法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
「やっぱりわかってない、レーマとレーマルジアは違うの。名前を分けられたって前に言ったでしょ」
「ただ改名したってことじゃないのか?」
名前が変わってもレーマ様がレーマルジアなのだろうと。
アユミチの理解の鈍さにノクサは唇を尖らせ苛立ちを訴える。
「なんて説明したらいいんだか……皆にアユミチの女神の名前を教えてみなさい」
「前にも言ったと……俺の女神はレーマ・ルジア様だけど」
王都だったか、伝えたような気がする。
北府でも、幻で作ったレーマ様のことを伝えた。
全員ではないが知っていると思うのだが。
「女神レーマ・ルジア様。知っていますよ」
カヨウはそもそも会っている。当然知っている。
「名の失われた神レーマ・ルジア。妾もそう聞いておる」
「へえ……まあなんですかい。ちっと響きは似てるような気もしやすが」
「似てるって……」
似てるも何も、ただ区切りがついただけ。
同一の存在だと思うのが普通だろう。
「アユミチ、前から思ってたのよ。アユミチの認識は外から。おんなじに見えてるのかもしれないけど違うの」
「外……」
皆の表情が物語る。
アユミチの認識がおかしい。普通じゃない。
「外、から……」
アユミチはこの世界の言語を理解して使っているわけではない。
それらしい言葉として自動翻訳して聞き取り、伝えている。自動的に。
そうした齟齬、違和感は前にも経験していた。これもそうなのか。
異なる人種や、たとえコアラの顔の区別ができないように。
外からこの世界にきたアユミチには、レーマルジアとレーマ・ルジアの違いがわからない。
顔形といった外見的情報ではなく、神の名前という情報で似たような現象が起きていたのか。
そんなのどっちでも同じだろ。
理解のない人が外から評するように、雑に混同して。
三次元的な、物体的な認識ではなく、神の存在という高次元情報でそんなことを。
ただ、固有名詞として名を呼んだ時には、この世界の人間には別物として理解される。
アユミチが同じだと認識していても、周りは違う。それは別の神だと。
「ああ……」
今さら思う。
自分が異世界からきた異物。鬼巫たちの言う外の世界よりもさらに外から来た。
「わかった、ノクサ。それはいい」
「レーマルジアが復活したら外の世界だけじゃない。この里だってどうなるかわからない」
「どういう意味だ?」
「言葉通りよ。最悪スカーアは自分とレーマルジアだけ……そう、でしょうねあの根暗女」
病み。
スカーアがレーマ様を……レーマルジアを好いているのはわかるが、相当歪んでいる。
「ちょっと整理させてくれ。神は人の影響を受けるって話だったな」
「意思とか魂の流れの影響を受けるって言うのが近いかな」
「だからスカーアはこの里を作った。女だけで暮らす里でそれが当たり前になる。その上で外の世界を滅ぼせば、ここが世界の全てになるから」
「復活したレーマルジアもその色と流れを当然と認識するでしょうね。その中で好き勝手はするだろうけど」
「好き勝手っていうのは?」
「レーマルジアって潔癖症なのよ」
極度のね、と。
アユミチも知っている。レーマ様には綺麗好きな一面がある。
「レーマの比じゃない。そのレーマルジアをあにら……悪いバカが騙して汚したものだから、ものすっごく荒れちゃったのよ。
「うへぇ……」
「逆に、純真な男の子は大好きで全部自分が守ってやらなきゃみたいになって」
「純真……ですか」
途中ムンジィ達は顔をしかめ、クルサドは疑問符つきの顔で呟く。
