法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-6.特別なちから_2

 

「ふむ……」

「……何か?」

 

 カヨウを見るイーペンの顔に妙な色を感じて、やや警戒を増す。

 イーペンだって男だ。二人きりでいるのはよくなかったかもしれない。

 

「いや、詮無いことで。別れた我が子を思いまして」

「ああ」

 

 つい悪い方に考えてしまったけれど、イーペンの苦笑いには寂しさが見えて、カヨウが不審と見た色と一致した。

 近い年頃の子供がいたのだろう。

 

「カヨウ殿のように可憐ではありませぬが」

「そんなことないでしょう」

 

 イーペンくらいの年齢で財力があれば、妻子がいるのも自然なこと。

 自分の病気が治り、残してきた家族のことを考えて、だからと言って町に戻れば伝染病の罹患者として迫害されかねない。

 カヨウと他愛のない会話をしながら何を思ったのか、深く聞いていいのかわからない。

 

 

「二人で何をしているのかしらぁ?」

「これはアスパーサ殿」

「……」

 

 今度はアスパーサが。

 正直、カヨウはアスパーサが苦手だ。好きではない。きらい。

 向こうだってそれはわかっているはず。つかず離れずの距離か、たまにアユミチをからかう目的でわざとカヨウに絡んでくるくらい。

 

「へえ、魔道具? あたしにも見せていただける?」

「無論です、真の宝物は美女を拒まぬと言われますぞ」

 

 また適当なことを。

 少しだけ善い人かもと思ったイーペンへの評価が下がった。

 アスパーサを美女と呼ぶイーペンから距離を空け、空いた間にアスパーサが入る。

 腰を曲げてガラス面を覗き込み、かちかちと回しながら艶っぽい声を漏らすアスパーサ。

 

 

「……」

 

 アスパーサは女神様からの服を受け取らなかった。気持ちだけ、と。

 最初から彼女は衣装持ちだ。他の住民と違っていくつか着替えを持っている。

 

 薄い布をいくつも重ねた服装。組み合わせでも違って見えるからオシャレに見える。

 この手の服は、夜の街で働く女――それもかなり上澄みの特徴らしい。

 路地で日銭の為に体を売るようなものではなくて。

 

 紅玉、碧玉、白に紫、様々な色の珠や花のかんざし。

 綺麗な服に男の人に好かれる曲線。

 きりりとした目鼻立ちに、どこか柔らかい灰色の瞳。

 男の人に気後れなくするりと触れていく仕種も、全部きらい。

 

 

「……魔法、使えるんですか?」

 

 嫌な予感がした。直感。

 イーペンの魔道具を覗き込んで楽し気なアスパーサの尻に向けて、訊ねたというより確認。

 

「ええ」

 

 特にごまかすこともなく、背中を向けたまま返事をしてから振り向いて、

 

「自分の身を守る程度、ね」

「……」

 

 そうでもなければ、これだけの荷物を奪われずに女一人で捨て森まで来られるはずがない。

 ファニアのように武術を修めた様子でもないのだから。

 カヨウが特別だと思う魔法の力をアスパーサも持っている。きらい。

 

 

「あなたは今、魔法の勉強中ってことかしら? 偉いわね」

 

 バカにして。

 この女はカヨウを下に見て、バカにしている。きらい。

 ファニアやゼラから身分的に下と扱われるのとは何か違う。

 

「ゼラさんの魔法はすごいと思うわ。彼女らしい……真似するのはきっと難しいでしょうね、これは」

「そういうものなんですか?」

「強い魔法には個性が出るから。独特な手織機(ておりばた)で編む布みたいに……お婆ちゃんから習った編み物とか、独りでずっと重ねてきた思いとか」

 

 例えばなしを用いて、カヨウに伝わるように説明を。

 なるほど、個性や個人差。血筋にもよると言われる特徴を、伝統的な編み物のように考えてみるとなんとなく理解できる。

 きらいだけど、利用できるなら利用する。

 実際に行き詰まりを感じていたのだ。ゼラはそもそも言葉が多い方ではないし、感性がカヨウと大きく異なる。

 

 

「編み物みたいに、ですか」

「魔法使いは魔法を紡ぐという言い方をされるようですな」

「そうね」

 

 手にしていた魔道具をイーペンに返したアスパーサは、皮肉っぽい微笑でカヨウを見下ろしながら服を脱いだ。

 一枚だけ。

 一番上に羽織っていた紫色の袖から手を抜いて、

 

「特別よ」

 

 何をするのかと思ったら、カヨウに近づいてふわりとその布を被さった。

 避けようと思えば避けられた(・・・・・・・・・・・・・)はずなのだけど。

 アスパーサは他人と距離を詰めるのが得意なのだろう。男にも、アユミチにもそうやってするりと。

 二人で、薄紫の布の下に。

 

「っ……」

「目を閉じた方がいいかしら?」

 

 きらいな女の匂いに包まれて、だけど逃げるのもなんだか嫌で、屈みこんだアスパーサの顔から目を背けるように瞳を閉じる。

 目を閉じたせいでよけいにアスパーサの匂いが近い。

 

「魔力や霊力は武器やげんこつとは違うもの。直接触れられない、この布越しに透けてくる光みたいなものよ」

「……」

「これがいいかしら?」

 

 カヨウの手に何かを握らせる。

 かんざし。

 薄目で見たら、紫陽珠(しようしゅ)に白金のかんざし。

 

「布の向こうに感じる力を、それで引っ張ってごらんなさい」

「これで……」

 

 薄布という境界越しに、漠然と感じていた魔法の力の流れを知覚する。手では触れられない領域にあるもの。

 かんざしを手に、その先で雲を引き寄せるようにその力の流れを引っ掻けて、手元に。

 

 ぬるりと、蜘蛛の糸を引くように。

 今までどうすればいいのかわからなかった力がカヨウの手元に漂い、すぐに霧散する。

 

 

「あ……」

 

 もう一度、ふわりと。

 風を感じたかと思ったら、アスパーサは立ち上がって被せていた薄布もカヨウの頭上から払われていた。

 

「今のが……」

「そうねぇ、ゆっくり教えてあげてもいいんだけど」

 

 何か掴みかけたのに、途切れてしまった。

 もう少しだけでも。

 アスパーサの近くというのは不快だけど、魔法の力を手にするためなら。

 

 

「何やら裏手が騒がしい様子ですな」

「今度は何かしらぁ」

 

 魔法に集中していたカヨウは気づかなかったが、何やら物音と人の気配が集落の裏手に集中していた。

 何かあったのは間違いない。

 

「離れない方がいいですな」

 

 様子を見に行くにしても単独行動は駄目だ。皆が集まっているのなら行った方がいいだろう。

 イーペンが先を歩き出し、カヨウはそれに続く。

 なんとなく不安で握りしめたかんざしを、背中のアスパーサは返すようには言わなかった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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