法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-35.ちぐはぐ羅列

 

 出来の悪い弟でもいればこんな気分だったのかもしれませんね。

 本当にしょうもない。情けない。芯もなくふらふらと。

 まあ、ワタシより出来の良い人間などこの指で数えるほどもいないワケですから、責めるコトでもありまセンか。

 

“あナたは――”

 

 なじり、罵り、うっぷんを晴らすのもイイ。

 嫌がらせは嫌いデはない。好きで、大好きデス。が。

 やれやれ。

 出来の良い弟だったナラ、そうしたのデしょうけどネ。

 

“欲しいモノを決めたのデしょう”

 

 まったく、本当に。

 困ったものデすよ。

 

“あきらメますカ?”

 

 男の尻ナド、叩いてモ楽しくアリませんヨ。

 

「……」

(うつむ)き黙りこんデ、それで得られるモノを望みマすか? 誰カに救ってもらえルまで。卑しくテとてもイイですネっ!”

 

 惨めで情けなく、物乞いのように口を開けて空を見上げて。

 恵みを与えられることを願う。

 情けない男を見下ろすのも、ソレはソレで悪くはないのデすが。

 

“実に情けナいっ見苦シい! よい余興デす!”

 

 かつてまンまと負かさレた若者に、思う存分好き勝手な言葉を浴びセられる。コレもコレで気分はヨい。

 ヨい、けれども。

 晴れない。

 

 

「……」

“アのブ男が何だとシて、それでホドウさんの気が変わるノでしょう。昔のオトコでショうか? だからァ、ソの黒アゲハを奪われテもイいと”

「違う」

 

 踏まれてヨウやく己を知る。否定サれないと肯定できナい。進メない。

 本当に、まったく。

 手のかかる、出来の悪い弟のようですよ。

 

「違う」

 

 ソうです。

 どうせアナタはただの雑草。雑草ナリに身勝手に生きナさい。

 何カの間違いデも、ワタシに勝った人間なノですカラ。

 

「巻き込まれたんじゃない。俺は、ノクサ」

「アユミチ……?」

「俺は、無関係な第三者なんかじゃない」

 

 欲シいのなら自分から踏み出しナさい。

 ソれが礼儀ですヨ。

 

「俺は、お前の契約者だ。お前の関係者で、お前のパートナーだ」

「……アユミチ」

「巻き込まれた誰かじゃない。そうだろ」

「……」

 

 (ちぢ)こマって首を引っ込メて、当事者じゃアない顔をシてヤリ過ごすなンて。

 アナタにはモう選べないンですヨ。

 

「お前が俺に謝る必要なんてない。だから、ノクサ」

 

 何に遠慮すル必要があルのか、ワタシにはさっぱりデスが。

 正直に言わナいことこそ。不誠実デしょうネ。

 

「俺はお前の、お前を……ノクサのことを他人事になんかしない。お前の事情は俺の事情だ」

「たぶん、面倒事だよ」

「だからこそ、だろ」

 

 面倒事、厄介事。

 だからコそ、共有すれバ離レづらくナるもの。互イを切り捨てラれナい。癒着シた関係に。

 

「ノクサ、お前は俺に願っていいんだ。お前が望むことを、なんだって言ってくれ」

「……うん」

 

 黒蝶の手が、小さな手が背に触れた。

 ただそれだけ。特別な力などナニもナい。

 しかしドウしてか、痛ミが薄らぐ。

 

“背を押しテもらわナいと進メない。ですがっ! 情けナくてイイですねホドウさん”

「お前にちょっかいかけたこいつ、倒すぞ」

 

 

 少シの間、静カだったお相手。

 臓器を刺しタ感触はナかった。ソレでも深手で止マっていたのカ?

 イイエ、違イますネ。

 

「うん。やっちゃえ、アユミチ」

 

 ぎりり、と。腹に力を入れテ。

 トは言っても敵との力量差は歴然。まさに! ワタシとホドウさんのよう!

 

 ソしてなるほどっ! 共鳴、共振。魂の可干渉性を用イた独特の手法。

 コのもの自体、肉も魂も(ゆが)んだ生き物。空の隙間を認知すル霊魂の感覚器官。鬼巫の力を瞬間合わセて反発スる磁石のようニ。隙間に指を挟まレ潰されヌようコじ開けた。

 開かレるはずのナい世界の緞帳(カーテン)を捲り上げた。

 

 時間がアれば、ワタシに理解できナいことはナいですネ。

 神の世界を(くぐ)ったコトもアりますのデ。

 

 

「なあ」

“……ワタシ、ですカ?”

