法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
青白い月明かりが白い手拭いを照らして、その下の胸まで透き通るよう。
ふくらみかけの少女の体を、やけに強く印象付けるように影をつける。
ほとりと。首辺りで切り揃えた髪の先から、むき出しの肩に水滴が落ちた。
腕を伝って肘まで雫が流れていく。
何も言えずに目で追ってしまう。
女だろ、と。
レーマ様が言っていた。
まさにそう。
見せつけられて、息を呑んで、喉がからから。体が渇く。たくさん泣いたせいか。
胸からおへその下まで垂れた手拭いの湿り気にごくりと唾を飲み込み、その音で我に返った。
さろろろろと川を流れる水音が遅れてアユミチの耳に届く。
「何をやってるんだ。風邪ひくだろ」
「アユミチさん」
「はやく服を」
「誰にも言いませんから」
秘密にするから。
約束するから。
だからいいでしょ、と。
「怖かったんです。私だって怖かった」
「カヨウ……」
「野盗に捕まりそうになってどんな目に……襲われて、犯されて。大嫌いな男に好き勝手に嘗め回されちゃうんだって」
「そんなことはさせない。大丈夫だ」
「アユミチさんがいい。せめて一度だけ、初めてだけはアユミチさんがいい」
これが全裸だったなら、イサヤたちとシャワーを浴びた時のように、無遠慮に強引に服を被せられただろう。
わずかに隠す手拭い。
それが逆にカヨウを女に感じさせて、軽々に触れていいのか迷わせる。
「ゼラ様にもファニア様にも言いません」
「そういう問題じゃない」
「私じゃダメですか? カヨウは可愛くないから……一夜の遊びの相手にもなりませんか?」
「カヨウは可愛い。綺麗だよ。将来は絶対美人になる」
いちいちアユミチの心を惑わすような言葉を持ち掛けてくる。
だから頑なに首を振る。
ダメだ。ダメだと。
「お前はまだ子供だ」
突き放すように強めに。
これはあれだ、思春期初期の少女が教師や先輩に幻想的な好意を抱くのと同じ。
冷静な判断ができない子の好意につけこんで性欲を満たすなんて最低だ。
「私くらいの年で嫁に行くこともあります」
「そうかもしれないが」
「私は女です。ちゃんと見てくださいアユミチさん」
今度はカヨウがアユミチを責めるように、静かに語気を強めた。
女だと主張するカヨウの体から視線を逸らそうとしていたアユミチに、真っ直ぐに見ろと言う。
「カヨウ……」
「私はあなたが好き。アユミチさんが好きです」
月明かりを反射するカヨウの瞳に、アユミチの腑抜けた顔が映っている。
情けない。
逃げ道を探そうとしている顔。
「俺は……」
「私を守ってくれますか?」
「……守りたい。守るつもりだ。でも、自信がない」
この先、どんな危険があるかわからない。
野盗にしろ魔獣にしろ、知らないことばかりの世界だ。
全部任せろなんて言えるわけもない。
「俺は……」
「責任を取って下さい」
逃げようとする道に先回りされた。
「この先、どんなことがあってもいい。今夜だけ愛してくれるなら」
「それは無責任じゃ……」
「なんの希望もなかった私に、好きな人に抱かれたいって期待させたんです。責任をとって下さい」
「だけど」
「初めてを好きな人と。この先どんなことがあってもその思い出はきっと救いになる。未来まで約束できないなら、今夜だけでいいんです」
ダメだ。
これは自分に都合のいい言葉をカヨウに言わせているだけ。
アユミチが悪いんじゃない。カヨウが望んだから仕方なくって言い訳を、カヨウの口からさせているだけ。
「カヨウ、俺は――」
「レーマ様は私にご褒美をくれたのに、アユミチさんはなんにもなしですか?」
引いたり押したり。
「私のお腹であんなに泣いたのに」
手拭いの上から腹を撫でて、ヘソのくぼみまでくっきりと浮かせる。
「アユミチさんの涙とよだれで、カヨウのここいっぱい濡らしたのに」
その手を下げて、両腿の間に指を這わせる。
「アユミチさんは、なんにもくれないですか?」
「……」
「ゼラ様やファニア様みたいに綺麗じゃないから、ダメですか?」
「……」
「私だって女です。アユミチさんの言うことちゃんと聞いてます。頑張ってます」
だから、と。
小さな一歩で距離を縮める。
左手で手拭いを抑えたまま、もう一方でアユミチの手を取って自分の首に引き寄せた。
「秘密にします。他にわがまま言いません。だから」
――カヨウを抱いて下さい。
アユミチの左手を頬と鎖骨で挟んでおねだりする。
こんな風にまで少女に言わせてしまって、本当に情けない。
