法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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7-50.帰る里_1

 

 死は常に傍にある。

 

 法が行き渡り医療環境が整備された日本とは違う。すぐそこに。

 貧困、疫病、強盗や殺人が珍しくなく内戦もあった。

 死が近い。

 他人の死も自分の死もすぐ隣にあると感じる世界だから。

 自分の番だと頭で理解することもあるだろう。死に場所、死に方を選ぶのも生き方の内だと。

 現代日本の一般的な感性とは大きく異なる。

 

 ムンジィは選んだ。

 ディオーネとそのお腹の子供の未来をアユミチに託して、大魔獣に立ち向かった。

 数秒以上続く凄まじい雷光で目が(くら)む。

 視界が復帰した頃には、既に遠く離れ元いた場所は小さく薄れて。

 

「……っ!」

 

 言葉にならない。

 歯を食いしばり拳を握り、

 

「う、ぐ……っ」

 

 何か言葉を発したら泣き言か恨み言にしかならない。

 ただ堪え切れず漏れた嗚咽だけ。

 

「……彼に敬意を」

 

 アユミチの体を抱えながら天孔雀の背に掴まるファニアが声を絞り出す。

 他に言いようもない。

 妻と子供の未来の為に伝説の魔獣に立ち向かったのだ。男の中の男。

 その男に頼まれたのだ。なんとかしてくれるんだろと、最大の信頼を。

 泣き言など言っていていいはずがない。

 

 

「こっち、掴みな」

 

 前から双子のどちらかの声がかかる。

 飛行する天孔雀の背中。不思議と風の影響は感じない。

 魔法に類する力なのだろうと思う。何年でも飛び続けていられるよう風などの影響を受けない。

 とはいえかなりの速度で飛んでいる。不安定な背中に乗る中、双子が天孔雀の胸に手綱のようにロープをかけ輪を結んでいた。

 クルサドの背を支えながらアユミチ達にも掴まるように。

 

「あぁ」

 

 カヨウはロープを脇に挟んで両手を握っている。手の中には紫の珠がついたかんざし。

 ややでこぼこに感じる羽の足場。普通に飛んでいる分には振り落とされることもなさそうだ。

 補助としてロープを掴み、息を吐く。

 

 

「ごめんね、アユミチ」

「……いや」

 

 襟に掴まっていたノクサが謝るけれど、ノクサのせいではない。

 スカーア。あれはどうしようもない悪神。

 ノクサも被害者。スカーアは遥か昔から計画を立てて、ノクサの力と姿を奪いなり替わろうと。

 

 ――かわいいスカーアだ。

 

 レーマ様の認識は、ノクサの姿のスカーア。

 レーマ様自身はノクサを覚えていない。存在すら認識できていない。

 神様同士、次元の違う関係で、人間ではわからない感覚。

 

「レーマ様を復活させる。それで解決するなら、必ず」

 

 ムンジィに託された。妻ディオーネとそのお腹の子供のことを。

 無事に生まれ、暮らせるように。

 スカーアが完全に復活したら未来がない。明日が閉ざされる。

 

 ファニアを迎えに行く前にレーマ様を復活させるべきだったか。クルサドと出会った時点ですぐに。

 いや、無理だ。

 戦馬車を呼ぶには少なくとも新月を過ぎて満月に近づいていくまで待つ必要があった。歩いて引き返したとしても時間はかかる。

 

 放っておいてもスカーアは復活していたかもしれない。。

 ノクサがいなくとも、エクピキのように不完全な形でも力を取り戻して。今だっていつ再度肉体を取り戻すかわからない状態なのだから。

 アユミチたちが居合わせなかった場合、一時的にでも復活を阻止する機会もなく、詰んでいた可能性もあり得る。

 

 どうしていたら、別の何かを選んでいたなら。

 あれこれ考えたところで答えなどない。

 道しるべがある選択肢が人生にあれば、間違わずに選べるのだろうけれど。

 世界は優しさも易しさも用意してくれない。ただ結果だけ。

 

 

「アユミチ……」

 

 ロープを握る手に上から重なる。ファニアの手の平。

 足場が意外と踏みしめやすく、ロープはバランスを整える程度の力で十分。

 それでも手が震えて揺れるアユミチの心を支えるような、確かな温かさ。

 

「ファニア……無事でよかった」

「……すまない」

「謝らないでくれ。俺は……」

 

 お互いに言葉が出てこない。

 やっと再会して一緒に帰れるというのに、ぽっかりと空いた隙間が。

 

「ムンジィの言葉は私も請け負う。彼の妻と子を守ろう」

「ああ……あぁ、絶対に」

 

 他に報いる道はない。

 泣いている場合でもない。

 ファニアとアユミチを生かす為に命を使ったムンジィに報いるため、二人で力を合わせる。重なる手に力がこもる。

 

 

「く、うっ……」

「つかまってりゃ平気さ坊主。弟だってチビる絶景だ」

「他で見られねえこの景色。飛び降りるにゃあちと高い」

 

 クルサドを支える双子が、不安を和らげようと声をかけた。

 数百メートル上空。アユミチだって下を見れば怖くなる。

 他にどうしようもなく広い背中に乗ってしまったが、天孔雀は別に乗り物ではない。レーマ様の戦馬車とは違う。

 

