法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-43.私の内に

 

「ねえねっ……ねえねぇ……」

 

 不器用な子だった。

 共に身籠った女から満月と新月に生まれる子。鬼巫とその影。アハラマとマベラ。

 女同士でまぐわい子を為す里でも、双方が共に身籠るのはこの場合のみ。

 鬼巫は里を平等に見るために母から離され育てられる。影の子の扱いはその時によると言う。マベラは親元で暮らすこともあった。

 

「ラハが、うまくできないから……」

 

 不器用な子だった。

 そうじゃない。

 とても真面目で懸命な子だった。

 

「違う、そうじゃないのラハちゃん」

 

 生まれた時から大きな力を背負わされていた。

 五歳の娘が、身の内に大人よりも大きな力を持たされて、うまく歩けるはずがない。

 

「私が、失敗しただけ。心配しないで」

「でも……」

 

 教育係を務める守女リードゥから厳しい指導を受けていた。今回は魔法の扱いについて。

 マベラはうまくやるのに、アハラマはできない。

 うまくやらなければと気負うアハラマ。その緊張がまた悪循環。

 リードゥから離れ、クロロテッサが手ほどきしてあげようと思った。自分だって才を見込まれアハラマの姉役を任されたのだと傲りもあったと思う。

 

「ねえねが、いたくって……こんな」

 

 失敗した。

 クロロテッサが思っている以上にアハラマの力は大きく、支えきれなかった。

 規模を間違えた魔法を抑えきれず重傷を負ったクロロテッサ。情けない。

 

「ラハのせい……ねえねが、ラハを嫌いに……」

 

 もっともっと小さい時、アハラマは自分の名前をうまく言えなかった。

 ら、ま……あぁら……らぁ……らあ……

 舌足らずに名乗ろうとするアハラマのことを今も覚えている。忘れない。

 その名残で、クロロテッサだけはアハラマをラハと呼ぶ。

 リードゥなら許さないだろう幼い甘えを、クロロテッサは許す。他の誰も許さない。ラハと呼ぶのはクロロテッサだけでいい。

 

「きらいになんかならないわ」

 

 傷つき眠るクロロテッサに、夜になってこっそりと会いにきた。

 そんなアハラマの気持ちはわかっている。

 

「ラハちゃんを嫌いになるはずないでしょう。ねえねなんだもの」

「……ん、ぅん……ごめ……ごめん、なさい……っ」

 

 泣きながら謝るアハラマの頬を撫で、涙をぬぐう。

 この子の心は全部、クロロテッサの手のひらが受け止める。この手の中に。

 

「いいの、大丈夫。ずっと大好きよ、ラハちゃん」

「ねえね……」

 

 許してほしいのだ。

 この子は、誰かに許してほしがっている。

 強すぎる力で怖がられ、うまく制御できず人を傷つけて。

 猫がじゃれつくように手を伸ばしても、この子の手では触れた花が潰れてしまう。

 やりすぎを畏れ、取り返しのつかない失敗をしてしまうのではないかと怖がっている。

 

「大丈夫よ、ラハちゃん」

 

 他の誰が許してくれなくても、大丈夫。

 他の誰もいなくったっていい。それでいい。それがいい。

 

「私がいる」

 

 まだ節々痛み、裂けた腕の傷は痛いけれど。

 その痛みもアハラマの心に感染して共鳴して、クロロテッサと彼女を繋ぐ。

 

「私は、ラハちゃんのことちゃんとわかっているわ。全部」

 

 五つ徒死したの小さな体を引き寄せ、抱き包む。

 痛い。痛くて、小さくて、それを全部自分の身で受け止めて心地よい。

 ああそう、誰かが可愛いお人形を大切に抱いていたのを羨ましく思ったことがあった。あれよりも良い。

 

「ラハちゃんは鬼巫」

 

 里の代表として立たねばならない運命。

 背負いきれないものを背負わされ、いつだって不安と戦い続けなければならない。

 それでいい。

 鬼巫として、手足となる花札は選ばれるだろう。花札を愛でることもある。蝶が蜜をすするように。

 

「鬼巫だけれど」

 

 それでもあなたの根っこはここに。

 いつまでだって、クロロテッサの腹の奥深くにしがみついていればいい。

 ここが、クロロテッサの胎内だけがあなたの安らぎの場所になる。そうなるようにもっと努めなければ。

 

