法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
「レフカ!」
マベラが叫ぶ。
北東の周里で状況を聞いて、聞いていられず飛び出したレフカースの背中から。
カンナがいない。
妹が戻らないと母から聞かされ、まだ敵の情報を確認していたアハラマたちのことも忘れて駆けだした。
ここ最近は同い年のクヌーイと一緒に山に入ることが多かったそうだ。
カンナたちくらいの年齢なら、田畑や里の仕事を手伝うのが当然。遊んでいていいはずがない。
キジを狩ったり山菜を集めてくるので、里の大人たちも未熟な彼女らの行動を咎めはしなかった。親しい者同士、そういう時期もあると。
敵が侵入してくるなど誰も考えていなかった。
レフカースはもっと幼い頃から花札の蕾として央里にいて、そんな経験はない。
勝手なことをした。妹が。
思慮に欠ける振る舞いで母に、里の者に心配をかけて。
苛立ちと合わせて不安が膨れ上がる。
レフカースがこんなだから。
たまに会ってもつい厳しいことばかり言ってしまう。
嫌っているわけではない。けれどレフカースにはわからなかったのだ。
幼い頃から花札候補として育てられ、ごく普通の年若い少女にどう接したらいいのかわからない。
これくらいできて当然。できないのは甘え。言葉にしなくとも、そんな気持ちを抱いてカンナと接していた。
自分のせいだ。
レフカースが間違えた。だから母たちは泣いて、里の者たちは苦い顔で
耐えられなくて、我慢できなくて、飛び出した。
敵の逃げていった先と、カンナたちがいるだろう山の湯殿は同じ方角。
里の者が即座に追えなかったのは、守女を圧倒するほどの敵がいたとか。
そんなものは関係ない。
殺す。
レフカース達の里に踏み入り仲間を殺した連中は、全てレフカースが殺す。
その為の力。
その為に花札として育てられた。
だから、カンナ。
どうか無事でいて。今まで何もしてあげられなかった姉だけれど、必ず助けるから。
優秀だと、天才だといつも称えられてきた。
アハラマにも頼りにしてもらい、正直に言えば増長していたところもある。
けれどここ最近、レフカースは何も満足にできていない。
つまづきを感じた最初は、ファニアのことだ。
ファニアを花札として導くつもりで、けれどどうしても良い関係になれなかった。
言葉にはいつも
ファニアが足の腱を負傷したのもレフカースとの関係が悪かったからだ。
その傷の治癒をファニアが受け入れなかったのも、ことあるごとにエクピキ教を醜悪邪悪だと伝えていたせいかもしれない。
トローメで生まれ育ったファニア。花札になるまでエクピキ教は最も身近な宗教で、それを否定する為に強く言ってきかせた。
今さらその治癒を受けろと、嫌いなレフカースに言われる。
聞き入れない。自分は鬼巫の花札だからと。
隠れ里で時間をかければ治してやれるだろうが、わからずやを里に入れるのも癪に障る。
治癒云々の話が進まず、少しは頭を冷やせというつもりで外の仕事を与えた。
少し小耳にはさんだ、下町で教団がなにやら広めているようだとか。確認に見回っておきなさいと。
結果、ファニアは死病をもらい、アハラマの顔を暗く陰らせた。
ファニアを失った後、目まぐるしく情勢は変わった。
だけど、その間にレフカースがうまくできたことなんてない。
マベラは奇跡の薬師を見つけ、北府方面に向かったと報告した。
クロロテッサはポスフォスの巫女を手に入れた。星光のビッテス、生きていたファニアに挟まれた見極めにくい状況で、あれは最善の手だった。あのタイミング以外でエクピキを殺す手段を手に収めることはできなかっただろう。
キュアナはアハラマの身代わりとなり、コッキノは命を捧げてエクピキを討った。
