法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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2-32.肩の荷

 

 神々しさを演出するように、微笑みながらゆっくりと鷹揚(おうよう)に頷く。

 

「信じてたぜ、アユミチ。お前はきっと約束をまも……って女じゃねえか」

 

 被せた女神の皮などすぐに剥がれた。

 カヨウを見て、見直して、不満を(あら)わにするレーマ様。

 

「わけがあるんですってばレーマ様。イサヤ、レーマ様に挨拶して」

 

 ここに来れば名前を明かしても構わないだろう。隠す理由も特にない。

 カヨウを見て不穏な顔色になったレーマ様の機嫌を取るように、イサヤを(うなが)して一歩前に出させた。

 

「あ、ええと……俺……じゃなくて、ぼく、は、イサヤ……ですっ! レーマ様……であってる兄ちゃん?」

「……へえ」

 

 ゆらりと立ち上がるレーマ様。

 背丈はアユミチより大きい。口元に浮かんだ笑みの迫力が強い。

 

「俺……兄ちゃん、他になんて言えばいい?」

「構わねえ。いいじゃねえかやんちゃっぽいのも。気に入った」

 

 ほ、と。

 アユミチとイサヤの口から安堵の息が漏れる。

 

「無理して変な喋り方しなくていいぜ。ほらよ」

「うわっ」

 

 ずかずかと遠慮なく近寄ったかと思ったら、ひょいっとイサヤを抱き上げる。

 アユミチの手からイサヤの手が抜ける感触に、少しだけ不安を感じて、けれど同時に安心もあった。

 

 アユミチなどよりずっと強く頼れる相手に預けられた。

 レーマ様との約束をひとつ果たせた。

 色々な悔恨だとか思うところはあるにしても、レーマ様は非常に好意的にイサヤを受け入れてくれたようで、満面の笑みでイサヤを抱き上げて「桃食うか?」などと聞いている。

 

 

「はあ……」

 

 息を吐いて、力が抜けて。

 そんなアユミチの手を握り返すカヨウに、ちょっと情けない顔で笑って頷いた。

 頼ってもらってもアユミチなんて大した人間じゃない。

 

「なんだそれ?」

「これ、アユミチ兄ちゃんが作ってくれたんだ。かっこいいやつ」

 

 襲撃後の数日。

 なんとなく手持無沙汰な時間があって、手慰みに木を削っていた。

 特に何か意味があったわけでもなく、転がっていた木材の破片をナイフで削っていただけ。攻撃衝動の現れだったのかもしれない。

 けしごむを練るような手遊びでやっていたら、なんとなく形が整っていった。

 

 手にしていたナイフと似たような形。

 別に刃があるわけでもないが、何を作っているのかとイサヤは興味を示していた。

 

 旅行先でドラゴン剣のキーホルダーを欲しがる感覚は、アユミチにも覚えがある。

 なんとなく形になったそれの表面をなめして、紐を通してイサヤの首にかけてやった。

 何もできない。大した人間じゃないアユミチにしてやれるのはこんなおもちゃにもならないようなことくらい。

 

 

「ふぅん……で、そっちは何のつもりだって?」

「レーマ様にお願いできれば、この子も……カヨウも保護してもらえないかと思って」

「やだよ。馬鹿か」

 

 取り付く島もなかった。

 ばっさりと、あっさりと。

 カヨウを一瞥してから、イサヤを抱っこしたままソファに座り直す。

 当のイサヤは困惑しながらも、豊かな乳房にどぎまぎしているのはちゃんと男の子だ。成人男性から見れば羨ましい扱い。

 

「男の子じゃねえじゃん」

「そりゃそうですけど。この世界、子供が生きていくにはハードすぎるじゃないですか」

 

 いざ子供の前なら態度が軟化するんじゃないかと思ったが甘かったようだ。

 まあいいぜ、くらい言ってくれる可能性もあると考えていた。

 

 

「大人になる奴もいるだろ。そいつらだって元は子供だ」

「親も、頼れる人もいないんで」

「お前がいるじゃねえか」

「俺は……」

 

 だから、それが。

 そのアユミチが頼りない。だから任せたい。預けたい。

 

「俺の力じゃ守れない……俺には、何もできない」

「あぁ? そんであたしに押し付けようって、いい根性してんじゃねえか」

「アユミチさん」

 

 カヨウが口を挟んだ。

 怒ったように。

 

