法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
逃げ帰った。
女神を呼び起こし永遠不滅の肉体をもらうはずが、実際に残されたのは恥。屈辱。
それもこれも全て親父が悪い。
スロローペとギオオダは利用されただけ。
神の残滓を残す魔獣と人間の混血。そういう一族だ。
魔法は苦手だが人間にはない力もあった。
魂の波を認識して干渉する。敵なら殺すだけのことだから大した意味はないが、世界そのものの波の隙間を捲った。
ゾーハはその術のためにスロローペたちを利用した。
ごっそりと体力と精神を削られ、命の危険を察して逃げ出した。
おそらくゾーハは死んだだろう。バカが、見誤った。
逃げている間、逃げ出したあの場の光景がちらちら目に映ったが、疲労と混乱でまともに見ていられない。
経緯は町に逃げ帰ってから理解した。
女神スカーア復活の前後の顛末。そしてスロローペたちが敗北者だと知れ渡っていると。
ベゼロイタの国中に知られている。
だが、話題にもならない。
スロローペたちのことなどもはやどうでもいい。世界中で一斉に大流行する死病と、世界中に解き放たれた渇きの王蠍。
敗北者の話題など誰もしない。
屈辱。恥辱。汚辱。
なぜこの俺様がこんな思いをさせられるのか。
全てあの里の女どものせいだ。女神スカーアのせい。
あ、レーマルジア? 聞いたこともないそんなもの知るか。
大声をあげた。
邪悪な女神スカーアを殺す。
なんでも隠れ里の女がスカーアの肉体になるんだとか。
なら皆殺しにすればいい。
死病が流行していると言っても全員が発症しているわけじゃない。かかっても個人差もある。
そもそも死病を巻き散らしたのはあっちだ。隠れ里の女どもの悪事を許すな。
とにかく武器を取れ。
案内してやる。俺が案内してやる。
大声で叫ぶと恥が消える気がした。
俺様は強い。
里の女どもにわからせてやろう。
あの小娘どものように泣き声も枯れるまで鳴かせて、スロローペ様に楯突いたことを悔やんで死に絶えるように。
武器を手に、怒りに狂った軍隊を率いて攻め込んだ。
幸いなことに女神はその復活を邪魔され、今はいない。今しかない。
生きている者を見つけたら殺せ。
遠慮はいらない。相手は人間を滅ぼす害獣なのだから。
逃げ回る。
攻め入ったスロローペの軍隊から、女どもが逃げ散る。
ザマはない。
そうだ、これが正しい。
一度は失った昂りを思い出す。取り戻す。
とっ捕まえた女の服を破り、へそから首まで味わいながら突き刺して、用が済んだら殺した。
率いてきた軍勢も同じようなもの。
世界を滅ぼそうとした邪悪な一族だ。何をされても文句はあるまい。
女どもが四方に逃げるせいでまとまりはない。まあいい、手分けして殺し尽くせばいいだけ。
手近な里を襲い、また進む。
スロローペとてこの先を知っているわけではなかった。
道を進めば次の里に行き当たるだろうと、行き当たりばったり。
南進するつもりが東南東に進んでいたとしても気づかず。
「見つけたぞ」
次の里に辿り着いて。
最初の女を殴りつけ腕を掴み上げたところで。
嫌な気配を感じた。
「あ?」
吊り上げた女の体から首を避けて気配の主を見ようとして、
「つぁっ!?」
手を離すのが一瞬遅ければ切り落とされていた。
白刃が通り抜けた。
スロローペの手と女の間を。
「恥知らずが」
捕まえた女が消えた。
驚いた一瞬の間、手を離して落ちるまでの間に持っていかれた。
大した女だ。しかし。
「恥だぁ? 知らねえなぁ」
馬鹿な女だ。
どれだけ腕が立つにしても、今すべきことは役立たずの救助ではなかった。
そんなゴミなどに構わず、それごとスロローペを斬っていれば勝てただろうに。
