法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-37.女神の帰り道

 

 レフカースが危ない。

 レフカースが危うい。

 頼もしい仲間で、ついさっきも折れそうなマベラを支えてくれたけれど。

 内心は、すぐにでも山の湯殿――すぐ先に見えている山小屋に駆け込みたいはず。

 だけど状況がそれを許さない。

 

 アハラマが魔法を奪われた動揺から立ち直れない。

 なぜかこの場にいた薬師たちと共にいる何者か。スカーアの姿に似せた何かが復活するのに手を貸してしまった。

 スカーアはマベラたちみんなの女神。皆の母。

 スカーアの姿を偽り、里を侵した下衆が己の神と呼んだ何か。

 よもやアハラマの手で、スカーアに(そむ)く怪しげな神の復活を成してしまうなんて。

 

 空の異変を見れば、良いことだとはとても思えない。

 取り返しのつかない失敗をしたのではないか。アハラマがそう感じ、ひどく混乱するのは無理もない。

 自分こそスカーアに最も(あつ)く忠実な者。里の者の規範であるべきと生きてきた。

 スカーアの姿を盗む何者かに利用されて動揺するなという方が無茶だ。

 

 

 レフカースとマベラで庇う。力の抜けたアハラマと宥めるクロロテッサを。

 敵は、薬師と敵対している。

 偽りの神を奪い合うような関係らしいが、薬師の方もおかしい。

 

 なぜここにいる?

 そして、以前とは別人の身のこなし。何かに操られているように。

 その動きは、エクピキの司祭の系統に近いものを感じさせる。主に左手に【指】を持つ連中の体捌き。

 マベラもこの後の判断ができず、双方の潰し合いを見守る以外になかった。

 

 

 敵が、敵兵が、背を向けた。

 出てきた山小屋に逃げ込もうと、恥知らずな悲鳴を上げて。

 

 レフカースの体が強張り、いつもより大きな動作で符を放つ。

 悩んだ。

 迷った。

 中にいる妹の身を案じて、無事を確かめたくて、見たくなくて。

 レフカースの葛藤を肌で感じた時に、マベラは――

 

「地に落つれば届かずの――」

 

 怒りが、感情が抑えきれなかった。

 

無間(むけん)に日無しの穴ぞ咲く」

 

 レフカースが壊れる。崩れる。

 マベラの大好きな白く汚れないレフカースが、別の色で染まってしまう。

 妹の為に。

 妹をを想って。

 マベラじゃあなくて、他の女のことを想って。

 

「{終《つい》の物斎(ものいみ)!}

 

 消えてしまえ。

 そんなの、最初からなくっていい。

 レフカースの白さを曇らせ汚してぐじゅぐじゅにするのはマベラだけでいい。そうでない時はただ白くいて。白く在って。

 

 

「ま――」

 

 符を放った姿勢のままで、レフカース。

 非難ではなく疑問、理解不能、意味を見失った瞳をマベラに向けて。

 

 ――ジギッ……

 

 見境の無い力任せの魔法。

 空間をほんのちょっと捻じ曲げて、歪みの隙間が戻る。ただそれだけの魔法。

 ただそれだけの、凶悪な破壊魔法。

 

 ――ガジャァァァァァッ!!

 

 爆散した。

 マベラの放った黒いチリが、山小屋周辺の空間をガラスのようにヒビを走らせ、ズレたところが戻る勢いで。

 局所的な地震。烈震。空間が破裂する。

 山小屋を中心として広がる衝撃波がマベラたちも巻き込む。目も開けていられず、喉も食道も肺腑にも強い圧と少なくない苦痛。

 頑強な丸太で組んだ山小屋を打ち砕き、巻き込まれた兵士が軽々と胴体を引き千切られて消し飛んだ。

 

 

「ラハ様!」

「くぁ」

 

 クロロテッサはアハラマを抱える。

 何か言いかけようとしたレフカースは喉を絞られるような悲鳴を。

 

「いでっでぇ」

「こいつぁきついっぜなあ弟っ!」

「ちびども伏せてな大嵐!」

 

 やや離れた場所の薬師の連れも衝撃に身を伏せ、飛んできた破片を双子が打ち払う。

 

「っん、だぁっ?」

「うぎぎぎっ!」

 

 ゾーハ一派のスロローペとギオオダは直撃こそしなかったものの間近で衝撃をくらい、ひっくり返り引きずられ頬の肉やらが削げ落ちていた。

 ゾーハ当人は、山小屋に近かった。左腕をねじ切られ足にも木片が突き刺さり、なんとか立っている。

 戦闘の最中であれば驚異的な反応でしのいだかもしれないが、意識が逃げに向いた瞬間だった。致命的な一撃。

 

 

「まべ……どう、し……かんな、が……」

「……」

 

 濛々(もうもう)と粉塵、土煙を上げる山小屋。湯殿だったもの。

 ざぁぁっと、遅れて降ってきた雨――撒き上げられた湯が落ちてきて、土埃を落としていく。

 世界を拭うように。

 よく見なさいと、マベラがしでかしたことをその目でしっかりと見なさいと言うように。

 見えなかったものを、見ようとしなかったものを、きちんと見なさい。

 マベラ、お前は白と相容れない。お前は白の中になどいられない。混ざり合うことなどない。こんな歪んだ妬みで世界を壊してしまうような醜いマベラは。

 

「……」

 

 土煙が消えていく。

 鮮明に、明瞭に。

 

「なん……なん、だ?」

 

 薬師が(うめ)いた。

 何も映らない黒い鏡を見て。

 

「背天……」

 

 小屋の中にあった。

 黒い鏡。

 二人の少女を左右の額縁のように添えた、真っ黒い鏡。

 

「かんな……」

「どう、して?」

 

