法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
「戻る前にものすっごい鳥を見たんだけど」
「天孔雀でしょうな。雨季が近い」
捨て森に戻る直前、上空に巨大な鳥がゆったりと飛んでいるのを見た。
遠目でも異様な大きさだとわかった。地球では見たこともないような鳥。
集落近くを散策していたイーペンに聞いてみると、大きな手ぶりと合わせてホラ話のように語ってみせる。
「片方の翼だけで九尺あると言われておりますぞ。地上に降りることはありませぬが、稀に落とす羽根は極めて高値で取引されますな」
一尺が30センチだと270センチくらい。両翼でその倍か。
猛禽類でその大きさなら人間だって捕食できそうなものだ。
「食われるかと思ったよ」
「ははっ、確かに何を食うのやら。何しろ地上に降りぬので」
説明しながらイーペンも小首を傾げ、ふうむと唸る。
ずっと空の上で悠然と飛んでいて、人を捕食するわけではないと。
「過去にあれに魅せられた者が数年間追い続けたそうです。その間、一度も空から降りず、天孔雀が飛び去った後に雨季が訪れると。しばらく同じ地域を飛んで、去る時に一声鳴くのだとか」
イーペンは物知りだ。
カヨウは、見たことがあるからたぶん大丈夫とくらいしか認識していなかった。
とりあえず危険のない渡り鳥みたいなものか。
「いない間に他に変わったことは?」
「やはり霧が濃くなっている以外は特別ありませぬ。二人、病気の夫婦が増えましたな」
そうそう変わったことがあっても困る。
病人が増えるのは捨て森では日常的なこと。変わったことのうちには入らないようだ。
既に置いてあった薬を飲み、斑徂症の症状が少し落ち着いた様子の中年夫婦。
町で靴職人をやっていたと話し、残してきた半人前の息子を案じていた。
治ったら戻ればいいとアユミチは思うが、一度死病にかかった者が戻れば迷惑だと言う。そういうこともあるか。
靴職人。新しい靴を仕立てたり古い靴を修繕する仕事。
不衛生な環境で病気に感染するリスクはありそうだ。
革靴を縫う針でうっかり指を刺してしまったり、その傷を舐めたり。
見れば確かに靴だけは他の人と違う丈夫な造りのものを履いていた。
◆ ◇ ◆
「お帰りなさいませ、
すっかり妻の顔で迎えるゼラと、一歩後ろで小さく頭を下げるファニア。
「道中、ご不便はございませんでしたか?」
「不便って、何もないよ」
昨夜のカヨウの肢体が頭を掠めて、つい強く否定してしまう。
何もない。後ろめたい。
そんなアユミチの胸の内を知っているようにゼラの視線は隣のカヨウに。
「別に何もないって――」
「簡素ですが良い仕立ての服ですね」
さらに否定を重ねようとしたアユミチの言葉にかぶせて、カヨウのワンピースを評した。
出て行った時と違う服装。
小汚い襤褸切れを服の形に繕ったものではない。
「あ……あぁ、ゼラの分ももらってきたんだ。ファニアの分も」
「女神様から? それは嬉しいことですわ、良人」
「私に……」
エッチなことなんてしていない。
こんなまだ成長途中の少女に手出しなんてしてない。
「純白の綺麗な布地……手触りもいいですが、ここではすぐ汚れてしまいそうですね」
「それは肌着だよ。神様に奉納されたもので、汚れは自然と落ちるし並みの刃物じゃ切れないくらい丈夫だ」
下着用の白い羽織のような肌着と、その上に着る紫色の上掛け。服に詳しくないアユミチにはなんと言えばいいのかわからない。
歩きやすいように選んだグレーのズボンを見て、カヨウのワンピースとちらりと見比べた。
「こちらもどうぞ」
カヨウが別に手渡したのはパンツだ。紫色の紐パンを受け取ったゼラが、目を閉じてゆっくりと頷く。
「愛する
何を想像したのか、手にしたパンツと太腿をきゅっと締めて喜びを表現するゼラ。
細身なのに妙に色気が濃い。
「こちらはファニア様にです」
