法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-31.神命の遂行者

 

「小屋まで退く!」

「あぁん?」

 

 状況不利と見たのかゾーハが叫んだ。

 不満そうな声を返したスロローペ。自分は優勢だとでも言うのか。

 

「レフカース!」

「私は――」

 

 よもやと思い呼ぶ。返ってきた声に苦痛の色はない。

 いつものレフカース……よりも少し力強い、

 

「ラハ様!」

「問題ありません」

「んにっ!?」

 

 アハラマの意識が一瞬レフカースに寄った。ゾーハの方はマベラが見ていると思い。

 その刹那、反対方向から飛んできた。

 黒い爪。

 しかしその爪が届くより先にレフカースが返事と共に放った符が間に入った。

 

「なぁにやってんだスロローペぇ!」

「うるせ!」

 

 クロロテッサが戦っていた小柄な敵。

 アハラマの気が逸れたと見て奇襲を試みたが、レフカースが神速の反応で阻んだ。

 敵を受け止めた紙がそのまま相手を絡め取ろうとするが、即座に離れた。

 爪がいくつか欠けている。直前、クロロテッサの攻撃を受けて無傷というわけではない。

 

「ばいばぁい!」

「ちっ、仕方ねえ」

 

 即座に、ゾーハの後を追って逃げていく。

 

 

「おのれ……」

「ラハ様、すみません。仕留め損ねてしまって……」

 

 追うかとも思ったが、駆け寄ってきたクロロテッサの様子を見て留まる。

 顔色がひどい。歩き方もややいびつ。

 戦っていた辺りを見れば、無理に引っ張り出した木の根の槍衾の先端に割れた黒爪が刺さっていた。

 

「いや……構わぬ」

「次は私が殺します。大丈夫です」

 

 レフカースも戻ってきて強めに意思を示す。

 こちらの顔色は、普段は心配なほど白いのがやや紅潮。珍しく血の気が上ったか。

 強敵を相手にしながらアハラマの援護も。やはりレフカースの底力は抜きんでている。

 性格的に実力を発揮しきれない時もある。彼女はもっと自信をもっていい。

 

「難敵じゃ。心してかかれ」

「お任せください」

「レフカ」

 

 マベラの手がレフカースの背を撫でる。

 落ち着かせる。

 

「……わかっています」

「うん」

 

 戦いに慣れていないわけではないはずなのに、初陣で勝利を経験した兵士のように興奮ぎみ。

 うずうずとしている。

 焦燥感に駆られているのかもしれない。

 

 

「すみません。もう大丈夫です」

 

 レフカースとマベラのやり取りの間に、手傷に薬を塗り切られた服を帯で締め直すクロロテッサ。

 

「敵の様子はわかるか?」

「戦いに集中してしまったので……ごめんなさい」

「いや、それでいい。他を気にして死なれては困る」

「……はい」

 

 クロロテッサとて万能ではない。

 植物を扱うにしても、強い力を発現するなら手近に集中する。

 周辺への繋がりを切ってしまい、全体の状況まで把握はできない。

 手が足りない。花札の欠けがなければ……悔やまれる。

 仕方がない。里の守り手たちも来てくれるはず。その前に、あの危険な敵だけは一気に潰しておきたい。

 

 

「敵のやり口は見た。片付けるぞ」

「は――」

 

 ――うぉぉぉぉ!

 ――おらぁぁ!

 

 は、と。

 ずいぶんとあっさり、速やかに撤退したものだと思ったのだが。

 危険度の高い敵と、優先度の低い敵。

 さっぱりといなくなっている。

 

「な、に……?」

 

 後ろから。

 アハラマたちの背中側から声が響いた。

 すぐ背後ではない。

 ずっと後方。山のふもとの方から。

 

「いつの間に、そんな……」

「ばかな」

 

 信じがたい。

 壊滅とは言わないが、最初に烈風で攻撃を浴びせた。負傷者もいたはず。

 立て直す時間はあったと思うが、速やかに兵列を整え迂回させて進軍させるなど。

 

 どれほどの名将、どれだけの精兵か。

 いや、兵士それぞれの強さは凡百と大差なかった。ならば指揮官か。

 攻撃を受け多少なり被害のある部隊を、整然とまとめて里へ向かわせた。

 戦闘の声は、アハラマたちを追おうと集まった守り手たちとぶつかったのだろう。

 

「ぬぅ」

 

 守り手の数は決して多くはない。

 他の周里から集めれば十分かもしれないが、どこが襲われるともしれない状況。

 優秀な指揮官に率いられた軍を相手にするのは、楽観できる話ではない。

 

 

「っ……」

「進む」

 

 アハラマは判断に迷った。

 被害で考えれば後方が大きい。逃げた敵よりも、今襲われている里を守るべきか。

 レフカースには言えなかっただろう。

 里よりも、敵に捕らわれたらしい妹を助けたいとは。

 クロロテッサは元より自分の意見や望みを優先させる性分ではない。意見を求められれば言うが、そうでなければアハラマに従う。

 

「進む。異常な敵を自由にさせられない」

 

 マベラが言葉にする。

 後方の救援よりも、危険度の高い異常者どもを始末すべきだと。

 後々のことを考えればそうだ。マベラが正しい。

 マベラがレフカースの胸中を思って言ったのだとしても、正しい。

 

「うむ」

 

 決めるのはアハラマだ。

 アハラマが決めたことならアハラマの責。里に被害が広がるとしても、最善と考え決断したのだと。

 

