法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
「出航最高ご機嫌だ。船で生まれた弟さ」
「死ぬのも船なら笑えねえ。ついでに空も越えてやれ」
奴隷海将隊旗艦――最初から旗艦しかないが――
どうなってんのか知らないが、占い師の姐さんが繋いだ光の鎖に引かれて、王船
艦長のジナミナも副長アルゴ・ノーツもいないので、音頭を取るのは双子の役目だ。
これ以上ない演目、踊らなければ船乗りに生まれた意味がない。
「王様の晴れ舞台だ! 気張っていくぞ!」
「おぉ!」
「右手方向! 上っつうか、なんだ下ぁ! クソ蛇行確認!」
踊転子の乗組員も水を得たようにはしゃいでいる。
王船叉波王の随伴艦として空を飛ぶ。
こんな経験をしたトローメの船乗りは他にいない。
それでなくとも、東港でくすぶっていた。西港にも帰れず、町にも馴染めず。
クソ魔獣から避難する住民たちも、よそ者の船に好き好んで乗ることもなく、波に浮いている叉波王の近くを護衛っぽく流していた。
叉波王は王船。巨大だが、誰彼構わず避難民を乗せることもなかった。一部の認められた者だけ。
クソ王蠍とて海の上を走ってくるわけではない。
海に浮いて町が滅びるのを見守るだけか。
その後は、陸に戻れないのなら結局は死ぬ。どっちにしても男は死滅するんだったか。
この世の終わりを見届ける役回り。
黒い太陽が照らす空の遠くから天孔雀が飛来した。
背に乗るのは占い師の女と、途中で合流したくそみそ双子。
双子が踊転子に降り、叉波王が何かに呼応して目覚める。
叉波王は大海魔と呼ばれた千棘カルマリィの死骸から作られた特殊な船だ。
帆や櫂とは別に、船底のイソギンチャクのような数千の紐を蠢かして動く。
誰もが目を疑った。
船が空を飛ぶ。
いや、空が海になったよう。
上と下、両方に海面が。
うねるようにひっくり返りながら空へと漕ぎだした。
天変地異で空の様子はおかしかった。
空が海になったとしても、もうそんなこともあるのだろうと。
双子が手旗で天孔雀に呼びかけると、随伴を許すように天孔雀から光る鎖が伸ばされた。
踊転子も叉波王に続いてうねりながら空面の海に漕ぎだす。
わけのわからない状況だが、奴隷海将隊はこういうバカ騒ぎが大好きだ。初めてのことでもそれに応じて操船してみせる。
王様の船がトローメの海に漕ぎだすのだ。従者なしでは恰好がつかない。
「先行する! 一番槍は下っ端にくれよ!」
「クソ魔獣転進! 火薬倉庫に向かってる!」
叉波王に呼びかけながら王蠍の動きを観測する。
町の中央は真っ先に潰された。
その後は人々が逃げ惑う人々が詰まっていた門や大通り、集会所。兵士が備えていた大通りの要撃地点。
町に残っている人間の数は減った。潰され殺されたか海に逃げたか。
より人間が多く集まっている場所を探す魔獣が、最終迎撃地点としていた花火会場に向かって突き進む。
「こっちが撃つ! 足ぃ止めたらトドメを頼むぜ!」
叉波王の乗組員は優秀だが変則的な事態に慣れてはいないだろう。
変則的というならこっちのお家芸。
「右転舵! 傾けろ!」
「簡単に言うなコッポ! 曲芸だぞ!」
「弟に文句ならそっちに言え!」
「知るかくそ!」
下というか上というか、東港アナトーリを破壊しながら駆けまわる王蠍に向けて。
発射角度に制限がある。
叉波王に装備された八門の三連大矢なら、射角は広く対応できる。
踊転子の方はそうではない。
自分たちから見て斜め上に位置している魔獣に当てようと思えば、船体を傾ける必要がある。
「補給はねえ、外すなよ!」
「黙ってやがれトリーゾこのくそっ!」
射手も天地がひっくり返った状態での射撃など経験がないだろう。
ひっくり返ったら空の方に足が着くのだから、双子も経験はない感覚。
そんな中で狙いをつけ、撃つ瞬間の波と転舵に意識を集中する。罵声は集中のポエムだ。
「だとよ弟!」
「気にすんな弟、当てる方に賭けるぜ!」
「次ぁてめぇらの口にぶち込むからな!」
ぐいっと、船体を引き留めるような力に体が引っ張られる。
総舵手が舵を切り、同時に後方の船員たちが綱を引いて転帆させた。
上下がひっくり返っても帆船には違いない。天孔雀に繋がれて空側の海に昇ったが、海面を走り風があるのなら。
慣れ親しんだ船をどう動かすのか、誰かに教えてもらうまでもない。
「うらぁぁ!」
放たれた大矢、続けて三発。
一発目は王蠍の前に、二発目がでかい鋏に弾かれ、三発目は身をよじった王蠍の腹の下の地面に突き刺さった。
「くそったれぇ!」
