法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-45悪女の誉れ

 

 食事を済ませて、もっとファニアの為に何かできないかとせがむフローシュをどうしたものかと思い悩み。

 慕われている。

 フローシュに決して嫌な印象はない。ないのだけれど、困る。

 

 ファニアはこの里にずっといるつもりはない。

 ここで世話になったにせよ、アユミチのところに戻らなければならない。帰りたい。

 フローシュが悪意で引き留めようとしているなら突き放せたけれど、好意なのがなんとも。

 

 襲ってきた敵のことも、アハラマの動向も気になる。

 フローシュも詳しいことは知らない。守女のリードゥか花札パラーサに聞いてみるかと思ったところで。

 

 

 ファニアのいた奥殿の影が、ひとところに集まった。

 実際に影が集約したわけではないが、そういった感覚。

 ぞわっと。

 正体不明の敵かと身構え、外に飛び出す。

 集まった不定形の影のような何かが、一方向を目指して飛んでいくのを見た。

 

 ――背天が……

 

 他の皆も同じく異様な感覚に驚き、それを見上げて不安げに呟いた。

 見れば、空っぽになった池とそこに続くはしご。

 影の塊はここから浮かび上がり、どこかへ向かっていったのか。

 

 何かの異常事態。

 守女たちも戸惑う中、どこか確信があった。

 行かなければならない。ファニアが。

 

 まだ敵の襲撃があるかもしれない。

 花札パラーサにここの守りを任せファニアが向かう。

 

 駆けだす直前にフローシュが持ってきた。

 奥殿に納められていいたという戟を。

 影に触れても輝いていたから、きっとファニアの役に立つだろうと言って。

 

 ああ、それは。

 使う者の命を削る神の戟槍。天雷の葬槍ケラヴノス。

 王都での戦いの後、ファニアと共にここに運ばれていた。不思議はない。

 

 ――ファニア様……?

 

 わずかにためらったファニアを見上げるフローシュの不安げな顔。

 この子に、そんな顔をさせたいわけではない。

 それに、これはきっとファニアに必要な力だ。

 頷き、受け取った。

 ありがとう、と。

 

 ――どうか里を……アハラマ様を、お願いします。

 

 この槍をもってアハラマの助けとなるように。

 そんなフローシュの言葉と共に受け取った。

 

 

 影の飛んでいった方角を追う。

 駆ける。

 

 駆けている途中、幻覚のようにあちこちの影に映る光景。

 誰かが見ている。

 何かが見せている。

 鬼巫たち、アユミチたちの戦う姿を。

 そして、この世に顕現した女神スカーアを。

 

 知りたいこと。知りたくないこと。見たくなかったこと。

 全てを(あら)わに、いらぬことまで教えてくれる。

 あれこれ陰口を世界にひけらかすような趣味の悪さ。だが、状況を知るには都合がいい。

 

 女神スカーアは善なるものなどではない。

 言っていることは取り留めがなく、理解に苦しむところも多い。だが、人を慈しむような存在ではない。

 彼女の言うレーマルジアとやら、聞いたこともないそれを呼び戻すために世界を作り替える。そこに男は不要というか邪魔なので排除すると。

 

 スカーアの都合で世界を(なら)される。そこに生きる人の想いなど無関係に。

 砂遊びをするような話だ。

 今生きている者などどうでもいい。スカーアとレーマルジアが過ごすのに良い形に整える。

 そして、それを実現する力を有する女神。現世に顕現した女神スカーア。

 

 

 それよりも。

 ああ、本当に。

 自分がただの小さな人間に過ぎないと実感する。

 

 悲しさ、悔しさ、やるせなさ。

 たぶん寂しいというのが最も当てはまる。

 

「どうして……クロロテッサ、そんなにも……」

 

 クロロテッサに(うと)まれていたのだと。謀られ、殺されるほど嫌われていたのだと思うと。

 

 彼女は優しかった。

 花札の誰もがファニアと明らかに線を引く中、唯一歩み寄ってくれたのがクロロテッサだった。

 レフカース達との間を取り持ち、慣れないファニアに色々と教えてくれた。

 それとなく、アハラマに特別扱いされて孤立しないよう注意も受けた。感謝している。

 花札から離れた後も、彼女は公正で中立な姉のような存在だったと尊敬さえしていた。

 

 そのクロロテッサが、死病を道具にするような邪道を行っていたと知り。

 

