法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
偉そうなことを言うわりにゾーハ一族も大したことはない。
ミカブラの班員は誰もが同じ気分だ。
斥候部隊のミカブラの班は女たちと接敵した。
ゾーハの連中も一緒だったが、突っ込んできた女を数名殺しただけで、集まってくる敵を見て逃げ出した。
念願の桃源郷に辿り着いたというのに、このまま押し入れば女など恐怖に駆られて逃げ惑うだろうに。
ゾーハたちが逃げ出したので、仕方なくミカブラたちも撤退するしかなかった。
鼻が利くのは本当らしく、途中茂みに隠れていた二人の娘を見つけてくれたのはまあいい。役に立つ。
蛙魔人の一族などと
大したことはない。
捕らえた娘は上の連中に続いてミカブラたち斥候班が使わせてもらった。
斥候は危険な役目だ。そのくらいの役得がなければ割りに合わない。上の連中もわかっている。
ちいと小さかったが、下町の女や娼婦などよりよほどよかった。
ミカブラなどでは手が出ない高給娼館や貴族の娘、そんな感じの手触り。肌ざわり。匂いも格別。極上。女神の美酒といったところ。
班の中には怖気づいて遠慮していた奴もいたが、いざ始めてしまえば夢中になって貪りついていた。
まあ誰だって最初はそうだ。やっていいのかと尻込みして、やっていいのだと喜びを知る。
終わったなら順番だ。
用を済ませたミカブラたちはまた斥候に。
普段なら不満に
よかった。最高だった。
いや、まだあんなもんじゃない。女たちはまだまだいた。
次は俺たちが一番に。
尻込みしていた班員も、今はすっかり前のめりだ。
俺たちが見つけた宝の山。
隠れ住んでいた女たちなのだから、見つければ好きにできる。
何が鬼巫だ。
ゾーハの奴らと同じく噂ばかり大きくなったただの女。
美女揃いだと聞くし、先刻目にした女たちもそそるものばかりだった。金銀珠玉。
貧しい地域では民を奴隷として売る。
そんな奴隷は十匹百匹でいくらの値だが、ここの女なら高く売れるだろう。
何しろ嘘か本当か老いないと言うのだから。
一匹くらいは自分用に鎖につないで帰りたい。一番乗りの褒賞として、あるいはどうにか隠してでも。
ゾーハの一族など大したことはない。
まさに、今も逃げてくる。
山の中から、地べたを這うような無様な姿で逃げ帰ってくる。
情けない、ひどい有り様だ。
「敵が来る」
「ああ、だろうよ」
ミカブラ班の横をすり抜けるように、すれ違いざまにかすれた声で言い残していった。
言われるまでもない。
山の様子からすれば大軍ということはない。十もいないだろう。
敵が来る。
かわいいお宝が来るのに逃げ出すなんてバカはお前らだけだ。
前回の戦闘で、お前たちは大慌てで殺しちまったが、もったいない。
殺すのが簡単なら、動けない程度に可愛がってやればよかったのに。
泣いて命乞いをする女を助けてやれば、ミカブラに尽くす
悪くない。
年老いない極上の女を集めて娼館を仕切るのもいいかなどと思い浮かび、山中から迫る気配によだれが垂れた。
◆ ◇ ◆
十名足らずの兵士。
物の数ではない。
ゴミの数。
「ぶぎぇ」
一番先を走るレフカースの
山中の落ち葉をまき散らしながら転がる男。
「班長⁉」
「みかぶ――」
「死になさい」
兵士どもの足元から、鋭いつららのごとき木の根が貫いた。
ふくらはぎを、膝を、鋭さと剛力で貫き砕く。
バランスを崩して転んだ男には、追った根の先端が首をぐるりと削り、続けて開いた口から喉にぐしゃりと突き立った。
クロロテッサは植物を扱う魔法を得意とする。それは知っているけれど。
けれど、レフカースが今まで見てきた中で今日ほど凄惨なものはない。
いつも柔らかな彼女でも抑えきれない怒り。
当然か。里を侵す者など殺しても飽き足りない。
「この兵士は普通。さっきの奴は違う」
怒りが抑えきれないのはレフカースも同じ。
先に逃げていった異様な敵は、見失った。
今片付けたこの兵士とは明らかに異質な敵だった。
マベラの言葉にはっと周りを見回すが、残りの兵士は既にアハラマの鉄扇で腹から上が肉塊になっていた。
「あいつのことを聞きたい」
「一人は生かしてますよ」
瞬く間に殲滅してしまったが、クロロテッサが忌々しげに声を向ける。
足首の腱から突き刺さった木の根が、ふくらはぎの肉を抉り、そのまま膝の裏側でとぐろをまくように膨れ上がって膝が破裂している兵士。
激痛で声も出ないのか、口と目玉から汚らしい黄色い体液を噴き出してぱくぱく痙攣している。
本当に蛆虫。
「答えよ、逃げていったあれは何者じゃ?」
「あ、ば……だす、たすげ……」
アハラマが問うが、苦痛に呻いて話にならない。
「お前たちは何者?」
「どうやって里に入ったのですか?」
「ひぃぃ、い、あぐぅぅ……」
「ちっ……」
苛立つ。
ゆっくり尋問などしている時間はない。
情報は諦めて敵を追う。レフカースが踏みだそうとしたところで。
がさ、と。
音を立てたのは、レフカースが蹴り殺した死体。
死んでいないから動いた。意識は飛んだが、痛みで目が覚めたのか。
「ぉ、ご……べ、でっ……」
落ち葉と泥が衝撃をやわらげ、命は残っていたらしい。
下あごはひしゃげて、蹴り飛ばされた衝撃で片方の腕があらぬ方向に曲がっている。
他の兵士に班長とか呼ばれていたか。
「答えよ」
先ほどの質問をもう一度。
それと。
レフカースの喉に
「……」
言葉にできず、唇を結んだ。
「たぶへて……だずへ、れ……」
「よかろう。質問に答えよ」
顎が半壊していて何を言っているのかよくわからないが。
我を忘れているという様子ではない男に再び尋ねた。
「おで、ら……べへろいだ、の……べいじ……」
ベゼロイタの兵士。
服装などからそうだろうとわかっている。
「あで……あレ……ぞぉは……かべ、がえるっ……かえるまじ、っん……おでぃみこの、でんてき……てん、てき……」
「……」
鬼巫の天敵?