次の矢は間に合わない。
大矢は番えるのに時間がかかる。連射は――
「「十分だ!」」
叉波王の帆柱、舷側、船首に備えられた伝声管の吹き出し口から。
「「貴艦の勇戦、見事なり!」」
叉波王の乗組員は当然ながら優秀だ。
国を守る為にならどんな難題にでも向かう意志と覚悟を備えた優秀な船乗りだ。
「「撃てぇぇ!!」」
踊転子が動きを止めた王蠍に向けて、三連大矢が続けざまに三連続、凄まじい威力で撃ち込まれた。
「っしゃぁぁぁ!」
「見たかくそっクソがぁ!」
上空から撃ち込まれた大矢が王蠍を貫き、地面に縫い留め、粉砕した。
じゅうじゅうと上まで聞こえる音を立てながら汚い汁を流して、ぴくぴくと痙攣している足が見えた。
殺した。
くそったれな女神が放った伝説の大魔獣を。
「「おぉぉぉ!」」
「海で俺らに勝てるかボケがぁ!」
沸き立つ。
トローメ海軍が勝利に沸き立ち、その先を飛ぶのは天孔雀に乗った占い師。
天孔雀は反転していない。地上を下に見ながら、光る鎖で踊転子を引きながら。実際に引っ張っているというのではなく、魔法的な力で空に浮かせているのだろう。
「姐さん……ねえ」
事情は知らない。
お嬢ちゃんの母親だと明らかになったのは昨日のことで、双子はよく知らないが。
「まあ弟よ、そういうことだろ」
「考えるだけ無駄ってわけだ、弟よ」
首から下げている青い宝石。
見覚えはある。女神様に吹き込まれて戦馬車に乗っていたお嬢ちゃんが持っていた。
淡く光を放つ。海の色のようなあれは、噂に聞くトローメの至宝千海の中子。
「「残る魔獣も一掃する! 踊転子、続け!」」
天孔雀の向かう方向に続けと発破がかかるのだが。
この空の海がどこまで続くのか。
そして、こっちの水食糧と武器の在庫がどれだけ続くか。
地上へ補給を求めるわけにもいかないこの状況で、とても足りそうにないのだが。
「行けるとこまで行くぜ、兄弟」
「そうだな兄弟、お嬢が待ってる」
「副長もな」
「そっちはいいや」
「ああ、同感」
黒い空模様を飲み込むように、天孔雀の進む先から海の紺碧が広がっていった。
誰も見たことのない景色。
どうやら世界はまだ捨てたもんじゃなさそうだ。
◆ ◇ ◆
「アニラービーの使徒なのよ、あなたたちは」
東港に向かう天孔雀の背で、色っぽい占い師はそう言っていた。
「あんまいい噂は聞いてねえなぁ」
「お調子者で悪戯好き。弟なら納得だ」
「楽しくないと生きていられない。自分も周りも。面倒に思われることもあったでしょうね」
心当たりがなくもない。
双子に限らずそんな性格の人間はいると思うが。
「スカーアはレーマルジアの汚点も受け入れなければならなかった。捨て森とは別に、隠れ里にもアニラービーの残滓はあったはず。何かなかったかしら?」
「なんも……ああ、やけに調子よかったか」
「やたら魔法がはしゃいでたぜ、弟の」
双子の魔法はそれほど強くない。一風変わったもので、困わりと機転でうまく使っているが。
隠れ里では驚くほどの効果があった。理由はそれか。
「限られた土地で波長の合うあなたたちの魔法に集約された。今はもうそこまで影響はないと思うわ」
「そいつは残念。笑える魔法を思いついたってのに」
「喝采賞賛大拍手。世界を笑わせたくってよ」
地域限定の効果だったか。
しょうがない、あの時思わぬ効果で助かっただけでもありがたい。
「俺らのことはいいさ、姐さん」
「船の用なら船乗りに。気の利く船乗り連れてきな」
「ええ、頼りにしているわ」
戻ってきた姐さんは、すっかり憑き物が落ちたようないい女の顔で。
嬢ちゃんは薬師の旦那に任せてきた。
こっちにもやることがある。叉波王が必要だと。
叉波王は今東港にあるはず。
トローメ国王がいなければあれはまともに動かない。王から認められた船長でもある程度動かせると聞くが、先王クムスの死後はそれがいない。
浮いているだけ。
トローメ海軍幹部だけが知る事実だったが。
「これがあるのも運命なのかしら」
姐さんの豊かな胸の間に、薄っすら輝く青い宝珠。
「千海の中子……たまげたぜ」
「踊る舞台にゃ十分だ。世界の果てまで付き合うさ」
「ありがとう、この子も見てみたいらしいわ」
キュィィ、と天孔雀が鳴く。
こんな見物、最後まで見て行かないなんて考えられない。
世界が終わるかどうか、その大舞台で踊るかどうか。考えるまでもない。
「おあつらえ向きに」
「暇したバカも揃ってら」
瓦礫を巻き上げながら破壊が進む東港アナトーリ。
その向こうの海にひときわ目立つ大型船と並び、愛すべき双子の母船がぷかぷか浮かんでいた。
◆ ◇ ◆