明日どうなるかわからない。
大嫌いな男にレイプされるかもしれない。
だからせめて初めてだけは、褒美として、好意のある相手と結ばれたい。
「カヨウ……」
うまくできるかわかない。自信がない。経験がない。
また情けない姿をカヨウに見せることになるかもしれないけれど。
左手をカヨウの首に挟まれたまま、右手を少女の腰に伸ばした。
「俺は……俺も、お前が――」
月明かりが川面に揺れて、水音がひときわ大きく立った。
◆ ◇ ◆
可愛い。
可愛い。
荒い息で肩を上下させて、額にびっしりと汗を浮かべて。
必死になって、泣きそうなアユミチさんが可愛い。
同じような姿は神域でも見た。
カヨウの膝で、カヨウのお腹におでこを擦り付けながら泣きじゃくった姿に
大の大人が、頼もしいアユミチさんが、カヨウのお腹で泣いている。
すごく可愛い。
昂る。
おへその奥がむずむずする。カヨウの吐息も熱くなる。
「はぁっ……ぜぇ、ふ……カヨウ、ごめ……」
「ううん、大丈夫……大丈夫ですよ、アユミチさん」
途切れ途切れの謝罪の言葉に、微笑んで応じた。
そう、その顔が見たい。
カヨウに縋って泣くあなたのその顔は、カヨウにしか見られない。
ゼラもファニアも見たことがないだろう。
こんなに情けないあなたの顔は全部独り占め。
「お、おれは……違うんだ、カヨウ……」
「わかっています。大丈夫ですよ、アユミチさん」
言い訳みたいにカヨウを抱きしめて、びっしょりと濡れた体で包み込む。
アユミチの匂い。
「私のこと、大事に思ってくれているんですよね?」
「ごめん……ごめん、俺は……」
「泣かないで大丈夫です。いいんですよ、アユミチさん」
肌が触れ合い、唇を重ねようとした時に。
唐突にうずくまって吐き出してしまったアユミチの震える背中を見て、ぞくぞくした。
泣きながらゲロ吐いちゃってる。
カッコ悪い。
情けない。
可愛い。
自分が嫌われているとかそんなことを考えるより先に、やけに興奮している内心を自覚した。
嘔吐して、咳き込んで、泣きだして。
川で口を
言い訳を要約すれば、ここで襲われていたイサヤの母ノノを思い出してしまったらしい。
真面目な彼のことだから嘘ではないと思う。
カヨウがまだ成長途中の少女ということもアユミチの罪悪感を掻き立てたのだろう。
悪いことをしている。
この場所で、女を無理やり犯していたならず者と同じように。
カヨウが女を強調し過ぎたのもよくなかったのかもしれない。
二人きりの夜なんて好機、そう望めない。
焦りすぎたかと思う反面で、またアユミチの嗚咽を聞けて喜んでいる。
男というものは、カヨウにはどうしようもないほど強いものだと思っていた。
腕力が強く粗暴な存在。
カヨウの育った村の男の大半はそういった性質だった。
気の弱い男もいないことはないが、発言力がなく目立たない。日陰に追いやられがち。
アユミチは違う。
特別な力があって、頼もしくて、そのくせやけに甘い。優しい。
ゼラのことはよくわからないが、ファニアはアユミチを敬愛している。盲信している。
そんなアユミチが、年若なカヨウにはこんなに弱い姿を晒す。
他の誰も見たことがない無様な様子。
嬉しい。
ぞくぞくする。
ママに甘える赤ちゃんみたい。
「ごめん……ごめんな、カヨウ……お前のことが嫌いなんじゃない。好きだ、大好きだ」
「ええ」
「好きって言ってもらえて嬉しかった。本当だから」
「わかっています、大丈夫です」
そんなに強く抱きしめなくても、どこにもいったりしませんよ。
カヨウはあなたを見放したりしませんよ。
だって私、あなたのママなんですから。
「もう少し時間を……カヨウが大きくなったら、次は……俺から言うから。お前が嫌でなければ……」
「わかりました、待っています」
その時もきっと、不安いっぱいの情けない顔を見せてくれるんでしょう。
楽しみに待っていますから。
「ごめん……情けないな、俺」
「ええ」
ついうっかり、笑って頷いてしまった。
アユミチの胸の中で。
「そうですね」
アユミチお兄ちゃんってば情けなぁい。
◆ ◇ ◆
※あとがき※
第一部終わりです。いかがでしたでしょうか?
結末まで構想していますが、書き続けるモチベーションに数字がほしいです。
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続ける支えになります。どうかよろしくお願いします。
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