法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
せがれたちがはしゃぐのも理解できる。
それはいい。もう少し時間がいる。もう少しだけ日が傾けば、遊びの時間は終わり。
その時間を稼げぬような者なら不要だ。目的に辿り着いてさえしまえば自分以外は無用。
はしゃぐのも仕方がない。
どれだけ力を得ても、本気で使える戦場など滅多にない。
その相手が特上の美女となれば、高揚するなと言う方が無理というもの。
どうせまだ少し時間がある。日が山にかかるまで。
スロローペのように自らの手で道を掴もうとする者。
ゾーハが掴んだ道に追随しようと、役に立つ味方として働く者。
国と己の利得の為に努める兵士たちも、とにかくゾーハが道を掴む手立てになればいい。
「なかなかやる!」
大木槌を鞭のごとく自在に操る娘。
手数をかけ、間を取り、追い詰めない。
事実、かなりの手練れ。ゾーハも手を抜いているつもりはないが、お互いに底力を出さぬまま打ち合い、離れ。
ゾーハからすれば、相手の後ろで汗をぬぐい息を整えながら隙を窺っているもう一人がいるのだから、全身全霊の必殺というわけにもいかない。
花札は強力な魔法戦士。
先ほどの魔法は辺りを波立たせるほどの力だった。
大きく薙ぐことで周囲の視界の確保とこちらの陣容を明らかに。兵士たちは地面に転がされいくらか負傷者と、せがれのカルレを殺された。
死んだのはいい。怪我人は混乱を呼ぶ。生きているのが邪魔になる。
兵士どもは大してあてにならない。最初から露払い程度にしか思っていないが。
「マベラと言ったか」
「うるさい」
大木槌がうなりをあげて逆袈裟に振り上げられた。
振り上げた娘の背中ががら空き――かと思えば、即座に打ち下ろされる。
反撃を入れようとした身を咄嗟に引く。
「ふぬっ!?」
上がった勢いから切り返した隙間もない。本当に即座に、向かう方向がいきなり反転したかのよう。落ちる力も合わせてさらに早く。
握り手を、拳一つ分ほど長く、ゾーハの目測を誤らせた。
残った左腕を木槌の端で打たれ、肩が抜けるほどの衝撃で後ろに引っ張られた。
「お前がっ、真の鬼巫か!」
「なんでもいいっ」
ゾーハは小型の短剣以外に普段使う武具がない。肉体だけで事足りるし、長物は邪魔だ。
大木槌相手に小ぶりな短剣は効果的ではなく、身軽な無手で戦っていた。その木槌を取り上げてしまうこともできるかと。
しかし、見かけと違い異様に俊敏。威力は見かけ通り。
この大木槌を振り回して走るだけで兵士どもなどひとたまりもない。
衝撃に対して柔軟で頑強なゾーハの腕でさえ砕けたかと思うほど。
いや、血がはじけ飛ぶ。打たれた内側の血管が破裂したか。
「これよ! まさに!」
嬉しくなる。年甲斐もなくはしゃぐ。
ゾーハに娘はいない。一族に女は生まれない。体質的なものなのか。
わがままな娘を躾けるというのはこういう気分かもしれない。
ともすれば命を奪おうとするせがれどもの稽古とは違う。感じたことのない面白さ。
うっかり反撃で殺してしまいそうなのは似ているが。
「魔法はどうした」
得意なのだろう。
もっと見せてみろと、片腕を庇いつつ大木槌の追撃を躱す。
隙と見て蹴りを放てば柄で受け流され。
肉薄しつつ致命打はないまま。
「きさまなんぞに――」
後ろにいたはず。大木槌の娘の後ろに。
瓜二つの顔が、ゾーハを挟んだ形でゾーハの背中にあった。
声を発するより先に、鈍器のような迫力で一閃した鉄扇。ぐにゃりと上半身を曲げたゾーハの、首があったところを通り抜けた。
「いらない」
続けて、蹴り後に上半身を曲げたゾーハを叩き潰す大木槌の打ち下ろし。
声もなく見事な連携。ゾーハでなければ、毛先ではなく頭をぺしゃんこにされていただろう。
ぬるっとした動きで死地から抜け、代わりに目潰し粉を撒きながら飛びずさる。
「こしゃく!」
