法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-23.里のひとり

 

「この里を襲うなんて!」

 

 どこから敵がくるかわからない状況。

 外で人間相手の殺し合いの経験があるのは花札しかいない。

 熊や大猪、暴れ牛や、あるいは山に出現した魔獣との戦いであれば里の守り手も経験しているが、人間相手となれば勝手が違う。

 

 ヨハルハの花札アデスタ、シュキ、ヒオーネ、パラーサ。

 トローメ本国の役目をアハラマたちに委ね、里と北部のことを任された。

 北府ヴォラスには協力者もいる。外の者だが、過去には貢献と誠意を認められ里に迎えられる女もいた。

 年の瀬にアデスタが殺され、里全体がひりつく。

 紙鬼の報せで国内全体が荒れていることも知り、警戒はしていた。

 

 背天で目覚めを待つスカーアと里を守る。

 怒りに囚われたシュキは里の境界近辺を回り、ヒオーネとパラーサは央里の守護を。

 エクピキ討滅を果たしたアハラマたちが戻った。

 スカーアの目覚めがいよいよ近づいたと同時に、ヨハルハと影サノミアの死を知り。

 動揺しないはずがない。

 気が、抜けていたのか。

 呆けていたのか。

 シュキの怒りが激しすぎて、出遅れたパラーサは同調することができなかった。

 感情を押し殺し、一人になりたくて、内殿をヒオーネに任せて周囲の警戒に当たっていた。

 

 

 天変。

 地響きと共に空が逆回転するような感覚。

 何が起きたのか。スカーアの目覚めにしては不穏な、悪い感触を覚える。

 央里の住民も同じ気持ちだったらしく、央里の外れにいたパラーサに何があったのか尋ねてくる。聞きたいのはパラーサも同じ。

 

 わけがわからない。

 戻るべきか、それとも外か。

 守り手たちが集まる大手門に駆けつけたものの判断ができない。

 本殿、朔月の社にはヒオーネがいる。アハラマたちも。

 ならば全ての報せが集まる大手門にパラーサがいることは間違いではないはず。

 

 前後から来た。

 周里のひとつから襲撃を知らせる緊急の紙鬼。

 そして、やはり大手門で状況を知ろうと飛び出してきたアハラマたち。

 花札を欠いた鬼巫と、鬼巫を失った花札。

 周里はアハラマが向かう。

 央里に残ったパラーサの下に、また遅れて報せが届く。朔月の社に襲撃者が。

 

 

 隠れ里の者は襲われるなど経験したことがない。

 パラーサが助けなければならない。

 日中だ。背天のスカーアに近づくことはできないにしても、この里を荒らした者を許すことはない。

 

 

「リードゥ様!」

 

 戦闘の気配を頼りにパラーサが辿り着いた目の前で、鮮やかな閃光のごとき一撃が敵を貫いた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「敵が今のあれだけとは限りません」

 

 決して平静ではないだろうが、リードゥはパラーサの軽挙を静かに止めた。

 逃げ出した敵の片割れを追いかけるより先に。

 

 リードゥ。花札ではないが、今は亡き先々代鬼巫の時代から里を見てきた守女の長。

 若輩のフローシュとは重ねてきた年月が大きく違う。

 

「追うのはシュキが戻ってからです、パラーサ」

「……」

「逃げた他の子たちを探します。常にだれかと、一人になってはなりません」

 

 守女たちと手分けをして被害の確認と保護を指示する。

 けれど、フローシュはそんなリードゥの言葉を聞く前に飛び出していた。

 不気味な敵の片割れを両断し、もう一方の肩を深く切り裂いた武人の下に。

 庭に倒れる彼女の傍に。

 

 

「だい……しっかりして下さい!」

 

 敵をまとめて壁から叩きだしながら切り裂き、深手を負った太い蟇蛙男が逃げるのを見送り、そこで倒れた。

 ぷっつりと糸が切れて。

 中庭で、裸足のまま倒れ込む。

 

「フローシュ、静かに……大丈夫です」

「ですがリードゥ様」

「かなり長く眠っていました。急にあれほどの力で動いたせいで気を失ったようです」

 

 危機を救ってくれた麗人に、リードゥが膝を着いて魔法を紡ぐ。

 労りの魔法。

 

「……体がついてこなかったのでしょう。けれど、助かりました。ファニア」

「ファニア……さま……?」

 