レフカースは何もできていない。
アハラマの助けにもなれず、ただ足を引っ張っているばかり。
こんな時に、自分の妹が行方知れず。
それもこれも全部レフカースのせい。全てレフカースが悪い。
こらえ切れなくて飛び出した。
自分がやらなければ。
レフカースが解決しなければいけない。
里の平穏も妹たちの無事も、レフカースが守らなければ。
次はレフカースの番だ。今度はレフカースの番だから。
いつも正しいようなことを賢し気に言うばかりで、なんにもできていない。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
何にもできない、役立たずでごめんなさい。
気持ちが溢れ、止まっていられなかった。
「レフカ! 待つ!」
「っ!」
いつもそう。
レフカースの気持ちが揺れる時、いつも。
マベラは、いつもレフカースの傍にいてくれる。
「だけどっ!」
甘えたくさせないで。
ずっと昔、マベラはアハラマの顔でレフカースを甘やかした。
甘く、優しく、嘘を。
正しくない行いだったと思う。けれど、レフカースはマベラのその温もりを忘れられない。
今だって、振り切れずに肩を掴まれる。掴ませて、あなたに甘えて――
「私は、私が――」
「死なないで」
ぎゅうっと、背中から抱きしめられた。
レフカースより背の小さなマベラが、全身でレフカースを抱きつつむ。
「お願い、レフカ……死にに行くのは、やめて……」
「……」
「死んでも、誰も許さない……死んだら、許さない。ぜったい」
「……まべ、ら……」
あぁ、そう。
死ねば許されるって、そう思った。
頑張って命を投げ出せば、みんなに許されるって。
許しに甘えようと。
「けど……だけど、マベラ。わたしは……」
「マベラはイヤだから」
レフカースが何を言うのも聞きたくないというように、やや乱暴に乳房を握られた。
黙れと命じられるみたいに。
「いい子ぶるのはいらない。レフカ」
「……花札として」
花札として、命を張ってでも前に立たなければならない時もある。
今がそう。
キュアナやコッキノ、先代ヨハルハ達だって里とスカーアの為に命を捧げた。
「花札としてと言うであれば」
少し呆れたような声音。
「妾の傍で咲くべきと知れ」
マベラではなくて、よく似ているけれど。
「そんなことも忘れたとは、守女たちは何を教えておったのか」
「里一番の天才のはずなのにねぇ」
「……」
この状況でレフカースが飛び出せば追ってこないはずがない。
主が、仲間が。
「マベラは知ってた」
胸を握っていた手が緩み、レフカースの腹を撫でる。
優しく。
「レフカはけっこうバカ」
「……マベラ」
悔しいけれど反論できない。
言い訳を喉の奥で堪えて符紙を襟から引き抜いた。
白い符紙の端を唇で挟み、そのまま横につうっと通す。
「香らずの、六花凍みたる
樹上。右手
「寝苦しきほど織りて重なれ」
不逞の輩が。
いかに色形を変えようと、ここは我らの山。
「
「ぐ、っんば!?」
夕暮れ迫る山の中。
ここにいるべきではない者をレフカースの符紙が掴み、その喉を締め上げた。
◆ ◇ ◆
――半分は里の守り。残りはまとまって追って参れ。
状況確認も半端なままレフカースが飛び出し、マベラがそれを追った。
敵は武装した集団。軍隊のようだ。
その中にいくらか、異様な風体で守り手を圧倒する者がいたと言う。
里の者たちが集まり、放った魔法を見て退いたということだが。
里の女たちは外の世界よりも魔法が使える者が多い。
とはいえ、戦闘中に咄嗟に有効な魔法が使えるかと言えばそうではない。
後方から集中する時間を擁して、それも二度も使えば疲労で息が上がる。
敵にそんな事情はわからない。結構な人数の魔法使いがいると思えば一時撤退は当然の判断。
