法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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2-31.女神の寝所

 

「うん、ありがとう。兄ちゃん」

 

 イサヤの母ノノさんの墓前で手を合わせる。

 捨て森から禁域に向かう途中。川にほど近い木陰で。

 

 

 このままではイサヤもカヨウも守り切れない。自信がない。

 善人だと思い込んでいたババが愚にもつかない理屈で子供を殺していた。

 疑いもしなかったアユミチの落ち度だ。

 守れたはずだった。注意深く観察して気づいていれば。

 手が届くところにあった命を失った。

 

 無力感が猜疑心を生む。

 誰のことも信じられない。そこまでではないが、また傷つけられるのではないかと勘繰ってしまう。

 ただ心配してくれるファニアやムンジィに、疑いの目を向けてしまって自己嫌悪する。

 ゼラやアスパーサはあれこれ言わない。(わずら)わしくないが、何か裏があるんじゃないかなんて、頭を過ぎる下らない疑心で嫌になる。

 

 なんともやるせない気持ちが収まらない。

 結局、誰も同行させずイサヤとカヨウだけ連れて神域に向かうことにした。

 また裏切られるんじゃないかなんて思考から逃げたかった。

 

 

 自己嫌悪。

 そうじゃない。敵じゃない。

 頭ではわかっているのに、また傷つく結果を妄想して不安になっている。

 

 あれだ。

 学生の頃、同級生の女の子に好かれているんじゃないかって周りに言われてその気になっていたら、見当違いだった時みたいに。

 最初から持ち上げて落とすつもりだったのかとか、そんな考えに囚われたことがあった。

 

 悪意を持ってはやしたてたのか。

 鼻の下を伸ばすアユミチを笑いものにしていたのか。

 羞恥心から他人に当たってしまいそうで、他人との関係を(うと)ましく思った時期がある。

 

 

 そんなアユミチに、ジルボン師は慰めと共に説諭じみた言葉を聞かせた。

 イーペンは、何か偉そうな高説を話していたが、右から左に聞き流しておいた。

 

 わかっている。

 アユミチが悪いんじゃない。できる限りのことをやったとか。

 だけど現実に、メッソもコーダもケントロも助けられなかった。

 

 

 この河原で言われたのだった。

 できないことはできない。できることだけ。

 ノクサの言葉が今さら身に染みる。

 言われて、わかった気になっていたのだと思い知った。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「あれ?」

 

 レーマ様の神域の場所は、なんとなく感じ取ることができる。

 だから迷わず辿り着いた。

 途中、急斜面に出てしまって迂回したけれど。

 

「誰もいない……」

 

 入り口の赤い扉を強く押し開けてみたら、中はがらんどうの丸い部屋だけ。

 石畳に丸い敷物。じゅうたん。

 他に何もない。

 

 

「兄ちゃん、ここに神様が住んでんの?」

「そのはず……あぁ、そうか」

 

 間違えた。

 入り方を間違えた。

 

「アユミチさん?」

「一度出てくれ。ドアを開けないで入るんだった」

「はい?」

 

 三人で外に出て仕切り直し。

 ノクサは黙ってアユミチのブローチに擬態していた。

 虚穴でアユミチの意志と異なることをした。ノクサは謝ったけれどなんとなくぎくしゃくしてしまっている。

 

 

「開けないで入るってなに?」

「こうやって」

 

 バネ仕掛けのように閉じたドアの前で、ひと呼吸おいてから。

 片手を赤い扉に当てる。

 これで入れなかったら恰好悪いなと思って少し緊張した。

 

「……ほら」

 

 レーマ様の神域に入ろうと念じたら、ぬるりと手が扉をすり抜けた。

 イサヤもカヨウも、ふあぁって口を開けたけれど言葉にならない。

 

 

 二人に頷いてそのまま中に入ると、でっかい水瓶が目に入った。

 柄杓(ひしゃく)が突っ込まれているから、これも無限湧きの酒瓶みたいなものなのだと思う。

 当のレーマ様は就寝中だったらしく、でかいソファで足をおっびろげて寝ていた。

 

「ちょ、レーマ様……」

 

 あられもない姿。

 最初に入る前にノックしたが、物質世界の方のノックは聞こえていなかったらしい。

 

「んぁ……? アユミチかぁ……」

「そんな姿で……あれ?」

 

 子供たちに情けない姿を見せないで、と言いかけて、振り向いてその子供がいないことに気づいた。

 すぐ後ろにいたはずなのに。

 

 

「イサヤ! カヨウ!」

「きゃ」

「うぉっ!? びっくりしたぁ」

 

 慌てて飛び出したアユミチは扉の外の二人と軽くぶつかり、イサヤが尻もちを着く。

 また子供を失うのかと焦ってしまったが、そうではない。

 

「アユミチさんの真似してみたんですけど……」

「あれ? そうか……ええと」

 

 ただ入れなかっただけ。

 アユミチはレーマ様の使徒だから入れるが、二人は違うらしい。

 前になんて言われたんだったか。

 お前が一緒なら生きたまま入れるとかなんとか。

 

 

「あー、そうか。二人とも手を出してくれ」

「はい」

「ん」

 

 右手にイサヤを、左手にカヨウの手を握る。

 繋がっていれば入れるんじゃないか。

 ただこの状態だと扉に手を触れにくい。一瞬迷ってから、最初に出入りした時のようにおでこから扉をすり抜けて、ゆっくりと二人の手を引き入れた。

 

「……大丈夫そう、だな」

 

 今度は二人の手も一緒に扉をすり抜けてくるのを確認して、そのまま足を進める。

 ぬるりと、泡の中に入るような感じでイサヤとカヨウも一緒に入ることができた。

 

 

 

「ここが神域……?」

 

 カヨウが周囲を見回すが特別面白いものがあるわけでもない。

 と思ったが、前にアユミチがいた時とは少し違う。

 部屋のあちこちに、桃やリンゴ、イチジク風の果物の実をつけた鉢植えが置かれていた。

 

「す……」

 

 イサヤが息を呑む。

 目を見開いて、部屋の中央に釘付けになっていた。

 酔っぱらって寝そべっていたレーマ様……の姿はなく、

 

「すっげぇ……本物の女神様だ……」

 

 数秒で取り繕ったらしいレーマ様。

 ソファで足を組み、腕も組んで黄金の杯を片手に豊満な乳房を白い布の下から強調させる姿勢。

 外見の美しさもあって確かに女神っぽいが、直前の様子を知っているアユミチにはただ白々しい。

 

 恰好つけようとする程度のたしなみはあったようで、それはそれで安心した。

 大股広げていびきを掻いている女神様の姿は、アユミチの心の中に留めておくだけでいい。

 

 アユミチの心情など知りもしないレーマ様の気ままな態度に、どこか安心した。

 

  ◆   ◇   ◆

 

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