法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-4.町の兵士

 

 轟音の発生源はすぐにわかった。落雷かと思ったのは大木がへし折られた音で、なぎ倒された周辺にもうもうと土煙が上がっている。

 土煙の中に残る割れた大木と、ゆらりと何かを探すような薄緑の紐――嘔息(くそく)ヘレボルゼの触腕と思しきもの。二本、三本と。

 

「何が……?」

 

 霧の塊のような虚穴(うろあな)に誰か近づいたのか?

 きっかけなしで急に暴れるような話は聞いていない。

 それに、数日前に見た時には大木を砕くような力はなかったように思う。ババの首を折るくらいの力はあったにしても。

 

「生きてたら返事してくださぁい」

 

 間の抜けた声で呼びかけられた。

 アユミチが答えに迷うより先に、薄緑の触腕が二本、声のした方向に突き刺さる。

 

「ひゃぁっ!?」

 

 再び樹木を砕く音が響き、遅れてやや間延びした悲鳴があがった。とりあえず今の攻撃で怪我をした様子ではない。

 標的を貫き損ねた触腕が二本、戻って――

 

「うぉっ!?」

「うん?」

 

 アユミチが声を漏らしたのは、何かが飛び散ってきたからだ。

 液体。緑色のどろっとした液体が、触腕の方から。

 

 切断されている。二本のうち片方が切られ、引き戻す勢いで中の液体をまき散らした。

 素っ頓狂な悲鳴をあげていた女がやったとは思えないが……もう一人いる。

 

 

「あらぁ? 誰かいますよリグラーダさぁん」

「わかっている」

 

 間延びした声とは対照的に、短く素っ気ない声音。こちらも女だ。

 

「そこの奴! お前が魔獣を――」

『アユミチ!』

 

 ノクサの声とほぼ同時にアユミチが横の木陰に転がった。

 

「うひぁぁっ!? くそったれ!」

 

 そのまま手を着いて無様にさらに逃れる。

 斬られて一時的に怯んだ触腕の残りがアユミチのいた辺りを打ち砕き、薙ぎ払う攻撃から逃げる。

 

 

「あやつって……いる、わけではなさそうだ。ビッテス」

「助けてあげましょうよ、リグラーダさん」

「なぜ?」

「あんな間抜けな転び方、かわいそうじゃないですかぁ」

「人のことを……まあいい」

 

 アユミチを捕らえ損ねた触腕が戻る中、二人で何やら相談を済ませた。

 魔獣を操っているのかと疑われたようだ。

 疑いが晴れたなら、四つん這いでどうにか逃げていたのも無駄ではなかったと思いたい。

 

 

「しかし、ヘレボルゼが活性化しているとなると……」

「焼きますぅ?」

「今はやめておいた方が無難だろう。おい!」

 

 鋭い呼びかけが向けられたのはアユミチだ。

 ほぼ同時に発せられた風を切るような音の後に、アユミチに迫っていた触腕が近くの大樹に縫い留められる。

 

「ここを離れる! ついてこい!」

「あ……わかった」

 

 有無を言わせない命令口調にわずかに考え、しかし迷っている余裕もない。

 最初に斬られた触腕の先端が泡を吹きながら回復しつつある。

 触腕を攻撃しても解決しそうにない。

 

 集落に戻るのもためらう。この二人が何者かわからないのと、数日前より明らかに攻撃的になっている触腕――おそらく魔獣ヘレボルゼの――が追ってくるかもしれない。

 

「ノクサ、ファニア達に集落を出ないように伝えてくれ」

『あの子たちにノクサの声は……なんとかしてみる』

「頼む」

 

 

 黒蝶になって肩から飛び立つノクサとほぼ反対に、見知らぬ二人と共に捨て森の奥側へと走りだす。

 アユミチの足を捕らえようとした触腕を、短髪の女が放った矢が再び地面に縫い留め、すぐに追ってくる気配はなくなった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「町から調査に来たんだ」

 

