法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
隠れ里に入る前、野営中。
メシを終えたムンジィがクルサドを連れて小便に行ってしまうと、ふと会話が途切れた。
「ゼラさんってのは誰だい?」
トリーゾは薬師との付き合いが浅い。
性格的に沈黙が苦手なのもあり、話題を探して思いついたことを聞いてしまう。
「……」
「王都で言ってたろ。占い師の姉ちゃんが」
「……妻だよ。ファニアとは別の」
「へえ」
側室とか第二夫人とか、それは別に珍しい話でもない。
トリーゾだったら、二人の妻を持ちながらそんな少女を隣に置かないだろうとは思う。冬の夜空より冷ややかな目を光らせる娘。
妹の目じゃない。
「気ぃ悪くしないでくれよ。ちょいと目耳が良すぎんだ」
双子が戦後の王都に向かったのはイーペンとコニーの護衛の為だった。
プレヴラを探して、見つからなければそのまま西港に帰るつもりだったのだが。
うまい巡り合わせで薬師とプレヴラたちを見つけた時、彼らはもめていた。
もめている相手は南部軍と東港の軍が合流した時に見た顔。えらい美人の占い師。
船乗りを生業にしていると、離れた人間が何を言っているか目で追ってしまう。妖しい毒を垂れ流しそうな美女の唇の動きも。
「生き返るって?」
コッポが尋ねた。
気になっていたことを。
「……」
「言いたくなけりゃいいさ。あんたの女神様の秘密ってなら」
「マジの話ならとんでもねえ。世界がひっくり返るだろ」
「本当だ」
人が生き返るなんて、ホラか詐欺か。
そんな嘘で周りを騙すならエクピキ教団みたいなもの。もっと悪質。
人の不幸に付け込んで相手を利用しようとする悪どいやり口かと、普段ならそう判断する。
「……本当なんだ」
だけれど、夢のような奇跡を語る薬師の顔は暗い。
神の奇跡をネタにして他人を操ろうとか、そういう顔ではない。
変な奴。
「シケたツラだぜ。惚れた女を取り返すってのに」
トリーゾは事情を知らない。ゼラって女はファニアと仲が悪いとか理由があるのかもしれないが。
妻を複数持つとそんな気苦労もあるか。
だとしても自業自得。そこに妹とやらも関われば面倒は多そうだ。見世物とすれば面白い。
「ホントならすげえ女神様だ。弟が死んだら生き返らせてくれよ」
「そりゃあいい。弟の為なら女神様の足だってなめるぜ」
「それは……」
「媚びて願いを聞いてくれる方じゃありません」
妹が嘆息気味に首を振った。
その横で黒蝶がひらひら飛ぶ。
「ああ……そもそももう無理らしい」
薬師は黒蝶に向けて頷いてから、どこかしら安心したように答える。
もう悩まなくていい。そんな顔。
「人が多く死に過ぎだ。大荒れの川みたいな状態で特定の誰かを拾い上げられない。流れていってしまう」
「そいつは残念」
「しようがない。薬師の兄さんは特別だ」
「……」
嘘ではない。人の生き死にも自由に選べるなら、薬師がこんな顔をすることもないだろう。
今にもゲロでも吐きそうな顔。
死んだ妻を生き返らせてもらえるのは薬師に与えられた特別報酬。
「俺だけ……自分だけ、な……」
「ああ、それで言いづらいってわけか」
「気にすんな。貴族連中もそうでなくても、自分だけ得をしてなにが悪い。一番いい魚を先に取っていくのとおんなじさ」
誰だってそう。まず自分が得るものを得てから。
ひとつしかないなら譲らなきゃならない理由はない。
双子の場合、うまい魚をお嬢に食わせるのが目的だが。お嬢の喜ぶ顔が見たいからそうする。
「生き返りなんて神様の奇跡。気安くあったらおかしくなるぜ」
「死んだ女房取り戻す。別れた女房も連れ戻す。それも男の生き方だ」
「好き放題言ってんじゃねえぞクソミソ兄弟」
喋っているうちにムンジィとクルサドが帰ってきた。
口は悪い。だが船乗りならこの程度天気の挨拶みたいなもの。
連れていたクルサドの顔には陰がある。
このご時世、身内でもない相手に保護されている男児だ。家族に何かあっただろうことは聞くまでもない。
生き返りの奇跡。あるなら自分だって願いたいに決まっている。
「ゼラのおかみさん、生き返るってぇのはやっぱり本当なんですかい?」
途中から聞こえていたのだろう。
王都でもめてる時にムンジィも聞いていたはずだが、ここで確認する。
ムンジィは事情を知っているから切り出せなかったのだと思う。
親しい人間が生き返る。占い師が言ったことが本当かどうか、聞くに聞けなかったはず。
「本当だ」
「女神様の奇跡ってやつで?」
「ああ」
「これっきりの特別って考えりゃいいんですね?」
「……そうだ」
ムンジィが確認する為と、クルサドに妙な希望を抱かせない為に。
ここまで放置していた疑問を確認して、答えを聞いて、
「そいつぁよかった。俺ぁ……」
深く、深く息を吐いて、吐き出して。
歯を噛みしめつばを飲み込み、目尻を手の甲でこすって頭を振る。