「……さんきゅ」

 

 短く、はテ?

 知らナい言葉。デタラメのようナ、言イ間違いのようナ?

 珍妙な響き。覚えのナい概念。

 

 

「トリーゾ、コッポ、皆を守ってくれ」

「ご指名光栄、請け負った」

「兄は承知だ。ぬかるな弟」

「ムンジィ」

「おうさ」

「あいつらをノクサに近づけさせるな。頼む」

「任されやした」

「っしゃぁ!」

 

 ダガーは捨てられ敵の後ろ。無手で挑む。

 左手の小弓は、マぁ当たらナいでしょう。矢もつがえていまセん。

 手拭いに使っている布を手に巻き、握り、それだけ。

 ホドウさんらしい。

 

「ぶっ潰す」

“ソレがイイ”

「ふん」

 

 敵も、水掻きのついたような手を構え直した。

 

「靴底のクソ同然の盗っ人。(われ)の神から引っぺがしてやろう」

「させねえし、どっちにしたってノクサがお前の言うことなんて聞かねえよ」

「約束されているのだ」

 

 やけにまァ、自信がおアリです。

 

「ノクサリージュに届けば不滅を得ると。その最後の壁が薄っぺらな盗っ人、きさまだ」

「……へえ」

 

 ――神は人に嘘を言わない。

 

 ホドウさんの頭に浮かんだ言葉。

 初心な、単純な、ワタシも生前は信者の方々に言ったモノですガ。

 どこかに、どこにでも。嘘ツキはイるものですヨ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 せがれどもは……しょうがない。

 まだ動けない。他人の魂の波長に無理やり合わせて共振させた。世界の隙間に指をかけ、反発したはずみで神の世界を隠す幕を捲り上げた。

 開けてはならぬ扉に魂の指が挟まれるという恐怖。また、生皮を剥がれた素肌で異物に触れるごとき無茶苦茶な手段。

 当主として知っていたゾーハでも相当な苦痛だった。ただやり方だけ聞き、神に届くと思い挑んだせがれどもは、魂を叩きつけられやすりで削られたようなもの。

 しばらく使いものになるまい。

 

 まあしようがない。

 この土壇場でゾーハの邪魔にならぬよう最低限のことしか教えていない。

 予定通りといえば予定通り。

 

 過去には禁域に向かった祖先もいた。

 渇きの王蠍に容赦はなく、逃げ帰った一人を除いて死んだ。

 やはり言い伝えの通り鬼巫の隠れ里に入らねばならぬ。時期も、その兆しが訪れてから。

 

 兆しが何なのか、それはわからない。

 時が来ればわかる。そういうもの。

 捨て森が神の光で焼かれた。禁域と接する捨て森が。これこそが兆しだろう。

 

 正直なところ、ただの与太話ではないかと思われていた。

 鬼巫の隠れ里は実在するとしても、神が、ゾーハの祖先に永遠不滅を得る道を示したなど。

 

 当主だけが存在を知る始祖の書。

 かつて神を目覚めさせんと禁域に向かい、出現した王蠍により命を落としたとされる。

 隠れ里のことも記されていた。

 歴代の当主はそれを読み、疑い。

 衰えを感じると信じたくなるものらしい。永遠不滅。その約束に辿り着きたいと思い、始祖の書を書き写すなどしてきたと。

 半端な写本が出回ったのもその関係。

 

 

 ゾーハの先々代の時、兆しと思われることがあった。

 トローメの王族が次々に変死。急激に王家の血筋が細くなったと。

 すわ予言の時かと始祖の書を読み返したと言う。世界の(とばり)を捲る手法を学び直し、それはゾーハにも伝わった。

 しかし結局、先々代も先代も永遠不滅を得ることはなかった。

 

 捨て森が焼け、トローメでは国を揺るがす異変。

 これこそが兆し。今がその時。

 絶好機に居合わせた幸運をつかむ。まずはゾーハが、せがれどもはそのおこぼれを。

 己が永遠不滅となれば、せがれなどいくらでもこさえればいい。その際は力など与えぬ。

 とはいえ、鬼巫の里にしてもその先にしても簡単に話は進むまい。一族の力は必要だ。

 