 なぜここに背天が浮かぶのか、マベラにはわからない。

 央里の奥殿の隠し庭。その泉に映る月は暗く、鏡のように見える。その内にスカーアの寝所が在った。

 里の者は皆そこでスカーアの恩寵を授かり、寵愛を知る。

 

 

「わらわが……」

「違います、ラハ様。ラハちゃん……」

 

 アハラマの失態がスカーアの怒りに触れたのか。

 あり得ない場所に現れる女神に震えるアハラマ。

 

 

「……やられた、わね」

 

 スカーアの似姿が、気の抜けた声で呟いた。

 

『ええ』

 

 黒い鏡が応えた。

 

『見た、でしょう?』

「見たわよ」

 

 黒い鏡を強く睨みつけ、憎々し気に。

 盗っ人の卑小な偽神が、女神に向かって。

 

『これで、全部受け取ったわ』

「中身は変わんないでしょうが」

『あなたに中身なんて最初からない。ノクサリージュ』

 

 鏡が()けた。

 縁になっていた少女たちと共にぐにゃりと、ぐしゃりととろけて。

 形を作る。

 

『最初から、私』

「……これが計画だったってわけね」

「ノクサ……?」

 

 形ができる。

 繭の中で、(かいこ)が蚕になるように。

 水のように溶けた黒い鏡が少女の肉を得て、形を成す。

 偽物の女神と瓜二つの、羽を広げた黒蝶の女神の姿を。

 

 

「盗み取られた、のよっ! ノクサを誘い込んで、あいつの魂にノクサを写し盗って!」

『肉は、同じ量ではないのよ』

「るっさい!」

 

 不遜な偽物。

 だけれど、女神スカーアはそれを咎める様子もなく。

 マベラは状況の推移に頭がついていかない。

 マベラだけでなく、他の誰も。

 

「めがみ……すかー、あ……」

『そう』

 

 まだ少しあやふやだったそれが、マベラの声を受けて凛と、鈴と、鳴るように。

 確かな線を作り、完全な美を整えた微笑を向けて頷いた。

 

『私がスカーア。スカーアは私』

 

 美しく、恐ろしい。

 遥か遠く及ばず、すぐそこに。

 確かに神が在る。

 

 

『開きましょう』

 

 すうっと、床に降りた。

 マベラの魔法で壊れていない床。当然だ。女神の寝所がそこにあったのだから、マベラの力など届くはずもない。

 浮かんでいたのか。そんな事実にさえ遅れて気づく。

 神の前では、自分が考えることなど何もかも無意味だと感じる。理解させられる。理由も意味もなく、ただその存在だけで。

 

『私の世界を』

 

 決定事項。

 スカーアが何を為そうと言うのか、まるでわからないけれど。

 ただ確定したこの先に向かうと、宣言するわけでもなく事実を言葉にしただけ。

 

「……」

「かん……かんなは……?」

 

 やめて。

 やめて、レフカース。

 わかってよ。わかって、お願いわかってよ。わかってるでしょう。

 どうしようもなかった。最初からマベラにもあなたにも、誰にもどうしようもなかったって。わかってるはずでしょう言わないで。

 

「かんなは……」

 

 だめ。

 だめ。

 それ以上言うなら、マベラが首を絞める。

 レフカースが余計なことを言わないように首を絞めて、もう余計なことを考えなくていいように首を絞めるから。

 マベラが。マベラの手で。

 

「……趣味が、悪いわね。相変わらず」

逆順(さかじゅん)に。辿ったの。そうしてノクサリージュ、あなたは神になった』

 

 ああ、どうしてだろう。

 今さら思う。今になって感じる。

 もしかしてマベラが本当に望んでいた女神は、小さく哀れなそっちの方だったんじゃないかって。

 

『私を盗もうとした惨めで矮小な神。ノクサリージュ』

「……」

『私が開く世界、あなたにも見せてあげる』

「くそくらえ、よ」

『ええ』

 

 女神が嬉しそうに微笑んだ。

 

I DAMN YOU(あなたをいつでも祝福しましょう)

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 愛を得るために全てを失う覚悟はある?

 もちろんある。

 

 それがあなたの、あるいは近しい誰かの命でも?

 もちろんいい。

 

 本来の道に背き、何もかもを裏切ることになっても構わない?

 いいから次に進んで。

 

 

 あなたは暗く陰り、濁り、汚れている。彼女は輝き、(きよ)くある。

 近づくには変えなければならない。彼女に、穢れてもよいのだと受け入れてももらえるように。

 彼女に、穢れを?

 

 いたずら者がそれをするだろう。

 穢れは彼女を(むしば)み、苛み、彼女自身を壊してしまう。

 それでは意味がない。愛を得られない。

 

 彼女には一度世界から消えてもらう。母たるあれと置き換え、その間に世界を変える。

 変えるのは当然。けれど、あの黒蝶が残ってしまう。

 

 順番を逆さまに。人の意識は霊魂の流れとなり世界に影響する。神は世界の影響を受ける。

 ノクサリージュを神にする?

 私を生む神に。

 

 

 必要なのは道。

 逆さまに進む道。

 その為にはアニラービーを、エクピキを、世界の裏へ渡るための引っ掛け楔にして。

 

 いいの、仲間でも兄弟でも、私が愛を得る道の糧になるのなら。

 人間たちも、初めて人間が世界にいてくれてよかったと思える。

 いつも私に暗い穢れを押し付けるばかりの害虫だと思っていたのだけれど。

 

 数の多いお前たちの意識が、意思が、世界の流れる方角を左右するのだから。

 なら、ちょうどいい。

 ちょうどいいわ、人間たち。

 導いてあげましょう。

 お前たちなんて虫ケラでしかないけれど。

 私が愛を得るのに有用なら、益虫程度には愛おしいわ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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