()く片付けて取って返す。よいな」

「はっ」

 

 手が足りない。

 不足は視野を狭めるものだ。

 アハラマたちが敵を見知ったのならば、敵もまた然りということを。

 

 全力で難敵にあたり、仲間の救援に向かう。

 気持ちに間違いはないが、簡単に為せる相手かどうかは考えるべきだっただろう。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「天に在りては大雲の――」

 

 魔法は言葉や文字を使う。

 言葉は神から授かったもの。神にも通ずる。世界も波立たせる。

 

 符に文字を与えて使うのは鬼巫の里では珍しくない。

 言葉より柔軟性は損なわれるが、向きを揃えやすい。

 同じ符に重ねて書くことはできない。重なれば読めない。当然に。

 

 今のクロロテッサは山の植物に意思を通ずる為、複数の符を体に貼っている。他の魔法は無理だ。

 レフカースとマベラ。二人の魔法と合わせ歌でひとつと為すことができるのはアハラマだけ。鬼巫のみ。

 山小屋の周辺は木々を伐採して拓けている。

 強力な殺傷魔法を使っても問題ない。敵の場所を見定め、狙って。

 アハラマとマベラとレフカース。三つを合わせた魔法が強く世界を揺らす。

 

 

「「「時の波間、地の切れ間」」」

 

 なんだ?

 想像もしなかったのは単に手落ちというわけではない。

 魔法使いの適性とすれば女の方が多い。男で強力な魔法使いというのは数が少ない。いないわけではないが。

 戦闘訓練に重点を置く男は、魔法の追求に時間を割きづらい。実際、武術を極めればほとんどの魔法使いより強くなれる。

 簡単な魔法程度なら使えても、高速戦闘に魔法を用いる男は絶対的に少ない。

 他は、集団戦闘の魔法部隊として訓練した者程度。

 

 武術による戦闘を極めたような敵が、アハラマたちの魔法に魔法で対抗しようなどと考えもしなかった。

 いや、したところで無駄。

 

 

「なんだっ!?」

『いけない! アユミチ止まって!』

 

 ふたつめの、想定外。

 今まさに山小屋前でぶつかろうとしていたアハラマと敵の間に、横から飛び出してくる邪魔者。

 スカーアの小さな仮姿と、薬師アユミチ。他にも。

 

「っ! 衣褄(いづま)のずれは禍のごとく」

 

 もういい。

 スカーアではないと言うと聞いている。当のそれが。

 女神の姿を盗んだ怪しげなものと、この里に立ち入った許されぬ罪人ども。

 殺してしまえ。

 こんな邪魔者、もろともに。

 そうすれば何もかも片付く。そうだ、そうすべき。

 ここでまとめて片付けてしまえ。

 

 

「「「最果ての端を捲れ! 幽世の鍵、縒りの涙をもつて」」」

 

 なんだその詠唱は。

 聞いたこともない。

 奇妙な詠唱。

 田のかえるが声を合わせるように、敵どもが喉を合わせて。

 いや、唱えているのはゾーハという男だけか。後の二人はただ喉を膨らませその声を反響させているだけ。

 目茶苦茶な。

 何も感じない。魔法の力などない。ただアハラマを攪乱させる為だけにやっている。

 くだらぬ。死ね。全てまとめて死ねばいい。

 

「唸り轟き劈き貫け! 裂光の――」

「「「今開く、訃天の渦穴(おうけつ)」」」

 

 

 ぐぬうり、と。

 世界の色が下から塗り替わったように。

 山影に隠れつつあった夕日が、紅い色から塗り替わった。

 まるで黒い光を放つように。

 

「な――」

「ラハ様、戻ってください!」

 

 消えた。

 アハラマが唱えようと形作っていた魔法の力が。

 違う。盗まれた。

 なんだ、敵が目茶苦茶に唱えていた言葉。何の力もなかったはずなのに。

 

「横入り、された?」

「あり得ません、そんなこと」

 

 合わせられた。

 アハラマの魔法が引き起こす波と、全く同じに。似せて。隙間に入り込んで。

 なにか、こじ開けられた。

 

 

『うきゃぁぁっ!?』

「ノクサ!」

 

 女神に似た姿の何かの悲鳴と、薬師の焦った声。

 目を向ければ、確かにその二つがそこにある。薬師の連れらしい者たちも驚きに目を奪われ固まったまま。

 影を放つ太陽。けれど闇というわけではない。はっきりと見える。

 確かに、女神スカーアのごとき姿のものがそこにいる。見える。

 

「ふは、はははっ! 叶えた! 叶えたぞ!」

 

 ゾーハが笑う。

 アハラマの魔法を盗み、世界を捲り返した男が笑う。

 

 

「約定の通り叶えた! 叶えたのだ!」

「なに……」

 

 なんだ、この男は。

 鬼巫の里に押し入り、里の者を奪おうとしたのではないのか。

 いったい何を言っているのか、アハラマにはさっぱりわからない。

 しかし、何かを開いたのはわかる。感触がある。

 世界の亀裂のような何かに、アハラマとゾーハの指をかけてこじ開けた。隙間を。

 

「始祖の言葉の通り! 封印されし我が神よ!」

 

 昼と夜の狭間。空と地の間。この世とあの世の隙間だ。

 今、アハラマが開く介添えをしたものは、そういう類の。

 

「吾に永遠の命を与えよ! 我が神、ノクサリージュよ!」

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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