ゼラが生き返ると知り、心の底から安堵したようにもう一度息を吐いた。
「俺ぁゼラの姐さんに助けられた。俺なんかが……情けねえ、申し訳なくてよぉ……」
「レーマ様が特別に聞いてくれたんだ。力を取り戻したら生き返らせてくれるって」
「よかった……あぁ、すげえ女神様だぜ。ありがてえ、ありがてえなぁ……」
よほど後悔があったのだろう。
ムンジィにとっては他人の女房。なのに腹の底から安堵の声を漏らして溢れる涙をぬぐう。
人は見かけによらない。噂話の人物評も。
トリーゾとコッポは西港ディサイの人間なのだから、ムンジィのことも当然知っていた。
まあ当然とは言っても、ポーラ隊のクズを殺して手配された後のことだが。
お上品な出自じゃないことも知っている。トラブルで隣人をうっかり殺すなんてこともあるだろう。
たまたま相手がポーラ隊の兵士だったというわけで、騒ぎになって手配書の人相書きが出回っていた。
奴隷海将隊はディサイでも問題児が集まる。
どんな奴かと興味がわいた。
これが本人。衛兵殺しの悪党ムンジィ。
「聞いてたより熱い奴だな」
「見かけも噂も当てにゃなんねえ、男ムンジィおもしれえ」
「はぁ?」
鼻をすすりながら情けないツラで双子を睨むムンジィを二人で指差して笑う。
「ポーラ隊に追われてただろ」
「お尋ね者のムンジィだ」
「そりゃあ、まあ」
「手配書尋ねて聞いてみたさ。ムンジィってのはどんな悪党なんだって」
「口は悪いが顔も悪い。そうかと思えばそうでもない」
むう、と不満げな顔は手配書に似ている。
「えらい美人に睨まれてたぜ、弟が」
「ああ弟よ忘れてねえさ。縫製工場のディオーネだ」
「ディオーネ?」
「んぁ……あー……」
薬師の兄さんが繰り返し、当の色男は妙に気まずい顔をする。
当事者らしいので手配書片手に話を聞こうとしたら、親の仇のように睨まれた。
話すことなんかないと。
美人の怒り顔はそれはそれでよかったのだが、やはり知り合いだったのか。
「縫製工場のディオーネさん……お会いした方ですね」
「みたいだな」
「旦那が? ん? あぁ、祭りの前にさぐりにきてたよそ者の兄妹って……ありゃあ旦那と嬢ちゃんだったってわけか」
「たぶんそうだ」
「あの時は偽名でしたから。ね、お兄ちゃん」
こっちのお嬢さんは笑顔が怖い。
その顔はお兄ちゃんに向けていい顔じゃないだろうに。
巣にかかったエサを見る蜘蛛。おっかないおっかない。
「ムンジィの知り合いだったのか」
「ディオーネの兄貴のフィリオってのが昔っからの悪友で……まあ、そういうわけで」
「へえ」
薬師の兄さんもそれ以上は聞かないが、顔を見ればただそういうわけで終わりの関係ではないのは明らか。
からかうネタとして寝かせておいてもいいだろう。
双子も薬師と同じ判断をしておく。
ホラ吹きっぽい男が大商人だったり、衛兵殺しの悪党が筋の通った小心者だったり。
人間、実際に付き合ってみないとわからないものだ。
そういう意味なら双子はアルゴ・ノーツという好例を知っている。
ディアホラ家のボンボンだと思っていたら案外面白い奴だった。
「たぶんフィリオさんにも会っていますね」
「……?」
「酒場で。ほら、
「ああ、そういえばフィリオって言ってたな」
間の抜けた兄としっかり者の妹。
そんな二人を見て双子もムンジィも苦笑い。
「どっちも今は東港にいる。ファニアの姐さんを迎えにいった後でいいから二人にも会ってくれ」
「そうさせてもらう。ムンジィの昔の話も聞きたいからな」
「よしてくれ、んなもん。こっぱずかしい」
人間、やはり会ってみなけりゃわからない。
西港では死神みたいに言われている捨て森の薬師も、こうしてみればただの気弱な兄ちゃん。
奇妙なメンツで隠れ里に行くことになったが、これはこれで面白い。
お嬢に土産話をしてやれば、アルゴ・ノーツにはまた双子がホラを吹いてると言われるだろう。
それも合わせて面白い。
「んじゃあ、まずは薬師の兄さんの嫁探しだ」
「面白けりゃあ俺らは何でも手伝うぜ」
「だな」
気を取り直すようにムンジィも鼻頭を擦って強く頷く。
「ファニアの姐さんもゼラの姐さんも帰ってくる。俺も大したことぁできねえが手伝わせてくれ」
「何度も助けてもらってる。頼りにしてる」
「へへっ、んなことぁねえよ」
薬師の兄さんもムンジィも少し気恥ずかしそうに笑い合い。
二人でクルサドの頭を撫でると、クルサドは少しだけ頭を振ってから頷いた。飲み込んだ。
「さあて、行きも帰りも美女目指せと」
「ところが残念、誰かの女房さ」
「悪いな。トリーゾ、コッポ」
「気にしなくていいんでさ。こいつら面白半分なんで」
なるほど、なるほど。
嫌いになれない兄さんだ。つい力を貸したくなっちまう。
色んな奴らが彼に協力するのも頷ける。
そんな舞台に上がってみるのも面白い。
待ってなお嬢。冗談みたいな大冒険を持って帰るぜ。
◆ ◇ ◆