法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-2.野心

 

 

「ゼラ様は高貴な御方ですから」

 

 着替えおわったファニアに、ゼラへの態度が過剰だと言ったのだが、ごく当たり前のように首を振られた。

 

「私は地方郷司の娘です。ゼラ様は王都の歴史ある確かな名家の生まれ。寝食を共にさせていただいている今が奇妙な状況です」

「捨て森で家柄など誇っても意味はないでしょう」

 

 同じ部屋で暮らし同じものを食べる。

 こんな共同生活をする関係ではない。

 アユミチの感覚だと、大企業の平社員が創業者社長と同席するような感じなのかもしれない。気を遣うなと言われてもそういうわけにもいかない。

 

「アユミチ殿が女神様に身を捧げたと言ったのは、あまり余人を寄せない為の方便でしょう?」

「……まあそんな感じかな」

「ゼラ様は貴い血を引き、またアユミチ殿に誠実です。権威主義などに凝り固まって横暴な物言いをされることもない。アユミチ殿の奥方様にこれ以上相応しい方はおられません」

 

 ずいぶんと強く推す。

 ゼラの方は何を言うでもなく、新しい服の手触りを確かめていた。

 

 

「どうかアユミチ殿。今後、町や都で女神様の救済を広めるとしても、ゼラ様をあなたの伴侶として頼みとされてください。都の貴族の大半は、あなたを尊重するより己の利を先とする者ばかりでしょう」

「そう断言できるんですか?」

 

 何とも言えないアユミチの代わりにカヨウが口を挟んだ。

 

「ファニア様もゼラ様と知り合って日が浅いと思いますけど」

「数日でも一緒にいれば人の心根は見え隠れする。性根が腐っている人間はどこかで臭いを隠し切れないものだ」

 

 強い語調で言い切って首を振る。

 カヨウに話す時のファニアの態度は、年齢も階級も上だとはっきりと表す。日本の価値観とは違う、ここではそれが当たり前のこと。

 

「私も数年を国軍で過ごし、長くはないが鬼巫(おにみこ)様にお仕えする幸運を得た。貴族院の面々と接することもあった」

「トローメで一番偉い方々ですよね?」

「一番貴い御方は国王ネロ・トローメ陛下だ。今はまだ十ほどだが。次いで陛下の弟君であり王太子ニーモ殿下。貴族院議長タシモ・ティッダーン大公の権威はその後になる」

 

 

 まともに教育を受けていない国民の多くは国の仕組みを知らない。

 なんとなく領主や国王は偉い人という意識があるくらい。

 おそらくカヨウの認識では、貴族院という機関がトローメ王国の最高意思決定機関という感覚で言ったのだろう。日本で言えば国会のような。

 

 序列で言えば国王が一番。

 だが絶対君主制ではないらしい。

 古代ローマの元老院と皇帝の関係を想像してみるが、アユミチもローマ史に詳しいわけでもなくイメージの域を脱し得ない。

 

 

「ごめんファニア、俺もトローメ王国のことをよく知らない。教えてもらってもいいか? その鬼巫様のことも」

「謝られることなどありません。この国の生まれでないアユミチ殿が知らないのは当然です」

 

 嬉しそうな顔で首を横に振り、続けて縦に大きく振る。

 頼られて嬉しかったようだ。

 

「鬼巫様がその大公の次に偉い人?」

 

 ファニアが最上級の敬意を示す鬼巫様について聞くと、苦々しい顔で首を振られた。

 

 

「いえ、残念ながら……鬼巫様はトローメでも特異な立場の方ですので。貴族院幹部の次というのであれば、西海域の右流伯(うりゅうはく)マクリアス家と東海域の左潮伯(さちょうはく)エクソト家でしょう。王船叉波王を除けばトローメ海で最上位の命令権を持ちます」

「結託して反乱とか起こされないのか?」

「お互いの関係が悪く、相互に監視と牽制しているバランスですね。三百年変わらないので根が深いものかと思います」

「あれは元が敵対していた頭目同士です。子分一党もそれぞれ遺恨があって、上の一存で手を組めるほど簡単ではありませんの」

 