「
「潰れるというか、気を抜けば自分が掻き消されてしまいそうな方でした。女神レーマ・ルジアは」
カヨウの感想はレーマ・ルジアについて。レーマルジアはその比ではないということだが。
アユミチは、まあ輝かしい女神だなと思ったくらいだが、カヨウには違ったらしい。
「レーマルジアが復活したら成人した男は死ぬ。守ってくれる神もいない」
「聞いたか弟、ガキは平気だ」
「そうだな弟、お前は平気さ」
「体毛は不浄の象徴だったりするのよ、知ってる?」
体毛。腋毛や陰毛だろう。
日本でも、神事を行う者が体毛を剃る決まりがあったりした。
体毛はケガレ。そんな話だったかと。
「だから、十五歳に……」
捨て森で聞いた。男子は十五になると陰毛が生えて大人と見なされるだとかなんとか。
聞いた時には地球人とは少し違うなと感じただけだが、個人差や種族の違いではなかったのか。神様の決めたルールとしてそうなっていた。
双子が口を閉ざし、互いの股間を指さして肩を
精神的にガキでも見逃されないらしい。
「成人した男はみんな汚れだって……そんなガキみたいな理屈で」
「レーマルジアが短絡的でガキだとしてもしょうがないのよ。レーマルジアは昔からそうだったってだけ」
たまたまルールを決める権利を持つ者が、精神的にガキだったと。
変えようのない事実で、こちらが選べる話ではない。
「スカーアがこのままでも人間の世界は終わっちゃうわ。もう誰も歌わないし笑わない」
「女は?」
「あのね、アユミチ」
はぁぁ、と深く溜息。
それからなぜだかカヨウと顔を合わせて、もう一度軽く溜息を吐く。カヨウの方も応じる。
「女からするとね。女なんてドロドロのぐちゃぐちゃなのよ。ねえ?」
「……」
同意を求められたカヨウ。
澄んだ瞳で、わずかないびつさもない顔でアユミチを見上げて。
すっと視線を横に流す。曇りのない目に鬼巫達やファニア、ノクサを映してからアユミチに戻り。
「そうですね」
自分でも少しは自覚がある。
女に理想を抱き過ぎだとか、童貞の妄想だとか。童貞じゃないけど。
「レーマルジアはアユミチと逆、少年は純真無垢だって信じてる。かっこいい甲虫が宝物で、誰よりもコマを上手に回すのが勲章なのが男の子、穢れなんてないって。バカみたいでしょ」
アユミチと逆に、こじらせ処女の妄想だと。
しかし、そうは言うけれどノクサ。
「いやまあ……だな」
ムンジィと目が合った。
ややむず痒い顔で目を泳がせて曖昧に頷く。ノクサの言葉の何に同意しているのか。
続けて双子とも目が合い、男同士なんとなくまあうんと頷いてしまう。
バカみたいかもしれないが、うん。
「レーマルジアにとって女なんて最初から汚れなの。でも、汚れない男の子が変わっちゃうのが許せない。だから」
「それが男を殺す呪いに?」
「どうにかしなきゃってことで名前を分けられた。折りたたまれた。重石に乗のせられたのがノクサリージュだったんだけど」
ノクサリージュの復活は果たされた。
ノクサはスカーアの計画の中で姿形を得て、たぶん重石から外れた扱い。
だから折りたたんであったレーマルジアが復活して、今度は誰にも止められず男は絶滅し世界が終わる。
「でも、だったら」
話はもちろん鬼巫達も聞いている。
ファニアの排斥に失敗して脱力していたクロロテッサが声を上げた。
「そんなの私たちには関係ない。だってそう、外がどうなったって――」
「クロロテッサやめよ!」
「外の人間が全て死んだって私たちは関係ないのよ! いえ、それこそ女神の望み――」
「ねえねっ‼」
ぱしぃ!