鉄扇で振り払われた。
まあいい。
「吸ってはだめ」
木々に、凛と響いた。
スロローペにあてがわれた女から。
「毒です!」
「うむっ!」
違うが。
仕切り直すようにもう一度、鉄扇を払った。
小さな風が起き、ゾーハが放った目潰し粉を遠くに流す。
「姑息」
「
昔から、スロローペは常に酔っているようだった。
常に酒のような臭いがする。汗や血を嗅いでいるとくらくらする。
特に興奮すると強く、慣れていないと影響が大きい。
「酒……そう、酒だな」
色々と結びついて、皮肉でおかしい。
「始祖の仕込んだ酒蔵。吾が開く」
「きさまらが味わうのは死だけじゃ」
「吾は毒は使わん。が」
機が熟したというのはこういう時の言葉か。
ゾーハの為に用意されたような。
「
獣の中には様々な毒素を持ち、利用するものがある。
スロローペもそういうもの。
聞いたことはないか。蛙や蛇の中には強い毒で相手の自由を奪うものがいるというのを。
毒を使うと聞かされ、間を取った二つの同じ顔。
ゾーハの言葉を受けて、わずかに逡巡してから。
「クロロテッサ!」
小さいものほど厄介な毒を持っている。
そんな生き物も数多くいるのだ。
◆ ◇ ◆
「聞こえたかなぁ?」
いい女。
やわらかそうな、いい女。
少し離れて戦っているお仲間から毒と聞いて、綺麗な顔がぐゆって歪んだ。すごくいい。
「刺さったところ、どうかなぁ」
「……」
「わかるでしょ? 自分の肌じゃあないみたいに」
ギオオダの黒爪には毒腺がある。
獲物の肉を痺れさせる毒。
「だぁいじょうぶ。死なない。そうゆう悪い毒じゃあないんだよ」
効き目は速いが、死ぬほどではない。
うまく動けない違和感。痺れと、触れるとびりりぃって響く感覚。
それだけで十分。
「ままぁ、怒ってる? 怒ってるぅ?」
「……くだらない」
歯を噛みしめながらギオオダを憎らし気に見て、耳から頬に汗が垂れる。
とても、とってもいい女。ギオオダのままにしたい。
何度かの攻防で、体のあちこちに引っかき傷を作った。
足の甲、手の端っこ、ひじ、乳房の上の方。
裂けた服から覗く肌と赤い血の筋が色っぽい。艶っぽい。
若い娘の匂いがする。
「まぁまといっぱい遊びたいんだけどねぇ」
スロローペほどの破壊力は出せないけれど、ギオオダの戦術は必勝。
敵は弱り、
「次があるからさぁっ!」
飛びついた。
少しもったいないけれど殺してしまおう。
代わりはいくらでもいる。また作ればいい。
この先のことを思えば今は遊んでいる時じゃあない。頭の悪いスロローペにはわからないだろうけれど。
「くっ」
「えへぇっ」
鈍った動きで、それでもギオオダの一撃を避けた。
はらわたを裂こうとした。身体の中心は避けにくく、防ごうとすればまたそこに爪を立てるだけ。
殺すつもりで仕掛け、衣服だけひっかけて寸でのところで避けられた。
「うぁ」
「っとぉ」
先に胸の辺りを裂いていたから。
膨らんだ襟に爪が引っかかり、女の服を大きくひっぺがすことになった。
がばぁっと。
「あはぁっ!」
やや着地が目測とずれ、振り返りながら女の位置を見直す。
女らしい腹。乳から腰にかけて目に入る。
「へえぇ、そっかぁ」
腹を見てわかった。
へその回りに張られている符。
呪符。
「それで森の植物と繋がってるんだぁ」
魔法を使わないのかと思ったら既に使っていた。
常に使っている状態だった。
それはそうだ。でなければ植物を手足のように使えるはずがない。
「あ」
「多少の痺れなんて」
ギオオダは目立たない。
年下のスロローペとは真逆、小柄な体躯で子供のよう。とりわけ目立つことはない。
最初にギオオダを兵士とは異なると見抜いたのはこの女だった。
どうやって?
「うそ、まっ――」
「関係ありませんから」
へその回りの呪符が暗く光って。
次の瞬間には、百本の槍のような木の根がギオオダの着地点に突き刺さった。
◆ ◇ ◆