法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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  ◆   ◇   ◆

 二話ほど隣国の海兵の話が挟まります。
 人物名が増えるので少し紹介。

 トローメ王国
 旗艦【叉波王(ざはおう)
 巨大な海魔カルマリィの遺骸から作られたトローメ王国の象徴的な船。
 代々トローメ国王を船長とする慣例。
 八方向に三連の巨大弓を備え、船足も極めて速い。船体はゴムのような柔らかさと鉄のような硬さを併せ持つ。

 【踊転子(ようてんし)
 トローメ西部海域を統括する右流伯麾下の戦艦。
 現在は奴隷出身の海将ジナミナが船長だが、実際の指揮は副長が行っている。

 ホスバルドル国 トローメ北西の国家
 【浮繰馬(うきくるば)
 若き艦隊司令ノアカッセが指揮する戦艦。

 メムナーン。
 ノアカッセが個人的に雇っている熟練の傭兵。
 元トローメ人だが特に国家に帰属意識はない。

  ◆   ◇   ◆



2-36.若き提督と海の傭兵 ※海戦パート

 

 洋上に他の船影を見たなら。

 まず警戒する。敵と疑う。戦闘準備をする。

 明らかな大型船や船団であればできる限り近づかない。風向きや潮の流れにもよるが。

 

 見張りは重要な役目だ。

 敵船に限らず暗礁や漂流物も見なければならない。

 妙に海面が沈んでいたり浮いたりしているのを見つければ全力で回避。海魔の類がいる可能性が高い。

 

 鯨を丸ごと飲み込むような大口貝もいれば、数十の群れで渦を巻き起こす海獺(ラッコ)もいる。

 数が少なく滅多に遭遇しないが、ゼロではない。

 出くわせばほぼ死ぬ。

 

 かつて大海魔【千棘】カルマリィを倒した海賊は、その死骸から戦艦叉波王(ざはおう)を作り、初代トローメ王となった。

 トローメ近海をカルマーレ海と呼ぶのは、叉波王が支配する海だと皆が認識しているからだ。

 

 不沈艦叉波王を要するトローメ海軍に逆らう馬鹿は、海を挟んだ南大陸側にしかいない。

 この海域を安全に抜ける為、西港ディサイ、南港ノーテス、東港アナトーリのいずれかに寄港して、税を納め関札旗をもらう。

 年ごとに色と記載が違い、期限切れの旗であればすぐにわかる。偽造も見抜かれるらしい。

 

 

 

「上の方々も無茶を言ってくれますね」

 

 見張りから報告を受けて遠眼鏡を覗いていた男は、ぼやきながら口元に笑みを浮かべた。

 

「陸軍の恥を海で(そそ)げ、とは」

「ホスバルドル建国以来、トローメ海軍に勝てたことなんてないだろう」

「そう、近場の海域でもトローメの目に怯えながらやってきたのが現実です。メムナーン」

 

 トローメの北西に位置するホスバルドルは、トローメより歴史が浅く国力も劣る。

 劣っている上に、豊かな海産資源をトローメに奪われてきた。国力差は開く一方。

 腐りきっているトローメ王国にあって、国王直轄の海軍の精強さは損なわれていない。

 

 軍事力で周辺国を押さえつけ、通行税を徴収しながら最も良い漁場を占有する。

 食料は人口を増やし、人口は国力となる。大国トローメの顔色を窺うホスバルドルの図式はずっと変わらない。

 

 たまに、ガス抜きのように小競り合いをすることがある。

 上の方で話がついているらしく、存亡をかけるような大戦にはならない。

 下々の民に戦火がすぐ傍にあると感じさせ、国の支配を受け入れさせるため。

 トローメ側は戦勝という形で国をまとめる一助としている。

 

 

 先ごろ北方での軍事行動は少し規模が違った。

 北の要衝ヴォラスに近い砦を落とそうとする仕掛け。

 ホスバルドルはそれに失敗し、英雄メタウ将軍が戦死した。一騎当千の将を失った。

 同盟国であるベゼロイタは小さな拠点を得たと言うのに。

 

 敗戦に対してやけに発作的な命令。

 勝ち目の薄い海戦を挑むなど、正気の沙汰とは思えない。

 ホスバルドル軍では陸軍の発言力が強く、海軍はおまけ的な扱いだ。

 約束が違うとでも言いだしそうな陸軍の怒りが海軍を動かした。

 

 とはいえ、誰も負け戦などに臨みたくない。

 お鉢が回ってきたのが、若くして一艦隊を任される天才ノアカッセだった。

 

 

「東北東に敵船四。戦艦踊転子(ようてんし)ほか随伴艦。南東に別に三。叉波王あり」

「手厚い歓迎ですね」

「予定通りでいくのか、ノアカッセ?」

「おかげで非常に不利な状況ですから」

 

 南東から吹く風。ノアカッセの率いる五隻の船団にとっては向かい風になる。

 戦力的に劣って位置取りも不利。

 

「これだけ不利なら降伏も仕方ない」

「白旗の準備はしている」

「では、どうしようもない時はそれで」

 

 