鬼巫の小さな手が、わめくクロロテッサの頬で音を鳴らした。
「……らは、ちゃん……っ」
「罪もない者の死を喜ぶような言葉、吐くでない」
鬼巫アハラマの肩が震える。
ファニアの足がわずかにアハラマの方を向き、踏みしめて止まる。
「妾の、花札ならば……そのようにあさましい毒、吐かないでくれ……」
「……」
たとえ思っても口に出してはいけないこともある。
アハラマの立場はアユミチと相容れないけれど、彼女はものの道理を知っている。
本当に、どうしようもない時にはファニアもカヨウもアハラマに任せよう。
ムンジィは、一緒に死んでくれと言うしかないか。悪いな。
「しかし、小さき女神ノクサリージュよ」
俯くクロロテッサから振り返り、アハラマが問う。
「実際に今の話ならばこの里は残るのではないか? 今まで通り……とは、言えなくとも」
ちらっと気にしたのはスカーアの姿。
スカーアの言動から、スカーアが里の人間の命など歯牙にもかけていないのは明らかだ。
女神の顔色を見て、不興を買わない気に障らぬよう心掛けて暮らす必要はあるかもしれない。
その女神がもう一柱いたとしても、里は続くのかと。
「何もなければそうでしょうけど。レーマって……レーマルジアも、けっこう我がままで欲張りなの」
「欲張り?」
「きれいなものが好き。男が最初から存在しない世界で、もしレーマルジアが里の女の子に目をつけたら? 今と同じようなことになるかもしれないし、スカーアの方がどう思うんだか……他の誰もいない方が都合がいいとか考えちゃう女よ。邪魔になった道具をどうすると思う?」
「……なるほど」
今は、スカーアにとって都合のいい働きアリ。
だけどレーマルジアがその働きアリに執心するようになった場合、どうなるか。
「最初は、ね……違ったのよ。レーマルジアも他の皆も。ただ綺麗で楽しい世界を作ってみせたいって、それだけだった」
「……」
「場所を開いただけの何も知らない間抜けに見せてあげようって。それだけだったのに」
神は人の影響を受ける。意思の流れの影響。
競争心や功名心。嫉妬や羨望、そんなもので流れがねじれた。
会社を興した時は社会の役に立つようになんて理想だったのに、気が付けば自己の利益計算と足の引っ張り合い、そんな構図に似ているのかもしれない。
思い返して寂しそうにするノクサ。
つまり、ノクサに見せてあげたかったんだ。レーマルジアも他の神々も。
「妾は……我らとすればどうすべきか。女神スカーアは我らの守護者。その意思に反することをしたいわけではないのじゃ……」
アハラマの立場を思えばそうだろう。
スカーアの進む道が彼女らの理想と違っていたとしても、じゃあスカーアと別の道を行きましょうとあっさり切り替えられるものではない。
進むも戻るもできないような、そんな状況で。
ましてスカーアはそこにいる。虫けらの話など聞いている気配はまったくないが、そこに存在している。
今はいったん肉体を失ったけれど、たった一枚薄い壁の向こうにいるくらいの近さ。
里の者にも事実を説明して、スカーアの再復活を阻むことができるだろうか。
だが生まれた時から信仰している神に
入ってはいけない禁域、
過激な思想の誰かが、あるいは何も知らない子供が、うっかり触れてスカーアの肉体となる。そんな未来が目に浮かぶ。
「スカーアの復活は時間の問題でしょ」
大丈夫だよとか、そんな言葉を期待したが無駄だった。
時間の問題。必ず再度復活する。
「その前にできることは……レーマ・ルジアの降臨。だけど」
「レーマ様?」
「そう」
レーマルジアの前にレーマ様を呼び戻す。
それで解決できるのか。
別物というレーマルジアではどうにもならないけれど、レーマ様ならアユミチの話を聞いてくれる。それなら――
「ああ」
次で、最後だと。
次に純真な男の子をレーマ様のところに連れていったら、レーマ様の復活に足りるという話だった。
「?」
クルサドがアユミチの視線に気づいて首を傾げた。
