法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-3.祭られず

 

 花札の役を果たせば、望めば鬼娘として鬼巫様の子を授かることも叶うと言われた。

 

 女だけで成り立つ里。

 男がいないわけだから、恋愛対象も自然と女の子になる。

 鬼巫の花札たちは男嫌いと評判だったが、花札となる時に事情を聞いて理解した。

 

 

「女同士で……そういうわけでしたか」

 

 恥ずかしさで顔を伏せるファニア。

 

「別に貴族でも珍しい話ではありませんわ」

「奥方様もアユミチ殿も、私には命の恩人で……不快にさせたら申し訳ありません」

「別に不快ではありません。好意なら受けましょう」

 

 

 ファニアだって人間だ。下心くらいある。

 アユミチに感謝と敬愛を抱くのと同時に、ゼラにも感謝と共に性的な魅力を覚えた。

 

 鬼巫アハラマに勧誘されるまで、女同士という関係を我が身で考えたことがなかった。退廃した貴族の道楽だとか一部の変わった性癖の人間のことだと思っていた。

 他人事が、自分のことに置き換わった。

 

 悪くない。

 アハラマは可憐で、他の花札も皆美しかった。

 まさに花の集い。

 不躾な男の欲情の目に嫌気が差していたのもあって、悪くないと思ったのだ。

 

 彼女らの関係は思った以上に親密で、半月の夜以外は子ができないこともあってかなり奔放だった。

 国軍にいた時にも、不特定多数と関係を持つ女兵士はいたし、男同士というのも耳にした。

 ファニアは踏ん切りがつかないまま貞操を守りつづけてしまう。

 

 

 ゼラは美しい。月のごとき幻想的な美しさ。

 命の恩人のアユミチと、命の恩人のゼラ。二人が夫婦になることに反対などしない。

 ファニアは死んだ身だ。

 人生を諦め、命を諦めた。

 それを掬いあげてくれたアユミチとゼラに尽くしたい。

 

 愛妾にしてもいい、と。

 昔ならその言葉に腹を立てただろう。いくら命の恩人でもそんな言い方があるか、とか。

 ただその時のファニアはすっかり気持ちがへし折れて萎んでいたところで、一目で綺麗だと思ったゼラにそう言われて妙な気持ちのスイッチが入ってしまったのだ。

 

 悪くない。

 貴族でなくとも、裕福な商人でも(めかけ)がいることは珍しくない。

 下手をすれば村長だって、若い未亡人の面倒を見ると称して愛人にしていることもある。表向きは使用人扱いで。

 上級貴族だと、妻が夫の為に愛人を選んで用立てることすらある。

 

 好いた男の愛人になるのは不幸ではない。

 アユミチはきっと愛人でも粗末にしないのではないか。惚れた身からすればひどい扱いをされても愛されたい。

 

 それに、ゼラも。

 彼女には不快かもしれないが、ゼラの見た目にも惹かれてしまう。

 好きかも。

 

 

 隠しておこうと思った。明かす必要のない想い。

 けれど恥ずかしくなった。

 

 ゼラは、カヨウを女と見て、一人前の敵と認めて言ったのだ。

 自分にも淑女の服を贈ってほしいと、正直に。

 子供扱いしない。カヨウが女としてアユミチに迫るのなら妻として正面から迎え撃つ姿勢。

 

 ファニアはカヨウを子供扱いした。物を知らない子供だと言葉を遮った。

 今思えば、怯えていたのだ。カヨウに。

 アユミチの最も近くにいて大切にされているカヨウに嫉妬して、畏れた。

 だからゼラこそが妻だと強く押し通そうとしたのに。

 

 

 すごいな、と。

 かなわないな、と。

 

 下心を隠してゼラを盾にアユミチの寵愛を得ようとしていた自分が恥ずかしくなって、ゼラと二人になった後で告白した。

 愛妾でいいからという惰弱な気持ちと、ゼラに対しても邪な……淫らな気持ちがあったことを。

 

 

「別に構いませんわ」

「変に思われるのではないかと不安で……」

「アユミチを裏切って肉体関係を結べと言うのなら処罰するところですが、そうではないのでしょう」

 

 もちろんそんなつもりはない。

 愛しい主君と美しい女主人。二人両方を得られればいいな、なんて。そんなさもしい下心だっただけで。

 

「先ほども言いました。貴族では珍しい話でもありませんし」

「はい」

「それに」

 

 同性に好意を寄せられて嫌な気分になる者もいるだろう。少なくないどころか多いはず。

 親愛という範囲を踏み越えた、淫猥な欲情。

 ファニアが軍属の頃に感じた不快感を覚えさせるかと不安に思っていたが、ゼラはやや楽し気に鼻を鳴らして笑った。

 

 

「そういうのもありましたわね。色々な魔法書に」

「……」

 

 うふふ、と思い出して笑う。

 ぞくっとするほど淫らな曲線が、ゼラの唇の端に浮かんだ。

 アユミチの前では見せない顔。

 

「悪くありませんわ、ファニア」

「……はい」

「アユミチが望むなら一緒に身を捧げましょう。欲されるまま淫らに」

 

 何を思い出したのかわからないが、とても気分が良さそうに肩を震わせるゼラ。

 どんなことを思い描かれているのか、想像したらファニアの背筋にも震えが走った。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

『ノクサを封印したのがスカーアなの』

 

 あの場で聞かなくてよかったと思う返答だった。

 完全に敵じゃないか。

 いくらファニアにはノクサの声が聞こえないとしても、これを聞いていたらアユミチが平静を保てていたかわからない。

 

「お前さ……レーマ様じゃなくてお前の敵が多くないか?」

『別に敵じゃないわよ、スカーアは』

 