 フローシュを助けてくれた素敵な方の名前を知る。

 

「パラーサ、フローシュと彼女を奥殿に。そのまま奥殿を守るよう」

「私は、ヒオーネを……」

 

 命じられたパラーサは、息を引き取ったヒオーネの頬を撫でて俯いたまま。

 

「ヒオーネは私たちが天の逆橋に運びます」

「別れの言葉は落ち着いてからになさい。冷たいことを言うようですが」

「……はい」

 

 他の守女たちに諭されたパラーサが目を閉じて答える。けれど首は縦に動かず、少しのあいだ止まった後、ヒオーネの瞼に唇を押し当ててから立ち上がった。

 フローシュにとっても憧れの教官だった。ヒオーネの死はとても苦しいのだけれど。

 共に花札として過ごしてきたパラーサの胸中はフローシュの比ではあるまい。

 

 ヒオーネの死を悲しむ権利はパラーサにある。

 フローシュの手には、凶悪な敵を討ち倒して危機を救ってくれたファニアがある。

 

 

「皆、気を抜かぬよう。他の者にも今の敵のことを伝えなさい」

「はい」

 

 リードゥの令を受けて動き出す皆。

 騒ぎに集まってきた他の人たちもそれに応じて。

 

「ファニア様……」

「……認めましょう」

 

 その場を去る前に、リードゥがファニアを見て静かに頷いた。

 なんのことだろうか。

 

「この者を里に迎えます。異論はありませんね、パラーサ」

「……この者が望むのであれば」

「奥殿に。フローシュ、ファニアの世話は任せます」

「あ……はい……はい、わかりました」

 

 里に、迎える?

 ああ、そうだ。噂には聞いていたのだけれど急なことで思い至らなかった。

 鬼巫様が外から連れてきた人がいると噂だった。

 それが彼女。ファニア様だったのか。

 

 

「……」

 

 ヒオーネを守女に預けてきたパラーサが、庭の端に転がる敵の死骸に目を向けた。

 腰のあたりから反対の脇腹まで両断された死骸。

 何が起きたのかわからなかったのか、半分ほど剥き出しになった目玉が今にも零れ落ちそう。

 口からでらっと溢れ出た黒紫の舌はひどく汚らしい。

 

「……っ」

 

 パラーサの投げた黒い実が死骸に当たると、消し炭のようになって散っていった。

 かけらも残さず散り散りに。

 

「……行く」

「はい、パラーサ様」

 

 敵の死骸を消し去ってから、短く告げたパラーサの声音には悲哀が溢れていて。

 ファニアの勇姿に浮ついたフローシュを責めるようにも。

 たぶんそんなつもりはないのだろうけれど、罪悪感を覚える。

 

「外の方、だったんですね……」

「あぁ」

 

 意識のないファニアを無造作に抱き上げるパラーサに、言い訳のように知らなかったのだと主張してしまう。

 助けてくれたのはヒオーネも同じだったのに、死んだヒオーネよりファニアを選んだように見えたかと。

 

「あの……」

「まだ、里の者になると決まったわけじゃない」

「……」

 

 先を歩くパラーサの顔が見えなくて、彼女の言葉の意図がよくわからない。

 仲間が死んだすぐに、よその誰かを里の家族に迎えるというのが飲み込めないのだろう。

 パラーサの心情的な葛藤はフローシュにも理解できる。だけど。

 

「リードゥ様に認めてもらえたんですから、よかったです。ファニア様」

 

 鬼巫様もそのつもりで連れてきたのだろうし、迎えてあげられてよかった。

 里の一員として一緒にいられる。外の世界の人。

 こんなひどい状況なのに、こんなにひどい時だから、胸の奥がなんだかそわそわする。

 

 他の仲間たちの心配もあるけれど、今はファニアの傍を離れたくない。

 フローシュが見つけた。フローシュの特別な宝物。

 とっても強くて頼もしい。申し訳ないけれど花札の誰よりも、もしかしたら鬼巫様よりも強くて、素敵な人。

 一番に気に入ってもらえるように傍にいて、ファニアの知らない里の世界を全部教えてあげたい。外の人なら里のことをなんにも知らないだろうから。

 

「起きたら喜びますね。ファニア様」

「……だといい」

 

 パラーサが悲しみに沈んだままなのは仕方がない。

 だからフローシュがファニアに伝えてあげよう。ずっと一緒にいられるって。

 よかったですね、ファニア様。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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