「私はアユミチさんと一緒がいいです」

「ほらみろ、小娘もそう言ってるぜ」

「……」

 

 

 カヨウの意思表示。

 気持ちは嬉しい。

 初対面の粗野な女神様のところに置いて行かれるより、アユミチと一緒がいいと。

 

「カヨウにはイサヤと一緒にここにいてほしい。ここは安全だし、イサヤだってまだ小さいんだ。知らない場所で……」

「俺なら平気だ、兄ちゃん」

 

 今度はイサヤがアユミチに首を振った。

 きっと口を結んで、(あなど)るなと怒るみたいに。

 

「俺は平気だよ。寂しいって泣いたりするわけないじゃん」

 

 ひゅう、とレーマ様が唇を尖らせた。

 不安がないはずのない少年が強がるのを楽しむように。

 

 

「それでも……俺は、お前たちを守ってやれない。何もできない」

「なんだか知らねえが、そりゃあれだ。お前の勝手だ。ひとりよがりってやつだろ」

 

 レーマ様より回りくどい言い方だったけれど、森でイーペンにも言われた。

 守ってやれなかった。死なせた。アユミチが殺したも同然。

 そう嘆くアユミチにイーペンは、何かの訓戒めいた昔話と合わせて色々と言っていた。聞き流したけれど。

 

 全てを救うなんて神にもできない。

 ジルボン師にも諭された。

 人の身では何事を成すにも一生に等しい労力が必要。全てを成すなんて傲慢な考えだと。

 

 

「もう嫌なんだ……俺の前で子供が死ぬのは見たくない」

「私は死にません。アユミチさんが助けてくれました」

「そうだぜ、俺も兄ちゃんに助けてもらった」

「たまたまだ。偶然だ。俺の力じゃない」

 

 感謝されても居心地が悪い。

 何をしたわけでもない。行き当たりばったりで、運よく拾えただけの命。

 運が良かったのもアユミチの運じゃない。カヨウとイサヤの運だ。

 それをアユミチが助けたなんて勘違い、やめてほしい。

 

「神様の力がなきゃお前たちだって死んでいた。メッソもコーダもケントロも、俺にちゃんと力があって、ババの性根を見抜いてやるくらいの頭があれば……」

「……」

「俺が死なせた」

「違います、アユミチさん」

「できないんだ……何もできない。自信がない。次はきっとカヨウが殺される。俺には守れない、何もできない……」

 

 情けない。

 うじうじと情けないと自分でもわかっている。

 だけど、じゃあ守り切れると約束できるかと問われれば、なんの根拠もない。

 世界には危険がいっぱいで、アユミチの想像の外から危機が迫る。忍び寄る。

 命を繋いだカヨウを安全な金庫にしまっておきたいと考えてもいいだろう。

 

 

「何もできないで死なせることになる。もう見たくないんだ」

「お前に何があったのか知らねえけど、まあなんだ」

 

 レーマ様が立ち上がり、抱いていたイサヤを下ろした。

 叱られるのか、カヨウを受け入れてもらえるのか。

 

「お前がなんにもわかっちゃいねえのは間違いねえな、アユミチ」

「……レーマ様?」

「外、出てみろよ」

 

 入ってきた入り口とは逆。

 もともとそこに出入り口などあったのだろうか。レーマ様が示したから出現したのか。

 地球から連れられてきた時に、最初に入ってきた入り口はそっちだったかもしれない。

 建物の外の雲海が見える、扉のない半円の穴が開いていた。

 

 

「あんまりいいことじゃねえけど、約束は守ったし別に気にすることもねえや」

「なに……なんです?」

「馬鹿なお前に説明すんのは面倒だから行けよ、ほら」

 

 アユミチに促して、ついでにイサヤとカヨウにも顎で指す。

 困惑しながらレーマ様の横を通り過ぎた時、ちらりとレーマ様の視線がアユミチの肩に止まった。

 

 

「黒蝶ね……今あっちだとそんなのはやってんのか?」

「あ、えと……」

「別に取り上げたりしねえって。変な顔すんな」

 

 しっしっと追い払うように手を振られ、それ以上のことはない。

 レーマ様にとってアユミチはウンコ扱いだったから、近くで呼び止めてしまって失敗だと思ったようだ。

 視線が完全に外れてから、擬態するノクサが小さく震えるのを感じた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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