法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
◆ ◇ ◆
『満月と新月の二つを重ねよ』
『全てを望むならば』
『悠久の時と全てが眠る』
『汝の望む全てはそこに』
◆ ◇ ◆
『注意するように言って。ここはたぶん常識が違う』
珍しい、というか初めて聞いた気がする。
ノクサが、他の面々にも注意するように促した。
「どういう意味だ?」
『なんていうの、
「ルール?」
『近いとか遠いとか自分の場所がわかんなくなる。他にもあるかもだけど説明しきれない』
普通の場所じゃない。
同行していた皆に同じように伝えるが、アユミチもうまく説明できない。
とりあえず、感覚で掴めるレーマ様の神域の位置と現在地を記憶しておくけれど。
「なるほど納得、こいつは海だ」
「浮かぶみたいに逆さまだ」
「……女神様の、浜に、似ている気がします」
コッポとトリーゾの双子は何か感じるらしい。カヨウも、踏む地面を確認しながらそんな風に言う。
アユミチには普通の地面としか思えない。クルサドもムンジィも同じような顔で、ただ警戒姿勢を取る。
「海には思えないんだけど」
「あれだな弟、泡ん中」
「飲まれた酒の泡ン中」
『世界の内側にもうひとつ……スカーアの……繭、ね』
言葉で理解できるものではなさそうだ。
とにかく普通じゃないことはわかった。
『ごめん、やっぱり出られない。出口、ここじゃない』
「わかった」
ノクサを責めても仕方がない。
元よりアユミチの希望で付き合わせた。それに、考えてみると隠れ里の特殊な入り方は知っていたが、帰りも同じで出られるとは限らない。出る時もまた違った特別な方法が必要だったのかもしれない。
敵対しているわけではない鬼巫相手だからと簡単に考えていた
「とりあえず里の人に話をしよう。悪気はない、ただファニアを迎えにきただけだから」
入り口を見つけ、本来考えていた方法ではなく引きずり込まれたような事態。
動揺してしまったが目的が変わったわけではない。
とにかく穏便に、ファニアと会いさえできれば出ていく。歓迎してもらえるなら滞在するとしても。
天が回転するような異変。この里の人たちにとって問題でなければいいのだけれど。
とにかく山中を進む。うっすらと獣道のようなものを辿り。
レーマ様の神域と真逆、里の中心と思われる方角に向かって。
見張り台らしきものがあったが誰もいなかった。
どのくらい歩いたか、日の傾きを確認しようとしたところで――
『誰かこっちに近づいてくるよ』
ノクサが真っ先に気づいて教えてくれた。
気を引き締めつつ、しかし逃げ隠れるのはやめておく。
何も後ろめたいところはない。カヨウをアユミチとムンジィの間に置いて、危険があれば助けられるように。
クルサドは後ろの双子に任せる。
『十人……もっといる』
“里に入っタことは知らレているヨうですネ”
大人数で山中に向かってくるということは、異変はやはり異常事態として里に伝わったのだろう。
茂みに隠れても、見つかったら余計に言い訳ができない。
こちらを知っている者がいることもないはず。
いるとすれば鬼巫かその花札。それなら話が早い。いてくれた方がいい。
「あれか」
遠目にも見えた。
山道を登ってくる、それぞれ何かしらの武器を手にした女たち。本当に女だけだ。
頭を守る革製の防具と口元を布で覆っていて、顔が見えるわけではないが、体つきが女。
「知っている顔は……」
花札たちの顔をはっきり記憶しているわけでもない。
一番印象に残っている鬼巫自身はいないようだ。
「すまない、俺たちは――」
敵意がないと示そうとこちらから声をかけたのは間違いではなかったと思いたい。
先頭の女の目は、どこか記憶に――
「っ!?」
問答無用で飛んできた尖った棒はアユミチの顔に向かい、しなりながら風を切って。
“おっト!”
投げ槍。手にした投石器のような何かにひっかけ、普通の矢以上の速度で突き刺さろうとした。
パテシーイの反応速度でなければ払いのけられなかった。
「待て! 俺たちは争いにきたわけじゃ」
「アデスタの仇!」
「っ」
誰だ?
知っている、誰だ?
「殺せ!」
「はい、シュキ様!」
話し合う余地はなかった。
アデスタの仇と呼び、殺せと命じたシュキ。
知っている。そうだ、北府ヴォラスで何度か顔を合わせた相手だ。
「違う!」
最後に見たのは……
「お前がアデスタを殺した!」
「俺じゃな――」
“ワたシですネ!”
そうか、雪の降る夜。北府で先代の花札アデスタを殺したのはパテシーイ。
アユミチはその場に遅れて居合わせ、見つかった時にシュキから逃げ出した。
陽輝卿エヴェニス・ディアホラの子デフィロを監禁、虐待していた彼女たちから助け出して。
「無理だ! 話になんねえ!」
「くそ! ノクサ!」
せめて幸いだったのは向こうが上り坂だったこと。また、シュキの使った投槍道具の射程が非常に長く、まだ距離があったから。
「おりゃあぁぁ!」
相手を殺したいわけではない。だがこちらが殺されるわけにもいかない。
ノクサの力を使い、思い切り地面を蹴り上げた。
踏み固められていない山中の土を、力任せに巻き上げる蹴り。一瞬で、一年分。
「くぅっ!?」
「うぁ!」
目は見開いていた。
花札シュキとその連れがどれほどの戦士か知らないが、アユミチに迫ろうと見開いた目に嵐のような土煙を受ければたまらない。
「逃げるぞ!
「ほいさ弟!」
「ちょいと失敬。いたずら妖精駆け出した、踊る波乗り白飛沫」
のるん、と。
そんな感触で、アユミチたちの足が急に軽く、跳ねるように地面を蹴る。
まるで靴に羽が生えたような軽さ。
「うぁっ!? す、っごいっ!」
「こりゃっ、すげえっ!」
びっくりしたクルサドとムンジィが叫ぶ。二歩、三歩で態勢を整えながら。
波の上を飛び跳ねる妖精のように、目潰しを受けたシュキたちを置き去りにして逃げ出した。
「おっと弟、やりすぎだ」
「驚け弟、絶好調だ」
『いたずら妖精の魔法、ね』
それほど長い時間ではなかったが、双子の使った魔法の効果はシュキたちを撒くのに十分だった。
◆ ◇ ◆