

 

 少し毛色の変わった人間が一人、まだ死んでいなければ集落から外れた場所にいることも。

 

 

 

「どうですか? アユミチさん」

「ん……」

 

 不安そうなカヨウの目を見れば、迂闊な返事はできない。

 うっかり口を開くとむせてしまいそうで、ごくりと飲み下してしばらく堪えた。

 

「頑張ったんだな、カヨウ」

「はいっ」

 

 頭を撫でると嬉しそうに目を細めて笑うカヨウにほっとして、椀の中の残りの重さをずっしりと感じた。

 少女が頑張って作ってくれた食事に、誰が不満など言えるのか。

 

 

 捨て森にもいくらか食べられるものはある。

 栗というかドングリというか、そういう感じの大きな木の実。甘味はない。えぐみはある。銀杏に近いかもしれない。

 ニラっぽい草。苦い。

 イモと大根の中間のような根菜。すっぱからい。変な味。

 でっかい幼虫も食用だったが、それは苦手だと丁重に断った。

 

 そして、やはり苦みのある湧き水で煮る。

 調味料? そんなものないよ。

 鍋も金属製ではなく石を削って作ったもので、これもまた妙な土っぽい風味を染み出す。

 この環境でうまい料理など作れるはずがないわけで、文句など言いようがない。

 

 

「今日はうまく捏ねたみてえだ、嬢ちゃん」

「はふっんぐっ」

 

 アユミチとは違ってムンジィとイサヤはがつがつ食っている。

 雑煮というか、雑多煮というか。

 ドングリとイモもどきを磨り潰してこねた団子は、昨日はぽそぽそだった。

 最初は切ってそのまま煮ていたが、芯がやたらと残る。問題点をババ様に聞いたりして試行錯誤をしているカヨウは努力家だと思う。

 

 アユミチだって喜んで食べてやりたいのだが。

 どこか酸っぱい匂いが鼻をくすぐり、口にすればじわっとした苦みが広がる。

 飲み下したあとはなんとも言えないえぐみが残るスープを、美味しく食べてあげられない。無理に流し込むと逆流してしまいそう。

 

「村じゃこんなに食えなかった」

「ここにゃ税がねえからな。嬢ちゃんもう一杯くれ」

 

 収穫物には税がかかる。普通なら。

 捨て森に徴税はない。たくさん食べられるのが嬉しい。

 彼らにとっては普通の食事。日本暮らしのアユミチの感覚とは大きく違う。かつて食べた温かなポトフを思い出せばただ切ない。

 

 

「お口に合いません……でした、か?」

「そんなことあるはずないだろ、カヨウが作ってくれたんだから」

 

 愛情というか、少なくとも健気さは十分すぎるほど伝わっている。

 重い椀。

 

「姉ちゃんおかわり」

 

 イサヤは偉い子だ。

 それと比べ、たった一杯の椀を飲み下すのにもたついているアユミチは、情けない男だった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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