法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
『言わなかったっけ?』
「言わなかったよ」
『聞かれなかったんだからノクサは悪くないわ』
点魔鋲がどういう病気なのか知らなかった。
他のことに気を取られていたり、症状が回復していたから深く考えずに聞かなかった。
「点魔鋲は感染症じゃないんだな」
『そう、霊的な力が強いのに使えない場合に体を壊しちゃうの。滅多にないのよ。彼女の……ゼラの場合は別だけど』
事情を聞いてみて、ゼラが点魔鋲を発症したのは外的要因だとわかる。
魔封じの護符。魔法を阻害するような護符の紋様を肌に押し付けられた。かなり強く押し当てられたようで今も腕に痕が残っている。
霊的力を封じられたまま、心中の為に魔法系の毒薬を飲まされた。
外に噴き出ようとする霊的な力と、阻害する魔封じの紋様。重なって点魔鋲を発症したらしい。
ゼラの魔法的資質の高さもあってのこと。
「元々点魔鋲で、それのせいで夫が死んだとかじゃないんだ」
『だから感染しないの。死んだのはたぶんあれよ、さっきアユミチが言ってたやつ。浸透圧?』
斜面の横穴の住居で、汚れているが高価そうな毛布にくるまって眠るゼラの姿。
痛みが和らいだのか深くぐっすりと眠っている。
見かけは綺麗なのだが、彼女の事情を聞けば変な気も起きない。気の迷いで襲ったら死の危険。
『この子、異常に霊圧が強いのよ。意識的か無意識か知らないけど、近くにいるとこの子の霊圧で圧迫されちゃうの。わかる?』
「わからない」
『彼女の出す霊力とか魔力が、相手の霊的な力を押しのけちゃうんだと思う。普段はあっちこっちに分散していて問題ないんだろうけど、初夜でいざエッチするってなると……』
一方向に向いてしまう。
すごく強い圧力で、相手の体内に浸透して、その人の命の力を押しだして潰す。
息ができない。鼓動が止まる。
なるほど。点魔鋲の発症も、ゼラの魔力とか霊力と呼ばれる力がかなり強いせいだと考えれば理解できる。
『男の方も、こんな美人となんの咎めもなくエッチなことできるなんて浮かれて無防備になっちゃうでしょ。最後の人が助かったのは、用意してた護符の効果より警戒して身構えていたからじゃないかな』
「守りを固めていたから助かったってわけか」
前に二人死んでいるのだから、守りの気持ちで臨んだのは当然。
何かあるかもしれないという心構えのおかげで死なずに済んだらしい。
『それでも並みの人間じゃ耐えられないくらい。愛が重いってのを体現してる女の子ね』
聞く限り、ゼラの不幸は彼女の責任ではないのだが、だからどうしたらという解決策はない。
点魔鋲は治ったとしても、彼女の体質でまた誰かを殺してしまうかもしれない。
捨て森で孤独を選んだことはとりあえず正解だ。
とはいえ、こんな場所でうら若いゼラが暮らすのは……
「……やたら生活力あるよな、この子」
『熟練の探検家の野営地って言われても信じるわね』
斜面の横穴、浅い洞窟がゼラの仮住まい。
狩られた兎や鳥が吊るされ燻されている壁。
大きな葉っぱを重ねて丸めて筒にして、その中に大小の砂利を詰めて雨水をろ過する浄水器。
よくわからないキノコが集めてある籠――この籠も蔦を編んだ手製――や、磨り潰すのに使っているだろう石の塊。
入り口付近に撒いてある粉は、虫や獣の嫌う防虫剤的な効果があるらしい。
「本で学んだことって言ってたけど」
『その本も、ノクサより分厚いやつよ。きっと』
両手をいっぱい広げて本の分厚さを表現するノクサが可愛い。
辞書よりも分厚い本を読みふけっているうちに、大きめの石を投げつけるような逞しさが身に着いたのかもしれない。
筋力系ヤンデレ美人魔法使い。呪いつき。
「集落に連れて行くのはよくないのかな」
『元気になった男どもがこの子を襲って自動的に返り討ち。ありそうかしら』
「ないとは言えないよなぁ」
細身だけれど妙な色気のある美人だ。
アユミチは怖いと感じるけれど、怖いもの知らずな男もいる。
健康になった集落の住人は、別に元々が高潔な聖人君子というわけではない。ごく普通の男や女。
病気が治り食も満たされれば、性的な欲求も湧いてくるのも自然なこと。
アユミチの方はあれこれ心配事が多くてそれどころではない。
心配事。
「点魔鋲は、魔力が強いと発症する、で間違いないんだよな?」
『そうよ』
「じゃあカヨウも……」
『毎日、おしっこと一緒に無駄な魔力は出てるわね』
そういうことを聞きたいんじゃない。
アユミチの仏頂面にノクサは楽し気に微笑み、耳元まで飛んできて囁く。
『うまく調教して、アユミチの為に働く魔法使いに育てればいいんじゃない』
利用するために助けたわけじゃない。
ただ、一緒に助けたイサヤのことは利用するつもりがあったわけで、それを思えば否定もしづらい。
イサヤは利用するけどカヨウは違う、なんて言えない。
『アユミチはこの森の王様。なんでも好きにしていいんだよ』
「わざと悪魔の囁きっぽい言い方してるだろ」
『後押ししてあげてるんだけどなー』
「とりあえず今はそんなこと考えてる余裕もないよ。今日を生きるのに精一杯だ」
アユミチが見ないようにしているやましい考えを言葉にするノクサ。
言い当てられて気が楽になる。
ノクサ相手だと虚勢を張ったりごまかす気にならないのがいい。助かる。
『魔法の勉強はさせたらいいわ。アユミチなしでも生きていける手段になるし』
「誰が教える?」
『そこで寝てるでしょ』
才能はともかくこれはこれで不安だ。
この件は保留だな。
翌朝。
集落の人が心配して探しに来るかもしれない。
だから一度戻るとゼラを説得した。
ここで待っているからと、まるで良妻のようにアユミチを見送るゼラを置いて集落に戻ると――
「ケントロがいない?」
三人の子供のうち一人が昨夜から戻らない。
平穏が戻りつつあった集落に、病魔とは異なる嫌な空気が立ち込めていた。
◆ ◇ ◆