法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-34.黒蝶の背

 

 自分だけが特別だと思っていた。

 ノクサにはアユミチだけが特別な存在なのだと、そう思っていた。無意識に、身勝手に。

 

 鬼巫たちがノクサをスカーアと呼ぶ。

 認識はできているけれど、ノクサのことではない。ノクサをわかっていない。ただの勘違い。

 

 ノクサを正面から見て理解し、触れ合えるのはアユミチだけ。

 自分だけが特別。この小さな黒蝶の妖精はアユミチのもの。

 無遠慮で傲慢な意識がどこかにあった。

 

 

 ノクサが苦しんでいる。

 黒く陰る太陽に照らされ、胸を押さえてあえいでいる。

 鬼巫の里に入った時の衝撃とは違う。明確に何かに苛まれて。

 

 まるで、安眠中に布団を引っぺがされたような。

 あるいは服をはぎ取られたようにも。

 姿が、やけに生々しく。

 

「我が神ノクサリージュよ!」

 

 誰が。

 誰の。

 全身の血が熱く煮え、震えた。

 

「俺のノクサに何しやがったクソガエル野郎!」

 

 目の前で誇らしげに叫ぶ異様な風体の男。人間かどうかも疑わしい。

 そんなものがノクサの何かに触れた。

 アユミチだって触れたことのないノクサの中の何かに。

 

「あらぁ……?」

 

 苦しそう、だけれどどこかおどけたノクサの声色。

 いつものノクサだ。

 しまった。かっとなって口から出た自分の本性が恥ずかしく、だから振り向かない。

 

“いいですネ! ホドウさん、今のあなタはとてもイいっ!”

 

 薄いフィルム、光と影のヴェールを剥がすようにノクサの姿が暴かれた。

 ムンジィたちもノクサに目を奪われていたから、皆の目に映るようになったのだろうとわかる。

 ただそれだけなら。

 それをやった怪しげなもの――ゾーハは、永遠の命なんてものを求めてノクサに近づこうとする。

 指一本触れさせない。

 こいつの吐く息さえノクサには届かせない。息の根を止める。

 

 

「どけい小僧! ノクサリージュのなんたるかも知らぬ盗っ人風情が」

「黙れ」

「こそこそと吾の跡を追ってきたのであろう。黒蝶の何たるかも知らず」

「うるさい」

 

 ダガーを抜くと、敵の目の色も変わった。

 黒々としたぎょろ目。人間の骨格では見たことのない、口の両端が垂れさがる下あご。妙に脂ぎった肌には白い瘡蓋のようなものが所々に。

 動きが不自然に見える理由は関節だ。肘や手首の関節が逆に見えて不気味。

 

「お前の、ノクサ? ふん」

 

 即座に殺したいが、異様さが足を止めた。

 というか、脳内のパテシーイから伝わってくる。迂闊に踏み込めば死ぬと。

 

「禁地で眠る黒アゲハ。それを盗み、連れられてきただけの盗っ人。何も知らず」

「っ!」

 

 アユミチはどこまで行っても凡庸な人間に過ぎない。

 事実に近いことを言い当てられると不安になる。不安や焦燥は人を攻撃的にさせる。

 危険な敵だと頭でわかっていても、言葉を遮りたくて斬りかかった。

 

 

「ノクサは!」

 

 どこからか蛆のように湧いてでてきたお前なんかがノクサを語るな。

 何も知らないくせに。

 

「ばかめ! その程度――」

“同意デす、がっ!”

 

 武器を持てば武器に頼る。重きを置く。

 ダガーを突き立てようとするアユミチの攻撃など達人相手に通じるはずがない。

 だが、素人に毛の生えた動きにパテシーイの補正が入れば――

 

「おら、あぁっ!」

「むっ!?」

 

 右手のダガーに込めていた力が忽然と消え、同時に左足の前蹴りがゾーハの腹に食い込んだ。

 アユミチの腕を取り、圧し折ろうとしたゾーハの手が空を掴み、カウンター気味に入った蹴りでたたらを踏む。

 

「なっ、ん……だ……?」

“さァ? なんデしょうネ!”