午前、里全体の天地が割れたような異変を受け、守り手たちを中心に警戒態勢に入った。
直後に山から忍び寄っていた集団を見つけ、戦闘が始まり、撃退したもののその後の行動が判断できない。
混乱の中で央里に報告の紙鬼を飛ばし、仲間の遺体と状況を確認していて気付いた。
カンナとクヌーイがいない。
山にいるのか。よりによって敵が逃げていった山の中に。
どこか別の場所に隠れているのかも。天変地異で不安になって。
可能性はあれこれ考えるが、もし敵の手に落ちたのなら。
生きているのか。囚われ、ひどい目に遭っているのか。
どうか無事でいて。
捜索に人手を割くかどうかというところにアハラマたちが到着して、レフカースは話もろくに聞かずに飛び出していった。
アハラマとすれば少々意外だった。
レフカースは妹のことをあまり話したがらなかった。
我を忘れ助けに行くほど取り乱すとは思わなかったのが正直なところ。
マベラはほとんど間を置かず追いかけ、アハラマとクロロテッサは状況確認と後の指示を出してからそれを追った。
手が足りない。
キュアナとコッキノがいてくれたら。
先代ヨハルハがいてくれたなら。
考えても仕方がないが、思わずにはいられない。
今は自分たちでどうにかしなければ。
レフカースに単独行動をさせていられる状況ではない。
どうせ敵は追うのだ。レフカースが即断したというのならそれに乗る。
「狂式の四斤!」
「ぐ、っんば!?」
レフカースは天才だ。
魔法の切れに限ればアハラマをも上回る。
スカーアの恩寵を最も強く受ける鬼巫よりも上。里の歴史でも存在しない才覚。
瞬く間に伸びた白い紙が、茶色く偽装――擬態していた樹上の敵を捉えた。
魔法が放たれた瞬間、木々の幹を蹴って稲妻のように交互に逃げようとした敵を、紙が白蛇のようにするする追って首に食らいつく。
敵の動きも侮っていいものではない。守り手を圧倒したという者の一人か。
しかし相手が悪い。
レフカースの紙が首に噛みつき、巻き付き、締め上げながら地面に叩き落した。
がべっと音を立てて首を
レフカースとマベラのやり取りの間、気付かれていないと思っていたのだろうが、甘い。
「ラハ様!」
「ちっ!」
舌打ちはアハラマだったか敵だったか。
先ほどの敵とは別に、こちらは幹に完全に身を隠していた者。
完全に気配を消すなど人間離れした……話にちらと聞いた通り、人間離れした敵だ。見かけが。
先に逃げに入った相手にアハラマの投げた
空中で向きを変えた。
重心を変化させて軌道を変えた。魔法とも違う、異様な身体構造。
地面に手を着いたかと思えば、トカゲでも走るかのようにぬるりと逃げて、クロロテッサが伸ばした
「追うぞ!」
「はい!」
少し先から臭いがする。温泉とも違う火を焚く臭い。敵の集団がいる。
ならば追って皆殺しだ。
アハラマの里を荒らした報いを受けさせる。
ここまでに気配のなかったカンナとクヌーイ、里の子たちがそこにいるというなら。
この狼藉物どもはもちろん、その家族一族も追い、千倍万倍の苦しみを与えて返す。
そうしてやらなければ。
アハラマがそうしてやらねば。
レフカースにあのような顔をさせた敵とその郎党に、生きていることを後悔させてやるのが主たるアハラマの務めだ。
「妾の花を陰らせた者どもに死を」
花は、咲いてこそ。
這い寄る害虫は皆殺し。
。
「スカーアの園を侵す下衆ども! 災いと呪いをくれよう!」
逃げる敵の背に、その向こうに待つ下郎どもに向けて宣する。
「呪われよ!」
ただでは死なせない。
身が全て朽ち果てるまで、体の末端からおろし金で削られ腐り
同じ目をお前たちの伴侶に、親に、子に、友に。
呪いを与える。
全てお前たちの罪過のためと知らしめ、永遠に恨まれんことを願って。
◆ ◇ ◆