「大丈夫です」

 

 双子たちとは反対、右側に垂れるロープを片手で握るカヨウは落ち着いた様子。先ほどと姿勢を変えて周りを見ていた。

 反対の手には紫の珠をはめたかんざし。

 スカーアの言う通りならフォティゾに縁のある品らしい。

 

「降りる時は下がってくれます。たぶん」

「視界……感覚がちょっと共感しているみたいね。この子と鳥と」

 

 天孔雀もフォティゾが遺したようなことを言っていた。

 なんでも知りたがり喋りたがる神だったような話。

 カヨウのかんざしに限らず世界中に巻き散らしていたのかもしれない。監視カメラネットワークのようにフォティゾの目や耳になるものを。

 死んでも知識を集める。知に飢えた神。

 

「地上にも降りられると思うわ」

 

 ノクサが天孔雀の頭の方に飛んでいき、カヨウの肩に止まって周りを見回す。

 

「どこもかしこもフォティゾの知らない世界に塗り変わってる。知り終わった場所に興味がないなんて、ほんとあいつらしい。けど、そういう制約でずっと飛び続けているのね」

 

 永く稼働するよう一定の制限をかけたシステム。そう考えればいいのか。

 敵や味方ではなく、ただ世界を飛び回って情報を集める。それが天孔雀。

 今はカヨウのかんざしに共感して、ある程度は制御できるようだ。

 

 

「こんな時になんだが……アユミチ」

「どうした?」

 

 空を飛んでいるという事実に少し落ち着いたのか、下を眺めて呟いたファニア。

 

「あなたはいつも、私の知らない世界を見せてくれる。この光景も、想像もできなかった」

 

 ファニアは実年齢ならおそらくアユミチより少しだけ上だと思う。

 けれど、空の上から広がる光景に少女のような目をして。

 こんな時でなければもっと喜んでくれたのかもしれない。ただ、およそ人が見る機会のない絶景に感動を抑えきれない様子。

 

「俺だって……俺も、同じだよ。見たこともない」

 

 異様な陰る太陽が放つ黒い光と、それに照らされる奇妙な空。

 そんな中でも、やはり広がる世界は美しく見える。

 山々、木々。

 先ほど居合わせた場所にあったような山小屋も、進む先の方角に小さく見える。

 煙が出ているのは誰かいるのか。湯気か。

 

「こんな時じゃなかったら見ることもなかったかな」

「それもそう。けど、一緒に見られて嬉しい。アユミチ」

「……あぁ」

 

 ムンジィにも見せてやりたかった。

 あいつだって空を飛んだ経験なんてないはず。

 だが、悔やんでも嘆いても戻ることはできない。今はここを抜けて彼の頼みを果たす。

 ムンジィが作ってくれた機会で――

 

 

「ありゃあなんだ?」

 

 アユミチ達はロープの輪の後方、天孔雀の尾に近い方に取りついている。

 だから自然と前方を見る。

 もっと上の方に掴まる双子たちは後ろ側に視線を向け、だから後方を見た。船乗りの双子は目がいい。

 

「冗談きついぜ、弟」

「なに……っ」

 

 振り向いた遠く。右手後方。

 遠目でもわかる。山の一部が削られ伸びていく線。

 黒緑に見える山の木々の中を、何か大きく重いものが強引に突っ切っていったような。

 

「ひとつじゃ、ない……」

 

 土煙も上がっている。もっと遠くにもひとつ、ふたつ。ここから見えない方角にも伸びているのだとすればもっと無数に。

 

「あれは……あれも、王蠍……なのか」

 

 ムンジィが倒したものとは別に、もっといる。

 考えてみれば不思議でもない。ノクサを封じていたものも王都イオドキッサに出現したものもいた。

 最後の一体とかそんな約束はない。

 

「あれが、もっといるなんて……そんな……」

「王蠍は満月の光に弱い!」

 

 旅の途中、ムンジィに気遣われ懐きつつあったクルサド。そのクルサドが絶望に震える声を漏らすから。

 腹から声をあげて打ち消そうと。

 

「月の光が苦手なんだ! そうだなノクサ!」

「そう、だけど……」

「満月は近い! 必ずあれも倒せる!」

 

 ムンジィがしたことが無駄だったなんて、そんな風に思わせたくない。思いたくない。

 王蠍が何匹、何十匹いたって関係ない。希望はあるんだとクルサドと自分に言い聞かせたくて。

 

「そうね」

 

 空を見上げ、異様な空を見上げて。

 

「どっちにしてもここを出てからよ」

「ああ」

 

 過去に倒したボスの再登場はただの前座。消化試合。

 そうであってくれと願いたい。だけど、王蠍が弱くなるわけではない。

 数百年以上、討伐できず禁域に君臨し続けた大魔獣。倒せる手段は……そう多くはない。

 隠れ里の中心方面から外に向かって伸びていく強引な道。土煙の先も外の世界を目指している。

 外の世界の人間を殺す為に放たれた。そう考えて間違いないか。

 

「とにかく外へ」

 

 スカーア対策も王蠍への対処も、とにかく外に出てから。

 レーマ様の復活で全て解決してくれればいいのだが。

 そうでない時はどうしたらいい。考えても答えなど見当たらず、こみ上げそうな苦いものを抑えるために食いしばった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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