 ノアカッセの手が上がると、即座に手旗が振られた。

 随行していた四隻が大きく左に回頭。

 西港から出てきた【踊転子】率いる四隻に向かい北上する。

 

「旗艦【浮繰馬(うきくるば)】、叉波王の右舷に全速前進!」

 

 ノアカッセの乗る一隻だけがわずかに進路を左に切り替え、トローメ王国の象徴である大戦艦叉波王を目指した。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 二つに分かれたホスバルドル艦隊に対して、西港ディサイから急行した踊転子(ようてんし)の反応は早かった。

 向かい風を斜めに受けながら、叉波王(ざはおう)に迫ろうとするノアカッセを追う。

 西港方向に進路を向けた四隻は無視する形だ。

 ホスバルドルの四隻に向けて随伴艦から矢が飛ぶが、牽制的なものでしかない。

 

 叉波王に迫る浮繰馬(うきくるば)を沈めるのを優先した。

 風向きとは逆に、海流に乗って猛烈に距離を詰めてくる。トローメ近海なのだから相手方の方が優位なのはノアカッセも承知している。

 

 

「取舵一杯!」

「ヤー!」

 

 近づいてきた叉波王の雄姿から転進。追ってくる踊転子に回頭する。

 

「撃てぇ!」

 

 叉波王とその僚艦を背にして、飛び込むように向かってくる踊転子に固定弓台から大弓を放った。

 三連射。

 一つは海に外れ、ひとつは打ち払われ、ひとつは帆を破る。

 

「おいおい、大矢を簡単に払ったぞあいつ」

「噂の奴隷海将ですよ、メムナーン」

「うへぇ」

 

 トローメ西部港町ディサイに常駐すると聞いていた。

 数年前まで南大陸と交戦状態だったトローメ海軍の中で頭角を現し、瞬く間に将に祭り上げられた奴隷少女ジナミナ。

 遠目にも小さな体躯に見える。

 船体に突き刺さろうとした大矢を、甲板から飛び出して撃ち落とし、その反動で船に戻った。

 

「バケモンだろ、ありゃ」

「将校と寝て出世したという噂は間違いのようですね」

 

 反転した浮繰馬は、追い風を帆に受ける。

 急な方向転換と思わぬ加速で、向こうの大弓の照準は焦って合わない。近くに味方の船があって無闇に撃たない。

 

 

「来ますよ、メムナーン」

「くっそ、あんなの割りに合わねえ」

 

 一本だけ、杭のような矢が放たれた。

 向かい風を計算しきれないのか、浮繰馬を越えて叉波王に届いてしまいそうな軌道で。

 

 その杭にくっついて飛んできていた。

 化け物が。

 

「んっ」

 

 小さな息と共にその杭を蹴り飛ばして、どんっと浮繰馬の甲板を大きく沈ませた少女。

 放たれた杭は空の彼方に。

 少女は単騎でノアカッセの船に。

 

 

 ――ジッナミーナ! ジッナミーナ!

 

 大喝采を上げながら近づいてくる踊転子と、その声など意にも介さない顔でちらりと周囲を見回すジナミナ。

 両拳につけた鋼の球のようなグローブで、手近にいた水兵をぶん殴った。

 

「げぶっ!」

「ぶぁぁっ!?」

 

 顔を潰されたのが一人と、続けて一人海に叩き落される。

 大きく揺れる甲板の上でも軽々と、しかしその拳の一撃は重い。

 単独で空から飛び込んできた少女に戸惑い、その力を見てさらに迷う浮繰馬の水兵たち。

 さらに追撃を、と。少女の膝が少し下がったところで――

 

 

「挨拶もなしとは育ちがわりい、ぜ!」

「ん」

 

 メムナーンが切りかかった。

 その曲刀をこともなげに撃ち返して、反対の拳を叩き込もうとして、翻って後ろに跳んだ。

 

「こっちもいい育ちじゃねえ。傭兵稼業だけどな」

 

 曲刀を囮にしてもう一歩踏み込んだメムナーンの靴に、鋭い刃物が仕込まれていた。

 腕の立つ傭兵メムナーンはホスバルドルの軍人ではない。ノアカッセが個人的に契約している傭兵だ。

 戦闘技術なら並みの兵士とは比較にならない。さらに船上戦闘を得意とする。

 

 

「ノアカッセ、こいつは無理そうだ。敵船だってのに動揺のかけらもねえ」

「感情のない奴隷だと聞きましたが」

 

 他の水兵に下がるよう手で示し、メムナーンの隣に立った。

 

「私も手伝いますが、仕事ぶり次第で給料が下がると忘れずに」

「嬉しいね。あんたの頑張りも査定しといてやるよ。サービスだ」

 

 両拳を構える少女ジナミナの顔には、確かになんの感情も見えない。

 褐色の焼けた肌。頬の傷だけが生々しいピンク色。茶色の瞳は船上にあっても少しも揺れない。

 

 

「トローメの海将を討てば、こちらも今後やりやすくなるでしょう」

「うまくいったら給料は上げてくれんだろうな」

 

 頷いたのはメムナーンの軽口に対してではない。

 やはり、背後の叉波王は撃ってこない。

 それを確信して頷いた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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