法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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2-17.矢筋

 

 立て籠もったファニアがまず考えたのは火をつけられる可能性。

 野盗の言い分を聞いて、すぐに焼かれることはなさそうだと判断する。

 

「ファニア様……」

「心配するな。ゴロツキの十人程度なら問題ない」

 

 病で数か月()せった後でなければ。

 万全の状態で、敵の数と構成を把握して、守るべきものがなければ。

 声の様子から外の敵が二十より少ないと考えつつ、しかしファニアにとって悪条件は変わらない。

 

「私はトローメで最高の鬼巫様の傍仕(そばづか)えをしていた。それなりに腕に自信がある」

「はい。さっきの矢も当たったと思ったのに」

「するっと避けて、その、すごかったです」

 

 半分強がりの言葉だったが、プレヴラの母コニーともう一人の女がファニアを称える。

 壁に突き刺さった矢を見て息が漏れた。

 ファニアを警戒させた最初の一撃。かなり遠くから正確に足を狙った。

 正直、胴体を狙われていたら完全に(かわ)しきれなかっただろう。

 

 足の怪我には苦い記憶がある。

 躱したというより逃げたという方が正しい。

 

 

 ――うひぃぃっ!

 ――従う! あんたらに従うから助けてくれ!

 ――老いぼれを殺してもなんにもぐぇ……

 

 外の声を聞いて決断した。

 待ちは愚策だ。

 敵側が集落を掌握してからでは打って出る機会がなくなる。

 囚われれば、若い女がどう扱われるかなど考えるまでもない。

 

 

「私は奴らを切り捨てる。出たらすぐに戸を閉めてくれ」

「わかりました」

「お気をつけて」

 

 二人の女に頷き、震えている幼女プレヴラの頭を撫でた。

 

「安心しろ。大丈夫だ」

「……うん」

 

 子供を守りたいというアユミチの気持ちはファニアにもわかる。

 実際にこの国では……世界中どこでも、子供の命は軽く扱われている。

 病や飢餓で十まで生きられない子は多く、労働力にならない幼児は大事にされない。死んだらまた産めばいい、というように。

 多産多死。

 それが多くの人々の日常で、よいことではなくとも現実として受け入れられてきた。

 

 アユミチはそれが嫌いらしい。

 命の恩人の望みが子供を生かすことなら、ファニアができる限りのことをするまで。

 屋外にはカヨウたちもいるのだ。敵に見つかっていなければいいのだが。

 

 

「扉の左右に立って。プレヴラ、つっかえ棒を頼む」

「うん」

 

 建物の内側で横にスライドする戸。

 これも丸太を噛み合わせて組んだ造りで、とても重い。重くて頑丈なのが今はありがたい。

 集落で一番丈夫な建物だから女子供を住まわせた。

 

 

「では……っ!」

 

 話している時間も惜しい。

 目くばせで呼吸を合わせて、つっかえ棒を外すと同時にドアを開けて飛び出した。

 

 

「ふ」

 

 扉近くに立っていた男に斬りつけながら出たファニアに、二本の矢が飛んでくる。

 当たる軌道。

 だが来るとわかっていれば対処できる。

 

 肩に当たりそうな一本を切り払い、腹に向かってきた一本を左手で掴み取った。

 次は――

 

 

「しま――」

 

 矢をつがえる男の姿を確認したのはその瞬間。

 最初にファニアの足を狙った男だ。先の二本とは精度も勢いも違う。

 

 呼吸をずらして、最初にいた場所から移動して二射目。

 他のは囮だ。

 剣を払った後の姿勢の、重心がかかった側。右太もも辺りに鋭い矢を放たれた。

 

「くっ」

 

 転がる。みっともなく転がりながら、左の二の腕辺りの皮が矢の摩擦で削がれるのを感じた。

 避け切れなかった。射貫かれるのは避けたが。

 痛い。

 けれど利き手でなかったことを感謝すべきか。

 

 熟練の弓兵程度の腕前がある。

 部下を囮に使うのにためらいもない。

 ぎり、と歯を噛みしめながら転がり、すぐ立ち上がろうと――

 

「あ」

 

 

 集落を守る為に戦うだろう人間は、ファニアだけではない。

 もう一人の心当たり。

 

 いつも、何年も。

 この集落を見守り、警備まがいのことをしてきた男がいた。

 

「トバ――」

 

 その男がなぜ村に近づく野盗に気づかなかったのか。

 誰より先に察知してそれと戦ったか。

 ならば死んでいただろう。誰より先に。

 

 そうでなくて、矢を避け転がったファニアの前に立っているのなら――

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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