法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-42.順不同意

 

 天孔雀(あまくじゃく)と言ったか。

 イーペンに聞いたことを思い出す。

 雨季の前に現れる巨大な鳥。地上に降りることはない。

 それが今、目の前に降ってきた。雨と共に。

 

 

 話が通じないシュキ、スカーア。

 どうにか頭を冷やして落ち着いて話ができないかと、無駄と思いながらも呼びかけた。

 無意識に、手首のリストバンドを握りながら。

 

 雨が降る。

 レーマ様からもらった、シャワーのように水を降らす道具。

 濁流や超水圧の攻撃ができるわけではない。ただ水を降らすだけ。

 いつもより広範囲だった。双子の魔法もそうだったが、従来より範囲や効果が強くなっているらしい。スカーアの領域内では。

 

「それよアユミチ、もっと強く」

 

 ノクサに言われて、よくわからないままリストバンドを強く握り、もっと水を願ったら。

 色鮮やかな巨大な鳥が降ってきた。

 アユミチと鬼巫たちの間を割る形で、地上に降りないはずの天孔雀が。

 

 

「魔獣……?」

「フォティゾがおとなしく死ぬなんておかしいと思ったけど、あいつ」

 

 フォティゾ。

 雨の中、体の線がブレるスカーアもそう呼んだ。

 

「世界中を見て回るために残してあったのね」

 

 知りたがり、教えたがりの神だと。

 死ぬ前に観測衛星のようにこれを産み落としていったのか。

 神の残滓。ずっと空に在り続けたのも納得できる。

 

「知らぬものを探し続けてここまで? お前の気狂いは知っていたけれど、死んでも変わらないのを実際に見るのは初めてだわ」

 

 ノイズ混じりのように姿がにじむスカーアだが、現れた天孔雀を脅威とは感じていないようだ。

 猛烈な風をまとい、大地に深々と爪痕を残した巨体。アユミチなどからすれば強大な生き物でも、女神にとっては珍獣といった扱い。

 

「だとしても、こうも迷わずにこれるものかしら?」

「クィィィッ」

「見て? だから、見えなかったから知らなかったのでしょう? 知らない場所だから降りてこられた。お前の不自由な縛りでも」

 

 スカーアの投げかける疑問に天孔雀は鳴き声で応じる。

 言わなくてもいいことも口にしてしまう。そんな性格だと言っていた。

 

「これ、あんまりよくないかも……」

「ノクサ?」

 

 ノクサが後ろを見る。先ほどの暴風の余波を受けて低く伏せているムンジィ達に振り向き、何かを気にした。

 

「その娘の――」

「覗き見趣味。相変わらず、そう」

 

 天孔雀の登場でやや下がったシュキ達に代わり、スカーアが前に出た。

 雨の降る中、スカーアの揺れる羽が雨雫を焼き消すように蒸発させながら歩み出す。

 天孔雀を呼んでくれた雨だけれど、女神に対して水滴など役に立たない。何の痛痒(つうよう)にもならない。

 それよりも、スカーアの目が見据える先は、天孔雀越しに後ろにいる――

 

「かんざしよ!」

「瞳を転がしておくなんて」

「っ!」

 

 誰にも、何もできなかった。

 どうしたって敵うはずがない。現実にその場にいる神の為すことに抗うなど。

 

「目障りだわ」

 

 ふっと指を差しただけ。

 指先から放たれた黒い雷光が、スカーアの瞳が映すカヨウを貫いた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「かよ」

「アユミチさん!」

 

 黒い蝶。

 不吉な黒い蝶。だけれど、小さい方は本当にアユミチの味方。

 そして、やっぱり性格は悪い。

 

「今、だけ!」

「っ!?」

「なぜ……?」

 

 不愉快の順番に片付けようと、そう考えたのだと思う。

 カヨウのかんざし。その先端を飾る紫陽珠(しようしゅ)の瞳。これが見ていた。

 天孔雀が間近に現れ、自分が握るかんざしが共振するのを感じる。

 これは天孔雀と同じか近いもの。フォティゾの瞳。かすかに繋がっている。

 

「騙したわねノクサリージュ」

「あんたに言われたかないわよっ」

 

 雨が降り、天孔雀が落ちてきた混乱の中で魔法を使った。

 この様子では争いは避けられない。ならば何かの役に立つかもしれないと幻影を張り、並べた。

 女神の目はごまかせなくても人間の目なら騙せるだろう。

 連れたちもすぐに理解して息を潜めて、成り行きを見守りつつ隙を(うかが)う。

 

 

 小さい黒蝶は、やっぱりアユミチの味方で性格が悪い。

 幻のカヨウをそれとわかりながら目で追って、スカーアはそれを追った。

 天孔雀の背中越しだったのもあって、よく見ようともせず、そこにある幻をそのまま受け取った。

 小娘のかんざしがフォティゾの瞳。そこにある、と。

 誰だって、女神でさえ、思い込めば確認を怠る。簡単に手を伸ばし、空振る。

 

「んべぇっ」

「つ」

 

 舌打ち。女神の舌打ち。心地よい。

 小さい方が小憎らしく笑いながら舌を出し、大きい方はキッとそれを睨みつける。

 アユミチの味方で、小さいけれど頼れる女の子。

 その立ち位置はカヨウにとって面白くないけれど、今はいい。

 

「よくも――」

 