 鬼巫の連中はなかなか手ごわかった。

 そうでなくては。しかし見据えているものが違う。

 とにかく侵入者を殺すと前のめりになる鬼巫どもと、それらを利用して神の世界を目指すゾーハ。

 仲間にも気を配る彼女らと、死んだらそれまでと割り切ったゾーハとでは視野が違う。

 

 思惑通り運び、神に(まみ)えるまで至ったのだが。

 

 

「コソ泥が、邪魔を」

 

 ゾーハが蘇らせた黒き蝶の神ノクサリージュを自分のものだと。

 大方、焼けた捨て森辺りから逃げ延び、禁地で黒蝶を見つけたのだろう。

 黒蝶に導かれここまで辿り着いたのはいい。

 ゾーハに約束された永遠の命、不滅を遮ろうとは。

 お前などただの道碕案内人。ノクサリージュを得るべきはゾーハなのだ。

 

「るっせぇクソガエル!」

 

 下らぬ罵声。

 妙にちぐはぐな動き。素人かと思えば異様なほど熟達した技、力の入れ方抜き方。

 異常な生き物だ。この体の持ち主ではない何かが糸を引いているような。

 ゾーハが万全であれば即座に殺せるはずだが、世界を捲る魔法を使った後。疲弊していないはずもない。

 

 肩口に深々とダガーを突き刺されて、触れて、わかった。

 やはり別人。別の魂が操っている。見かけとは違う。

 凄まじい練度。物心ついてから敵を殺す訓練を続けてきたよう。

 そして、やはり操り人形だからか。一歩引いてものを見ているかのように誤断がない。先ほどのぶちかまし、初見のあれで潰せなかったのが悔やまれる。

 

 

「しかぁし! きさま程度の力で――」

「だっ」

 

 見違えた。

 また、ひどく素人臭く、直前の攻防でゾーハが食らった前蹴りに似た蹴り足を、半端に遠い間合いで繰り出そうとした。

 悪手だ。それは態勢を崩し、隙だらけ。

 

「げ」

 

 と、思った蹴りが、爆発的な加速で腹に突き刺さった。

 

「ぶぅぅっ」

 

 動作の稚拙、熟練の違いではなく。

 今度は、身体能力がいきなり変化した。急に百倍になった。

 ダガーの貫きの際に下腹に避けていた臓腑(ぞうふ)が、強烈な蹴りでひしゃげる。潰れる。破裂するまでではなかったが、眼球回りにまで痛みと血がこみ上げた。

 

 

「う、らぁっ!」

「ぐむぅぅ」

 

 続けて喉を狙った拳を避けた。

 避けられた。なぜだ?

 

「くっの!」

 

 コソ泥の方も苦痛で顔が歪んでいる。

 そうだ、この男の肉体強度を超える蹴りの力だった。ゾーハにも痛打だが相手も無茶をした。

 さっきの蹴りは火事場のクソ力というやつか。

 続く拳は鋭いけれどまだ常識の範疇。それでも全力の拳を喉に叩き込まれればゾーハとて苦しい。

 

「きさまは!」

 

 やはり、恐ろしいのはこの身のこなし。

 瞬間的な爆発力は、そういうものがあるとわかっていればいい。

 非力でもゾーハを殺し得る手段を的確に選び、実行してくる。この操り糸の主こそが危険。

 今はこの小僧を操っているが、後ろの連中も予備かもしれない。ただ小僧を殺すだけでは終わらない。

 

「この場から――」

 

 修練は積むものだ。

 何度も繰り返す。一度でも実践したものは、次はもう少しうまくなる。やれる。

 

「去ねぃ!」

 

 世界を閉ざしていた帳を捲るよりは、ずっと軽い。容易い。

 死体にへばりついた魂を引っぺがすなど。

 

「終わりだ木っ端ぁ!」

 

 右から、もう一度喉を潰そうと拳が撃ち込まれるが構わない。

 来るとわかっていて受ければ、ゾーハの筋力なら軽々受け止められる。先ほどのような力を発揮するとしても蹴りまでの力はでない。耐える。

 

「おぉぉ!」

「がぁぁぁぁ!」

 

 魂を引きはがし、潰す。

 水掻きのついた両手の爪で、盗っ人の心臓を掴んだ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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