 先の王都の戦いで突発的に流行した死病。

 その前から王都で蔓延していたという。

 他の地域でも大規模に流行し猛威を振るっているという噂も耳にしていた。

 それらがクロロテッサの手による人為的なもので――

 

 あぁ、そうか。

 自分の身に降りかかったものも、ただ運の悪い巡り合わせなどではなかったのだと。

 腑に落ちて、否定して、理解して。

 

 寂しく思った。

 世界が大変な時だと言うのに、ただ自分の身のできごとを振り返り、寂しくなった。

 信じていた。

 疑いなど持つことすらなかった。なのに。

 

 

 アユミチ、あなたとの出会いには感謝している。

 けれど、この気持ちを抱えたままであなたに寄りかかれば、自分で立つことを忘れてしまいそうだ。

 

 見えた。

 何か決意をまといスカーアに向かっていくアユミチの姿。

 ならばきっとあなたは平気だ。

 美しい黒蝶ノクサリージュも傍にいる。あなたの傍にはいつも、私ではない一番の誰かがいる。それでもいい、私は二番でも、何番でも。

 ただあなたの歩みを助ける一本の棒にでもなれれば、それで十分。

 

 自分の中にある寂しい脆さ。これはあなたの助けにならないものだから。

 片付けてから、そちらに行きます。

 

 

「あなただったのか」

「悪い子ねぇ、ファニアちゃん」

 

 そう、悪いのは私。

 特別なアハラマに選ばれて、特別になれたのだと舞い上がっていた私。

 だとしても。

 

「あなたには敵わない」

 

 なぜ裏切ったのか、などとは問わない。

 クロロテッサは最初から何も裏切っていない。己自身にのみ従っていただけ。

 

「最悪にムカつく女ねぇ」

 

 以前から、最初からそうだったのだろう。

 慈愛に満ちた姉のような微笑みの裏で、クロロテッサはずっと煮えていた。はらわたを煮やし、苦い思いを飲み下して。

 それほどファニアを憎く思っていた。

 

「光栄だ」

 

 意外と、重く見られていた。

 取るに足らない新参者ではなくて。

 ずっとそんな風に気にしてくれていたのだと思うと、ついこぼれた返答の皮肉さに苦笑しつつ軽く会釈した。

 

 

「ろろ……クロロテッサ、おぬし……」

「どうしてそんなことを……っ!」

 

 見上げるアハラマの声は震え、レフカースは目を伏せて絞り出す声で責める。

 

「……ラハ様」

「……」

「わたしがラハ様に悪いことをするはずないでしょう」

「クロロテッサ……」

「よそ者の言葉なんてね、どうせ嘘。ひどい嘘を言う悪い子なんだから」

 

 やったとは言わなかった。

 自分が毒を盛ったとは答えなかった。だから方針を変えたらしい。

 

 

「ラハ様を惑わす悪い子」

「あなたはアハラマ様を裏切ってファニアを――」

「簡単に騙される。よそ者なんかに」

「よそ者じゃない! 仲間だった!」

「違うわ」

「アハラマ様の花札を(けが)しておいて――」

「あぁぁぁっっ! わからない女ねレフカース!」

 

 クロロテッサの形相が変わり、憎悪の目でレフカースを睨みつけた。

 

「あなたがやったんでしょう! その女を怪しい場所に行かせて死なせた! わたしはあなたを庇ってあげてるのよ!」

「な……ちが……」

「その汚れた妹と同じ! 考え無しにあれもこれも! できもしないくせに、ラハちゃんの守り役も満足にできないくせにあれこれと! ねぇレフカース‼」

「そん……」

 

 抱える妹を指さしてなじられ、口ごもるレフカース。

 隣のマベラがぎっと睨み返すけれど、クロロテッサは気にする様子もない。

 

 

「クロロテッサ、妾は……」

「ね、ラハちゃん」

 

 憤怒の形相から一転。

 甘い、蕩けるような笑顔を浮かべて立ち上がりかけたアハラマの両頬を手で包む。

 

「大丈夫、何も心配いらないの」

「……」

「わたしの前でかっこつけなくていいの。全部ねえねがしてあげるから。ラハちゃんを不安にさせる悪い子のことは見なくていいのよ」

「ふあ……でも……だが、妾は」

「ラハちゃん‼」

 

 ぎゅうっと。

 小柄なアハラマがさらに小さく潰されるような錯覚。

 

