法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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2-8.聖き食卓

 

  ◆   ◇   ◆

 

 ※ 作中の宗教者の階級について ※

 不快な思いをされる方をなるべく避ける為、一般的な呼び方から変えています。わかりにくければすみません。

 主光 / 太光師 / 陽灯司 / 陽分司 / 間に陽灯中司 陽灯小司等が入る。

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 春の都は雨降りが多い。

 トローメ王国王都イオドキッサ。海風のために春先は雨の日が多い。

 

 市井では春祭日の徴税を皮肉って、お上が数える金の分だけ雨が降るなどと言う。

 逆に晴れれば、夫役――国から科される仕事――の怠けがないか目を皿にして検分するのだと揶揄した。

 庶民には町の排水路や農地の柵の整備など、税を納める以外に労役も義務付けられている。

 

 

 支配者層、政治への皮肉。トローメ王国では、よほど行き過ぎたものでなければ不平不満の俗言を取り締まられることはない。

 不平不満を口にして(くだ)を巻く程度、なんでもない。

 無理に押さえつけて、鬱憤(うっぷん)が溜まった大衆に爆発される方が面倒になる。

 変なまとまりを作らせないように各地の教会が監視、誘導しながら。貴族層と宗教家の互助関係。

 

 支配階級とすれば、悪口程度言わせておいても作物を育て子を産み税を納める愚民がたくさんいてくれる方が得だ。貴族の為に働く子供をたくさん産め、と。

 

 悪口を聞き流すことはトローメの上流階級のたしなみ。

 文句ばかり言っている民でも処罰を恐れて渋々税を納めるのだから、その惨めな姿を余興として楽しんだ。

 

 

 

 イオドキッサの王城の東は、エクキピ教団の管理区が王城よりも広く占有していた。

 十数万人が暮らす都は王城区を除いて14の区画に分けられているが、そのうちの一区画が丸々教団の敷地。

 多くの貴族や大富豪たちの区画が二区画に収まっていることを思えば、エクピキ教団がトローメ王国でどれだけの権勢を有しているのか。

 

 

「貴き太光師にお集まりいただくのは久方ぶりでございます」

「ゲニーメ主光(しゅこう)の御尊名があれば当然のことでありましょう、カシキ陽灯司長」

 

 この場を取り仕切るカシキ陽灯司(ようとうし)の言葉に応じたのは、太光師(たいこうし)で最も小柄なアパテイ師。

 陽灯司は白い法衣に金色の肩掛け帯。

 太光師は白い法衣に金の糸で見事な双面の刺繍が描かれている。一目で階位がわかる。

 左右に泣き顔と微笑みの双面は黄帯派の印だ。

 

 

 高い天井近くに小さな窓しかない大広間。吊られた魔導灯が照らす下には溢れるほどの料理や果物が並んでいる。

 百人分でも余るほどの豪奢な食事に対して、三人の太光師(たいこうし)と五人の陽灯司(ようとうし)の合計八名。

 太光師はエクピキ教団に三人のみ。同席していない最高位ゲニーメ主光(しゅこう)に次ぐ教団大幹部と、それに準ずる陽灯司たち。

 

 教団幹部会と言える八人の集まりに対して、二十名ほどの半裸の美女、美少女らが(はべ)る。

 魔導灯の明かりにぼんやりと照らされた彼女らは、みな恍惚とした表情を浮かべて肉体を使って給仕していた。

 

 煮られた魚肉を指で取り分け、支配者たちの口へと運ぶ。

 美しい紅を塗った女の口で肉を噛み千切って、汁を滴らせながら口移しに。

 一人が手でスープを掬い、別の美少女がヘソ近くのくぼみにそれを受け、陽灯司がそれを汚く音を立ててすする。

 

 太光師がワインを指せば、乳房の間になみなみと(たた)える器になった。

 飲むついでに肌に這いまわる舌に甘い声を漏らして応える。演技ばかりでもない様子で頬を上気させながら。

 

 大勢が集まること自体は珍しいが、彼らにとっては珍しくもない食事風景だった。

 教団の上級幹部である彼らは、聖印を焼きつけた(・・・・・)両手を食事に使わない。

 この手は聖なるもの。人に幸いと歓びを教え導くものなのだから。

 

 

 

「鬼巫アハラマのヴォラス防衛、無事に終えたと報告がありました」

「無事に。それは結構なことです」

「虚光のランプシーを崇める異教徒など取るに足らん」

「鬼巫一派もエクピキの信徒じゃないのでございますがね。ひひっ」

 

 カシキの報告に太光師がそれぞれ、小柄なアパテイはゆっくりと頷き、筋肉質なオルミは二人の美女の胸を掴みながら吐き捨てた。

 細長いザイドロスは美女の秘部に注いだ酒を少女が吸う姿を見ながらひひっと(わら)った。

 細長いザイドロス。背丈は高いのだが見ていて不安になるほど細い。指も顔も長い。節の多いゴボウのような手足。

 

 

「その件で主光は我らを集められたのでございますかね」

「いいえ、この話は食事のついでです。五色の一枚が欠けても鬼巫の威光は衰えずと」

「無言で怒気を放っていったと言うが、あの花札の不運は我らの咎ではなかろう」

「オルミ師の仰る通り」

 

 鬼巫の花札の一片、ファニア・イア・イオルテが死んだことは教団幹部と直接関係がない。

 ファニアが重傷を負い、その治癒を身分を隠して下町の陽灯小司(ようとうしょうし)に依頼したとか。

 教団本部に借りを作りたくなかったのだろうし、鬼巫としては教団黄帯派に頭を下げるなど論外だろう。だから金で解決しようとした。

 

