法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-7.死者の帰省

 

「俺らは西港ディサイの兵士だって言ってんだろ。どけよ」

「捨て森の異変についてお前たちが知っていることを聞きたい」

 

 

 森の奥から何か大きな音が響き、小動物が逃げ出した。

 ファニアはすぐに武器を手にして、集落の裏手側の出入り口に回る。

 野盗が残していった中で、多少状態の良い短めの直剣と小盾。本当はもう少し大きめの盾が使いやすいが。

 

 集落の出口で少し様子を窺っていると、他の住民もすぐに集まってきて、そこに森の奥から黒蝶がすっ飛んでくる。

 もしやアユミチの身に何かあったのか。

 駆けだそうとするファニアの顔を、ぺしぺしと黒蝶がはたいた。(とが)めるように。

 

 来るな、ということか。

 何か異変があったのは間違いないが、どうやら近づくなということだと理解する。

 

 黒蝶にアユミチが無事か聞いてみると、肯定するように縦にくるりと。

 彼に危険がなく、ファニア達に来るなと言うのであれば……

 

 ゼラはアユミチの意志を尊重するように。

 ムンジィはわからねえと首を振り、ファニアは判断できない。

 ジルボン師が東の集落に帰っていてよかった。ここにいたらさぞ騒がしかっただろう。

 とはいえ、どうしたものかと。

 

 

「昔の記録では嘔息(くそく)ヘレボルゼが捨て森で暴れまわるなどなかったはずだ。それも数十年前の話だから事実か知らんが」

「ああ、だからこんな壁作ってやがんのか。ごちゃごちゃ言ってないでさっさと入れろ」

 

 男が二人、黒蝶から遅れて駆けてきた。

 きいきい喧しい丸顔と、かなり大柄な男。

 どちらも転んだのだろう。左足から腰あたりまで泥まみれで、細かな擦り傷も。

 話からすれば、虚穴に近づいてヘレボルゼに襲われたということか。

 

「ヘレボルゼのことは知らない」

 

 先頭に立つのはファニアだ。

 ゼラや他の住民を危険に(さら)すわけにはいかない。アユミチから任されているのだから。

 隣にムンジィが並び、男たちが集落に入るのを通せんぼした。

 

「少し前に野盗に襲われた。壁はその備えだ」

「おっかねえ魔獣の手が届くとこに家建てるわけがねえだろうが、バカが」

「見てねえからんなこと言えんだろ、はっ」

「……本当に知らない、のか?」

 

 しきりに後ろを気にする二人の兵士。

 演技という様子ではない。本気で何か警戒している。

 だから壁の中に入れろと。

 

 

「今も言った。少し前に野盗の襲撃があった。皆、怯えている」

「るっせぇ、んなこと聞いてんじゃ――」

「騒ぐなマーチス。怯えさせて悪かった、私はテノン、ディサイ港のポーラ隊の兵士だ」

 

 ち、と。ムンジィが小さく舌打ちした。

 泥で汚れた彼らのズボンを見て、今度は溜息を。

 

「……ああ、嘘じゃあねえらしい」

 

 ムンジィは西港の生まれだ。ファニアの知らないディサイのことを知っているのだろう。

 

「町の兵士がなぜ捨て森に?」

「死病が治ったと近隣で噂が広がっている。その調査だ」

「ああ? エリートのポーラ隊の兵士様が下っ端みてえなことを?」

「喧嘩売ってんのかてめぇよ」

「ムンジィ、荒立てるのはやめてくれ」

「マーチスも落ち着け。どうやらここまではヘレボルゼも来ないらしい」

 

 こちらが襲撃を警戒するように、彼らもヘレボルゼに襲われてピリピリしている。

 正体不明の魔獣に襲われ、ここまで逃げてきたのだ。

 問答はいいから中に入れろという気持ちは理解できた。

 

 

「ゼラ様、よろしいですか?」

 

 ちらりと後ろのゼラに判断を仰ぐと、丸顔のマーチスがひゅうと口笛を吹いた。

 絶世の美女だ。気持ちはわかるが無礼な男。

 

「彼らが何かされたとして、対応に問題は?」

「ありません」

「あ?」

 

 たしかに優秀な兵士だろう。そういう気配はわかるが、不意をつかれでもしなければ今のファニアが対応できないほどではない。

 この状況で目を離すつもりもない。

 

「まだほかに仲間がいると、その限りではありませんが」

「仲間というか……はぐれた者はいる」

「別に仲間じゃねえよ、あんな奴ら」

「ムンジィ、悪いがこのまま周囲を警戒していてほしい」

「あねさんがそう言うなら……こいつらが妙な真似したらお望み通りヘレボルゼの餌ってことで」

 

 喧嘩腰のムンジィがいては話が進みそうにない。

 そういえば彼はディサイで衛士と揉め事を起こして町を出たのだったか。

 

「頼む。アユミチ殿の戻りも心配だ」

「そりゃあもちろん」

 

 アユミチも虚穴の方に行ったはず。

 その帰りを頼まれたムンジィの顔が、やや嬉しそうに頷くと彼の頭上で黒蝶がひらひら踊る。

 一緒にここで待つ、ということだろう。

 黒蝶とムンジィ達数名を出入り口に残して、兵士二人を集落の中央に通した。

 

「……」

 

 壁の内側に入り明らかに安堵した兵士たちの肩は、ヘレボルゼの脅威が迫っている気配を感じさせた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「囮にしやがったんだ、あのアマども」

