法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
「助かったぜ兄さんよ」
「あんたがいなけりゃ始まらねえ。取り舵面舵お任せさ」
広がるスカーアの領域に飲み込まれた荷車のところまで辿り着くと、双子が同じ顔を並べて左右の片手を上げた。
皮肉っぽい笑顔だけれど、吐いた息は心底安心したように見える。
アユミチなどよりよほど多芸で頼れる双子だと思うが、神を相手に手立てがないのだろう。
「言ったろ姫様、ここで待つって」
「どうしたって足がいる。海なら船に。陸なら馬車さ」
「そうですね」
得意げに……というより苦笑いで荷車から顔を見せたカヨウに主張した。
言い訳しているようにも見える。
カヨウに続いてふわっと飛び上がったノクサも疲れた顔。
「みんな無事でよかった」
「それはこっちのセリフですよ、アユミチさん」
「ほんと、どうしようかと思ったわ」
荷車を飛び降りて駆け寄ってきたクルサドに言われてアユミチも苦笑い。
それはそう。ファニアを追って天孔雀から飛び降りたのだから。
高度と速度を抑えていたから無事だったけれど、そうでなければ死んでいたかもしれない。
「ごめん、心配かけたな」
「いえ」
ふぅっと息を吐くカヨウの顔は、アユミチの行動を許したようには見えない。
なるほど、双子が安堵したのはカヨウの扱いに苦慮していたのか。
影のカーテンの内側に戻りアユミチを探そうとした。それをなだめてくれていた。
カヨウは素直で優しい子だけれど、アユミチのことになれば冷静ではなかったと思う。悪いことをした。
「ファニア様は……ご無事のよう、ですね」
「あぁ」
アユミチの顔を見ればわかる。
一緒にいなくともファニアは無事だと。
「里から出られないんでしょ。スカーアの巫女に似たものにされちゃったのね。きっと」
「どうにかできるか、ノクサ?」
「わかんない」
ファニアも何も言わなかったしアユミチも確信はないが、今ノクサが言ったような状態だと推測している。
「普通は望んでなるんだから。本来なら喜ぶべきことなんだけど」
神の巫女、眷属のような何か。
過去にもそういう人間はいたのだろうが、他の神に鞍替えするような前例があったとは思えない。
「スカーアを滅ぼしたら?」
「そう……わかんない。最悪、一緒に死んじゃうかも」
「……」
「ごめん」
「いや……」
ノクサは考えられる可能性を挙げているだけ。
スカーアと繋がりがある状態ならあり得ること。最悪の想定。
「とにかくここを出よう。天孔雀は?」
「降りて少ししたらどこかに飛んでいっちゃったので……」
「呼びかけてみても戻りません」
「わかった。とりあえず馬がいるだけでもマシだ」
クルサドとカヨウから状況を聞き、ないものはないと割り切る。
不測の事態を考えていたのだろう。双子が鞍を準備していてすぐにでも荷車は出せる。
カヨウとクルサドを荷台に乗せていたのも、やはり緊急時の対応の為。
「すぐに出発だ」
影のカーテンを越えてレーマ様の戦馬車を呼ぶ。
けれど、拭いきれない不安がある。
エクピキを吹き消す時のレーマ様は寂しそうだった。
元は仲間だったのなら当然のこと。
スカーアへの対処を願って聞いてもらえるのかどうか。
アユミチの言葉などよりスカーアを大事にすることも十分考えられる。なんならその可能性の方が高いかもしれない。
「……」
レーマ様の怒りに触れて消される可能性もある。
今度ばかりはカヨウを連れていくべきではない。
クルサドはレーマ様の好む少年の属性だから、そう無体なことはないだろうと信じたい。
置いていくとすれば。
いくら双子が意外と悪い奴ではないと言っても、カヨウを預けられるほどの信頼はまだない。
連れて行くのだとすれば……
悩みは、意外と簡単に片付いてしまった。
カーテンを越えても夜空に月はなく、戦馬車を呼んでも応えることがなかった。
