法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
「ただ森で迷っただけならいいが……
集落の門番的なトバは暗い顔で首を振る。
帰ってこないケントロを探して、声を枯らして。
動ける者みんなで昼過ぎまで捜索したが、見つけられなかった。
残った子供には勝手に出歩くのを禁じた。
イサヤ、カヨウ、コーダとメッソ。それとまだ五歳にもならない幼女のプレヴラは集落で一番大きな建物に置いて捜索した。
ババ様と幼女の母親に留守番を任せて、他の住民をの手を借りて。だけど……
ムンジィがアユミチに警告する。
森の獣や魔物のしわざばかりではない、と。
アユミチの酒瓶を奪おうとした男もいた。捨て森に来るまで過去に何をしてきたのか。
それを言うムンジィだって、町で衛兵を殺して盗賊に落ちたのだ。犯罪者だって紛れている。
体の健康を取り戻すとともに改心する人もいるかもしれない。ただそれはきっと多くはない。
もとより治安のよくない世界だ。
住民の中に悪党がまぎれていることを疑わなければならない。
ただ、疑ったところで結局ケントロは見つからないまま日が暮れかけて、やみくもに探すことを諦めた。
霧が立ち込めるという虚穴。
その霧が範囲を増しているような気がする。
トバのそんな所感もあって、むやみな捜索の中止を決めた。
◆ ◇ ◆
「そこまで旦那がしてやることもねえと思うんですがねぇ」
「他に何ができるわけでもないんだ。できることをやってるだけだよ」
森を迂回する間、ムンジィのぼやきは何度目になるか。
直線で突っ切るのなら地形は悪いが半日で捨て森の反対側に着くだろうと聞いた。
ぐるりと北回りに迂回して捨て森の東側に出るなら丸一日。
道路が整備されているわけでもない。途中急斜面や崖、沼などもあるかもしれない。
それとは別に、捨て森の中央には魔獣ヘレボルゼがいるはず。
迂回する以外はなかった。
消えたケントロが東側の集落に迷い込んだ可能性は、高くはないがゼロではない。
探すのと、捨て森に住む他の人たちにも薬を飲ませておきたいと考えた。こちらの集落の病気はとりあえず大丈夫そうだ。
数少ない壺にビストニダの恵みを残して出てきた。
諦めていない。探し続けている。
ただのポーズのようにも思う。利用しようとした罪悪感の埋め合わせ。
「旦那があの別嬪さんじゃなくて俺を選んでくれたのは嬉しいんですがね」
「ファニアは足の怪我で万全じゃないんだって。そうじゃなきゃ俺だって美人の方がよかったよ」
危険も潜んでいる世界だから、連れはいた方がいい。
頼りになりそうなのはファニアかムンジィ。ファニアには他の子供たちのことを頼んだ。目を逸らさず守ってほしいと。
ムンジィの元仲間盗賊が落としていった抜き身の曲刀を渡して、守りを頼んだ。
ファニアのことは信じている。内面をしっかり知っているわけではないが、悪事に手を染めるタイプの人間には見えなかった。
逆に、ムンジィを残していくのには不安もあったことになる。本人には言えないが。
「たいていの野郎どもは別嬪さんがみんな旦那に首ったけで面白くねえみたいで」
「首ったけって……」
「旦那はもうちっと威張ってくれてていいんですぜ。その方がたぶんうまくまとまりやすし」
「そう……そうだな。うん」
捨て森の集落に上下関係はない。まとめ役のババ様はともかく、今まではただ死ぬ順番くらいしか存在しなかった。
病気が治り、体力はまだ万全ではなくても徐々に普通に生活できるようになってきて、問題が浮き彫りになる。
誰が一番か。誰がここのボスなのか。
学級みたいなものだ。人間が複数集まって生活すれば暗黙の格付けのような序列を確認したがる。
アユミチは、別に思い出して楽しい過去でもないが、クラスで目立たないように過ごすタイプだった。
陽キャや上位カーストではない。
それが性に合っていると思って同じように振る舞っていたが、それが混乱を生む。
リーダーがいない。なら自分が、というような空気。
ガツガツしたタイプの男は必ずどこにでもいる。殺伐とした世界なのだから、日本に生息するヤンキーよりもっと強気なものも。
アユミチという特殊な存在は、人間関係に口出ししない先生のような立ち位置に置いて、この集団の中心になろうと小さな野心めいたものを呼び起こした。
トバやファニアがそれとなく諭したり、アスパーサがけむに巻いたりしていたが。
それより先にアユミチがもっと毅然とした態度でボスになっておけばよかった。
「病気を治せる確信もできた。次は強気でやってみるからフォローを頼む」
「もちろんでさ、旦那」
病人の回復はアユミチの自信にもなっている。
うだうだと言わせず、本当に神の使徒として堂々とした顔をしていこう。
その方が話が早い。救える人間も増え、ケントロの捜索だって男衆に上から命令することもできたはず。
優柔不断な自分は地球に捨てて、この世界で新しい自分になろう。
◆ ◇ ◆
腹を据えて、捨て森東側の集落に辿り着いたのだけれど。
「麻呂が先じゃ! 斑徂症を治すと言うのなら、エクピキの使徒たる麻呂が先で当然でおじゃろう」
斑徂症も灰息病も治る薬という怪しげな触れ込みを疑うよりなにより、人々を押しのけて真っ先に詰め寄ってきた斑徂症の聖職者に出鼻をくじかれた。
アユミチより上から、アユミチより先に神の使いを名乗って。
「いやその、子供や重傷者から……」
「エクピキの従者たる麻呂を! このジルボン陽灯小司を差し置くなど
ばん、と。
アユミチの正面に立ち、汚れた法衣の袖をたくし上げて左の手の平を突きつけた。
見て見ろ、と。
「き、っも……っ!」
つい思わず。
病気でただれた肌や、掻きむしり化膿した傷痕など見てきて、たとえ思っても口には出さなかったのに。
今回は、我慢できなかった。
「ゆびが……」
「まさに貴きエクピキの印、しかと見るが良い貧しき者よ!」
アユミチのキモい発言は耳に入らなかったのか、さも自慢げに見せつける。
左手の手の平。その中心から、よくわからない穴の中から。
ゆっくりと頷く蛆虫のような一本の指が、爪の先ほどはみ出ていた。肌の質感や色が違うから違和感が半端ではない。
余計に生えた指の周囲は魔法陣なのか何なのか、異常に細かい文字がびっしりと書き込まれている。
手の平の中心でうごめく何かの指先。
「えくぴき……?」
『あはっ! あはははっ! うそみたい、ほんとにエクピキじゃないの。やだもう信じられない! こんなの信じらんないわ!』
アユミチの顔の横で同じものを目にしたノクサが大きな笑い声をあげた。
『あははっ! そうなんだ、なっさけなぁいエクピキってば情けないの。超おっかしー』
感情を堪えられない様子で、アユミチの頭上をご機嫌にくるくると回りながら高く笑い続けた。
◆ ◇ ◆