「……かっこつけなくていいの。ラハは、ねえねのこと大好きでしょう?」

「ら……ねえね、でも……わら、ラハは……」

「また、あなたの魔法を逆手に取るかもしれない。余計なことはしないで、ね」

「っ……」

 

 先刻の失敗をもう一度吹き込み、蓋をする。

 魔法を利用される。

 アハラマの魔法もそうだし、つい今もクロロテッサの魔法を利用されて死ぬところだった。

 失敗を刻み付けて心を縛る。

 はたから見ればなぜ騙されるのかという言葉でも丸め込まれる。そういう関係。

 ずっと長くそうやってきたのなら、簡単にひっくり返せるものではないだろう。

 

 

「アハラマ様」

 

 別にいい。

 ファニアの目的はほぼ果たしたし、スカーアの方はアユミチが無力化してくれた。

 時間を作りたかっただけ。

 この雰囲気で、花札たちが一致団結してこちらに刃を向けることはない。

 

「クロロテッサを頼みにされるのも構いません。ですが」

 

 ファニアは話し上手ではない。

 うまくこの場を取りなすことなどできない。

 

「アユミチは、決してアハラマ様に仇為すような人ではありません。どうか話をお聞きいただきたい」

「外の人間、男などの……」

「おかしいと、迷っておいでなのでしょう。道を」

「女神スカーアに歯向かった大逆人です。マベラ、シュキ様と共に片付けなさい。他はわたしが」

 

 アユミチとファニアを二人がかりで片付けろと命ずる。

 レフカースは呼ばれなかったが、もしマベラが危険となればレフカースも動くだろう。

 アハラマだって、里の仲間かそれ以外かとなれば選択の余地はない。ファニアがどれだけ気負っても守り切れない。

 

 

「私はクロロテッサを許します」

 

 争いにきたわけではないのだ。

 アユミチもそう言っていた。

 

「な……っ、ん……?」

 

 何も、クロロテッサを責め立てて過去の鬱憤を晴らそうと考えたわけではない。

 鬼巫の里の者たちの関係は、外の者の感覚とは違う。

 わずかな時間でも奥殿で触れ合ったフローシュからも感じた。

 隠れ里。

 決して大多数ではない。

 たとえ仲間が道から外れた行いをしたとしても、外の人間からは庇い合う。

 隔離された村社会、狂信者の集団にも似た傾向。

 それらを引きはがすのは難しく、引き離そうとすれば今度は反発して強くくっつくだろうから。ただ疑問と迷いを与えるだけでいい。

 

「私はクロロテッサの罪を罰したいとは思っていません。かつて花札でありながら不出来であった自分を恥じるばかりです」

「ファニア、そなた……」

「ただどうか。私を救ってくれたアユミチの言葉をお聞きいただきたい。一度だけで構いませんから、どうか」

 

 アユミチのことだ。

 女だけの隠れ里、ここに考え無しに踏み込んだわけではないはず。

 ファニアを迎えにくるためだけではない。それなら、それは嬉しいけれど。

 彼の女神レーマ・ルジアから何かを授かってきているのかもしれない。

 エクピキに侵された王弟ニーモを救い、復活の迫るスカーアについて何か言い付かってきたのだろう。

 

 

「ラハ様、男の話など聞いてはだめです。女神の怒りに触れ里が滅びるかもしれませんよ」

「アハラマ様。どうか」

 

 判断を仰ぐファニアと、判断を迫るクロロテッサ。

 アハラマはクロロテッサの手の平に包まれたまま、泣き出しそうな声で。

 

「……ファニア」

「……」

 

 小さく、絞るように首を振って。

 

「クロロテッサを……ねえねを、許してくれるなら……」

 

 半開きの口から言葉が出ないクロロテッサ。

 わかっていたことだろうに。

 

「はい、確かに」

「……うん……」

 

 そんな風に縛りつけなくったって。

 アハラマは心からあなたを慕い、愛している。

 あなたがアハラマを愛し守りたいと思うのと同等以上に。

 誰が、愛する者が責められ断罪されるのを見たいと思うものか。

 

「わたしは……」

 

 クロロテッサの手から力が抜け、アハラマの頬から滑り落ちた。

 ファニアだって多少はアハラマに大切に思われていたという自負がある。

 花札同士、傷つけ合う姿を避けられるのなら、アハラマはきっと選んでくれるだろうと思っていた。

 

 そうだな、クロロテッサ。

 ファニア・イア・イオルテは悪い子さ。

 お前が思うよりもずっと悪い女なんだ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

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