 

 別々の操縦者がいるような動きに、達人級の敵でも簡単に対処はできない。パテシーイもまた指折りの達人であり、今はアユミチの素人臭さがまやかしになっている。

 しかし、蹴ってみてわかる。肉体の強度はアユミチの比ではない。

 まともにぶつかって勝てる相手ではない。

 

 

「わからずに死ね!」

 

 ノクサのことを何も知らないと言われた。

 そうだ、アユミチは知らない。聞けなかったし、聞かなかった。

 おかしいとは思っていた。神々との関係が妙に近く、なのにレーマ様はノクサのことを認識できていない。

 

 何か理由があるのだろう。何か秘密があるのだろう。

 だけど、ノクサはあまり話したがらなかった。

 だから聞かなかった。聞けなかった。

 

 ノクサは(とぼ)けた性格だけれど、時折とても儚く映る。

 そこにいるのが嘘のように。触れたら消えてしまうような気がして。

 

 月の明かりの全てを求めて、近くに寄れば輝きを見失う。そんな気がしていた。

 今のままなら、この距離でいれば、ずっと月は傍にいてくれたのに。

 怖くて、あからさまにしたくなかった。

 暴こうとしなかった。

 

 魅せられていた。

 魅せられていたかった。

 ノクサにどんな裏側があるとしても、どんな思惑があるにしても。

 利用されていたっていい。

 

 ゼラやファニアに対する感情とは少し違う。

 こんなことは口にできないけれど、役に立ちたかった。ノクサにとって有用な手となり指となり。

 なんとなくずっと一緒にいて、バカなことを言い合い、笑って。

 最期に死ぬ時に言ってもらえればいい。

 役に立った、もう用済みだって。それで死ぬなら悪くない。そんな気持ちまである。

 

 他の何者かの手でノクサが暴かれるなんて嫌だ。

 とにかく嫌だ。

 だから、お前のような奴は何もかもわからないまま死ね。

 

 

「まともな人間ではないっ、か!」

「お前に」

 

 化け物に言われたくない。

 なんだか知らないが鬼巫と争っていた様子。

 男の兵士の集団とともに鬼巫と敵対していたのだから、ロクなものではないだろう。見るからに。

 

「何がわかるかぁ!」

“これデす”

 

 アユミチの体が自在に動く。

 ゲーム画面のキャラクターのようにパテシーイが巧みに動かし、ゾーハの反撃をいなし、ついでに刃を滑らせて傷を作っていく。

 掴めそうで掴めない動きで翻弄する。

 

“ナにもワからず死ヌ! これコそ屈辱! 無念のきワみ!”

 

 そんな死に方をしたパテシーイが言う。

 自尊心が高ければ高いほどそうなのだろう。

 

 

木端(こっぱ)めが! うっとうしいわ!」

 

 沈んだ。

 アユミチより大きく重い敵の体が、地面に沈み込んだ。

 いや、実際には地面に沈んだわけではなくて、深く、ばねを沈み込ませるように力を溜めて。

 

“こレは――”

 

 パテシーイの反応速度で対処ができない。

 直感する。

 似た動きを、いつか見た。

 この世界にきてすぐに、河原で、巨漢の悪党バズモズが。

 強靭で暴悪な体躯を活かして、クラウチングスタートのように低い姿勢から爆発的なぶちかましを――

 

「潰れろ木っ端ぁ!」

「っ!」

 

 錯覚だが、アユミチよりも面積の大きなショルダータックル。

 左右に避けるのはアユミチの速さでは不可能。

 

「どぁぁ!」

 

 足が地面から離れた。

 どうすれば生き延びられるか。渇きの王蠍の突進を受けた時の記憶がわずかに掠め、最善の方法を。

 

「ぎっ――」

 

 衝撃。両手に残る、咄嗟に構えたダガーの感触と、ダンプカーにはねられたように吹き飛ぶ浮遊感。

 

「いたずら妖精舞い散った。綿毛が開けば浮かぶまま」

「しばらく髪はまとまんないぜ」

“大したモのデすホドウさん。ワたしの受ケ身もデすがネ”

 

 ふわりと浮かんだ浮遊感で、アユミチを打つ力がふいっと後ろに抜けていった気がした。

 ぶつかる瞬間、パテシーイの技術で衝撃を全身の弾力で分散した。

 

「たすか、った……げほっ……」

 