「スカーアの影が伸びてるみたい。もっと離れないと月も見えない」
影なのだから当然本体の周りに伸びる。
領域を広げつつある隠れ里から逃げるように馬を走らせ、ようやく満月に近い月が見えたのは、イーペンの住む町に辿り着いた時だった。
◆ ◇ ◆
生まれてはいけないものがいる。
それが私。
望まれぬもの。
あってはならないもの。
それであり、それになる。
トローメ王国の陰。陰り。
陰となり支えてきた予言者の一族。女系で続く神代の巫女。
トローメ王家には伝わっていた。
巫女を失えば国は亡ぶ。
同時に、巫女と交われば世界が滅ぶ。
予言されていた。
ずっとずっと昔から決まっていたこと。いずれその日が来るのだと。
最後の巫女。失えば国が亡ぶとなれば。
世界が滅ぶよりも国を守ろうと。
滑稽な話。
自分が手にした富を、築いた財を守るためになら世界が滅びても構わないとでも。
おかし。
とてもおかしなお話。
望まれなかったのに生まれた。
私が三つになる頃には王家に連なる者は次々に死に、王統は細く弱く。
それでも最後の巫女。失う道も選べずに。
もっと昔は、予言を求められていたのかもしれない。
けれど不義の子。いてはならぬ子。
求められず、死を与えることもなく。
未知が見える。
道が見える。
歴史の本を捲るようにこれからのことが見える。
どこに進んでも行き止まり。
どう進んでも暗い先。
安らぐ明日はない。私には用意されていない。
幼い時にそれを理解して、空っぽになった。
空っぽの私に大貴族の男が尋ねた。貴族院幹部の大貴族。
娘の笑顔をもう一度見たい。
邪知を巡らせ姦計を図る大貴族の男が、私の目を見つめて童のように泣きながら訴えた。
娘の為に。
ただそれだけの為にこの男は全てを投げ打って国を亡ぼす。
国だけではない。その先に世界を滅ぼすことに続く。
ようやく見つけた。
私の進む道をやっと見つけた。
用意されていないのなら。
この世界のどこにも私の幸せな道が用意されていないのなら。
他の誰もが同じになれば、それこそが平等。
男に伝えた。
頭の良い男だった。すべきことを教えて約束した。
全て果たせばもう一度娘の笑顔を見ることが叶うと。
その未来まで辿り着けば私の願いも叶う。
彼の願いまでの道順が私の道の案内図。最後の時は私の手で見せてあげられるように。
大貴族の娘。王宮で見たことのあった彼の娘の顔を、私の魔法で。
大貴族の彼と、次代の王の協力を得て外の世界に出た。
若き王子。機知に富み活力にあふれる少年。公式ではないけれど叔母と甥の関係。
王都を離れ、西に流れた。
どうすれば死なない程度に生きられるか。それを見分ける程度はなんでもない。
どうせどこに行っても温かな日々も安らぎも私には得られない。
世界を呪いながら、皆に等しくその日が訪れるのを待つだけ。
死ぬまでの暇つぶし。楽しむこともない課程の時間。
あの森で彼と出会った時、腹の底から息が漏れた。
やっときた。
この日がやっと訪れた。
涙が零れそうで、吸っていた痛み止めの煙で咳き込む。
そこから先は、あなたも知っている通り。
大国トローメの衰亡に続けて世界中に不幸が訪れる。
フォティゾが見せた通りに進む。
この先に待つのがレーマルジアの再臨という。
私が知るのは、崩れる王城で大貴族の男に約束通り娘の幻を与えるところまで。
この先はもう見えない。
だから、ね。
「おかえりなさい」
そんな顔で見られても嘘なんか言っていないのよ。
あなたたちがまたここに帰ってくるなんて、そんなことも知らなかった。
「アスパーサ……」
けれど、そう。
私はこの顔をしていた方がいいでしょう?
他の顔なんて、今さらどんな顔をすればいいのかわからないのだもの。
物心ついた時からずっと、どんな顔で生きればいいのか誰も教えてくれなかったんだから。
「そんな顔しないで。ね、センセイ」
レーマルジアの復活を紡ぐ彼は、私を満たしてくれるたったひとつの希望。
◆ ◇ ◆