「殺す」
「おめえは知ってる、あァ」
スロローペから取り上げた女を地面に下ろした女。
鬼巫の手下かと思ったが違う。
「あれだ、薬師の女だろ。里の奴じゃねえ」
「……」
スロローペに理解できない女神のことやらは、その光景が見えていてもロクに覚えていない。
だがこの女は違う。
大層な槍を手に鬼巫の手下をいなしていた女戦士。
そっちは記憶に残っていた。
「ちょうどいい、おめえにゃぁ話があンだ」
スロローペは強い。
集めてきた他の男どもは好き勝手に里を襲っているが、スロローペについてこられる奴は兄弟くらいのもの。
腰砕けになった花札なんぞスロローペがぶっ潰す。
そうしてやっとスロローペは誇りを取り戻せる。誰も彼もがスロローペこそ最強の男と認めるだろう。
誇り高いスロローペが世界を救ってやる。誰にもナメたられることはない。
「話などない」
「スカーアの奴を潰すんだろ、なあ」
この女は鬼巫の手下じゃない。
薬師の女らしい。いい女だ、目つきもいいし自分に自信があるところも最高だ。
ひょろっこい薬師にどんな薬を嗅がされてるのか知らないが、あんな奴にはもったいない。
「おめえは生かしてやる。スロローペ様に手ぇ貸せ、なァ」
「下衆め」
「仲間の野郎も言ってたじゃねえか」
ぴくっと頬の筋肉が震えた。
今にも斬りかかる姿勢のまま、スロローペの言葉を待つ。
「いいカラダだ。あんなひょっとこ野郎じゃねえ、スロローペ様の赤ん坊を産ませてやるぜ。いちばん強えぇ男に抱かれてえだろ」
「……頭まで腐っていたか。クズが」
いい顔だ。
遊べるなら遊んでやりたいし、できれば言った通りにしてやってもいい。
この女の力は相当なもんだ。スロローペが乱暴に欲望をぶつけても死にはしないだろう。
逆に、あの薬師では物足りないはず。生き物としての格が違う。
存分に性欲を発散できる最高の相性だと思うし、怒りの表情が涙に変わるのも楽しめる。
「勝てるつもりかァ?」
だが、遊んで痛い目に遭った記憶も新しい。
先ほどの言葉は本心半分、挑発半分。始末できる時に始末した方がいい。
もしスカーア討伐に手を貸すことを承諾し、スロローペの下につくとなればそれもよかったが。
スロローペなら花札に負けることはない。妙な邪魔さえ入らなければ。
先ほど一度剣閃も見た。
全力ではなかったとしても、踏み込みや女を掻っ攫っていた体捌きを思い返せばある程度の実力はわかる。
高く見積もれば、スロローペと同等。
半分魔獣のスロローペと同等など、人間としては規格外ではある。
「殺す」
相手も舐めてはいない。
スロローペを見据え、片刃の刀を構えて。
「服脱いで股ひろげりゃあ優しくしてやる」
思い出した。
お綺麗な瞳がスロローペだけを映してくれて思い出す。
「なぁ、ファニアぁ」
どこの神の奇跡だか知らないが、あの場の映像を垂れ流してくれてよかった。
女の名前。思い出した。
「かわいいファニアだ」
「‼」
怒気が膨れ上がり、足が地面を蹴った。
スロローペの口を塞ごうと。
このお綺麗なファニアがスロローペに抱かれる様子も世界中に見せてやれると最高だが。
まあ、足を切り落としてから里中の女を殺して回って。それでも生きていたらのお愉しみ。
世界の救世主スロローペ様の貢ぎ物のひとつに加えてやれるかどうか。
逞しいスロローペの子供を産む誉れをもらえるかどうかはファニア次第。
◆ ◇ ◆
里のあちこちに散らばる襲撃者ども。
徒党を組んで里を襲い、見つけた女を殺して、犯して。また次を探しに。
侵略戦争でもここまで無法ではないだろう。里の者を全て殺すのが目的なのだから当然。
央里から北の周里を目指し、目についた兵士とも呼べない男を切り捨てていく。
