法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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2-23.一塊

 

 森の中を逃げながら、近づいてくる男の足音を、生々しい欲望丸出しの息遣いを背中に感じていた。

 カヨウを追いかけてくる。

 

 途中、くぼみに足を取られたのか転んで脇に逸れていったコーダ。あえて茂みが密集している方へ走っていったメッソでもなく、カヨウ。

 男はカヨウに狙いを定めていて、このままじゃ逃げきれないこともわかってしまう。

 

 怖い。

 くやしい。

 このならず者はきっとカヨウの体を遠慮なく触り、好き勝手にもてあそび、容赦なく犯すつもりだ。

 せっかく元気になったのに、こんな下衆に襲われて為すすべがないなんて。くやしい。

 

 

 諦めたくない。

 自分でも思った以上に足が動いた。必死だった。

 それでも大人の男の足にはかなわない。荒々しい息遣いがカヨウの首元に届くまで近づいて、手が伸びてきた時に。

 

 

「逃げろカヨウ!」

 

 どんっと、横から飛び出してきたイサヤが叫んだ。

 カヨウより少し小さなイサヤが男に体当たりして、一緒に転がる。

 

「イサヤ!」

「アユミチ兄ちゃんを呼んできて!」

 

 はっと振り向いたけれど、迷ったけれど。

 だけど、どうしようもなかった。カヨウに戦う力はなく、残れば一緒に捕まるか殺されるだけ。

 男の目的がカヨウなら、逃げるカヨウを追ってイサヤは助かるかもしれない。

 トバに言われた通り森を出れば、アユミチに会えるかもしれない。

 

 

 他にどうしようもなくて、また駆け出した。

 男が追ってこないことに気づいて、足がとぼとぼと止まって。

 

「……アユミチさん、ごめんなさい」

 

 自分だけ逃げてしまった。

 イサヤを置き去りに、我が身可愛さに逃げた。

 最低だ。

 

 

「助けて……アユミチさん」

「わかりましたわ」

 

 

 木々が返事をしたのかと思った。

 捨て森の中。

 土と木々に埋もれかけた岩の陰から、足音もなく銀の糸のような長い髪を揺らして現れる。

 

「っ……」

 

 知らない人。

 また別の敵に回り込まれたのかと警戒心で後ずさった。

 カヨウを見つめる彼女は物憂げな表情で、小さな顔を縦に上下させて言う。

 

良人(おっと)は不在ですから、妻であるわたくしが代わりを務めます」

「お、っと……?」

「ええ」

 

 はっきりと頷いて微笑む。

 泥や埃で汚れているけれど上等な、綺麗な服を着た綺麗な女性。

 貧民の生まれのカヨウとは明らかに違う。

 

「アユミチの妻ゼラが、良人に代わり助けましょう」

「……」

 

 襲ってきた野盗とは違う。

 だけど、たぶん、敵。カヨウの敵だ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

良人(おっと)の敵は妻の敵です」

 

 得意な魔法の種類はそれぞれ個人の資質によって異なる。

 ゼラは土を扱うことに適性が高く、現象を扱うことは苦手。

 手に触れ実感できるものに魔力を流して形を整える。硬い金属などには通じない。

 

 大地と繋がっている状態なら変化した形を維持させられるが、空に投げ出せば十も数えるうちにバラバラの土に戻ってしまう。

 ゼラの手にある間はゼラの望む形に。

 可能な大きさは、今握っている人の足くらいの塊まで。

 

 

良人(あなた)の為にゼラが戦いましょう、アユミチ」

「ゼラ……助かった」

「後で、わたくしを寂しく待たせた言い訳をお聞かせいただけるのでしょう、ねっ!」

 

 地面から引っこ抜いて作った土の塊。鉄は扱えないが、凝縮させて固めた土の塊は鋼のように硬い。

 足首のように細い根元を握り、太腿のように太く伸びた岩塊の先で、男の子を捕らえていた男の鼻面を突き飛ばした。

 

「ぶっ」

「うぁっ」

「イサヤっ……よかった」

 

 前の一撃で右手首を圧し折られていた男は、驚きと痛みに戦慄(わなな)いたまま何もできずに後ろに倒れた。

 捕まっていた子供は前に転びそうになり、カヨウがそれを支える。

 

 

「あり、がとっ……よかった」

「アユミチさん! こっちは大丈夫!」

「ああ!」

 

 倒した男から叩き切った手首からナイフを引き抜いたカヨウ。

 見た目よりもたくましい性分のようだ。

 この子供たちはアユミチの従者らしい。従者も見捨てられないアユミチの甘い優しさに、ゼラの心は蕩ける。

 

「ゼラ、その子たちを頼む!」

 

 しかたのない良人(ひと)

 妻のゼラが助けてあげなければ危なっかしい。

 

「任されましょう」

 

 片手で握っていた棍棒状の岩塊を両手で握り直して、大きく振り上げながら答えた。

 普通なら持ち上げることも難しいだろう大きさの、無骨な塊。

 それを軽々振るうゼラ。

 無論、ゼラ自身の魔法で作ったものだからできる芸当だ。

 

 

「なんだこの、女……っ!」

「まほうつか……寄るなくそっ!」

 

 女呼ばわり。

 野盗ごときが神の使徒アユミチの妻であるゼラを、女呼ばわり。

 不快。

 ゼラが貶められるのはアユミチへの侮辱だ。許さない。

 

 ただ近づいて振り回すだけで敵は倒れるけれど、それでは妻として品がない。

 いつか出会う夫の為に、ひとり踊り続けた舞いのように。

 

「あなたの敵をみな潰してしまえばいいのですよね?」

 

 戸惑いながら慌てて構える粗末な金属武器など、ゼラの愛の詰まった岩塊の前では小枝に等しい。

 ゼラの振るう岩塊が、敵を数人まとめて薙ぎ払った。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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