「ラハちゃんはラハちゃんでいいの。ねえねの前でだけは何でも許してあげるから」

「ん……ん、ねえね……大好き、ロロねえね……」

 

 根が絡むように手足を絡めて、すがりつく弱い少女の甘い体温を貪った。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 その少女が、死ぬ。

 クロロテッサの魔法で、ただ人を殺すためだけを願って放った魔法が、いたずら妖精の手の鳴る方に呼ばれ迷って。

 死ぬ。

 アハラマが死ぬ。

 

「ラハ――」

 

 いつも取り返しのつかない失敗を恐れていた。

 彼女は未熟で、自分の判断に自信が持てない。正しいかどうか花札の顔を窺い、クロロテッサの顔色を気にして。

 それでいい。そうなるように育ててきた。守ってきた、クロロテッサが。

 

「ねえ――」

 

 そのアハラマが、土壇場で何か取り返しのつかない失敗をしたと震えて(すく)む。

 異形の敵の思惑に乗せられたと。

 これでよいのですか女神よ。クロロテッサも迷ったが、結果は女神の手のひらの内。

 安心したのも束の間、邪魔な異物が混じった。

 

 排除する。

 シュキの意見には同意だし、他に選択肢などない。どちらにしてもこれらも死ぬ。

 しかし、少しだけ欲が出た。

 

 

 ――あれも、一緒に処分できれば。

 

 捨てたはずが戻ってきた異物。

 珍しくアハラマがクロロテッサの気持ちに寄り添わず拾ってきた野の花。雑草。

 この薬師どもがあれを取り戻しにきたのなら、まとめて捨てられないかと。欲が出た。

 

 言うことを聞かなかった。

 アハラマがクロロテッサの言うことを聞こうとしなかった。

 外の糞尿に塗れた黴菌(ばいきん)だらけのそれを、大切な宝物のように。

 無理やり取り上げて捨ててしまったらしこりが残る。捨てる手順として、今度はこの薬師どもを使う手もあるのではないかと。

 今度は。

 

 利用する。

 利用するとして、生かして?

 いや、そうか。殺すのはいい。クロロテッサの手で殺そう。

 それをあの下女に伝える。薬師は私が殺したと。

 怒り狂いクロロテッサを仇と襲ってくるようであれば、アハラマは必ずクロロテッサを選ぶ。

 泣き狂い諦めて命惜しさに媚びへつらうのであれば、輝きは消えアハラマも目を覚ますだろう。玉石を取り違えたと。いつもアハラマは間違えるのだし、クロロテッサはそれを許せる。

 

 

 殺す。必ず殺す。

 欲が出た。

 満身の力を()めた魔法があらぬ方向に向かい、吸い込まれるようにそこに吸い込まれるアハラマが。

 私のお人形が――

 

「ラハちゃんっ!!」

 

 出遅れたレフカースは届かない。

 マベラも同じく。何をやっているのか、こんな時のためのお前だろうに。

 身代わりの印は死んだ花札キュアナに結ばれていた。マベラはアハラマの命の肩代わりにならない役立たずの影月。

 

「ロロねえ――」

 

 四方、八方から。

 分厚い岩盤だろうとねじり貫く鋭い根が、アハラマの小さな体に突き刺さった。

 

 

 ――――――っっっ‼

 

 天雷が。

 貫いた。

 

 ガギァァァァァァァァッ!

 

 光が世界を震わせ、遅れて轟音が空気に響き渡る。

 世界を切り裂くような轟音。

 先ほど空から落ちてきた天孔雀の衝撃よりさらに強く。

 

 

「……な、ん……?」

 

 光と音に眼球を打たれ、よく見えない。

 何が起きたのか。頭が理解を拒む。

 アハラマの無惨な姿を見たくないと。

 

「手荒になったのはご容赦願いたい」

 

 血の花が咲く。

 わけではない。けれど明るい印象の華が、忌々しいほど美しく。

 

 

「あなたの花札であった私は、死んだわけではありませんから」

「……」

 

 忌々しい。

 憎々しい。

 天雷の葬槍(ケラヴノス)を手に、凛とした姿で立つ。

 アハラマの隣に、恥ずかしげもなく堂々と。

 

「もう誰も、ここで死ぬことはない。私はそう望みます」

「……ファニア」

 

 天雷でもってアハラマを襲う凶刃を断った女は、分を弁えぬ望みを口にして。

 

「彼が望むように、私も同じ道を望みます」

 

 もはや決して叶わぬ願いを、恥ずかしげもなく公言した。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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