法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-28.薬にならない

 

 クロロテッサの得意はレフカースとは異なる。

 正面切っての勝負でレフカースに勝てるとは思わない。

 けれど、総合力でなら負けない。

 

 戦闘に限らず、世を勝ち抜いていく時にいつも正攻法が通用するわけではない。

 謀りごとも搦め手も必要。レフカースの苦手とする部分。

 敵があらかじめ手の内を晒してくれるはずもなく、まして人間離れした異常な体質ならよけいにどんな奥の手があるかわからない。

 

 それでも、正面から殺し合いをしているのならレフカースが後れを取ることはないだろう。

 相手がイドラ・ディドラー級の逸脱者ならともかく、あれは二人といない。

 極北の少数部族の出自と聞いた。おそらく極地太陽の真下に集まった神の残滓を宿し、奇跡的に死ななかった人間。

 伝説の魔獣、千棘カルマリィや嘔息ヘレボルゼ並みの力を有していた。

 その他の魔獣の係累は、神の残滓の一部を宿し、生き物としての枠を超えたもの。

 どれだけ濃くとも、今の世界でイドラ・ディドラーほどの力を持つことはない。

 

 戦える相手だ。

 レフカースなら十分に、クロロテッサも負けない。

 愛するアハラマの為になら、クロロテッサは何を敵にしても負けはしない。

 

 

「ラハ様‼ 一度息を!」

 

 レフカースが力を込めた符で、マベラの返歌も合わせて連続魔法を使った。

 二つ以上の異なる者との合わせ魔法はアハラマでなければできない。

 負担は大きい。

 額から玉のように汗を拭きだし、それでも前に向かおうとするアハラマに叱るほどの声量で命じる。

 周辺探査を任された自分の役目を果たし、姉としての務めも尽くす。

 

「残りは二つ! マベラ!」

「うん」

 

 アハラマに呼吸を整えさせ、その隙間はマベラとクロロテッサで埋める。

 守りに徹するか、仕留めるか。

 雑兵はどうでもいい。並外れた強者の気配は四つあったが、ひとつは既にアハラマが仕留めた。

 ひときわ力強い敵はレフカースに任せた。残った方をマベラとクロロテッサが相手する。

 

 

「ゾーハである!」

「っ!」

 

 クロロテッサが指したのは違う。

 マベラに対応を任せようとした相手はそっちじゃない。

 アハラマの魔法を受け、ずしりと揺るがなかった相手はレフカースに。

 残る二つのうち、最も柔らかく無理なく暴風の力を受け流した敵。老練さを感じさせるその男はクロロテッサが対応するつもりだった。

 それが名乗りを上げながらマベラに向かった。

 

「や」

 

 小さく息を吐いて迎撃するマベラ。

 飛びかかってきた白髪交じりの敵を、影から引き抜いた大木槌で。

 

「どっちが――」

 

 マベラに襲い掛かったのではない。

 その斜め後方のアハラマに襲い掛かったのだ。花札を無視して。

 

「鬼巫か!」

「どっちでも」

 

 アハラマとマベラは黙っていれば瓜二つ。

 先陣として仕掛けたアハラマか控えていたマベラか、どちらかが鬼巫と襲い掛かった。

 花札など眼中にないとでも言うのか、と怒りも覚えるが、ゾーハと名乗った男の動き出しを捉えきれなかった。

 やはり老練。白髪だけでなく肌にも白い瘡蓋(かさぶた)のような吹き出物が無数にある。

 アハラマに近づけたくはないが、こうなってしまえば仕方がない。

 

 残る一匹の気配は、ずっと小さな――

 

 

「やめようよぉ!」

 

 先にクロロテッサに指し示されて、自分も把握されているとわかったのだろう。

 小さな、小柄な敵が泣き声を上げた。

 

「僕には無理っ! 悪くもない女の子と戦うなんていやだぁ!」

 