 不愉快の優先順位が入れ替わり、騙されたことで次の自分の行動に疑念が湧いて。

 スカーアの動きが鈍った。狂った。

 この瞬間一番憎らしく始末したいものは小さい黒蝶。だけどそれは生かして世界の成り行きを見せるのだと自分で宣言したのだった。

 順序を直そうと考えたのだろうけれど、この女神は元より手順も方法も逆順で物事を進めてきた。性格は、本性は、そうそう変わるものじゃない。たとえ死んだって。

 正しい順を組み立てられない。

 感情と思考が迷い、止まる。

 

 

「今だけ!」

「あぁ!」

 

 どうしようもない敵。現実に降臨した女神スカーア。

 だけど、アユミチならきっと。きっと何かしてくれる。道を切り開いてくれる。

 カヨウにできるのは、その道を照らすこと。

 

白雲(しらくも)に、羽々たく蝶の重ね羽根」

 

 見ていた。かんざしを握って、スカーアの姿が揺らぐのを見ていた。

 この女神は完全じゃあない。

 

「ふたよむつやと数へれば。空と混ざりて曇と消ゆ。沖つ羽々霧」

 

 春の野原。

 たくさんの蝶が空を行くのを目で追っていくと、空の彼方の雲と混ざり消えていく。

 気が付けば空を覆う白雲の粒が全て蝶だったのだったのではないかと。そんな童謡を魔法として紡ぐ。

 

「やっぱりこの娘とんでもないわね」

「どうも」

 

 初めて話す。

 仲良くなるのは無理そう。褒め言葉なのだろうけど。

 

 カヨウが放った数万の白い蝶が雲のように、霧のように空を遮った。

 雨で陰った黒い太陽の光を、さらに。

 カヨウが見た通り、スカーアはまだ完全復活を果たしたわけではない。おそらく陰の太陽がスカーアの世界を形作っている。だから遮る。

 

 

「本当に、目障りな」

「ノクサ!」

 

 アユミチが叫んだ。

 知っている。この声のアユミチがどれだけ頼りになるかカヨウはよく知っている。

 天孔雀の横を抜け、輪郭が揺れて霞むスカーアに向かって――

 

「女神を汚すなど!」

 

 敵はスカーアだけではない。

 アユミチを仇と狙うシュキはもちろん、鬼巫たちも敵。

 

「許さん!」

「嬢ちゃん撃ったのはそっちだろうがよ!」

 

 スカーアに向かっていくアユミチを殺そうと突いたシュキの一撃は、ためらいも容赦もない苛烈なものだった。

 ムンジィが横からそれを払い飛ばす。

 先ほどカヨウの幻影が撃たれた時から既にムンジィは動き始めていた。

 

 カヨウの知る限りムンジィはそこまでの達人というわけではなかったけれど、経験が彼を強くした。

 速度は遅い。シュキには及ばない。

 剣の中ほどを切り払おうとしたとしても、遅れて握り手近くを打ち、後先考えずに突っ込んだからそのままシュキの体とぶつかって無様に転がる。

 

「このっ!」

「横波荒波、気にせずいっとけ」

「主帆は任せた。こっちも仕事」

 

 転がりながらムンジィを殺そうとしたシュキを、双子の片割れが蹴り飛ばした。

 残った片割れはにやっと笑って手を叩く。

 ぱぱっ!

 

「いたずら妖精招き呼ぶ」

「くぬっ!」

 

 鬼巫は魔法が使えない。

 見ればわかる。動揺で魔法が紡げない。明らかに乱れている。

 

()()しの果てまで(かよ)ふ神が足袋。厚き(いわ)()穿(うが)ち抜きゆく」

 

 だからなのだろうが、それを支える女が魔法を唱える。

 クロロテッサ。鬼巫の花札が魔法を。

 

「底ひ無き面貫(つらぬ)き」

 

 殺意。

 強烈な殺意。

 この場にいる敵を必ず絶対に殺す。強い意志を込めて。

 地面の底から、無差別と思える殺気の籠った魔法が発現しようと――

 

 

「夢の通ひ路、波目も惑うっ! てな」

 

 本来なら魔法合戦でなら敵の方が上だ。双子と花札クロロテッサとがぶつかれば、まず相手の方が確実に上手。強者。

 だが、殺すことにだけ目を向けたから。殺さなければと意識を奪われたから。

 ただ一方向だけを見て、鬼巫の代わりを果たそうとしたから、見誤る。

 カヨウのようにサポート役を自らに課していたら、結果は違っただろう。

 

 ぱぱんっと。

 双子の叩いた拍手が流れを変えた。乱した。

 いたずら妖精の魔法。敵が向かおうとした方向を、ほんの一歩だけずらす。

 これもまた通常なら通じなかったのかもしれないが、双子は言っていた。なぜだか絶好調だと。

 

「くぁっ!?」

 

 スカーアを援護しようと踏み出した鬼巫の二歩目が狂う。思わぬ方向に。

 

「ラハちゃん!」

 

 同じく、クロロテッサが放った魔法も目標が狂う。

 地面から突き出し、カヨウたち皆の面を貫こうとした、螺旋を描く錑錐(もぢぎり)のような大樹の根が、あらぬ方へ。

 転びそうになり、勢いのまま崩れる鬼巫に向かって――

 

「ねえ――っ」

 

 遅れて支援に動こうとした残りの花札も、はっと息を止めた。

 殺意に満ちた魔法が鬼巫に突き刺さる瞬間に。

 

 

 ほとんど同じ刹那。

 アユミチは、カヨウたちを信じて踏み込み、掌打を叩き込んだ。

 おそらく全力、いつもの力の数倍を込めた掌打を、びくともしない女神の腹に。

 

 常人では決して及ばない力でも、女神スカーアの肉体を砕くことはなかった。千載一遇の好機だったとしても、全く意味は為さず。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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