 

 悪態をつくマーチスと、苦々しい顔で頷くテノン。

 仲間じゃないと言った同行者たちは、彼らの言い分だと二人を囮として使ったらしい。

 事実なら怒るのも当然。

 

「死病が本当に治っているのかわからなかった。そう見えるだけかもしれないと、ここを素通りして奥に進んだ」

「それが普通だろう」

「霧が集中する場所が見えて、左右から周ってみようと言われて、まんまと()められた」

「ったく……ああ、悪かったよ。こっちもイラついてたんだ」

 

 丸顔のマーチスが、当初の乱暴な言動を詫びる。

 裏切られ、魔獣に襲われて心に余裕がなかった。

 本来なら入るのをためらった捨て森の集落に逃げ込もうとして、捨てられた住民に拒まれてさらに苛立ちが増した。

 

 集落の中央には、野外で煮炊きをする炊事場がある。

 建物に入れるつもりはないが、とりあえず野外の丸太に腰掛け、人心地ついて語る彼らの経緯を聞いた。

 

 

「君たちはディサイの上級兵なのだろう? なぜ捨て森の調査など?」

 

 ムンジィも言っていたが、ファニアも同じ疑問を抱く。

 仮に調査員を寄こすにしても、最初はもっと木端(こっぱ)の誰かを派遣するのではないか。信用できるできないは別として。

 

「あのアマどものせいだ」

「ディサイには王都イオドキッサの兵士もいる」

院仕隊(いんしたい)か。西部方面の」

 

 主要都市には、都からの見張りとして置かれている部隊がある。

 中央への反抗などをさせないための見張り。

 五年の任期で交代する決まりになっていて、現地の権力者と癒着しないようこちらも監視されているが。

 

 

「詳しいな。元軍人か」

「私のことはいい。調査にしても早すぎると思うのだが」

「二十日ほど前からか、近隣の村で大騒ぎになっている。死んだはずの人間が帰ってきたんだ、わかるだろう」

 

 西港に噂が届いたとして、ずいぶんと早いと感じた。

 しかし、確かに死んだはずの人間が戻ったとなればとんでもない事態だ。

 

「近くの村じゃ大騒ぎだぜ。死病の亡者が襲ってくるって話にもなってら」

「村長から早馬で報せがくれば、根も葉もない噂とは言い切れん」

 

 天変地異のような話で、あっという間に噂が広がったとしても不思議はない。

 死んだはずの人間が戻ってきた村でも、領主に報告しないわけにもいかなかったのだろう。

 

 

「ムンジィが言っていたな。向こうの集落で治りかけの住民がいなくなったと」

 

 東側の、ジルボンがまとめている方の集落。

 症状が改善した住民が、二日目の夜、三日目の夜と数名ずつ姿を消したと聞いた。

 

 病気が治った。だから家に帰る。

 そう考えた人間も当然いるだろう。戻った先でどんな騒ぎになるかも考えずに。

 一人消え、二人目が続き。

 捨て森は西港に近い。噂が届くのも早かっただろう。

 

「速攻で院仕隊の奴らが調査行くって言うもんだから、こっちも付き合うしかなかったんだよ」

「足手まといはいらないと言われては、な」

「事情はわかった」

 

 

 話をだいたい聞き終えて、炊事場を取り囲む住民たちの顔を見回す。

 聞いていて不自然な点や疑問はなかったかと。

 

 前代未聞の噂の伝波。対立する組織が先んじて調査を決行、それに合わせる為に上級兵が派遣され、囮に利用された。

 彼らの汚れたズボンに、よく見ればトローメ軍の紋様が刺繍されている。その周囲に書かれているのがディサイ軍ポーラ隊の証なのだろう。

 どうやら本当の話らしい。

 

「兵士さん、うちの母ちゃんを知らないか?」

 

 誰も異論を挟まない中、住民の一人がテノンに近づいて尋ねた。

 アスパーサとよく一緒にいる三人のうちの一人ユィッヒだ。他二人はジルボンを東の集落に送っていて今はいない。

 

「北四区のグリナだ。軍服や軍旗の飾り紐なんかを仕立ててる」

「知らねえよ、んなこと言われても」

「悪いが知らない。西区の生まれで北区に行くことがない」

「そうかい……ああ、仕方ないさ」

 

 ディサイはトローメ西部では一番大きな町だ。よほどの偶然に恵まれなければ個別の人間を知っていることもないだろう。

 ユイッヒもわずかな可能性にかけて聞いただけ。軍の備品の仕事をしているから知らないか、と。

 

 

「んで、そっちはマジで治ってんだな。斑徂症も灰息病も」

「治っているのは見ればわかる。問題は、どうやって、だ」

 

 話すことは話した。隠す必要もない。

 今度はそちらの番だ、と。

 

「そうだな」

 

 ひと呼吸おいて、周りに集まっていた住民たちに離れるよう目線で促した。

 

「……どう説明すればいいか、にわかには信じられない話だろう」

 

 彼らが西港の兵士で、ここを襲撃に来たわけではないことは信じられる。

 ただ、別に味方というわけではない。

 

 問題は、まさにここから。

 アユミチをどう扱うかによって、あの野盗の連中と同じ――比較にならないほど大きな敵になるのだから。

 

 彼らが王都側の兵でなかったことが、よかったのか悪かったのか。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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