 子供か。クロロテッサの胸ほどもない背丈の少年が、おたおたと。

 アハラマの魔法を受けてひっくり返ったが、その時の後転はまるでダメージのない動きだった。

 そのままぴたりとブレなく地面に張り付いた。並みの兵士ではないことは明らか。

 

「助けてママぁ!」

 

 丸い顔。赤子のような、あるいはおたまじゃくしのような。

 涙やら鼻汁でぬめった顔で左右をおたおたと見回し、目の前にクロロテッサの目の前に出現した。

 

「っ!?」

 

 油断していたつもりはない。

 ただ、本当に一瞬で目の前に跳んできた。

 小さく折りたたんだ両足をバネのように使って、小さな指先に黒々とした鋭い爪を伸ばして。

 

「ままぁ」

 

 気持ちの悪い湿った声をねっとりと流しながら、躱したクロロテッサの胸を掠めていく。花札で一番豊かな乳でなければ当たらなかったか。

 黒い爪の内の二本が引っかかり、服と乳房の上を裂いた。浅く。

 

 

「ままのおっぱいぃ!」

「お前など」

 

 瞬く間に通り過ぎた次には、大樹の幹を蹴り返して戻る。

 振り返る時には既に肉薄する距離。

 薄く裂かれた胸に飛び込んでくるのかと思えば――

 

「あしぃ!」

 

 微かな痛みと敵の言葉で、どうしても胸への攻撃を意識させられる。

 そこにきて足への攻撃。動きを止める。

 

「産まれたのが悪」

 

 他の者なら。

 クロロテッサでなかったなら食らっていたかと思う。

 足もと目掛けて大樹を蹴ったのを感じたから。

 

「なぜいるのかしら」

 

 ここは鬼巫の地。故郷の山。

 クロロテッサの力は最も高まる。

 ひゅるりと、足首に引っかけた蔦がクロロテッサの体を縦に回転させた。

 

「へ?」

 

 クロロテッサにとって里の植物は手足の延長みたいなもの。

 敵が人間離れした挙動で予備動作を予測しづらいように、クロロテッサの体勢から想像できない回避で空振りさせる。

 凄まじい速度の連撃だが、その速度で正確に攻撃するには爪くらいの長さがいいのだろう。

 重すぎず、長すぎず。

 

「臭い息を吐かないで」

「べぶぅぅっ!」

 

 回転した勢いで、クロロテッサの真下に突っ込んできた少年の頭にかかとを思い切り落した。

 おたまじゃくしに似た丸い頭を、蹴りと地面で叩き潰す。

 

「んっ」

 

 確かな手ごたえ。

 しかし砕けない。

 クロロテッサの筋力はアハラマに劣る。もっと力があれば頭蓋骨を砕けたかもしれないが。

 

「ふ」

「んらぁ」

 

 柔らかい。

 山中の地面も柔らかいし、この敵の頭も妙な柔らかさ。弾力。

 樹液の塊に似た硬さと弾力で砕けない

 踏みつけた足に爪を立てようと反撃。(とど)めを諦めて跳んで戻った。

 

 

「ふまっ踏まれたぁ! ままに踏まれたぁ!」

 

 嬉しそうに。

 手毬(てまり)のように跳ね起きて笑う蛙仔(かわずのこ)。黒い爪のついた手の甲で涎を拭いながら。

 汚い。汚らしい。

 

「本当に」

 

 レフカースも言っていた通り、こんな生き物が里の空気を吸うのが不快。

 痛みを感じて、足の甲にもかすり傷。

 赤い筋から血が垂れる。

 

「醜悪ね」

「えへっ! えへへぇ」

 

 かなり変則的な敵。

 クロロテッサが相手をするのは結果的には正解だった。

 

「この程度で里を落とせると思った過ちも、こんな汚物を生んだ親も」

 

 存在するのが間違い。害悪。

 溜息が漏れるほど。

 