救い主だ。姉のリグラーダにも助けられたが、今度は弟にも。
申し訳ないがありがたい。助かる。感謝の言葉もない。
と同時に、ふっと。罪悪感。
ファニアの背中に、彼女が振り向く視線から目を逸らしてしまった。
レーマ様が復活すればゼラが生き返る。
約束した。
結果として正解だったのだと思うけれど、とにかく色々とファニアに合わせる顔がない。後ろめたい。
アユミチの逡巡を見透かしたように、カヨウがすっと近づいて腕に手を当てた。
「いいんですよ」
「……」
「これで、いいんです。みんなわかっていますから」
カヨウは全て知っていて。
知っていて、許してくれる。
他に選べる道はなかったのだからと背中を押してくれる。
カヨウはアユミチの救いだ。いつかファニアに全て話せるまで、そんな日が来なくても、カヨウだけはアユミチの間違いも罪も知っていて許してくれる。
「ああ、そうだな」
レーマ様を呼び戻し、スカーアのことも何とかしてもらう。
レーマルジアではないレーマ様なら、世界中の男が死滅するような呪いも発動しないのだろう。
なら、間違いじゃない。
心のどこかで迷っていた。ゼラに会えるゴールと後ろめたい気持ちのせめぎ合いに区切りをつけて。
「クルサド、俺と一緒に――」
『ねえノクサリージュ』
気持ちが悪いほど通る声。
肉声ではなくて、脳の表面を撫でるような感触。
『見てくれるかしら』
空を見上げていたスカーアが喋った。
アユミチたちの会話とはまるで流れが繋がらない。そもそも虫けらの話など雑音。聞いていない。
「なによ?」
『見るのは初めてかと思うの。私も作ったの、生き物を』
「生き物……」
『生き物、かしら? どうだった?』
「なに言って……」
スカーアの会話は支離滅裂だ。神だからそうなのか、スカーアが特にそうなのか。
しかし異変はわかる。
地面に響いてくる震動。遠くから迫る破砕音。最近、似たようなものを聞いたような覚えもある。
この里に入ってから感覚が鈍ったというノクサ。飛んでいなければもっと早く気づいていたかもしれない。
『忘れっぽいのね、ノクサリージュ。なんにも知らないノクサリージュ』
「これ……」
『ずっと繋がっていたじゃない。あなたと私を繋げていた
ノクサと同じ姿形を持つスカーア。
この隠れ里でノクサは写し取られたと言っていたけれど、それ以前からスカーアはノクサと同じ容姿をしていたと。
ノクサの口ぶりからすれば、昔は違ったはず。
封印されていたノクサと、眠っていたスカーアを繋いでいたもの?
それが地響きを立てながら近づいてくる。それは――
「マベラ、レフカース!」
「うんっ!」
「これは」
アハラマがクロロテッサを抱いて飛び退いた。
花札たちも同じく。
スカーアに向かい突っ込んできた巨大な鉄塊のような何かを避けて。
「またかよちくしょうがっ!」
「みな下がれ!」
ムンジィが吐き捨て、ファニアが叫ぶ。
しかし位置的にこちらには届かなかった。隠れ里の中心側から木々を踏み倒しながら突っ込んできた巨体。とても生き物とは思えない銀色の塊。
レーシングカーのような速度で突っ込んでくるダンプカー。特大の。
『私の器の候補だった残り。見て、綺麗でしょう?』
「あんた……」
『生きていない。生き物じゃないのかしら』
鬼巫達は左右に避け、銀色の無生物はスカーアの前まで突っ込んできて静止した。
アユミチは知っている。ムンジィも覚えているだろう。
止まった状態からとんでもない速度で突っ込んでくる化け物だと、身をもって知っている。
『傷つかず変わらず、ただ命を啜るだけ。あなたみたいに』
ふざけたことを言う。
温かさのかけらもないそんなものをノクサと同じだと。
「渇きの……王蠍……っ!」
禁域の大サソリ。伝説の魔獣。
王都に出現したというそれが、ここにもまた。
節操もない節足をわしゃりわしゃりと蠢かせて、口だかケツの穴だかわからない頭をスカーアと並べて見せた。
◆ ◇ ◆