法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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2-20.遅行

 

「ノクサ! 一年!」

『はぁい』

 

 強く踏み込んだ足が、森の柔らかい地面を爆散させた。

 一年分の蹴り足で加速したアユミチに、野盗どもの反応はまるで追いつかなかった。

 とはいえ、アユミチとて同じ人間――同じとは言いたくないが――なのだから、反応しきれないのは大差ない。

 

「だらぁぁ!」

 

 既に一度、ここまで走ってくるまでに経験した。

 急がなければと思って、走る一歩を爆発的に高められないかと。

 地面を蹴る勢いは確かに爆発的に増したが、半分くらいは後ろにまき散らされる土煙のエネルギーになってしまう。

 もっとうまい走り方があるのかもしれないが検証している余裕などない。

 

 残り半分が前に進む推進力になるけれど、体感的に百キロ超の速度でかっ飛ぶ。

 バランスを崩してすっころんだ。体中すり傷だらけだ。

 地面が柔らかい土でなければ大怪我を負っていたかもしれない。二度はやらなかった。

 

 やるつもりはなかったが、やるしかなかった。

 まさにファニアが男たちに群がられ、彼女の印象とは遠い女の子の悲鳴をあげるのを聞けば。

 

 

 バズモズがムンジィに対してすさまじい勢いのぶちかましをしてみせた時のように。

 ただしアユミチの体はバズモズのように鍛え上げられていない。

 だから、レーマ様からもらった折れない木の棒を構えて、ファニアに群がり覆いかぶさろうとしている連中の中に。

 

「だぁぁ!」

「ぼへぇっ!?」

「あば」

「おどぁっ?」

 

 まとめて薙ぎ払いながら、常軌を逸した速度に対応できている自分を自覚する。

 人間、二度目三度目になると感覚が慣れてくるものだ。最初はできなかったことができる。

 バイクを運転する感覚はこういうものだろうか。アユミチは免許もなければ乗ったこともないからわからないが。

 

 ファニアに群がる連中から少し離れていた男が、アユミチの蹴り足の爆音に振り向いた時にはその横を通り過ぎていた。

 木の棒でならず者どもを薙ぎ払いながら半回転して、最後にファニアに密着していた男を棒の尻側をかけて引っぺがした。

 ここまではノクサに一年を捧げた踏み込みの勢いで。

 

 

『アユミチかっこいい』

「無事かファニア!」

「あ……」

 

 いきなり背中から飛び込んできたアユミチに薙ぎ払われた数人の男どもと、弾き飛ばされた男どもと一緒に集団も遠ざかる。

 ファニアを中心に、敵の輪が広くなった。

 

「アユミチ、どの……」

 

 皮鎧の胸当ては留め具がはじけ、綺麗な胸を大きく晒すファニア。

 押し倒され泥にまみれているが、大きな怪我はなさそうだ。

 

 

「なんだ、てめぇは……」

「う、ぁぐぅぅ」

「けふっ……かふ、ぶ……」

 

 突然現れたアユミチに対して疑念で動けない者と、倒れたまま呻き声をあげる者と。

 アユミチの手にも感触が残っている。骨が砕ける感触。殴った相手の体内の何かがぶつんと切れるような感触。

 身構えて殴りかかったアユミチとは違い、無防備なまま背中からバットでぶん殴られたようなものだ。骨も砕ければ内臓も割れる。

 背骨や内臓の損傷で死ぬのは苦しいものだろう。なんの同情もないが。

 

「お前が……あんたが噂の薬師か」

 

 群れから一歩引いていた男が理解したように頷いた。

 ざわりと、まだ無事な連中が互いの顔を見合わせながらさらに少し遠ざかる。囲みが広がる。

 このならず者たちはアユミチのことを知っているらしい。

 

 死病を治す噂の薬師。その上で今の猛烈な一撃。

 ただ者ではないと思わせるのには十分だったようだ。

 

 

「でぶぇ……でめえ……」

 

