法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-41.褒められたくて

 

 頑張ってきた。

 皆の期待と責任を背負って、泣き言など口にしないように頑張ってきた。

 けれど、どうしたって自分は器用じゃない。思うように生きられなくて苦しいこともある。

 

「ロロねえね……」

 

 クロロテッサはアハラマの救いで、隠れ場所で、姉だった。

 なんでも許してくれる。手を引いてくれる。背中を抱いてくれる。

 

 

 守女の長リードゥは厳しかった。

 まだ幼いアハラマに里の者の規範として振る舞うよう、時に厳しい罰も与えた。

 助けてくれたのはいつもクロロテッサ。

 甘えてもいい。我がままを言ってもいい。クロロテッサにだけは。

 アハラマを支えて育ててくれたのはクロロテッサだ。全て信頼している。

 

 だけど。

 アハラマが思っていたのと違う。

 これは、そうじゃあない。

 

 

 よもや自分が性根の優しい良い子などと思っていたわけではない。

 アハラマは(かたよ)りのある一人の女だ。

 いつだって鬼巫の里に偏り、そのために努める。

 外の世界は嫌いだ。

 隠れ里が隠れていなければならないのは外を脅威と思うから。

 外の世界なんてなくなってしまえばいい。そう考えたことがないとは言わない。

 

 けれど、外の世界にも生きている者がいる。

 嫌悪を感じさせることもあれば、里と似た部分を見ることも。

 外の世界の歪みを見て、生まれ育った里への愛おしさを強くした。

 違うもの。異なる世界。だから比べられる。

 

 外の世界でも好ましいものは生まれる。

 ファニア。

 アハラマが選んだのは彼女だけれど、他にもそんな宝がぽつりぽつりと生まれては消えていく。

 

 女神スカーアが目覚めたなら。

 隠れ里は隠れ潜む必要がなくなる。殺し奪う侵略者にも、夜の闇にも。

 ファニアを奪った死の病や、心を蝕む恐れも不安も霧散する。

 

 そうなれば、外の世界で生まれる花を里に迎えることもできるだろう。

 無頼者に踏みにじられる花を拾い、アハラマの里はさらに色鮮やかに賑わいを。温かな幸せを増やしていく。

 外の世界からは、鬼巫の里こそ理想の世界と羨望の目を向けられる。

 これまでのような辺境の日陰ではなく、王都よりも遥かに上の花咲き誇る世界へと。

 そんな期待と、自分がそれを叶えるのだという大志が、野心が、理想があった。

 アハラマは良い子などではない。

 皆に褒められ、認められ、敬意を集め愛されたい。

 花札たちとともにそれを勝ち得て、誰にも叱られない安息が手に入ると思っていた。

 失った花札に、もう里の誰も不安などないのだと伝えたかった。

 

 

 なのに。

 だのに。

 今、スカーアが現に目覚め、そこ言葉と真意を耳にして、目にして。

 アハラマの心の不安がどこにも消えない。

 暗い陰はより広く、重く、深く。

 

 何か違う。

 こうじゃない。

 アハラマが大切にしたい花は、この空の下で色鮮やかに咲けるのか。爛漫に生きられるのか。

 

 クロロテッサが指し示す。

 最初からこうだった。女神の顔色を窺い、女神がこちらを見向きすることなどなくとも、女神の好むように咲くのが務め。

 その為に生きてきた。

 その為に生まれてきた。

 クロロテッサがアハラマの背を押し、先達たるシュキが前を行く。

 他に道はない。

 

 

 その一方で。

 マベラは唇を結び俯きがちに。

 同じ母様(ははさま)母様(かかさま)、それぞれの腹に宿ったアハラマの半身が下を向き、言葉を堪える為にレフカースの手に(すが)っている。

 マベラに意見はない。

 影は主に従うもの。影に意思は存在しない。

 

 レフカースの顔を見れば。

 やはり唇を結び、握られる手からマベラの意思を感じてか、言葉を紡がない。

 レフカースの薄い表情に浮かぶのは、困惑と疑念と激しい怒りと、失意と諦め。

 世界とアハラマへの失望。

 

 違う。

 そうじゃない。妾が望んだことではない。妾がおぬしに与えたかったのはそんな顔じゃない。

 

「……レフカース、妾は」

「ラハちゃん」

 