一片の容赦もない。
助けた女たちの口から、女神スカーアへの祈りの言葉を聞く。
こんなことになるのなら、外の世界の人間など皆殺しにしてくれと。
そう願う彼女らの心を苦く思いながらも何も言えない。
とにかく今は襲撃してきた者を撃退しなければ。
ファニアが手あたり次第切り捨てていく中で、里の守り手たちの対応も形になっていく。
しょせんは烏合の衆。統率も何もあったものではない。
ただ殺意と狂気で襲ってきているだけ。
しかし、中心となっているはずの蛙魔人とやらの姿がない。
央里から北の周里までの道中では見かけなかった。
どこかですれ違いになってしまったのだとすれば、央里に残るパラーサやシュキ、アハラマ達を信じよう。
そうでないのなら、道を間違えて別方向に行ったか。
東を選んだのは偶然ではなかった。
アユミチ達と別れた方角。
ファニアがスカーアの対処法を見つかられない中、既にアユミチが何らかの解決策を見つけてきてくれたかもしれない。
そんな期待もあって、少しでもアユミチに近い方角を選んだ。
そして見つける。
まさに今、東の周里を襲う異様な巨漢。人には見えない骨格の生き物。
「ふ」
腕を斬ったつもりだった。
容赦など一切ない。
しかしファニアの刃は空を切り、吊り上げられていた女が落下するのを受け止めた。
「ちょうどいい、おめえにゃぁ話があンだ」
愚にもつかないことをべちゃべちゃと。
嫌悪感しか湧いてこない気色の悪い生き物。
「スカーアの奴を潰すんだろ、なあ」
何か手があるのか。
そういえばこの連中、見かけによらず奇妙な魔法を使っていた。
黒蝶ノクサリージュの姿を暴いたのだ。
ファニアが知らない何かを知って――?
「あんなひょっとこ野郎じゃねえ、スロローペ様の赤ん坊を産ませてやるぜ」
考えもつかないくらい低俗な話だった。
少しでも聞こうとしてしまった自分に腹が立つ。
頭に血が上る。
「いちばん強えぇ男に抱かれてえだろ」
……
……
……
一番の男に抱かれたい。
すうっと、血が引いた。頭が醒めた。
だって、こんな下衆に言われるまでもなく、それはもう叶ったのだもの。
お前などに、他の誰に与えられるのでもなくて、ファニアはもうその願いを叶えている。手に入れた思い出がある。確かな幸福。
「なぁ、ファニアぁ」
優しい記憶の言葉と重なる。
聖い思い出が、下衆の唾液で汚される。
「かわいいファニアだ」
挑発だとわかっていても体が動いた。
殺す。
受け止めようとする鋼の手甲ごとその腕を切り落とし、返す刀で喉から腹まで切り裂く。
先ほどのように避けさせはしない。
強く踏み込み、確実に。
「っ――⁉」
相手も踏み込んできた。
腕が惜しくないのか、痛みを畏れないのか。
回避ではなくファニアの刃を腕で受け止めようと。
「へばぁっ!」
切り落とすつもりだった一刀が浅い。刃の根元に深々と、
刃が抜けるより先に、スロローペの汗でぬめる巨体がファニアの体へぶちかました。
「くぅっ!」
大木でもなぎ倒すだろうスロローペのぶちかましを正面からくらえば、ファニアでも受け止めきれない。
自称するだけはある異様な逞しさ。剛力と巨体。
眩暈がするほどの衝撃で後ろに吹き飛ばされ、けれど刃はスロローペの腕の半ばまで食い込んだまま残っている。
軽傷ではない。次で決める。
「私は」
こんな男に負けることはない。
片付けて、スカーアを抑えているレフカースの所に戻る。
「そこだぁ」
蛙魔人。
一人ではなかった。
「ギオオダ」
「ばぁ」
ファニアとスロローペが対峙する中背後に回っていた、小柄なもう一人。
黒く毒々しい爪を、スロローペに弾き飛ばされてきたファニアが踏みしめた太ももに。
「ままのあしぃ」
深く差し込んだ。
◆ ◇ ◆