 ふらふらと立ち上がってアユミチを指さす男。

 ファニアに覆いかぶさっていて、棒の尻で引っぺがした男だ。

 引っかかったのは口の端っこだったようで、右の頬が目から耳辺りまでべろんと垂れ落ちていた。ぼたぼたと血を流していなければ人体模型のようだったかもしれない。

 

「うるさい」

 

 かぁっと頭に血が上った。

 何か文句を言おうとしたのだろうが、あまりに身勝手。

 女に――ファニアにこんな辱めをして犯そうとしておきながら、文句など言う資格があるものか。

 

「お似合いのツラだ、クズが」

 

 棒の先端で、肉がむき出しになっている顔を突き飛ばした。

 流れるような動作で、バズモズの喉元を貫いた時のように。

 

「び」

 

 それ以上の言葉もなく、鼻骨を陥没させた男は背中から倒れた。

 

 

「……なるほど、神の使いってのも納得だぜ」

 

 ざっと残り十人くらい。

 死体がいくつかと、深手を負って転がっているのもいくつか。

 死体の中には集落の住人の顔もある。

 取り囲んでいる中にも。

 

「……」

 

 飛び込んでみたものの、状況がよいとは言えない。

 初撃としてはこれ以上ないほどうまくいったが、二度目はどうか。

 敵が集まってくれていたからというのもある。今は取り囲み、警戒している複数の敵。

 

 アユミチは別に達人でもなんでもない。

 ノクサの力を借りたとしても、できることしかできない。

 今のような全力の踏み込みで一撃加えることは可能だが、何度も見せれば敵にもわかってしまうだろう。

 ピッチャーの剛速球だって、来るとわかっていれば避けられる。直線的な動きしかできないのでは余計に。

 

 捧げる寿命を二年分にしたら。

 速度は倍になるかもしれないが、今度はきっとアユミチの体がついていかない。無理だ。

 

 他の方法も、何度も繰り返せば同じく対処される。誰もがバズモズのように突っ込んできてくれるわけではないだろう。

 できる限り少ない手数で全員を仕留めたいが、こう警戒されていてはそれも難しい。

 不用意に近づいてこない。

 

 

「う、ぁ……」

 

 ファニアは無理だ。

 色々と衝撃が大きかったのだろう。自分を守るように腕をたたんで、立ち上がれない。

 

「もう大丈夫だ、ファニア」

 

 声をかけた。

 自分に言い聞かせる為に。

 敵に聞かせる為に。

 

「この連中は俺が片付ける。全員、顔を潰してクソ虫の餌だ」

「そいつはおっかねえな」

「おいエギル……予定と違うぜ」

 

 戸惑いの声をかけた仲間をぎろりとにらんでから、軽口を叩いた男はへへっと笑った。

 エギルと呼ばれたこいつがリーダー格らしい。

 

 

「いやなに、喧嘩にきたわけじゃねえんだ。なあ兄弟」

「蛆虫の知り合いはいない」

「まあ落ち着いてくれって。ちと血の気の多い子分どもがバカやっちまったのはわりい。あんたの女だってまだあれだ、何にもしてねえ」

「黙れ」

 

 ぐだぐだと愚にもつかない言い訳を並べて、何が言いたいのか。

 ファニアはアユミチの女ではないが、どうだろうと関係ない。集団で強姦しようとしていたクズの集まりのくせに。

 命乞いなのだろうが虫唾が走る。

 

 

 救いようのない下衆どもを薙ぎ払った感触。手には生々しく顔を潰した手ごたえも残っている。

 気持ちいいわけではないが、人殺しという罪悪感は全く湧かない。

 死んで当然。生きていてもどうせ誰かに迷惑をかけるだけ。

 害虫駆除のようなもの。

 

 だが、数が多い。

 アユミチの力だけでは難しい状況で、敵が逃げ腰なのは正直助かる。

 棒を構えたまま、決断することができない。

 

 勢いのまま、続けて殲滅してしまえばよかったのに。

 寿命を消費することへのためらいと、判断の遅さ。

 その後悔はすぐに思い知ることになった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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