 捨て森がどういう場所か知らないはずがない。

 感染症の死病患者が暮らし、魔獣と呼ばれる嘔息(くそく)ヘレボルゼの生息域。この国では常識なのだから。

 そんな場所を訪れるのに理由がないわけがない。

 

「町で噂になっている。灰息病(はいそくびょう)患者が完治して帰ってきたとか、斑徂症(まだらそしょう)も治せる治癒士が現れたと」

「あぁ」

 

 黒髪短髪のリグラーダは、小さな弓……というか、パチンコのような投射器を左手首に固定した、ハンターという風情の凛とした女性だった。

 

 

「過去に例がない。トローメ建国以前から、ここは死病患者の墓場で、休眠状態のヘレボルゼの餌場だ」

「……」

「そんな怖い言い方しちゃだめですよぉリグラーダさん」

 

 餌場という言い方に苦い顔をしたアユミチを助けるように、クリーム色のウェーブヘアーのビッテスがふんわりと笑う。

 

「また驚いてチビっちゃったらイヤじゃないですかぁ」

「チビってない」

「そうですぅ? あたふた逃げ回ってたのに」

 

 触腕に襲われた時は、確かに驚いて両手をついて逃げ惑った。

 確かにひどくカッコ悪かったとは思うが、別にチビってはいない。

 

「あんただってひっくり返ってただろ」

「そんなこと――」

「尻からすっころんでいたな」

「もう、リグラーダさぁん! どっちの味方なんですかぁ?」

 

 敵味方。そう、それはアユミチも気になる。

 野盗に襲われたのがつい先日のこと。見知らぬ者が危険な場所に、どういう立場で来たのか。

 女だから味方、なんてわけもない。

 

 

「事実を言っただけだ。とにかく、状況を確認に来てみたら住民は健康なようだった。まやかしの類も考え接触は避けたが」

「二人で……女性二人だけで?」

「もう二人、男の兵士もいた」

「病気が治ったのはヘレボルゼの影響かもぉって言ってぇ、調べようと思ったんですよぉ? そうしたらアレですぅ」

 

 最初にアユミチが気づいた轟音の時だったのか、その前だったのか。

 しょっぱなに攻撃を受けてやられてしまったようだ。

 

 

「……仲間は死んだのか?」

「死体は見てませんし、どうでしょうねぇ?」

「今回一緒だっただけだ。特別親しかったわけじゃない」

「えっちな目で見られてイヤだったんですよぉ」

 

 なるほど、事情を聞いてみればわからないこともない。

 アユミチが治癒した住民すべてが捨て森に残っているわけではない。元の家に戻った者もいるだろう。

 当然、死んだはずの人間が戻れば噂になる。

 

 

「つまりあんたたちは、町の兵士……なのか? 捨て森の異変を調べに来た?」

「そんなものだ。集落に近づくのをやめたのは幻惑の可能性というだけじゃない。妙に警戒心が高いようだった。よそ者を排斥するように」

「今度はそちらのことを教えてくれますかぁ?」

 

 リグラーダとビッテス。争いごとのために来たわけではない。

 先に自分たちの素性を話したのは、アユミチの警戒心を下げる為だったのかもしれない。

 野盗の襲撃にババの裏切り。確かによそ者に対して過敏になっていた部分もある。

 

 

「あぁ、わかった。色々あってみんな怖がっている」

 

 野盗の襲撃を受けたり集落内に裏切り者がいたり。

 皆がよそ者に過敏になっているのは間違いない。

 しかし、魔獣の触腕が攻撃的になっているとなれば、もっと差し迫った危険になる。

 

 先ほどの会話の中で焼くと言っていた。ゼラには使えない炎の魔法。

 おそらく植物系の魔獣なのだろうヘレボルゼ相手に有効になりそうだ。

 

「っと……遅れたけど。助けてくれてありがとう」

「気にするな」

「お仕事ですからぁ」

 

 言葉とは逆に職業意識などまるで感じさせないビッテスの雰囲気に頬が緩む。

 アユミチ自身、色々あって張りつめすぎていたのかもしれない。

 職業兵士。この国の警察のような相手を前にして、少しだけ腹から力が抜けた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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