 エクピキの指を切って、レーマ様に見つかったら死ぬかもしれなくて、スカーアに封印されて。

 敵ばっかりじゃないかと。

 

 

 

 ゼラ達と別れた後、カヨウに残った肌着類を他の住民に分けてもらうように頼んだ。

 アスパーサやプレヴラ母子たちと一緒に仕分けするのをムンジィに見守ってもらって、少し一人になると集落を離れた。

 

 他の人間がいるとノクサと話しにくい。

 ノクサの声は他人に聞こえなくてもアユミチの声は聞こえる。

 うっかり聞かせたくないこともあるかもしれない。

 

 電話で通話する時、アユミチは他人が近くにいると落ち着かない性分だった。

 相手の声は自分にしか聞こえないわけで、なんだか独り言を言っているような姿に思えるのだ。

 

 

 少し森に入ってノクサに事情を聞けば、先ほどの通り。

 鬼巫が信仰するスカーアに封印された身で、敵対的じゃなかったとはよく言う。

 

「敵じゃないって、仲良しだったのに封じられたのか?」

『よく怒らせていたわね。スカーアを怒らせるのはノクサくらいだったのよ』

「ぜんっぜん悪いじゃんか」

『ノクサだって怒ったことあるんだし。スカーアがみんなまとめて殺すって言うから』

 

 死と夢の女神スカーア。

 前に聞いた話だと、エクピキとかが死んだ後、残った神々の宴会場の地下で呪い歌を歌って全部殺したとか。

 

「あれ? お前、スカーアが神様殺したって知ってなかった?」

『ノクサが封印される時に聞いたの、スカーアから。王蠍を起動する時にも魔法使いがそんなこと言ってたし、神の気配がどこにもなかったから。本当にやったんだなって』

 

 事前に話を聞いていて、世界から神の気配が消えた。

 それでスカーアの計画が実行されたのだと確信したらしい。

 

 

「スカーアはなんでみんなを殺したんだ?」

『レーマの為よ』

「は?」

『レーマの為。あの宴会は残ったレーマをどうやって殺すかって話し合いだったから』

「マジか」

『マジよ。スカーアって馬鹿なこじらせ女だったの』

 

 主神級だったポスフォスとかいう神が死んで、殺したエクピキも死んで。

 残った中で大きな力を持っていて面倒なレーマ様をどうしようかという会議が開かれた。

 表向きはこれから平和に暮らす為の宴。

 

「お前が封印された理由は?」

『そこにレーマを呼び出そうとしたからかな?』

「全方面に敵対行動だろ」

『どうせならお祭りみたいになれば面白いと思ったんだけど』

「愉快犯かよ……」

 

 殺神計画を話している場所に当事者を呼び込もうとしていた。

 悪いことばかりしていたから封印されたと言っていたが本当だった。

 スカーアがレーマ様を好いていたというなら封じられて当然。

 

 

『我が身可愛さで集まって、どうやってレーマを殺そうかって話してる現場にレーマが現れたら……楽しそうじゃない?』

「阿鼻叫喚だろ」

『こっそり手を組んで殺そうってよりは真っ当だとノクサは思ったの』

「そういう言い方すればそうかもだけど、そもそも恨み買い過ぎなんじゃないのか。レーマ様」

『欲しいって思うとすぐ手が出るんだもの。おーそれいいなあたしにくれよって』

 

 あー、ガキ大将的な感じ。

 ガキがやるのも迷惑なことを、主神級の力でやられたら迷惑どころではない。

 ギリシャ神話のゼウスみたいなものか。気に入った女がいると強引な手段でも何でもためらわない。

 

『思い出したわ。レーマの縄張りに住んでた女たちが、男の子が生まれるとすぐレーマにさらわれるってスカーアに泣きついたの』

「まさかそれが鬼巫様の祖先?」

『たぶん。どうやって解決したのか聞かなかったけど』

 

 女だけの部族に改造して隠れ里を与えた。

 スカーアって女神の思考もだいぶおかしい気がする。

 

 

『バカだったのよ、スカーアって』

 

 アユミチの表情を見て、ふわっと飛び上がったノクサが溜息交じりに呟く。

 

『レーマがほしがれば何でも譲った。レーマが嫌うものは遠ざけて隠した。レーマに都合のいいバカなメンヘラ女』

「レーマ様を増長させたのスカーアじゃないのか?」

『罰としてレーマが名前を分けられてやっと気づいたみたい。落ち込んで身を隠したかと思ったら……』

 

 他の神々より先に消えたと言い伝えられていることにも符合する。

 表舞台から消えて、それでもレーマ様を死なせまいと他の神々を処分した。

 こじらせメンヘラ女神。なるほど。

 

 

『尽くしていればいつかレーマが――』

 

 ビキキキギギィィッ……

 

 雷でも鳴ったのかと思う音が響き渡った。

 続けて葉っぱが擦れる音とわずかな地響き。

 

「なんだ?」

 

 森のあちこちから小動物が飛び跳ね、急に騒がしくなった。

 音の元は虚穴の方角。

 

「ノクサ、危険だったら即逃げるから」

『わかったわ』

 

 アユミチ一人ならノクサの力を借りて逃げ切れる。

 そう判断して、何が起きているのか確認するために虚穴に向かって走った。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 ――私とレーマルジアは永遠に繋がるの。

 ――それ(・・)をノクサに言うくらい後ろめたいくせに。

 ――許してくれるとは思わない。

 ――Goddamn(クソ食らいなさい)よ。

 ――ええ、Goddamn_me(私を永遠に赦さないで)。ノクサリージュ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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