 風船のように弾かれ、ふわりと揺れながら地面に戻る。両腕はじんじんするし軽く咳き込むが、深刻なダメージではない。

 肩から胸をダガーに貫かれたゾーハと比べれば。

 

 

「……そう、か」

 

 突っ込んできたところにダガーの切っ先を置いた。衝突で深々と肩口に刺さり、そのまま胸まで抜けた。

 致命傷だ。

 

「魂が、違う……異なる波……その体……」

“おやおヤ……見かケによラず”

 

 察しが良い。

 触れて、わかったのか。アユミチの体に違う魂の波があるというように。

 

「死体を動かす……面白い、ものよ」

「だれが――」

「ぐぅふぅぅぅっ」

 

 信じられない。

 左肩から胸を貫いていたダガーを引っこ抜いた。

 そして笑う。

 

「我が神ノクサリージュの力か」

「……」

「面白いぞ……」

 

 双子が唱えてくれた綿毛の魔法の効力はすぐに消えた。

 しかし、アユミチの体を貫いた衝撃はまだ残っている。

 異様な敵を相手に、ムンジィはカヨウとクルサドを庇う形で立ち、ノクサはまだ苦しそう。

 

 

「なればこそ」

 

 ぶしゅうっと音を立てて傷口が塞がった。

 筋肉の収縮で塞いだ。どんな肉体だ。

 やはり化け物。

 

「この力で邪魔者を引きはがし、我が神を手に入れよう。ノクサリージュを手にするは(われ)なり」

「お前なんかに――」

「ああ……そう、思い出したかも」

 

 どうやって殺せばいいか。

 考えを巡らせるアユミチの後ろで、ふうっと息を吐きだして。

 

「覚えてなくってもしょうがないじゃない、ノクサが悪いんじゃないわ。だけど」

「……」

「ごめんね、アユミチ」

 

 ノクサは悪くない。

 それだけでいい。他のことはどうでもいい。

 

「そいつ、ノクサを起こすのが役目だったみたい」

「……」

「巻き込んじゃってごめんね、アユミチ」

「……ノクサ」

 

 どんな顔して謝っているのか。

 別れ話を告げられるのはこんな感じなのかと、情けない気持ちで振り向けなかった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「ノクサリージュよ!」

 

 何にもない影の中に閉じ込められていた。

 昔とおんなじ。

 昔とちがう。

 

 前は、ただ何もなかった。何もなくてそういうもので、疑問も何もなかった。

 ただ自分の中を巡るものを(すす)り、近くに寄ってくるものを啜って。

 ずっと閉ざしていた。目も、羽も。

 

 今は違う。

 何が違う?

 知ってしまった。教えてくれた。与えてくれた。

 我がままで傍若無人な彼女と、彼女に引き寄せられ集まっていた彼らに。

 

 楽しい。嬉しい。悲しい。苦しい。

 感情の色が混ざる世界を見せてくれた。

 情動が奏でる響きを聞かせてくれた。

 だから、何もないのは寂しいって、寂しいって思うことを知っている。知ってしまった。

 

「ノクサリージュよ!」

 

 呼ぶ声が聞こえた。

 もっとほしい、もっともっとほしいって欲張って皆を傷つけた悪い悪い私に、かつて私だった名前で呼びかける。

 

「ここに捧げる!」

 

 だけど、ああ。

 どれだけ私が悪くっても。私はどこまでも悪いから。

 まだ、ほしい。

 いっぱい世界を見て、触れて、味わい尽くすまで。

 時がほしい。

 

「引き替えに」

 

 無償では叶わない。無償では得られない。

 喜びを引き寄せれば苦しみの糸も引く。

 明かりを差せば影も差す。

 楽しい裏面には悲しさもあって、ただ表綿だけのものなんてない。だけどほしい。もっと知りたい。

 

「吾に、永遠の時を与えよ!」

 

 なんにもない影から吸い上げられた。

 私が啜るのなら、私が啜られることもあるのだ。あぁ、そう。これが世界。

 

「ノクサリージュ、我が神よ」

 

 ずいぶんと。

 どれくらい時間が過ぎたのかわからないけれど、こうだったかしら?

 人間って、こんなに小さかったのかしら?

 まるで立って歩く蛙みたいな――

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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