何をふざけたことを、と。
拳を握りかけたレフカースだけれど、アハラマは微動だにしない。
「蛙魔人、と?」
「大昔、北にそう呼ばれる魔獣がいたとは聞きます」
「そうね」
クロロテッサと頷き合い、けれどアハラマはやはり応じない。
「あれが蛙魔人……ゾーハ、なんですか?」
「むすご……あでは、ぞぉはいちぞぐ……なな……ななにん、いる……たす、けで……」
鼻血と血泡と涙を流しながら、膝を着いて懇願する男。
みじめで汚らしく情けない。
蛆虫の方がまだ美しい。
「七人……」
一人は、既にレフカースが殺した者だと思う。
あと六人。あれと似たような敵がいるというわけか。
「しゃべ、っだ……ごたえだ、がら……」
「そうじゃな」
「もうひとつ聞く」
これ以上時間は浪費しない。今聞いた以上のことはないだろう。
踏み出そうとするレフカースをマベラが遮った。
「山で娘を見た? 二人」
「……」
いやだ、聞きたくない。
この男の口から、最悪の事実を聞きたくない。
「むず、め……あ……」
男の目が泳いだ。
なんと答えようか迷い、考える泳ぎ。
泳いだ目がレフカースの顔を捉え、汚れ濁った瞳にレフカースの顔が映る。
「あ、だあ」
焦点が合う。
答えを見つけたように。
にべぁぁと、ぐちゃぐちゃな頬に笑みが浮かぶ。汚物で背筋を撫でられるような不快感。
「おっおねえ、じゃん……っ」
「――――っっ!!」
レフカースの怒号が山を震わせた。
◆ ◇ ◆
ごめん。
ごめんね、レフカ。
わかってた。マベラはわかってた。
世界はそんなに甘く回っていないって。
敵の様子から、彼らの目線から、既にここで何かを手に入れたんだって察してわかってしまった。
レフカが目を逸らそうとしていた事実。
見たくなかった現実。
聞けなかった、聞こうとしなかった気持ちもわかってる。
だけど、レフカ。
レフカは不器用だから。
きれいなものばかり見たがる女の子だから。
うまくできない。きっと、先にわかっていないとうまくできない。
レフカは天才。知ってる、認めてる。
でも、レフカが不器用なことも知ってる。
知っていることなら誰よりもじょうずにできる。
わからないことには戸惑う。
だから、先に知っていてもらわないといけなかった。
ごめん、レフカ。
苦しくて悲しくて張り裂けそうなくらいいっぱいだったレフカに、マベラが穴を開けた。
そうしないと守れないから。
みんな違う。
花札だって、その一枚一枚が違う。
一番大切なものが違う。
レフカの一番大事と、マベラの一番大事は違った。
カンナもクヌーイも可哀そうだと思う。
できれば無事に助けたいと思ってた。ほんとう、ほんとうに。
でも、それが叶わないなら。
マベラはマベラの一番大事を大事にするしかない。
レフカを傷つけることになっても。
あなたに憎まれ、嫌われても。
慟哭するレフカを捕まえて、抱きしめて。
ほら、見て。
慰めにもならないけれど、クロロテッサがしてくれる。
名も知らぬ男に、助けをむせび乞う男に、救いの薬のように与えてあげた。
深紫の木の実。
気付け薬にもなるのだけれど。とても、とても薄く薄めれば。
あのまま飲み込めば、意識を保ったまま効用を思い知る。
胃の中で半日弱くらい膨らみながら生き地獄の苦しみを与えてくれる。
両拳よりも大きく、いびつな形でうねりながら、臓腑を内壁から削りながら。破れて息絶えるまで。
こんなことでレフカの悲しみが、カンナやクヌーイの苦悶が安らぐわけじゃないけれど。
ごめん。
マベラはレフカみたいに天才じゃないから。
知っていても、わかっていても、うまくできない。
ごめんなさい。
レフカを助けてあげられるマベラじゃなくて、ごめんなさい。
◆ ◇ ◆