 ゼラが付け足した頭目といった呼び方でなんとなく察する。お上品な出自ではなさそうだ。

 ヤクザの親分的な成り立ちで、子分同士も昔から因縁がある。

 共謀してトローメ国王に反旗を翻すことは考えにくい。

 

 

「エクピキ教団の教祖? みたいな人が権力者かと思っていたけど」

「確かに非常に大きな影響力を持っていますが、大地と海は全て国王陛下のもの。それを預かり統治するのは貴族に限られます。エクピキ教団主光ゲニーメも自らの土地を持つことはありません」

 

 決まりとしてそうなっている。

 土地は全て国王からの借り物で、人々はそこに住まわせてもらっているという形式か。

 

「金と影響力とコネがあれば、無理やり特例で認めさせそうな気もするけど」

「領地を持てばそこに住む民に振り回されることもありますので。愚策が過ぎればもちろん、天災でも民の生活は苦しくなり、不満が溜まれば爆発します」

「民に蜂起され、鎮圧したものの一族処刑された家もありますわ」

 

 統治に失敗すれば責任を取らされる。

 天災などどうしようもない。

 責任を負うリスクを考えれば領地など必要ないのか。

 

 

「特例が、鬼巫様なのです」

 

 エクピキ教団の話で陰ったファニアの顔が、ふわっと明るくなった。

 

「鬼巫様の隠れ里。北部山中にあると言われていますが、その所在は国王陛下さえ知りません」

「へえ」

「女だけの里です」

「……へえ」

 

 間抜けな声が漏れた。

 アユミチの顔に何を見たのか、ゼラは軽く頷きカヨウは小さく息を吐く。

 

 

「なに?」

「やはり殿方はお好きなのですね。女だけの隠れ里」

 

 アマゾネスとかそういう女だけの部族。

 色々と妄想が膨らむ。

 

「まあその……興味はあるよ」

「そうでしょうとも」

「隠れ里に住むのは鬼娘。美しい方々です。女神スカーアの加護を受け――」

『スカーア?』

「――た一族で、女だけで子を産み育てます。老いないと言われますが誤解だそうです」

 

 途中、ノクサが声を漏らした。

 ぴくっと羽根が震えたが、ファニアは気づかずそのまま続ける。

 

 

「鬼巫様のお言葉通りで言えば鳥や獣と同じなのだとか。大鷲などは寿命を迎える直前まで卵を産み狩りをする。そういう生態なのだと仰っておられました」

 

 自然界で生きる獣は、人間と違って年老いて弱っていくことがほとんどない。そうなれば死ぬ。

 象の高齢出産なんてニュースも聞いたことがあった。

 人間と違って寿命の後半みたいな時期がない。鬼巫の一族もそうした生態だとすれば、寿命を迎える近くまで若々しい現役の肉体を保つのだと思う。

 

 ノクサの反応は気になったが、今ここで確認するのはやめておいた。

 スカーアと敵対的なのか友好的なのかわからない。少なくともファニアは鬼巫に好意を抱いている。

 

 

「スカーアとはまた、珍しい名を聞きました」

 

 ゼラも知らなかったらしい。

 ノクサと同じくスカーアの名を口にして、記憶をたどるように目を閉じる。

 

「死と夢の女神。あまり他の神々と関りを持たない女神だったと言われますが……」

「いや、俺の女神様とは別だ」

 

 アユミチが仕える名を失われた女神がそれかという目だったので、勘違いを否定しておく。

 仮に別名があったとしても、レーマ様を死と夢の女神とは表現しないだろう。破壊と欲望とかなら一致する。

 

 

「エクピキ教が言うには、エクピキが消えて世界から光……神々が失われたと。他の宗派でも同じような言い伝えのようですが、スカーアはそれらより先に死の眠りについたと言いますね」

「千年以上昔のことのはずです。神が失われ荒れた世界で、三百年ほど前に大海魔【千棘】カルマリィを討伐したのが初代トローメ国王。それに協力したのが当時の鬼巫様とエクピキ教団です」

 

 建国当時の功労者。

 だからトローメの国教はエクピキ教なのかとも納得する。

 

「隠れ里への不可侵を誓約として、代々鬼巫様はトローメ王国に協力してきました。唯一王権の及ばない場所が鬼巫様の里なのです」

「それで特例の扱いってわけか」

「北府ヴォラス周辺の民は、北の守護者と名高い鬼巫様に心服しています。貴族院やエクピキ教団には面白い話ではありませんが」

 