「私にまで、このような……いえ、いただけません」
ファニアには薄いピンクの下着と、破れてしまったシャツの代わりの着替えなどを用意してきた。
手を伸ばしかけたファニアだが、小さく首を振って手を引っ込める。
「ゼラ様への贈り物と共にいただくなど、恐れ多いことです」
「破れちゃった服の代わりがいるだろ。それとゼラは別に俺の――」
「受け取りなさい、ファニア」
奥さんじゃない、と言わせまいと強い語調で被せた。
有無を言わせない押しの強さ。
「主の気持ちを蔑ろにするものではありません。あなたへの――」
カヨウが渡そうとしている服一式の一番上のピンクのパンツを見て、一瞬だけゼラの言葉が止まった。
「施しです。従者の身なりも主の品位のうちでしょう」
「ゼラ、別にファニアは俺の従者じゃ――」
「ありがたく頂戴いたします、アユミチ殿。奥方様のご厚情にも重ねて感謝を」
今度はファニアがアユミチの言葉を遮る。
利害の一致でもあるのか、この二人はどうにもこの関係を事実として定着させたいようだ。
強く否定できないのは、アユミチにも下心があるから。
見た目ならエルフとか精霊を思わせる幻想的な美しさのゼラと、凛々しさの中に可愛らしさを備えるファニア。
二人の美女から、妻になりたい愛妾扱いでもいいと好意を押し付けられて、嫌な気分などするわけがない。
あわよくば二人まとめて、なんて男の夢のような状況に手が届く。叶う。
「……ありがとうございます」
受け取った衣類を胸に抱いて、噛みしめるように。
喜んでくれたならそれが何より。
「私も、あらためてアユミチさんにお礼を」
くるりと向き直ったカヨウが、どこで覚えたのやらワンピースの両裾を摘まんで淑女らしい礼をしてみせた。
ズボンではできない仕種で微笑むカヨウの目がアユミチを映す。
昨夜の約束、忘れないでねと念を押されているのか。
「アユミチさんが選んでくれた服、とっても嬉しいです」
「……」
「あぁ、よかったよ……ってゼラ!?」
突然、ゼラが着ていた服を脱ぎだした。
肩の留め具を外して首からするりと抜く。
ぽいと脱ぎ捨てた服も、他の住民の衣類よりずっと上等な仕立てだが、まるで気にした様子はない。
続けて下に着ていた肌着も脱いでしまい、控えめな胸の薄桃色の蕾まで惜しげもなく晒した。
「
堂々と裸体を晒す。
自信があるのだろうし、事実とても美しい。
「いや別に今すぐじゃなくても」
「お目汚しでなければ見てくださいませ。ファニア、あなたもです」
「はい、奥方様」
促されたファニアまで、手にしていた衣類を一度丁寧に置いてから皮鎧を外し始める。
とりあえず結んだだけの鎧下の破れた隙間から、ファニアの胸の谷間が浮き上がっているのが見えた。
「俺は」
「御見苦しい姿を晒して申し訳ありません、アユミチ殿」
「そんなことは……」
非常に眼福だ。
自ら着替えを見せてくれるのだから、目を背けるのも失礼というもの。見苦しいことなんて何もない。
一度、生まれたままの姿になって長い銀髪を指で
見ていて、ムダ毛とか全然ないんだなと気づいた。剃っているとか何かだろうか。
その疑問は後でムンジィに笑われることになる。男じゃないんだから生えてるわけがない、と。地球人とは違うわけだ。
この時点ではそんな知識はなく、そういえばカヨウもまっさらだったなと思って目を向けて、カヨウの妙に大人びた微笑みに飲まれた。
ゼラと対照的に、同じく裸になって両腕でお腹を隠すように縮こまるファニア。
ちらちらとアユミチの反応を窺うのだが、腕を抱えるせいで胸のふくらみがより強調されてしまう。
可愛らしい。
なんだここは天国か。と思えば、ゼラとカヨウの目が鋭さを増して刺さってきた。
欲情してはいけない罰ゲームなのかもしれない。試されている。
一番煽情的だったのが、紐パンを身に着ける一連の動作だったことは間違いない。
脱ぐ動作より着る姿。
自分の中のフェティシズムが目覚めた瞬間だった。
◆ ◇ ◆