 背中を抱くクロロテッサの囁き。

 名を呼ぶだけ。

 わかっているでしょう、と。

 もうどうしようもない。他にどうしようもない。

 女神が望むまま、疑問も不信もいらない。女神と共に進むだけ。

 

 暗い空の下で、そこの男どもを殺し、外の世界を全て殺し尽くす。

 世界に、この里だけ。

 他は無用。他は存在しなくていい。存在させない。

 この里の世界だけが唯一となるように。

 

 

「俺たちは争いに来たんじゃない、やめてくれ」

 

 無抵抗を主張するように自分の拳を反対の手で押さえるように握り、泣きそうな顔で呼びかける男。

 捨て森の薬師アユミチ。

 どんな生まれ育ちをしたのか知らないが、奇異な善性を持つ人間。

 イドラ・ディドラーをもたじろがせた異常者。

 

「頼む。俺はあんたたちの敵じゃない」

 

 手が震えている。強く己の手首を握り、シュキに向けて首を振って訴える。

 気の弱い男がどうにか腹に力をこめて、泣きそうな顔で。

 

 色々な考え方がある。

 様々な価値観がある。

 なくていい。雑音は邪魔。

 スカーアの世界に存在しないように。

 

「ファニアを迎えに来ただけだ。すぐに出ていく」

「……」

 

 ああ、そうだったか。

 それなら仕方がない。

 

「妾は」

 

 異形の魔人との戦闘、女神の復活と続いて混乱してしまっていたけれど。

 そうだ。

 結局この男も、アハラマの花を摘みに来た侵略者。外敵。異物。

 ふっと明るくなった気がした。

 

「妾の、世界を」

 

 ぽつり、と。

 泣き出した。

 

「……」

 

 誰が泣いた?

 雫が垂れる。

 

「……雨」

 

 黒く陰る太陽に雲がかかったのか、少し明るくなって。

 

「雨……?」

 

 そんな天気だっただろうか。

 下を見ていて気付かなかった。

 

 

「あら……」

 

 雨が降る。

 手首を握る、汗止め布として手首に巻いた輪を握る薬師アユミチを中心として、山小屋周辺に雨雲がかかる。

 

『相変わらず』

 

 女神の声が遠くなった。

 感覚的にはより頭にはっきりと伝わる声音だけれど、そこにある肉体から聞こえるようには感じない。

 

『のぞき見趣味ね』

「それよアユミチ、もっと強く」

「あぁ?」

 

 いつ斬りかかろうかと柄に手をかけていたシュキは、女神の様子の変化に振り向き、それからきつくアハラマを睨んだ。

 アハラマの迷いを待つ時間が無駄だったと責める視線。それからあらためて薬師に向き直り、

 

「もういい、殺す!」

「アデスタを殺したのは俺じゃないって言ってるだろ!」

 

 シュキが攻撃するのなら薬師側も無抵抗ではない。

 これ以上、里の者を傷つけさせるのはアハラマとて許せない。

 なら、死ぬのは薬師どもだ。

 ファニアの為にも。

 

「死ね!」

『逆順。雨が降ってから――』

「させねえよ! 双子ども!」

「あいよっ!」

『現れる』

「妾の里を!」

 

 ――キュイィィィィ!

 

 薬師の従者たちとシュキ、アハラマ、クロロテッサがぶつかる。まさにぶつかろうとするそこに。

 

 ズジャァァァァァッ!

 

「なんだっ!?」

「うくぅぅっ!」

 

 割って入る形で、空から巨大な何かが降ってきた。

 雨に呼ばれて。

 色鮮やかな塊。九色の虹のように。

 

 

『フォティゾ』

「フィィ」

 

 鳴き声を上げた。

 地上に降りることのない巨鳥。

 雨季を呼ぶ象徴。天孔雀が、女神スカーアに応えて鳴く。

 台風のごとき風をまとい薬師とアハラマの間を割るように落ちてきて、双方を振り払った。

 

『ただ見ているだけのあなたが、今さら?』

「キュゥヒッ!」

『……そうね』

 

 雨の中、女神の姿がぼやける。

 陰の太陽が曇り、女神スカーアの姿がにじむ。

 

『私も、嫌いだったわ。全て諦めているお前が』

 

 お互い様ね、と。

 スカーアの目が黒く光り、天孔雀の瞳と交差した。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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