 自分たちとは別の派閥で強い影響力を持つ鬼巫。

 トローメ国王は、こういう対立も利用してバランスを取っているのだろう。

 

 

「ファニアってその鬼巫様の花札? 側近に選ばれたんだったよね」

「鬼巫様と五色の花札。その一枚として。私は魔法が使えないので、他の方々の盾役でした」

「すごいんじゃないの? それ」

「身に余る僥倖でした。今は女神様の一の使徒アユミチ殿の従者となれた導きに感謝しています」

 

 国の重鎮の側近と並べられても困る。

 ゼラは当然といった風に澄ました顔で頷いた。

 

 

「女の子だけの里ってのは、確かに……襲われそうな場所だな」

「女神スカーアと結んだこの地を離れることはできない。その為にトローメに属する道を選んだという話でした」

 

 群雄割拠の不安定な情勢で隠れ里の存続が危ぶまれ、南の海域で力を持っていた初代トローメ国王と契約した。

 当時のことはわからないが、結果として国が三百年も続いたのなら正解だったのだと思う。

 

「国の成り立ちはだいたいわかった。ありがとう」

「いえ、私にわかることでしたらなんなりと」

「国王がトップで、貴族院が各地の統治運営。右流伯(うりゅうはく)左潮伯(さちょうはく)が海軍で、鬼巫様は客将みたいな北の守護者か」

「その理解でいいと思います」

「ゼラの家は……」

 

 貴い身分の家だと聞いたが、国でどんな役目だったのだろうか。

 醜聞で落ちぶれたような話だったが、もし返り咲くことができるならそこを足掛かりにもっと大きなことができるかもしれない。

 捨て森の住民も移住させたりできないか。

 

 

「わたくしの家は代々治籍官補を務めていましたわ。各町村の戸と民の数を管理する職務です」

「領地なんかは?」

「ありません。廷臣と言いますが、都で直接王政に携わるものでした」

 

 地方領主ではなく高級官僚。

 家で仕事が決まる社会と考えれば、確かに上流階級の家柄だ。

 下手な地域の領主よりも安定した立場とも言える。

 地盤はない。アユミチの思惑は外れてしまうが、別にゼラが悪いわけではない。

 

「領地をお望みでしたか?」

 

 アユミチの落胆が顔に出てしまい、ゼラの表情がわずかに陰る。

 妻として役に立てないとか、そんな顔をさせてしまって慌てて首を振った。

 

「そうじゃないんだけど……捨て森も安全とは言い切れないなら、どこか移住できるあてがないかと思って」

「でしたら候補ならいくつか思い当たります」

 

 領主になりたいとかそんな気は毛頭ない。

 自分のことで精いっぱいなのに、身の丈に合わない役目などまっぴらごめんだ。

 アユミチの態度を見てゼラはほっと息を吐いて頷いた。

 

 

「言った通り、わたくしの家は治籍官補でしたので。父の手伝いで毎年たくさんの人の名を地域ごとに書き綴りました。ほとんど頭に入っておりますわ」

「……はい?」

「民の入出のしやすい土地。土地に対して人手の足りない地域。トローメ国内のことでしたらおおよそは」

 

 引きこもりで本ばかり読んでいたとかいうゼラは、当然読み書きができる。

 家の仕事で国内の戸籍をまとめていた。この世界に個人情報保護だとか労働法なんて概念はないだろう。

 

 国内の地域事情をだいたい覚えているというのは、知識のないアユミチにとって非常にありがたい。

 インターネットなどない世界では他で得難い情報源になりそうだ。

 

 

「……すごいんじゃないか、ゼラ?」

「ええ」

 

 ゼラが微笑み、なぜだかファニアの表情も明るくなった。

 

「わたくし、アユミチの妻なのですから」

 

 軽く胸に手を当てて小さく礼をしてみせる。気品ある淑女然として。

 

「次は、わたくしにもドレスをいただけるよう努めますわ。良人(あなた)

 

 ――動きやすいズボンの方がいいと思いますよ。

 

 服選びの時にそう言ったのがカヨウだと知っているかのように、少女のワンピースドレスを手で指して微笑んだ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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