「早く消してしまいましょうね」

「んっはぁ! ままが生んだのにぃ?」

 

 外の人間ならどう感じるのだろう。

 嬉しそうに、楽しそうに笑いながらままと呼ぶこの蛙仔(かわずのこ)を、天真爛漫な少年とでも受け止めるのだろうか。

 ああ、(おぞ)ましい。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「ママ……」

 

 泣く。

 泣いて、泣いて。

 泣いて詫びる。

 

「おくすりだって……おくすりだと、おもって……」

 

 事情を知って、わかってしまって。

 なんとなくだけど、自分が悪い、自分が間違えたんだってわかるから。

 

「おくすりだよって、言って……あげたの……プレヴラが、あげたの……」

「そう……」

「プレヴラが……プレヴラのせい、で……」

 

 

 病気の前のことはあんまり覚えていない。

 ただ苦しくて悲しくて。

 助けてくれたアユミチ様がとっても眩しくて、覚えていないけどお父さんみたいだって思った。

 

 傍にいたい。

 でも邪魔しちゃいけない。

 何かの時に、ちょっと持っててってアユミチ様から棒を預かった。

 

 それからのことも、あんまりよく覚えていない。

 半分夢を見ていたみたいに。

 なんとなく、光って輝いてるほうはこっちだって思うほうに向かうだけで。

 

 

 捨て森で、大きな悪いやつをやっつけた後。

 町の兵士の男の人の中に、悪いものがあるように感じた。

 プレヴラの知ってる病気とおんなじ、悪いもの。

 

 アユミチ様に言おうと思った。

 だけど、棒から声が聞こえた気がした。

 薬をあげればいいんだって。

 美味しい飲み物の薬。

 

 ああ、そうだって思った。思ったから。

 

 

「プレヴラのせい……森が、いっぱい火で、焼けて……」

「違う」

 

 色んな人が話すことを聞いて、耳にして、わかった。

 プレヴラがおくすりをあげた兵士さんが病気で死んじゃって、それに怒った町の人が森を焼いた。

 ゼラ様が死んじゃったのも、全部プレヴラのせい。

 

「違うわ」

 

 母に抱きしめられても涙が止まらない。

 アユミチ様には言えなかった。

 棒がなくなって、色んなことがプレヴラの頭の中で繋がってきても。

 叱られる。怒られる。嫌われる。

 怖くて怖くて、どうしても言えない。

 でも、我慢できなくなって泣いて、泣き止まなくて。

 

 

「あの兵士、マーチスでしたな」

 

 母コニーとイーペンおじさんに理由を聞かれて、やっと言えた。

 全部吐き出して、また泣いて。

 

「彼が森を出る時に言っておりましたぞ」

「……っく、なん……?」

「自分なんかにも優しくしてもらって、いい薬になったと」

 

 イーペンおじさんの顔を見上げる。

 優しい顔。

 お父さん見たい。覚えていないけれど、お父さんみたいに。

 

「死んでもいいかって思っちまうくらいにいい薬だった、などと。粗暴な振る舞いが多かった彼が、今さら何を言うのかと思ったものでしたが」

「……」

「あなたの優しさが彼を救ったのでしょうな。吾輩はプレヴラが悪いなどと思えません。誰も」

 

 プレヴラを抱きしめるコニーの隣に膝を着いて、イーペンおじさんは大きな手を母娘の頭に置いた。

 

「誰も彼に薬を分け与えようとしなかった。あなただけが、彼を救った」

 

 イーペンおじさんの声が優しくて、ただ優しくて。

 それがよかったのか悪かったのか、プレヴラにはわからないけれど。なんにもわからないけれど。

 でも、優しい言葉が嬉しいのはわかったから。

 

「う、うぁ……っっく、あ……」

 

 ただ泣くことしかできなかった。

 いつか、本当に誰かを助けられる人になりたいって思って、強くお願いした。強く強くお願いした。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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