 話を持ち込まれた下町の教団員が色気を出して破談になっただけ。

 治癒を拒否して応急手当しただけの体で浮浪児のうろつく移民通りに向かい、それで病気をもらうなど知ったことではない。

 ただ鬼巫たちは仲間を害されたと考え憎悪を募らせたようだが。

 

 

「強気な小娘でしたな。ほ、色気を出した気持ちもわかりましょう」

「ひひっ、そうでございますなぁ」

「はっ、確かに確かに」

 

 花札の欠けと、北部の戦い。

 何にしてもエクピキ教団にとって別に損がある話ではない。

 鬼巫と五色の主要メンバーはトローメ王家にすら秘されている北部山脈の隠れ里の出身だ。

 女だけの隠れ里だとか。

 エクピキ教を信奉しているわけではないが、トローメ王国建国の頃から特別な立場を保ってきた。

 貴族ともやや異なる。

 

 彼女らは基本的に教団と相容れぬ立場を示し、それでいて北部の国民からは非常に人気が高い。

 目障りだが、だから潰すということもできない。

 北部の人口は南部の六分の一程度。海洋国家トローメは南部の方が栄えているのだが、六分の一という数も、北の要衝ヴォラスも軽んじられない。

 

 鬼巫と五色は強者と知られている。連魔法を使わせれば戦局をひっくり返すほどの力を持つ。

 険悪な関係だから潰すというほど単純な話にはならない。

 ただまあ嫌がらせはするし、先だっての花札ファニアの件も、生え抜きの構成員ではないにしても気分はよかった。

 

 できるのなら、鬼巫の花札に聖なる手でもって治癒の奇跡(・・・・・)を骨の髄まで染み込ませてやりたかったが。

 美しい身体で給仕をする女たちの中に、あの五色や鬼巫アハラマ本人を加えてやりたい。さぞ気分がいいだろうに。

 

 

「小さな戦勝をもって先代鬼巫ヨハルハ殿が貴族院で発言力を増すのではないかと」

「金にならぬ勢いだけで人は動かぬよ」

 

 筋肉質で分厚いオルミが言うのは似合わないが、実際にその通りだ。

 鬼巫の人気は北部に限られる。南部では異端の民として蔑視と畏れを抱かれるよう調整している。

 北部の小競り合いに勝った負けたで金が大きく動くことはなく、利益がない波に乗る有力者などいない。

 金と医療と女――場合により男児など――の多くを押さえているエクピキ教団の優位は揺るがない。

 

「カシキ陽灯司長の言うところは、貴族院でヨハルハ殿を中心とした動きがあっても過剰に反応する必要がないと。皆に今一度周知しておきたかったのでしょう」

「まさに仰せの通りです、アパテイ師」

「此方に慌てる者もおりませんでしょうに。大公閣下の下廻りには釣られて吹っかけてしまうもんもおられそうでございますな」

 

 教団側が対立の激化を助長することはないが、貴族の間ではまた違う。

 黙っていても勝ち組のエクピキ教団黄帯派と違い、浮き沈みの落差がある貴族たちは敵を蹴落とすことに懸命だ。

 

「そこらは大公閣下の裁量であろう。我慢汁の足りぬ早漏など切り捨ててもよい」

「そうですな。この程度のことで国が大きく揺れるわけもなく」

「我らは沈まぬ日を守ればよいのでございますから」

 

 

 思惑通りに運ばなかった物事の報告と、それに対して特に何もする必要はないという確認。

 教団幹部としては、午前は聖職に務め、午後からは性と食に励むだけ。何も変わらない。何も失わない。

 腹も足りて、酒を求める割合が増えてきた頃合い。

 

 

「きゃっ」

「……」

 

 不意に大きな声をあげる女があった。

 ワインの瓶を手から滑らせ割ってしまった女。

 普通なら許されない。エクピキ教団の幹部たちの食事会で粗相を働くなど。

 視線を集めた美女は散らばるガラス片と床に広がるワインの中にへたりこみ、震えて支配者たちを見上げる。

 

「申し訳ありません。いと清き御方々……どうかご慈悲を」」

「むろん、慈悲を賜りましょう」

 

 食事を中断し、膝に乗せていた少女を下ろして立ち上がったのは最高幹部の一人、アパテイ太光師。

 アパテイは立ち上がってもそれほど頭の高さが変わらない。

 五十を過ぎた短身の彼は粗相をした女に歩み寄ると、割れたガラス片をひとつ摘まみ上げた。

 

「怪我はありませんかな」

「は、はい……あうぅぅっ」

 

 鋭く尖ったワイン瓶のガラス片を半裸の美女の喉元に当てると、そこから真っ直ぐ下に下ろした。

 つつぅぅっと、赤い線が胸の谷間を通り、腹を締めていたコルセットの紐をぷつんぷつんと切り、ヘソから下まで続く。

 深く、ではない。

 薄く。

 

 

「その痛みがお前への罰です。そして慈悲を」

 

 今度は空の左手を首にかざすと、アパテイ太光師の手と美女の肌の間に光が漏れる。

 奇跡の光。

 

「さあ、賛美を」

「あはぁぁはい、あぁっ! 大いなる首座、天の父の貴き名で、私の罪を焼き清め下さい。あっくぁ、あふぅぅ……」

 

 かざした手が下に下がっていくにつれて傷は消えてなくなり、女はその痛みと快楽に酔うようにうめいた。

 へその下まで伸びた手が彼女の股に触れると、

 

「んんっっっ! あ、ふ……っ」

 

 大きく背を仰け反らせて震える。

 見ていた女たちも口を半開きにして、求めるように近くの支配者にしな垂れかかった。

 彼女らは身に染みて知っている。聖なる手で得られる悦びはこの世の何にも比べられないものだと。

 

 

「もっと慈悲を求めるのならおいでなさい」

「は、い……アパテイさま……」

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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